49話 愛刀の爪楊枝
数日後。
セレナと共に頼んだ店の設備や家の家具が運ばれてきて、俺の店は随分と賑やかになった。
当初の物悲しい雰囲気は払しょくされ、しかしシックな雰囲気は残ったままだ。
「セレナのセンスがいいからだねこれは。レナルドとボクが選んだんじゃこうはならないよ」
エウラリアがセレナを褒める。
たしかにそうだな、俺たち二人は融合魔術以外のセンスはあまりない。
セレナの手を借りなければ、ここまで統一されずにもっとちぐはぐな印象の店になっていただろう。
「お役に立てて良かったです」
「それよりセレナ、お前今日も俺のところに来てるけど自分の店はいいのか?」
「はい、ちゃんと今日の分の仕事はこなしてから来てますから。太陽が昇る前から起きて、ついさっきまで血眼になって融合してました」
そこまでして俺に会いに来てくれたのか。
なんだか申し訳ないな。
「そこまでして会いに来る価値があるようなことはないと思うぞ?」
「それは私が決めますからね。この十三年間の空白を取り戻すためにも、私は師匠の傍でもっと学びたいんです」
「良い子! ボクよしよししちゃう!」
「えへへ、よしよしされちゃいました」
頭の上に乗りわしゃわしゃと撫でるエウラリアと、撫でられて嬉しそうに目を三日月型に歪めるセレナ。
なんだかんだコイツラも仲良くなったもんだな。
まあ当然か。セレナは融合魔術に一生懸命なヤツだしな。融合魔術の妖精あるエウラリアが放っておくわけがない。
「うりゃうりゃー」とエウラリアに頭を撫でられながら、セレナは俺の方を向いた。
「まだまだ私は師匠から学びますよ。融合魔術のことや、術師としての心構えのこと、師匠の好物に師匠の趣味に師匠の癖に師匠の匂い!」
後半のラインナップが若干不穏に思えるのは俺の気のせいか?
……気のせいだと良いな。
この話題を続けると良いことがなさそうだ。早急に話題を変えよう。
「そ、そういや、今日はイルヴィラはどうした? 一緒じゃないのか?」
「お姉ちゃんなら朝からギルドに呼び出されてるみたいです。お姉ちゃんくらいのランクになると、代わりが効きにくいので呼び出しも増えてくるらしいですよ。……えへへ。最近じゃお姉ちゃん、あの『導きのエルディン』に肩を並べられる可能性があるって噂になってますからね。妹としても鼻高々です」
えへん、と自慢げに胸を張るセレナ。
姉妹揃って大成してるってすごいよな。
姉が超一流の冒険者で妹が超一流の融合魔術師って、どんなDNAだよ。
それから二時間やそこらが経ったころ。
エウラリアが空間魔術で懐から取り出したある物に、俺は視線を奪われる。
「お? エウラリア、まだそれ持ってたのか」
「え? なに? どれ?」
「いや、その爪楊枝の剣」
エウラリアが取り出した爪楊枝の剣。
それはまさしく、オーシャニアから旅経つ時に俺が創ってやった剣じゃないか。
てっきりあの列車を降りてからどこかで捨てたのかと思っていたが、エウラリアは大事に保管しておいてくれたらしかった。
その剣を両手で握りしめていたエウラリアは、俺の言葉にもう一度爪楊枝の剣をまじまじと見る。そして嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、これ? そりゃ持ってるよ、せっかくレナルドに創ってもらったんだから……って、レナルド? どした?」
「エウラリアに殊勝なことを言われると、反応に困る」
俺はどうしたらいいんだ。教えてくれエウラリア。
「もー、なにさそれ。素直に反応してくれていいんだよ?」
「素直に? んー、そうだな……ありがとうエウラリア。嬉しいよ」
まさかあんな旅先で創っただけの剣をそんなに大事にしてくれているとは思わなかった。
自分が創った魔道具を大事にされているのはとっても嬉しい。
ましてその相手が自分にとって大事な人ならなおさらだ。
俺からの感謝の気持ちを聞いたエウラリアはにへっと人の好さそうに笑ってウンウンと頷いた。
「ふふん、そうそう。そうやって素直になればいいんだから。ボクも嬉しいよ、レナルド。ボクだってキミのことは大事に思ってるんだもん」
「ありがとな」
「それに、この剣は我が愛刀だからね……!」
「それまだ言ってんのか……」
「型だって、ちょっとは上手くなったんだからね?」といってエウラリアは素振りを始める。
……ぶっちゃけ、あんまり上手くはなっていない気がする。
それでも一生懸命なのは伝わってきた。
「へへ、たまにこうやって素振りしてるんだよ? この世界に来てから身体を動かすことの楽しさを知ったんだ」
「師匠から直々に剣を貰うなんて……いいなぁー」
ふとセレナが声を上げた。
その視線は一心に爪楊枝の剣へと注がれている。
そんなセレナに、エウラリアは誇るように自慢げに剣を見せる。
「いいでしょ~? こればっかりはあげられないよ」
「ぐ、ぐぬぬ……羨ましい……!」
いや、セレナがそれ貰っても小さすぎて使い物にならないだろ。
なんでそんなに羨ましがってるのかがわからないぞ。
と、そんな会話をしていると、店の扉がノックされる。
鍵を開けると、そこにいたのはイルヴィラだった。
「邪魔するわ。セレナいる?」
「お姉ちゃん、お帰り~!」
「ええ、ただいま」
バッとイルヴィラに抱き着くセレナ。
「なるほどなるほど……」
……おいエウラリア、何がなるほどなんだ?
ちょっと助走をつけて……?
おいおい、そのままイルヴィラの方に駆けていったぞ?
「お姉ちゃん、お帰り~!」
「あなたの姉になった覚えはないわよ」
イルヴィラへの接触を図ったエウラリアは、掌で軽くポンッと防がれた。
「ちぇっ、バレたかー」
「むしろどうして騙せると思ったの……?」
不思議そうな顔のイルヴィラに心底同意したいな。
「って、そんな話をしてる場合じゃないのよ。セレナ、あとレナルド。ちょっとまずいことになったかもしれないわ」
「まずいこと……?」
イルヴィラは眉をひそめている。
不機嫌なのではなく、深刻そうな顔だ。
どうやらおふざけで無く、真面目に良くないことが起こっているらしい。
俺たちは弛緩していた気持ちをキュッと引き締め、イルヴィラの言葉に耳を傾ける。
「といっても、詳細はほとんど何もわかってないんだけど……。さっきギルドに呼ばれて聞かされた話だと、最近この王都で意識を失う人間が続出してるらしいのよ。起きてるはずなのに、刺激に何の反応も示さないような人間が」
それはたしかに大事だな。
だが、このイルヴィラの深刻さはどうにもそれだけではないような気がするのだが……。
そんな当たらなくていい悪い予感は当たってしまった。
イルヴィラは付け足す様に、さらに言葉を口にする。
「――そしてその全員が、融合魔術師なの」




