48話 セレナの実力
セレナの店はさすが一流の店という感じで、置いてある物全てがそれなりの値段のもののようだった。まあ当然だ。
セレナは王都一の実力に加えて明るい性格と整った容姿なのだから、これで儲かってないんだったら世の融合魔術師は全員赤字になってしまう。
「さて。準備はバッチリです!」
融合反応から身体を保護するためのエプロン姿に着替えたセレナ。
幼かった頃とは見違えるほど様になっているその姿に、俺は思わず感嘆の息を吐いてしまう。
そんな俺に気付いたのか、セレナはエプロンの端を摘まんでクルリとその場で一回転してみせてくれた。
「えへへ、似合ってますかね?」
「ああ、似合ってる。その姿を見ただけで一流の融合魔術師だってことが一目でわかるな」
「し、師匠に認めて貰っちゃった……。どうしよう、ニヤける……」
ぎゅむ~っと頬を押さえるセレナだが、どうやっても頬のゆるみが抑えきれていない。
「ちょっとレナルド、この子あたしが褒めるよりずっと良い顔してるんだけど? あとで一戦交えましょうよ。もちろんお互い武器は真剣で」
「やめてくれ、俺が死ぬ」
どれだけ俺にジェラシー感じてんだ。
一流の冒険者と副業冒険者じゃ勝負にもならないぞ。
「ま、まだにやけがとまんないよぉ……ど、どうしよぉ」
「大丈夫、セレナ? ボクも一緒にほっぺた抑えてあげるっ」
「あ、ありがとうございますリアちゃん、助かります」
セレナの許可を得たエウラリアは、その身体をセレナの頬にピタリとくっつける。
そしてセレナの柔らかそうな頬を身体全体で堪能しはじめた。
「えへへ、役得役得……」
「おいそこの発情妖精、いますぐ俺の弟子から手を離せ」
「そうよこの変態妖精! 妹から離れなさいっ!」
「むうぅ~っ。ボクは半分善意でセレナの手伝いをしてるだけなのにぃ~……」
もう半分が邪の塊なんだよお前は。
そんな風にプクッと頬を膨らませても可愛くないからな。可愛いけど。
「二人とも、なんでそんなに怒ってるんですか……? リアちゃんは純粋に私のことを思って手伝ってくれただけですよね? ありがとうございます、助かりましたっ」
エウラリアの意図に気付いていないセレナは、あろうことかエウラリアに向かってニコッと微笑んだ。
極上の笑みを向けられたエウラリアはウッと目を見開く。
「あ、ああ、だ、駄目だ……この子の心が純粋すぎて、ボク、溶かされちゃう……!」
そのまま胸を抑えながらフラフラと地面に落ちていく。
まるで日光を浴びた吸血鬼だな。
セレナの穢れのない太陽のような心は、穢れきったエウラリアには眩し過ぎたようだ。
ベタッと床に落ちたエウラリアは、何とか上半身を起こしてセレナの方を向いた。
「せ、セレナの融合魔術を見るまでは、ボクはまだ消えるわけにはいかないぞぉ……!」
曲がりなりにも融合魔術の妖精としての矜持はあるようだ。
あとはもう少し下心がなくなれば、きっと完璧な妖精になれると思うぞ。
「じゃあ、早速行きますね?」
そう言うと、セレナが魔石と素材を手に持つ。
白い魔石の元の持ち主はピュアスライム。性能は全てのスライム共通の『伸縮』と、ピュア系の魔物固有の『浄化』だ。
『浄化』は主に呪われた人間を解呪するときに用いられるほか、アンデッド系の魔物には絶大な効果を発揮する使い勝手の多い性能である。
だが、この性能を持つ魔物は全て『ピュア』と頭に名のつく魔物であり、それらはいずれもが基本の魔物の突然変異である。言い換えれば、『浄化』だけの性能を持つ魔石というのは存在しない。
その上、普通に融合しただけでは『浄化』の性能が付与される確率は僅か一パーセント未満。
今市場に並んでいる浄化の魔道具のほとんどは、九十九回の失敗の上に偶然融合に成功したものだ。
それゆえ浄化の性能を持った魔道具はいずれも高値で取引されるし、融合魔術師にとって浄化の性能を狙って素材に付与できるかどうかはすなわち歴史に残るレベルの融合魔術師であるかどうかを左右する大きな壁にもなっている。
「実は、ピュア系の魔石の融合はまだ成功したことないんですけど……師匠とお姉ちゃんとリアちゃんが見ててくれれば出来る気がするんです」
そう語るセレナはまごうことなき超一流の融合魔術師であり、かつ王都一の融合魔術師である。
そんなセレナでも未だ融合に成功していない。それほどこの魔石の融合は難しいのだ。
セレナは「ふぅ……」と肩に入った余計な力を抜くように息を吐くと、ピュアスライムの魔石を素材の杖に押し当てた。
静かに、ぬぷぬぷとまるで沼に沈むみたいに魔石が杖の中に消えていく。
「……」
息遣い以外、誰も何も発さない。
先ほどまでの賑やかだった部屋が嘘のようだ。
俺も含め全員が、固唾を呑んでセレナの融合魔術を見つめていた。
「……っ」
半分ほど魔石が押し込まれたところで、初めてセレナが僅かに眉を動かす。
融合魔術にはつきものである、拒絶反応が起こり始めたのだ。
魔石と杖の触れあっている部分が、魔石と同じ白い火花を放ち始める。
弾ける光と接合部分から生じる熱。
それに焦ってしまえば最後、融合魔術は失敗に終わる。
目を閉じているセレナを見つめる。
赤い髪が汗で額に張り付いているところからも、体力の消耗具合が見て取れた。
セレナの精神世界では今、ピュアスライムとの主導権の奪い合いが行われているはずだ。
頑張れセレナ。頑張れ。
「頑張れ……!」
声を出してしまっていたか、と思わず口元を押さえる。
だが、声の主は俺ではなかった。
イルヴィラが祈るように手を組み合わせながら、頑張れ、頑張れ、と繰り返し唱えていたのだ。
そしてそんなイルヴィラを安心させるように、いつの間にかエウラリアがその手に触れてあげている。
フッ、と思わず笑みが漏れてしまった。
こういう思いってのは、意外と本人に届いていたりするものだ。どんなに集中していても、自分の背中を押してくれる気持ちは自然と感じられる。多分人間にはそういう機能が生まれつき備わっている。
「頑張れよ、セレナ」
だから、俺も同じように気持ちを言葉にすることにした。
状況が動いたのはそれから数分後だった。
膠着を続けていた魔石が、不意に杖の中に再び溶け出す。
その動きはどんどんと勢いを増し、そしてそのまま杖に溶けきった。
「……っはぁ! つ、疲れたー」
まるで長い間息を止めていたみたいに突然に、セレナが声を上げる。
手の内では杖がぼんやりと穢れのない白い光を放っていた。
その光こそ、『浄化』の融合に成功した何よりの証だ。
「おめでとう、セレナ」
正直、今の融合には舌を巻いた。
さすがはエウラリアが見えるだけあるというか……うかうかしてると俺まで追いぬかれるな、こりゃ。
弟子が成長した喜びだけですむかと思ったら、一人の融合魔術師としてのライバル心まで湧き上がってきちまった。さすが俺の弟子だな、俺も鼻が高いぜ。
俺の祝福の言葉に、セレナは弱々しく微笑む。
「ありがとうございます師匠。初めての成功なので、ぶっちゃけめちゃくちゃ嬉しいです……けど」
「けど?」
「それ以上に疲れました。もうへとへと……あうっ」
そう言い残すと、セレナはそのまま床に取れこんでしまった。
イルヴィラとエウラリアが慌ててセレナの元に駆け寄る。
「ちょっ、せ、セレナ!? 大丈夫なの!?」
「あ、あわわわわ!? ど、どうしよレナルド、人工呼吸とかした方がいいんじゃ……!」
「落ち着け二人とも、良く見てみろ」
慌てふためく二人に、俺は口元に手を当てて「しーっ」とジェスチャーをする。
「すぅー……すぅー……」
静まり返ったセレナの店には、セレナの寝息だけが響いていた。
「ね、眠ってる……? な、なんだ、よかったわ……」
ホッと胸をなでおろすイルヴィラ。
同じようにエウラリアも安心したようなそぶりを見せた後、俺の方に向き直る。
「でも、すごかったねセレナ。レナルドもうかうかしてらんないね!」
「ああ。セレナのおかげで俺も燃えてきた」
慕ってくれてる弟子に負けてるようじゃカッコがつかないからな。
嫌でも闘争心がメラメラ燃えてくるってもんだ。
「おお~っ! そりゃいいことだ! 頑張れレナルド! ボク、キミのことはいつまでも応援するからねっ」
「ありがとな、エウラリア」
グッと親指を突きだして笑いかけてくれるエウラリア。
やっぱりお前は最高のパートナーだよ。
「でも、同じくらいセレナのことも応援する訳だけど!」
「おい!? そこはパートナーとして俺のことを大目に応援してくれよ」
「いやいや、普通に考えてレナルドよりうちのセレナでしょ? そうよねエウラリア? ね? ね!?」
「わわっ、一気に二人で詰め寄って来ないでよ!? 特にイルヴィラ、目が怖い! 目が怖いから~っ!」
俺とイルヴィラに同時に詰め寄られ、わたわたと部屋中を逃げ回るエウラリアなのだった。




