39話 結果
試験を終えた俺に走り寄ってくる試験官は興奮の色を隠そうともしていない。
そのまま手を取られ、少し乱暴にブンブンと振られる。
「凄いね、レナルド君っ!」
「あ、ああ」
実戦と理論という舞台の差はあれど、融合魔術という分野に関わっているという点では彼も同じ。俺の融合魔術を見て感銘を受けてくれたのだろうか。
少し照れくさいが、悪い気分ではないな。
「おめでとレナルド。ボクは合格するってわかってたよ」
まるで髭を蓄えた老人のような所作でウンウンと頷くエウラリア。
そんなエウラリアにも目配せで返事をする。
……にしても、いつまで手を振れば気が済むんだこの人は。
そろそろ飽きて欲しいのだが。
「まさか今王都一の融合魔術師であるセレナの記録が破られるなんて驚きだ!」
「……ん?」
セレナ? セレナ、セレナ……。
いつの間にか腕を離されていることにも気づかず、繰り返し脳裏で反芻する。
その名前に俺は一人心当たりがあった。
「? どしたのレナルド?」
きゅるんと小首を傾げるエウラリアに答えようにも、人の目がある現状では難しい。
今は自分の疑問を解決するのが先決だ。
試験官の男に声をかける。
「なあ、そのセレナって――」
「凄いな君! 今までどこにいたんだ!?」
「あ、いや、田舎の方に。それより――」
「田舎か……!」
駄目だコイツ。興奮しすぎて俺の話を聞いちゃいない。
「王都から離れたところだと融合魔術はあまり盛んでないからな。王都に近ければ、きっとこちらからスカウトに行っただろうに……! くぅ、僕たちの情報収集の腕が足りなかったか!」
「いや、俺はほとんど客がいないところで店やってたし、知らないのも無理はない」
そんな悔いるような顔をされては、フォローに回らざるを得ない。
俺が十年以上融合屋を営んでいた町は、良いところではあったが、同時に王都の情報が入ってくるような場所でもなかった。
逆もしかり、王都では俺の情報など手に入れることは難しかっただろう。
それになにより、エウラリアと会うまでは顧客もいなかったしな。
「こんな腕があるのに客が来ないのかい? 不思議なこともあるもんなんだな。よければ詳しく聞かせてくれないか?」
「ああ。といってもそんなに面白い話じゃないけどな。元はと言えば俺が口下手で、あとあんまり町の人間とコミュニケーションをとらなかったからで――」
俺は口下手なりに、今までの自分の旅を試験官の男に話しはじめる。
それからどのくらいの時間が経っただろうか。
おそらく十分くらいだとは思うのだが、体感的には一、二時間は平気で過ぎた。
俺は人にこちらから一方的に話すだけというのは慣れていないのだ。
ともかく、エウラリアのことは隠しつつもこれまでの旅を伝えた俺に、試験官は神妙に頷く。
「――なるほど。オーシャニアの騒動は王都にも聞こえてきていたが、それを収めたのが君だったのか。それならばこの結果も納得だ」
「いや、あれは俺の力じゃなくてアルシャ……あの街の海巫女の力だよ。俺はただ彼女の背中をほんの少し後押ししただけだ」
それに、俺以外にもエルディンもイルヴィラもエウラリアも協力してくれたしな。
……って、なんでこんな話になったんだっけ?
たしか、何か聞きたいことがあったはずなんだが……。えーと、たしか……うわ、忘れた。
くそ、なんだかモヤモヤするな……。かなり大事なことだったはずなんだが。
「ああ、色々と質問攻めにして悪かったね。柄にもなく興奮してしまった。君になら文句なしで一等地をプレゼントできるよ!」
なんとか思い出そうとしていた俺に、笑顔で告げる試験官。
だが、それを聞いた俺はとても笑顔ではいられない。
「一等地はいらないから、普通の土地がほしい」
一等地なんて貰っても俺が困る。
客が来るかもわからないし、来すぎても対応できないし。
うぬぼれかもしれないが、あまり人気になりすぎて融合魔術の訓練の時間が取れなくなるのも嫌だ。
「なんと! 謙虚でもあるというのかい!? 驚きだな……!」
いや、謙虚とかそういうのじゃなくて……。
「レナルド、目立つの苦手だもんねー」
まあ、そういうことだ。
やっぱりエウラリアは俺のことよくわかってくれてるな。
「せっかく腕があるんだから、もっと『俺はすごいんだぞ~!』みたいに威張ってもいいのに。それくらい許されるんじゃない?」
「そんなの無理だ」
「恥ずかしがっちゃって、このこの~」
からかうように肘で俺の脇腹をつついてくるエウラリア。
しかし身長差がありすぎて全く感触を感じない。
エウラリアもそれに気づいたのか、つつく箇所を脇腹から頬に変えてくる。
頬を肘でつつくって、字面だけだと凄い痛そうだな。実際は全然だけど。
「無理……? 一体何の話だい?」
「あ、いや、悪いな。独り言だ」
不審がる男にそう返す。
ちょっと気を抜くとエウラリアに返事しちゃうからな。この癖は抜けそうにない。
「そうか。ならいいんだが……とにかく、土地は明日にでも用意させてもらうよ。一等地は避けて、ほどほどに立地の良いところを選ばせてもらう。それならいいかな?」
「ああ、ありがたい」
まさか土地代がゼロになるとは思ってもなかったからな。
棚から牡丹餅と言うやつだ。
あまり良すぎなければ立地にもこだわっていないし、大人しく男の言うことに従うのが一番だろう。
「レナルド君は宿はもう決まっているかい?」
「いや、まだだ。これからとろうと思ってる」
「そうか。ならこちらから連絡は出来ないから、明日の昼以降にまたここに来てくれ。その時に君用の融合屋の土地を案内させてもらう」
ほぉ……と俺は密かに驚く。
一日で用意できるもんなのか。
王都は国で一番人口密度が高いわけだし、土地にも余裕はないものだとばかり思っていたのだが。
そんな俺の気持ちが顔に出ていたのか、男が説明を付け足す。
「優れた融合魔術師は厚遇で迎え入れないと、他国に行かれたら国単位での莫大な損失だからね。土地は常に抑えてあるんだ。軽い囲い込みだと思ってもらっても構わないよ」
なるほど、国単位でも色々あるんだなぁ。
「興味なさそうだねー」
まあそうだな、その通りだ。政に興味はない。
国の運営とかそういうのは偉い人にやってもらって、俺はとにかく魔石と素材を融合したい。
「おお、レナルドが『融合魔術だけやって生きていきたいんだー!』って目をしてる!」
なんでわかるんだ。
すごいなエウラリア。お前俺の心を読む天才かよ。
……いや、待てよ? なら俺もエウラリアの思ってることがわかるんじゃないだろうか。
「……」
目の前に浮かぶ羽の生えた妖精をジッと見つめる。
「……? な、なに? どしたの?」
……わからん!
わかるのはきょとんとした顔が愛くるしいということ、ただそれだけ。
少しは他人と話ができるようになってきたと思ったが、まだ他人の気持ちを理解するところまではいけていないようだ。
これだから人づきあいというやつは難しい。
「くるるる~」
ふと、小さくくぐもったような音がする。
何かと音の出所を見れば、真っ赤な顔をしたエウラリア。
「べ、別にお腹なんて減ってないし!」
あ、今ならエウラリアが何を考えてるかわかるわ。
もう夜も更けてきてるし、気持ちは分かるぞ。
諸々の手続きを済ませ、俺は正式に王都で融合魔術師として認められた。
これで諸手を挙げて融合魔術に勤しむことができる。万々歳だな。
あと今日の内にしなければならないことは……宿をとることくらいか。
時間が遅くなってしまったが、ここは王都だ。旅人も多いだろうし、その分宿はたくさんあるから平気だろう。
そんなことを思いながら部屋を後にしようとした俺に、試験官が何の気なしに話を振ってくる。
「それにしても、こんなに実力があるのに弟子はとらないのかい?」
――あ、思い出した。何を忘れてたのか。
セレナについて、だ。
「セレナという人について、少し聞きたいんだが」
セレナ。その名前を口にするだけで、なんだか若返ったような気分になる。
昔、俺には一人だけ弟子がいた。
特に何かを教えられたわけでもないので弟子と呼んでいいのかもわからないが、彼女は俺を師匠と慕ってくれていた。
弟子の名はセレナ。
もう十三年前――俺がまだ十五歳のころの話だ。




