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52話 適度な緊張感を保つのって意外と難しい

 その後、夜深く。

 辺りは寝静まったころ。


「なんだかワクワクしてくるね」

「遊びじゃないんだぞ。わかってるのか?」

「わかってるって」


 俺とエウラリアは、セレナとイルヴィラが眠る部屋の前で見張りに立っていた。

 夜寝る際は三人で交互に見張りをこなすことに決めたのだ。

 そもそもいつ襲われるかわかったものじゃない今の状況では、いくらなんでもイルヴィラにずっと起きていてもらう訳にもいかないからな。

 そういうわけで、今からしばらくは俺とエウラリアが見張りの番である。


 気が立ちそうになるのを抑え込みながら、俺たちは周囲を警戒する。

 長丁場になるんだから、あまり精神を摩耗させないようにしないとな。

 俺たちの仕事はもし何かあった時、速やかにイルヴィラに知らせることだ。

 それをこなすことだけを考えていればいい。


「ジャハトってヤツがやってきたら、ボクがこの愛刀で……!」


 ……おいエウラリア?

 なんで腰に差した爪楊枝に手をかけてんだ?

 キッとした目つきになって、まるで戦うみたいじゃないか。


「頼むからやめといてくれよエウラリア。それ、伸び縮みするだけのただの爪楊枝だから」

「爪楊枝じゃないよ、愛刀! この刀を馬鹿にするのは例え相手がレナルドだって許さないんだからね!」


 エウラリアが俺が上げた『伸縮』の性質がついた魔道具の爪楊枝を大層気に入ってくれたことは伝わった……が、それでもその愛刀?じゃジャハトはおろか普通の人間も倒せないと思うぞ。

 俺も一応腰に『伸縮』の木剣を差してはいるが、戦闘になれば勝ち目はあるかわからない。

 やはり確実なのはイルヴィラを起こすことだ。

 ……責任重大だな。


「……っ!」


 とその時。

 俺の耳はヒュウウという音を捉えた。


「来たかっ!?」


 ガバッと身体をそちらへ向ける。

 聞こえてきたのは窓の外から。そこに見えるのは……ん? 何も見えないな。


「レナルド、落ち着いて。風だよ風」

「な、なんだ、風か」


 言われてみれば、たしかに風の音だった気もする。

 紛らわしいな。疑心暗鬼になっているせいでつい気になってしまうじゃないか。


「あっ!」


 と、今度はエウラリアが声を上げた。

 慌てて俺の身体にしがみつきながら、音の聞こえてきた方に爪楊枝をブンブンと振っている。


「こ、今度こそ来たんじゃない!? 外で何かホーホー言ってる!」

「ホーホー言ってるなら夜行性の鳥じゃないか?」


 普通に考えてさ。

 よく耳を澄ませてみると、たしかにホーホーという音は聞こえた。どう聴いても鳥の鳴き声だ。


「な、なんだぁ、鳥かぁ」


 ふぅ、と安堵の息を吐くエウラリア。

 一気に体力を消耗したようで、かなり疲れた様子である。


「……なんだかんだ、俺たち気を張り過ぎてるのかもな」

「ボク、見張りなんて初めてだからね。気を緩めすぎてると敵に気が付かないかもしれないし……思ってるより大変だなぁ、コレ」

「たしかになぁ」


 どのくらい気合を入れればいいかっていうのがイマイチよくわからないんだよな。

 冒険者業務でこういうのを体験していればよかったんだが、生憎と未経験だし。


「気を抜かないように、でも気負い過ぎないくらいで頑張ろうぜ」

「そのくらいの力の入れ方って一番難しくない?」

「難しいけどやるしかないだろ」

「まあ、そうだね。がんばるしかないや」


 初心者の俺とエウラリアは、その後もドギマギしながら見張りを行ったが、結局ジャハトは現れなかった。




 そして、朝。

 セレナとイルヴィラが見張っていた時も、何も不審なことは起こらなかったようで、俺たちは平穏無事に朝を迎えた。


「皆、大丈夫? 眠くないかしら?」

「いつもより朝遅いし、私は大丈夫」

「俺も大丈夫だな」

「ボクも余裕だよ」


 俺たちの返事に、イルヴィラが満足そうに頷く。

 まあ、朝といってももう九時過ぎだからな。

 いつも六時くらいに起きていることを考えれば、見張りをしたのを抜いても充分な睡眠時間は確保できている。

 そんなことを思っていると、セレナがパチンと手を叩いた。


「じゃあ、遅めの朝ごはんにしましょう。私作りますから、師匠は待っててください」

「おお、悪いな」

「いえいえ。昨日は作ってもらいましたし、順番ですから」


 そう言いながら料理用のエプロンを巻き、三角巾をつける。

 あっと言う間に家庭的な雰囲気を纏ったセレナはそのままキッチンで作業を始めた。


「セレナの料理が食べられるなんて、あんたたち幸せ者ね」


 イルヴィラが複雑そうな表情で俺たちに告げる。

 妹の料理の腕を自慢したいが、自分以外の人間も妹の料理を食べるのは悔しい……そんな表情だ。

 そんな顔を見て、エウラリアが質問する。


「お姉さんのイルヴィラから見て、セレナって料理上手いの?」

「そりゃそうよ、国一番ね!」

「お姉ちゃん!? 嘘つかないでよもう、人並みくらいだってば」


 料理しながら反論するセレナ。

 しかしイルヴィラも負けていない。


「あたしにとってはどんな高級店で食べるよりも美味しく感じるんだから仕方ないでしょ。セレナがコップに注いだってだけで、ただの水も山から汲んできた天然水に早変わりするのよ」

「しないよ。それはお姉ちゃんの味覚がおかしいんだよ」

「お姉ちゃんはおかしくありませんーだ」


 キッチンを挟んでそんな言い合いを続けるセレナとイルヴィラ。

 言い合いながらも楽しそうだし、しばらく終わらないだろう。

 その間、俺たちは何をしてようか。

 少し暇だよな。うーん……ああそうだ。


「エウラリア、二人が姉妹喧嘩してる間にセレナの部屋を物色しに行くか」

「いいねいいね、行こう行こう! ボクそういうの大好き!」


 やっぱな。お前はそういうヤツだと思ってた。

 一気に乗り気になったエウラリアを引き連れて、俺はセレナの部屋へと向かおうとする。

 そんな俺に、キッチンから鋭い声が飛んできた。


「し、師匠!? 絶対やめてください! 駄目です駄目!」

「え、いや……なんか秘密のすんごい魔石とか隠してないかなーと思ったんだけど」

「部屋にそんなの隠しませんよ、師匠じゃないんですから!」


 そうなのか。

 なら残念だけど、探索は取りやめかな。

 良く考えれば年頃の少女の部屋を漁るっていうのもモラル的にどうかと思うし。


「悪いなエウラリア。セレナの部屋探索は中止だ」

「えー! あんなものやこんなものとか探さないの!?」


 エウラリア、手をワキワキ動かすのはやめような。

 というかお前は何を探そうとしてたんだ。


「命拾いしたわねレナルド、エウラリア。そのまま突入していたら、今頃あんたたちの命はなかったわ」


 イルヴィラ、ガチの殺気をぶつけるのはやめてくれ。俺が悪かったから。


「あ、あれ!? 急に雪国に来たみたいに寒いんだけど……!」

「エウラリア、それは寒気だ。俺も今似たような感覚を感じてる」


 妹思いのイルヴィラの前で堂々とセレナの部屋を物色しようとすればこうなるのは当然だったか。失敗したな。




「ご馳走様でした」


 セレナの作った朝ごはんを食べ終えた俺は手を合わせる。


「ど、どうでしたか師匠……?」

「美味かった。料理も出来るなんて凄いな」


 人並みとセレナは言っていたが、どうやら謙遜だったらしい。

 国で一番とまではいかないまでも、かなりの料理の腕だった。

 俺も昨日の夜料理を披露したのだが、この分ならでしゃばらなかったほうが良かったかもしれない。


「ほら、エウラリアもこの通りだしな」

「お、お腹いっぱい……ボク幸せ……」


 隣のエウラリアはお腹を押さえて幸せそうだ。

 緊張感の欠片も感じられない至福の表情を浮かべている。

 そんなエウラリアを見て、セレナはクスリと微笑んだ。


「良かったです。お姉ちゃんにはまだまだ及びませんけどね」

「え、イルヴィラはもっと料理上手いのか?」

「はい。お姉ちゃんは高級料亭でも働いてましたから。なのに私の料理が一番とか言うのはよくわからないんですけどね」


 マジかよ。意外過ぎるんだが。

 俺の視線に気づいたイルヴィラは軽く睨みながら「……何よ、文句ある?」と照れを隠す様に言ってくる。


「イルヴィラって不器用だと思ってたんだけど、意外と何でもできるんだな」

「なんで不器用だと思ってたのよ」

「器用に思える根拠が一つもなかったから」

「……あんた、意外と言うわよね」


 イルヴィラは半目になって俺を見る。

 たがその視線がセレナに向くや否や、きゅるりと輝きだして。


「でもあたしはセレナの料理が一番だけどね。セレナの料理ならなんだって食べちゃうわ!」

「あはは、ありがとうお姉ちゃん」


 セレナは反論するのを諦めたようで、イルヴィラの言うことを素直に受け入れたのだった。

 イルヴィラも受け入れられて喜んでるし、めでたしめでたしだな、うん。

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