5話 出立
救出から少しして、俺は炭鉱夫の男たちに囲まれていた。
屈強な男に囲まれるが、危ない雰囲気はない。
一人が俺にスッ、と拳を向けてくる。
「ありがとう。レナルド、あんたがいなきゃこの子たちは助けられなかった」
「それを言ったら、あんたらがいなくても同じことだろう。俺はただ、あんたたちの後押しをしたにすぎない」
「……謙虚だな、あんた」
「不愛想なだけだ」
「フッ」
ニヤリと笑いあいながら、炭鉱夫たちと拳を合わせる。
さすが鉱山で働いているだけあって、凄い筋肉だ。
俺も一応副業で冒険者をやってはいるが、それでも筋肉の隆起の仕方が天と地である。
やはり男として、少し憧れるところではあるな。
そして、炭鉱夫たちの次は少年たちだ。
少年たちは、付き添った母親と共に頭を下げてくる。
「おじさん、本当にありがとう!」
「おう……お前ら本当に気を付けろよ? 秘密基地とか作りたい年頃なのはわかるが、鉱山なんて危険がいっぱいなんだからな」
「うん……反省するよ」
少年たちは神妙な顔つきだ。
しまったな、説教くさくなってしまった。
「まあ、一番言いたいことはあれだ。無事でよかったってことだな。お前らには次があるんだ、これから先に今回の経験を活かせ」
「うん!」
こういう経験をして、子供は大人になっていくんだろう。
無限に広がる未来を閉ざすことにならずに本当によかった。
その後も何人かに感謝の言葉を述べられ、俺はその度に若干たどたどしく会話を交わした。
あまり人と話してこなかったせいで、ドッと疲れるな……。
「レナルド、大人気じゃん! よかったね!」
ようやく落ち着いてきた頃に、エウラリアが言う。
「人気とはまた違うと思うが……まあ、嬉しいことではあるな」
というか、俺の名前がこんなに知られているとは思っていなかった。
俺が知らないのに相手は知っていたりして、そんな時はなんだか申し訳ない気持ちになることもあったくらいだ。
「さて……最後に町に恩返しもできたし、そろそろ列車の時間も近い。行くか、エウラリア」
「はいはーい」
俺たちは鉱山から離れようとする。
「おーい、ちょっと待ってくれ!」
そんな俺を、人々が呼び止めてきた。
何事かと思う俺に、代表して炭鉱夫が話しかけてくる。
「聞いたぞ、この町を離れて旅に出るんだって?」
「ああ。皆にはお世話になった」
「なら、これを受け取ってくれないか? 本当なら魔石でもプレゼントできれば一番いいのだろうが、生憎俺たちには縁がない代物だからな」
男はそう言って、麻袋を俺に差し出してきた。
胸に当たると、ジャリン、と貨幣の音がする。
……謝礼金ということだろうか。
「こんなものは受けとれない」
俺はそれを突き返す。
俺は本当に、ただほんの少し後押しをしただけなのだ。
少年たちを助けられた理由は、汗だくになってまで必死の努力した炭鉱夫たちの力がほとんどである。
それなのにこんなものを貰う訳にはいかないというのが率直な気持ちだった。
しかし、男たちも諦めない。
もう一度俺に麻袋を手渡してくる。
「受け取ってくれ、俺たち全員の気持ちなんだ」
「……わかった」
結局、根負けしたのは俺だった。
それほどまでに受け取ってほしいというならば、断るのも失礼だろう。
しかし、ただ受け取ることはしない。
「なら代わりに、あんたらのピッケルを貸してくれ」
俺はピッケルを受け取ると、エウラリアに出してもらった保存箱からスライムの魔石を取り出す。
そして次々に二つを融合させていった。
スライムの融合にはもう慣れたもの、もはや呼吸のようなものだ。
一個数秒で融合を終えていく。
「おおー! さすがレナルド、凄い手際だね。スライムの魔石だけに関して言えば、ボクが今まで見てきた中でも一番上だよ!」
流れるような作業を見て、エウラリアがそう評する。
融合の妖精にそこまで褒めてもらえるなんて光栄だな。
エウラリアが語る「一番上手い」とは、「人類の歴史上で一番上手い」というのと同義だ。
言われて嬉しくない融合魔術師などこの世にいないだろう。
ただ、今のエウラリアの言葉は裏を返せばスライム以外についてはまだ俺より上がいるということでもある。
やはりまだまだ精進が必要だな。
俺は手を動かしながらそう思った。
一分と経たずに、総計十本のピッケルにスライムの魔石を融合させることに成功する。
「『伸縮』を融合しておいた。長さが調節できるようになったはずだ。これは、俺からあんたちへの感謝の気持ちだと思ってくれ」
そう言って俺は軽くピッケルを伸び縮みさせて見せる。
男たちはどよめきながらその様子を眺めていた。
この辺には俺以外に融合魔術師がいないから、融合魔術自体に馴染みがなかったのだろう。
彼らの驚き方を見ていると、この町にも充分商機はあったように思える。もう少し親しく付き合えていれば、きっとそういうこともわかったのだろう。
融合魔術の凄さをもっと広めるためにも、今度からはもっと人と積極的に関わるようにしたいな。
そんなことを思いながら男たちをみると、彼らは驚いた顔をしていた。
「俺たちに、感謝……?」
「ああ。俺みたいな不愛想で、ずっと店に引きこもるかとスライム狩りをしているかしかしていなかったヤツを温かく町に置いてくれてありがとう。本当に感謝している」
普通なら気味悪がって遠ざけるか、最悪なら排除しに来てもおかしくない。
しかしそんな中、彼らはこともあろうにとても優しくしてくれた。
いくら感謝しても感謝しきれない。
「そんなことは当たり前だろう。同じ町の仲間なんだ」
男の発言に、その場にいた人々は皆頷く。
その発言自体がこの町が温かさに包まれていることを証明しているのだが、きっと自分たちでは気づいていないのだろう。
彼らはそれでいいのかもしれない。
「そう言ってくれて、本当にありがたいよ」
俺はそう答えた。
「悪いけど、ここから先は一人で行かせてくれ。決意を鈍らせたくない」
「わかった。……なあレナルド、またいつでも帰ってこいよ!」
「ああ、気が向いたときにでもフラッと帰って来るさ。その時はまたよろしく頼む」
俺は一礼して鉱山を去る。
本当は手でも振った方がいいのだろうが、それはなんだか恥ずかしかった。
「良い人たちだねぇ」
「ああ、本当にそう思うよ」
二人きりなので、エウラリアと普通に話す。
人口も少ないし、歩いていてすれ違う人なんて滅多にいない。
だけど、ここには良い人ばかりだ。
「ボクはたった一日しか過ごしてないけど、キミが良い町だっていった理由がわかった気がするよ。ところでレナルド、時間は大丈夫なの?」
そう尋ねてくるエウラリアに、俺は足を止める。
そうだ、列車の時間……!
「? レナルド、どうかした?」
「……急ぐぞ、乗り遅れる!」
「ちょ、待ってよレナルド!?」
俺は全力で列車の停車地を目掛けて走り出した。
突如走り出した俺を、エウラリアは必死で追いかけてくる。その速度は全力の俺とほぼ同じくらいだ。
俺は腰につけた麻袋をジャラジャラさせながら懸命に駆ける。
これに乗り遅れたら、また明日になってしまう。急がなければ!
俺たちがホームに辿り着いたとき、すでに列車は発車寸前だった。
「わぁー! すっごーい!」
初めて列車という巨大な鉄塊を見て、エウラリアは思わず声を上げる。
「驚いてる暇はない、飛び乗るぞ!」
「へ? ――むぎゅっ!?」
俺はエウラリアを右手で掴み、列車に飛び込む。
それと同時に列車はプシューッと音を立て、ホームを発車した。
「ふう……なんとか間に合ったか」
俺は額を軽く拭い、ガラガラの車内で席に座る。
ギリギリだったが、終わりよければすべてよし。
良い旅になりそうだ、と、十数年過ごした町が流れてゆく光景を見て思う。
……あれ、なにか忘れているような……。
「むごご! ふぎゅぎゅ!」
「ああ、エウラリア! 悪い悪い」
エウラリアを右手に収めたままだった。
掌の中でもごもごと暴れるエウラリアを放すと、彼女は腰に手を当てる。
そしてその小さな頬を膨らませた。
「レナルドは乙女の扱いが乱暴すぎるよ。ボクもうプンプンなんだからっ!」
ぷいっと俺から顔を背けるエウラリア。
どうやら怒らせてしまったようだ。なんとか機嫌を取り戻してもらう方法は無いものか……。
「悪かったって。ほら、ちょっと外見てみてくれよ。凄い速さだろ?」
俺は窓の外の光景を指差す。
景色が凄い速度で流れていく光景は、列車に乗らないと味わえないものだ。
きっとエウラリアも少しは機嫌を直してくれるだろう。
チラリとエウラリアの顔を覗いてみる。
「はぁぁ……っ。凄いねレナルド!」
エウラリアは目を宝石のように輝かせ、ガラスに身体ごとぺたんとくっついていた。
釘付けになって、窓の外を食い入るように見つめる。
もはや俺に対して怒っていたことなど微塵も覚えていないようだ。
「すごいすごい、すごいよレナルド!」
「ああ、すごいな」
エウラリアはもしかしてちょろいかもしれない。
そんなことを思う、旅立ちの時だった。
一章『出会い編』完結です。次話から新章に入ります!
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