42話 再会
「で、材料の運搬が終わったら次はどうするんだ?」
「簡単でさぁ。こっからが建築魔術の使いどこってやつですぜ」
作業をしていた男たちが、俺に与えられた土地の前に並びだす。
そして次々と魔力を身体から発しだした。
「うっわあ……」
エウラリアが口からそんな言葉を零したのも無理のないことだった。
運び込まれた材料たちが重力に逆らうようにふわふわと浮き上がっている。
魔力という見えない力で宙に吊り上げられた材料たちは瞬く間に互いに結合し、建物を形成しだす。
そしてそのまま、二十分と経たないうちに融合屋が完成した。
「すっげえな」
今まさに出来上がった俺の城をまじまじと見つめる。
建築魔術で建物が建つところ見たのは初めてだが、まさかこんなに手早く出来るとは。
作業時間のほとんどが運搬時間とはさすがに想像もしていなかった。
「中ももう入っても大丈夫なのか?」
「大丈夫ですぜ。もう完成してますから。むしろ中に入って不満がないか確かめてくだせえ」
建築魔術師に促されるまま、俺は店の中へと入る。
たしかに中は俺がオーダーした通りの、落ち着いた造りになっていた。
木材の色をそのまま生かしたようなシックな雰囲気だ。
「融合屋ってことなんで、耐熱性の高い木材を材料にしてますぜ。あとは注文通りに無駄なものがない洗練された雰囲気を目指しやした」
建築屋からの説明を聞きながら、俺は二階へと上がる。
どうせならと、二階に住居スペースを要望したのだ。
階段を上がりきった先には、一階と同じく落ち着いた雰囲気の部屋があった。
二階の部屋は全部で四つ。一際大きい部屋をリビングに、残ったうちの一つを寝室にという考えだ。
ちなみに後の二部屋は予備だ。
「二階は住居ってことなんで防音を重視させてもらいやした。音を吸収しやすい造りにしてあるんで、外の騒音に悩まされることはまずないと思いますぜ」
そんな説明を聞く。
建築屋の男は話が止まらなくなりそうなのを必死で自制しているように見えた。
気持ちは分かる。自分の専門分野の話はついつい語り過ぎてしまうんだよな。
「さ、これで全部見終わりましたぜ」
「ああ、そうだな」
全ての部屋を見終わり、俺は空っぽの部屋を眺める。
今は少々物悲しいが、家具やら何やらをそろえていくうちにそれも払拭されるだろう。
「気に入っていただけましたかね?」
男が尋ねてくる。
個人的な意見を言わせてもらえば、大満足だ。
だが、すぐには返事をすることはできない。
ここに住むのは俺だけじゃないからな。もう一人の同居人の意見も聞いておかないと。
俺だけでなくエウラリアにとっても、ここはこの先暮らしていくことになる場所だ。
彼女の意見を知ろうと、俺はエウラリアの方を向く。
「レナルドレナルド、ボクここ気に入ったよ!」
目線が合ったエウラリアは、手をわちゃわちゃと動かしながら俺にアピールしてきた。
興奮が抑えきれないかのように、くるくると空中を何度か回転する。
かと思えば突然壁に向かって全速力で進みだし、思い切り壁にぶつかる。
びょんっ、とエウラリアの身体が跳ね返された。
「いてて……ほら、とっても頑丈だし!」
たしかに壁はなんともなさそうだが……そもそもお前のタックルで壊れる家って相当ボロいだろ。
そんなことを確かめるために無理はしないでくれ。
……でもまあ、エウラリアも満足なら言うことはないな。
「俺たちは……じゃなくて俺は大満足だ。ありがとう」
建築屋にそう伝える。
危ない危ない、もっと注意深くならなきゃって言った傍から俺ってヤツは。
「そう言ってもらえると建築魔術師冥利に尽きやすね。んじゃ、もしまた何かありましたらウチに来てくれれば対応しますんで」
俺が満足したことが分かると、建築屋の男たちは「今後ともごひいきに!」と言って去って行った。
そして、まだ何もない店に俺とエウラリアが残される。
「こんな良い店建ててもらえて良かったよな」
あまり細かく要望せずに最低限譲れないところ以外は彼らに任せたのだが、それで良かった。想像通りではなく想像以上だ。
やっぱりこういうのは本職に任せるのが一番だな。
……って、聞いてるかエウラリア?
「すんすん、すんすんっ! 出来たばっかりの家の、なんとも言えない匂いがするよ。この匂い好きなんだよね~!」
エウラリアは壁に顔をこすりつけるという奇行に走っていた。
何をしてんだお前は。
そのまましばらくそれを繰り返していたエウラリアは、俺の視線に気づいてこちらを向く。
「……あれ? どうかした、レナルド?」
「……いや、何でもない」
……意外と匂いフェチだったりするのだろうか。
「……俺も嗅いでみていいか?」
「! もちろん! ほら、この辺とか特に良い匂いするよ!」
びゅるんと移動し、四隅の一つを指差すエウラリア。
自分の好きなものを紹介するとき特有の興奮で顔がニヤけているのが正直微笑ましい。
彼女に促されるまま、鼻に集中して匂いを嗅いでみる。
……なるほどな。エウラリアはこの匂いが好きなのか。
「……」
「どう? どう!?」
「……ちょっとわかる」
「やっぱり!」
壁の匂いを嗅ぐとか最初はヤバいと決めつけてかかってたけど、やってみるとその心地よさが少しわかってしまった。
なんかこう、安心が感じられる。
「おめでとうレナルド、今日からキミは匂い仲間だよ」
「匂い仲間って名称はなんか嫌だぞ……」
歓迎してくれるエウラリアには悪いが、これは開けてはいけない扉な気がする。
早急に扉の立てつけを強固にしたい。
俺とエウラリアは一旦店の外に出て外観を眺める。
二代目の自分の城。
田舎に建っていた初代のものと比べると、やはり段違いにスマートだ。
ああでも、かといって初代の方が駄目だったという訳ではない。十年以上過ごして愛着もあったしな。
「なんにせよ、この店を建てた代金で手持ちはほぼスッカラカンだな。一日でも早く店を始めて金を稼がねえと」
「そうだけど……だいじょぶ? キミ、人見知り発揮しそーでボクは心配」
スタッと肩に着地し、エウラリアは親身になった言葉をかけてくれる。
「心配するなエウラリア。俺も全くの同感だ」
「なんだ、それなら安心……できないよ!? 同感されちゃ困るんだけど!?」
「ああそうだな、困った。助けてくれエウラリア」
「キミってヤツは……」
呆れてため息をつくエウラリア。
仕方ないだろ、見知らぬ人と話すのは苦手なんだ。
一度親しくなってしまえばあとは意外とイケるんだけどなぁ。
と、その時。
「し、師匠!?」
少女の声がする。
どうかしたんだろうかとそちらを向いてみれば、ミディアムの赤髪を揺らしてこちらに駆けよって来る少女の姿があった。
「師匠、お久しぶりです!」
「……えーっと」
唐突に頭を下げられ、困惑する。
目の前の光景に頭がまだ追いついて来ない。
「あ、ご、ごめんなさい、人違いかも……」
戸惑う俺を見て、少女は自身の勘違いを疑ったようだ。
そして窺うように上目遣いで、俺に質問する。
「あの、レナルド師匠じゃないですか? 私、セレナっていうんですけど……」
「……セレナ? あんたが?」
少女の言葉で、記憶の中のセレナと目の前の少女が結びついた。
おいおいマジか!?
五歳やそこらで走るのさえ危なっかしかったセレナが、こんなに成長してるなんて。
いや、そうだよな。もう十八歳だもんな。
俺の腰以下だった身長も、胸も辺りまで伸びて……。
「なんといったらいいか、その……でかくなったな」
「わぁ、やっぱり師匠だ! 十三年と三十七日ぶりです!」
なんでそんな正確に覚えてんだよ。恐怖を感じたぞ。
兎にも角にも、俺は十三年振りにセレナと再会を果たした。




