41話 建築屋さんは頑張り屋
翌日。
すっかり高くなった太陽の下、俺とエウラリアは土地を受け取るために試験官と共に王都の街を歩いていた。
「ここなんてどうかな。大通りから一本入ったところだし、人通りもそこまで多くない。かといって全くないわけじゃないから、治安も悪くない」
男が足を止め、俺に街の一角の土地を指差す。
「文句なしだ。わざわざありがとう」
とりあえず大通りに面していなければ、立地はそこまで気にしていない。
土地の大きさ的にも俺が長年営んできた融合屋より大きいし、文句などあるはずもなかった。
こんな土地が無料でもらえるなんて融合魔術師様々だな。
「店本体はさすがに無料とはいかないけど、それでも融合魔術師特価になるから……色々内装にこだわったとしてもこのくらいの値段内に収まると思う」
男が指で示した料金は今の俺でもなんとか払えそうな額だった。
一般的な値段と比較すると五分の一程度にはなっているように思う。
最後に建築魔術を扱う店――建築屋の場所を俺に教え、男は通常業務へと戻って行った。
男がいなくなったのを見計らって、ずっと俺の肩で休んでいたエウラリアがぴょこんと起き上がる。
「どうするレナルド? お店を建てるだけのお金はあるよね?」
「決まってる、今すぐ店を発注するぞ。こういうのは早い方がいい」
一日でも早く王都で店を持ちたい。
下手に土地を渡されたことで、その気持ちは一層強くなっていた。
「おおーっ、即断即決かぁ。いいねいいね! れっつらごー!」
周囲を飛び回るエウラリアを引き連れ、俺はさっそく建築屋の方へと歩き始めた。
そして夕刻。
俺とエウラリアは、建築屋の作業を黙って眺めていた。
大体の内装のイメージを伝えると、すぐに建築に移ることになったのだ。
まさかその日のうちに建築作業が始まるとは思っておらず少々面食らったが、王都では普通のことらしい。
田舎には建築魔術師なんていなかったからな、知らなかった。
彼らの行っている内容だけ見れば作業は単調。貰ったばかりの俺の土地に木材を運んでは、また新たな木材をとりに行くという繰り返しだ。
ただ、見るのとやるのでは天と地の差があるだろう。
重い木材を繰り返し繰り返し運び続けるというのは大変な作業のはずだ。
しかももう四、五時間はぶっ続け。
だというのに、男たちに疲労は見えない。
さすが王都の建築屋、質が高いな。他の建築屋見たことないけど。
「人間は頑張り屋だよねぇ。ボクたち妖精にはこんなに勤勉な性格の子たちなんて滅多にいないよ」
エウラリアが彼らの作業風景を見ながらしみじみ呟く。
なんとなくのイメージだが、俺も妖精は自由奔放な印象だな。
時間とかそういうものに縛られていないからだろうか。
エウラリアの様に五百万年も生きるのが普通なら、勤勉に生きるには長すぎるのかもしれない。
そういう意味じゃ、俺は人間でよかったな。
俺が融合魔術の極意に辿り着けたのも、限られた命だったからこそだろう。
「で、どーお? ついに王都に自分の城を持つ感想は?」
インタビュアーの様に自らの腕をマイク代わりにし、俺の口元に掲げるエウラリア。
ニヤニヤしちゃってまあ。俺の答えもわかってるくせに。
……まあ、ここは正直に答えてやるか。
「やっぱワクワクしてくるよな。自分を高める機会にも恵まれそうだし」
新たな魔石との出会い。
それを想像しただけで、身体の奥底から好奇心と探究心が湧きあがってきて止まらない。
「まったく、レナルドったら武者震いしちゃって! そういうのボク好き!」
なにやらエウラリアは俺の態度を気に入ってくれたようだ。
最近分かってきたが、コイツは何かに一生懸命な人が好きなんだな。
だから今もこんなに羽をパタパタさせて目を輝かせているという訳だ。
「そんなに喜ばれるとなんだかこっちまで嬉しくなってくるな」
「レナルドの真似するっ! ……ブルブルブルっ!」
そこまで震えてねえから。
濡れた犬じゃないんだぞ俺は。
思わず笑ってしまいながら俺は思う。
自分にないものに惹かれるのは俺も同じか。
だから、気まぐれで気分屋なエウラリアは、俺から見ると好ましく映るんだな。
「はーやっく完成しないっかなぁー!」
待ちきれない様子でうずうずと辺りを飛び回る蒼い妖精を見ながらそんなことを考えた。
「お客さん、そろそろ必要な材料の運搬が終わりますぜ」
もう少しで夕日が地平線に沈むというころ、建築屋の一人が俺にそう声をかけてきた。
俺は「ああ、そうか」と答え、それから彼らに労いの言葉をかける。
すると、建築屋の作業員の一人が俺の顔をジーッと凝視してくる。
なんだ? 別段変な受け答えをしたつもりはないのだが……。
「……? 俺の顔に何か付いてるか?」
「いや……ずっと俺たちの作業見ながら独り言言ってたんで、やべえ人かなと思って」
み、見られてたのか……!
周りに誰もいないから油断してた……!
まさかあのハードな作業中に俺の方を確認する余裕があるとは……建築屋おそるべし。
「レナルドはすぐに油断するよねぇ。ボクみたいにもっと注意深く生きなきゃ」
フフン、と自慢げな顔のエウラリア。
お前と話してたから変な人扱いされたってのに、勝ち誇った顔しやがって……。
カチンと来たぞ。なんとか仕返ししてやれないものか。
「……そうだな、たしかにエウラリアの言う通りだ」
「ふふん、でしょでしょ?」
「ああ。でもそうなると、今後外では一切エウラリアと口を利かないってことになるな。そうすれば変な人に思われることもないだろうし」
「っ!? そ、それはやだ! さみしい!」
俺の言葉が予想外だったのか、エウラリアは目と鼻の先まで近づいてくる。
しかしまだ俺のターンは終わってないぞ。
「いや、でも俺はもっと注意深く生きなきゃいけないからなぁー。なんてったって俺はすぐに油断する訳だしぃ?」
「わぁー、うそうそうそっ! さっきのはまるっきり嘘だよ! レナルドは超しっかり者!」
超しっかり者は絶対嘘だろ。
だって自分でもそこまでは思ったことないし。
まあ、少しは反省してくれたみたいだしそろそろ許してやるか――
「許してよレナルド、ボクはキミ以外と意思疎通ができないんだ。キミと話す時間だけが唯一の安らぎの時間なんだよぉ……。キミがいなきゃボク、ボク……っ」
……なんかあれだな、ちょっと良心が痛んできたな。
いや、ちょっとどころじゃないな。けっこう強めに痛んできたな。
沈痛な雰囲気を醸し出すエウラリアに、俺は胸を押さえる。
だめだ、自分がすごい悪党な気がしてきた……。
「うぅう……っ」
おいちょっと待てエウラリア。
泣かないで。お願いだから泣かないで。
泣かれると俺の良心砕けて消えちゃうから。
「エウラリア! ごめん、すまないっ! 俺の注意力不足をお前のせいにしちまった」
「え……? う、ううん、そんなことないよ。でも、許してくれるの?」
「もちろん許すさ。それと、これからは周囲にももっと気を付ける。ただ、俺一人じゃやっぱり不完全だからな。お前も俺が誰かに不審な目で見られてそうだと思ったら気づいたら教えてくれ。頼むぞ? ……頼りにしてるんだからな」
「うんっ! へへ……」
よかった、なんとか泣かれずにすんだ。
と、じんわりと赤くなった鼻を照れたようにこすっていたエウラリアは、名案でも思い付いたかのように眉を上げた。
「あ、そうだ。許してくれたお礼に、今日の夕食はボクの分のご飯一口あげる!」
……お前の一口分ってお米一粒レベルだろ?
貰ってもあんまり嬉しくないな……。
いや、でもせっかくのエウラリアの申し出を無下にするのも申し訳ないし……。
「……あっ」
ん? なんだ、どうしたエウラリア。
「レナルド、今気づいたんだけどさ。……キミ、今まさにめちゃくちゃ不審な目で見られてるや」
「えっ?」
俺は咄嗟に周囲に目線を移す。
建築屋たちは揃いも揃って俺に得体のしれないものでも見るような目線を向けていた。
「やっぱやべえ人だ……」
……しまった。
今の会話見られてれば、そりゃやべえ人扱いされるよな。
こりゃ、口下手な俺がいくら釈明したところでもう無理だ。
彼らの中じゃ俺は『やべえ人』で決定だろう。
「こ、今回はボク悪くないよね!? そうだよね!?」
焦るエウラリアに、コクンと頷く。
今回は間違いなく俺のミスだろう。
にしても、もうちょっと注意深くなりたいなぁ……。




