50話 セレナとイルヴィラの住む家
「近頃王都で続出している意識を失う人間――その全員が、融合魔術師なの」
イルヴィラが告げた言葉は、かなりの衝撃を伴って耳から脳へと伝わった。
それが本当なら、融合魔術師だけが誰かに狙われてるってことか……?
「え!? で、でもそんな話聞いたことないよ!? たしかに最近休んでるお店が何軒かあるけど……」
セレナが驚いた声を上げる。
ずっと王都で暮らしてきたセレナでさえ知らない情報のようだ。
「箝口令が敷かれてるから、一般の人間には伝わらないようになってるのよ。国の立場からすれば、事が明るみになる前に犯人を捕まえるつもりだったんでしょうね。あなたたち融合魔術師たちに余計な動揺を与えないように」
そしてイルヴィラは続ける。
「国の調査の結果、犯人は『ジャハト』って名前の男だってことがわかったわ。ほぼすべての現場で目撃情報があった。でも肝心の使用魔術もわからないし、犯人の捕縛には至らなかった。さすがにそろそろ隠し通すのも限界だからってことで、さっき国からあたしたちに通告があったのよ。今日の夜には一般市民にも知らされると思うわ」
「そ、そんな……。融合魔術師が狙われるって……」
「大丈夫よ、セレナ。あんたはあたしが守ってあげる。お姉ちゃんだもん」
声を震わせるセレナを、イルヴィラが抱き寄せる。
ぽんぽんと優しく背中をさすりながら、こちらを向いた。
「それと、レナルド。エルディンに連絡をとって、あんたを守るように頼んでおくわ。王都に到着するまで数日はかかるだろうから、その間は特別にあんたもあたしが守ってあげる。死なれちゃ寝覚めが悪いからね」
「ああ、ありがとうイルヴィラ」
イルヴィラが守ってくれるならまず安心だ。
というかイルヴィラが勝てない相手なんてのが犯人だとしたら、この国で相手できるのはエルディンだけになってしまう。
それにしても……。
「融合魔術師だけを狙った犯行……か。ジャハトってヤツ、一体何が目的なんだろうな」
融合魔術師に恨みがあるのか、はたまた何か他の理由があるのか。
その辺のことも全てわからないとなると、不気味な存在だ。
「ボク、そいつ許せないよ……! 融合魔術師に悪い人はいないのに……!」
隣でぎぎぎ、と歯ぎしりをするエウラリア。
融合魔術の妖精だもんな、そりゃ悔しいよな。
「落ち着こうエウラリア。俺たちに出来ることはない。今はただ、国が捕まえてくれるのを待つしかない」
俺は融合魔術師だ。
対して腕が立つわけでもないし、だいいち犯人の名前しかしらない現状では俺にできることはない。
そもそも今回は俺たちが狙われているかもしれないのだ。
のこのこ出て行ってしまえば、逆に返り討ちに会う危険性の方が高い。
「わかってるけど……もどかしいなぁ」
「その気持ちは俺も一緒だ」
「そうだよね……うん、ごめん。ボクちょっと冷静じゃなかった」
エウラリアはやっと少し落ち着いてくれたようだ。
俺は内心ホッと安堵する。
一人で犯人を捜しに行くなんて言い出したらどうしようかと思ってたが、どうやらその心配はなさそうだな。
「いや、エウラリアが憤るのも無理はないことだ。でも大丈夫だ、ここは王都だぞ? えりすぐりの人材が集まってるんだ、きっとなんとかなるさ」
俺の言葉に、エウラリアはコクンと頷いた。
「じゃあ、レナルドとエウラリアは好きにしてていいから。ただし、外出は駄目だからね」
「ああ、わかったよ」
俺は初めて入る家に少し緊張しながら、家の中を見渡す。
ここが……セレナとイルヴィラの家か。
当たり前のように一軒家だけど、思っていたより豪邸って感じじゃないな。
二階建てで、一階につき広々とした部屋が四つ程って感じの家だ。
普通の家に比べたらそりゃ大きいけど、かなり稼いでいるであろうセレナとイルヴィラが棲んでいるにしてはこじんまりとした印象は否めない。
「私とお姉ちゃんしか住んでないですから、この広さで充分なんです。というかむしろ広すぎてもてあましちゃうくらいで」
俺の視線から思考を読み取ったのか、セレナがそう教えてくれた。
まあ、たしかに二人で暮らすならこれだけの広さがあれば充分か。
それにしても、なんとかセレナもショックから立ち直ってくれたみたいでよかった。
急に命を狙われているかもしれないなんて、パニックになってもおかしくないからな。
俺は一応最低限の戦闘の心得はあるぶん命のやり取りに対する慣れのようなものはあるが、セレナはそんな経験も全くないわけだし。
「ねえねえセレナ、セレナの部屋見てみたいなー」
「あ、私の部屋ですか? いいですよ」
エウラリアはもうすっかり普段通りの明るい調子だ。
多分、あえて意識してそういう振る舞いをしてるんだろうけどな。
こういうときこそ普段通りに振舞うことは大事になって来る。
俺もアイツを見習おう……っと、どうしたセレナ?
「師匠もついでにどうです? 愛弟子の部屋を覗いてみませんか?」
「……まあ、興味はあるな」
「あ、興味あるんだー? レナルドってばやらし~」
なにがだ。
そういう発想に至ることの方が百倍やらしいぞ。自覚しろ発情妖精。
「レナルドあんた、あたしの可愛い可愛い妹に手ぇ出したら……わかってるんでしょうねぇぇ?」
「も、もちろんわかってる。わかってるからその物騒な槍をしまってくれ」
コイツ、妹のこととなると冗談が通じねえ。殺気がビシビシ出てやがる。
おいエウラリア、お前のせいだぞ! なんとかしてくれ!
「さ、さぁっ、行こ行こセレナっ」
おい待て逃げるな!
というわけで、俺とエウラリアはセレナの部屋へとやってきた。
イルヴィラは見張りのための準備をするため、リビングで作業をしてから来るそうだ。
一時でもセレナと同じ部屋にいられないことに口惜しそうな顔をしていたが、こればかりは我慢してもらうしかない。
「かわいい部屋だねぇ。女の子の部屋って感じ」
セレナの部屋を一周漂ったエウラリアが言う。
俺も大方同じ感想だった。
思ったよりピンクな部屋で、なんだかドキドキしてしまう。
年頃の少女の部屋って感じだな。俺の無機質な部屋とは大違いだ。
「雰囲気だけで、あんまり女の子らしい物は持ってないですけどね。そういうのより魔石の方が好きですし」
「おっ、融合魔術師の鑑だね! さすがレナルドの弟子!」
「その褒め方されると頬がニヤけますね……いひひ」
そう言って、セレナはベッドに腰掛けた。
俺は手渡されたクッションの上に腰をおろし、エウラリアはそんな俺の肩の上にちょこんと着地する。
全員が落ち着いたところで、一瞬場が静まり返った。
その後すぐに、セレナのかすかなため息の音が聞こえる。
「それにしても、大変なことになっちゃいましたね……。まさか自分の命が狙われる日が来るなんて、思いもしませんでした……」
「まあ、そうだな。俺もあまり想像はしていなかった」
まして王都の中で命を狙われることになるなんてな。
王都は一番安全な場所だと思っていたのだが、そういうわけでもないらしい。
セレナは扉の向こうの……おそらくはイルヴィラのことを考えて、遠い目をする。
「また私、お姉ちゃんに守ってもらってるんですよね。……昔からいつもいつも、お姉ちゃんは私のことを守ってくれるんです」
「ちょっと昔話してもいいですか?」と首をかしげて尋ねてくるので「ああ」と返した。
話しているうちに不安な気持ちも和らぐかもしれないし、拒否する理由が見つからない。
「じゃあ、話しますね?」
そう言って、セレナはゆっくりとした口調でイルヴィラとの思い出を語り始めた。




