47話 セレナの店
「この魔石は――」
「ああ、それならこの素材を――」
なりゆきで俺の店に来たということもあって、俺とセレナは融合魔術談義に勤しんでいた。
他の融合魔術師と深い話ができるのはほとんど初めてに近いと言ってもよく、俺は口が止まらない。
そんな俺を慮ってか、気づいたらセレナは主に聞き役に回ってくれていた。
弟子に気を遣わせる師匠……なんとも情けない話だが、それ以上に話すのが楽しくてたまらないのだから仕方ない。
そんな俺たち二人を、エウラリアとイルヴィラは無言で眺めている。
エウラリアは自分のことを話されているかのようにニコニコと俺たちを見守っている。
一方のイルヴィラは融合魔術師ではないのであまり話の内容は理解できていないようだが、それでもセレナを見ているだけで幸せなようだ。本当に仲がいいな。
自分の好きなものについて話していると、時間というやつはどうしてこうも驚くほどあっという間に過ぎていくのだろうか。
ついさっきまで昼過ぎだと思っていたのだが、すでに時刻は午後三時を回っている。
そんな時だった。
「そうだっ。折角ですし、師匠に私の成長を確認してほしいんですけどいいですか?」
不意に、セレナがそんなことを言い出した。
「いいぞ。他人が融合魔術を使ってるところを間近で見る機会なんてそんなにないしな」
俺はそもそも他の融合魔術師との関わり自体がほとんどないからな。
関わりのある融合魔術師なんて、セレナと……セレナと……いや、本当にそのくらいだ。
交友関係の狭さに自分で気づいて悲しくなってくる。
「やった! ありがとうございます。じゃあ私の店に行きましょう」
セレナは自己嫌悪に陥る俺に、太陽のような影のない笑顔で笑いかけた。
俺の弟子とは思えない明るさだ。大切にしてほしい。
俺たち四人は俺の店をでてセレナの店へと移動する。
大通りの混雑の中をしばらく歩くと、セレナが足を止めた。
「ここが私のお店ですっ」
……ここ?
セレナが掲げた腕の先に視線を移す。
そこにあったのは、俺の店の二回りは大きな店。
しかもここは王都の中で一番大きい道に面した、一等地中の一等地だ。
国の中心の街である王都の中でもさらに中心。セレナの店はそんな場所にどっしりと構えていた。
「すげえな……サイズもでかいし立地も最高じゃないか」
呆けた声を出すと、イルヴィラがそれに耳をぴくっと反応させる。
そしてまるで自分のことのように自慢げに胸を張った。
「そりゃそうよ。セレナは王都一の融合魔術師なんだから」
「師匠には敵わないけどね。……あ、気になってたんですけど、なんで師匠のお店は大通りじゃないんですか? 師匠の実力なら私と同じくらいの立地の土地を貰えたはずだと思うんですけど」
セレナが尋ねてくる。
ああそうか、セレナは俺が人づきあいが苦手なことを知らないんだった。
さすがに五歳の子供に情けない姿を見せるわけにはいかなかったからな。隠してたんだった。
でももうセレナも充分成長したし、これ以上隠しておくこともないだろう。
そう判断した俺は正直に告げる。
「目立つのが好きじゃないんでな。大通りは避けてもらった」
「あんた凄いわね……。大通り沿いの店を目指す人はいくらでもいるけど、避ける人は初めて見たわ」
「褒めるなよ」
「褒めてないから。むしろ目立つの苦手なんて言っててお店はちゃんとやっていけるの?」
イルヴィラの半ば俺を案ずるような視線に言葉がつまる。
正直図星だからな。言い返せない。
そんな俺の様子を見て、イルヴィラは一層心配そうな顔をした。
「……ね、ねえ、本当に大丈夫なのあんた。なんかあたし不安になって来たんだけど……」
「大丈夫だと思うしかない」
「それって大丈夫な人の台詞じゃないわよね……」
そうかもしれんが、頑張るしかない。
なにせ弟子がいる街でカッコ悪いところは見せられないからな。
そんな思いで不安を打ち消そうとする俺を見て、セレナが微笑ましげに口角を上げる。
「師匠は恥ずかしがり屋さんなんですよね。十三年前も通行人の人が落っことしたハンカチを拾って渡してあげた後、見知らぬ人と話した心労で息があがっちゃってましたし」
「……そんなことは思い出さなくていいぞ」
「思い出したんじゃないですよ。一回も忘れたことありませんから、ずっと覚えてます」
そうか。でもそれはそれで新たな疑問が湧いてくるよな。
なんでそんな俺でも覚えてないような話を覚えてるんだ。
……というかお前、俺のしたこと言ったこと全部覚えてないか?
人づきあいが苦手なことだって、隠してたはずなのにお見通しされてるし。お前多分名探偵になれるぞ。才能あるよ。
人知れず戦慄する俺を尻目に、セレナは喋り続ける。
「そんな師匠の姿を見て、私は『人と話すの苦手なのに、ハンカチの持ち主が困るといけないからって頑張って教えてあげるなんて、ししょーって偉いなぁ』って思いました。それと同時に『ししょーはきっとわたしがちゃんとした大人になれるように、ししょー自身の背中を通してわたしに教えてくれているんだ』とも」
「お前は俺を買いかぶり過ぎてやしないか?」
自分で言うのもなんだが、ハンカチを拾って手渡すのでさえ緊張してしまう人間をよくそこまで好意的に捉えられたな。
誰かに騙されないように注意した方がいい気がするぞ。
と、ぱたぱたと羽を使って宙を飛んでいたエウラリアが俺に顔を向ける。
そしてグッと親指を立てた。
「自信持ちなよレナルド。キミはそりゃ短所もあるけどさ、とにかく良い人だってのはボクも自信を持って太鼓判を押すよ?」
ああそうだ。この前もおんなじ様なこと言われたばっかりだったな。
エウラリアはいつもこうして俺の背中を押して自信を与えてくれる。
……でも、面と向かって褒められるのはなんだかちょっと恥ずかしいな。
「……なんだエウラリア。夜ご飯は大盛りをご所望か?」
そんな言葉で俺は気恥ずかしさをごまかした。
「うんうんそうそう。そのために褒めてあげたんだから……って、違うよ! んもう、レナルドはボクのこと食いしん坊だと思ってないかい? 失礼しちゃうなもう!」
「ああ、悪い悪い。じゃあ大盛りにはしなくていいな」
「あ、大盛りにはするよ? 一応ね、一応」
するんかい。
エウラリアって、よく食べて、よく寝て、よく発情して……三大欲求の権化みたいなやつだな。
妖精って皆こうなんだろうか。
「あっあ~! 晩御飯が今から楽しみ~!」
……なんとなくだが、エウラリアが特別なだけな気がする。




