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37話 壁いっぱいの保存箱

 警備隊の建物をでて、横に並んだ白い建物に移動する。

 王政が設置した融合魔術師のための建物らしい。

 中には融合魔術師のために役に立つような様々なものがあるそうだ。


「まあ、私はそちらの分野にはあまり詳しくない。あとで受付にでも聞くか、案内図を見て何があるかは確認してみてくれ」


 と言いながら、シエンタは建物の玄関をくぐる。

 外から見た限りでは、玄関も質実剛健な造りで、俺が普段着で入っても浮くことがないような場所のようだ。

 シエンタに続いて玄関をくぐり、廊下を進む。

 その役職ゆえか見た目ゆえか、シエンタには多くの視線が注がれていたが、特段気にする様子もない。

 ツカツカと身体の軸をぶらすことなく泰然と前を進むその姿に、俺は頼もしさを覚えた。


「レナルド殿はこの王都という街で何を為さんとする?」

「そうだな……魔石を見に来た。俺はもっと多くの魔石に触れて、自分の融合魔術師としてのスキルを高めたいんだ」


 国で一番魔石が集まる街、王都。

 己の力を試す場としては最適だ。

 これからの適性試験も、どこかワクワクしている自分がいた。

 適性試験というからには、実技試験がメインなはずだ。一体どんな魔石を触らせてくれるのだろうか。楽しみで仕方ない。


「楽しみか?」

「えっ」


 心の内を読み取られ、思わずギクリと肩が跳ねる。

 シエンタはそんな俺に顔を向け、自身の口角を指で押し上げた。


「顔に笑みがこぼれている」

「ああ、悪い」


 そんな風なおどけた仕草もするのか。

 見た目から厳格なイメージだったから、正直不意打ちだった。

 俺の戸惑いを勘違いしたのか、シエンタが俺に告げる。


「いや、怒っているわけではないぞ。むしろ好ましく思ってな。私たち警備隊でいう武者震いのようなものだろう? 緊張ではなく期待するとは、私の想像以上だなと思っただけだ」

「うわっ、レナルドが融合魔術馬鹿だってこともうバレちゃった!」


 肩に止まっていたエウラリアが起き上がった。

 その瞬間、シエンタの視線がエウラリアへ動く。

 瞳は明らかに俺の肩に向いていた。

 初めての経験に、エウラリアの身体が委縮する。


「えっ!? も、もしかして、シエンタ、ボクのこと見えてる……? れ、レナルド、聞いてみて!」

「シエンタ、いきなり何を言っているのかと思うかもしれんが……俺の肩に、何か見えるのか?」


 たしかにこれは聞いておかなくてはならない。

 エウラリアは誘導魔術を極めた妖精。彼女が望まない限り、『極意』に辿り着いた人間――つまり俺以外の人には見ることができないはず。

 俺が見つめる前で、シエンタはぱちくりと何度か瞬きをしてから、軽く頭を下げた。


「ああ、失礼した。一瞬何かの気配がしたように感じたのだが……私の思い違いだったようだ」


 なるほど、見えているわけではないらしい。

 本来見えないはずのエウラリアの存在を気配どるだけでも凄いことだが……まあ、そういうことなんだってさ。

 肩のエウラリアにも事態は伝わっただろう。


「な、なにこの人っ!? 気配を察知する能力が高すぎるよ! せっかくばれないようにほっぺぷにぷにしようと思ってたのに、できないじゃん!」


 何をしようとしてんだお前は。


 ……にしても、エウラリアの気配を感じ取れるってことは、もしかしたらこの人も融合魔術以外のなんらかの極意にあと少しのところまで近づいているのかもしれないな。

 なんかすごいカリスマ性あるし。


「まあ、ともかくだ。これから受けてもらう適性試験は半年に一度受けられるが、貴殿なら受かると私はすでに半ば確信しているよ。……中々いないのだぞ? 私の眼鏡に適う者は」

「じゃあ、シエンタの目が節穴じゃなかったってことを証明するためにも頑張らなきゃだな」

「ふふ、期待しているぞ」


 そう答えたところで、シエンタの足が止まった。

 俺より少し小さい身体を、進行方向からこちらへと向ける。


「ここが試験の会場だ」


 どうやら会場へと到着していたようだ。

 目の前にはたしかに『誘導魔術師適性試験会場』と張り紙がされていた。


「部外者の私が来れるのはここまでだ」


 張り紙の四隅のテープが剥がれかけているのをさりげなく直しつつ、彼女は言う。

 そして最後に足を肩幅に開き、腕を後ろで組んで胸を張り上げた。

 警備隊における敬礼だ。


「では、合格を祈っている」

「ああ、ありがとう」


 その雰囲気に圧倒されつつ、俺はなんとかそう返した。

 シエンタは俺たちに背を向け、出口へと歩いていった。


「ちょっと、大丈夫かいレナルド? 試験よりシエンタに呑まれてない?」


 さすがエウラリア、俺のことはお見通しだな。


「エウラリアはどうだ? 呑まれてないか?」

「ボクは完膚なきまでにあの子に呑まれてるよ。まさか気配を感じ取るなんて、反則だよね」


 二人揃って呑まれるなんて、情けない話だな。

 苦笑を零しつつ、部屋の扉を開ける。




「おおぉ……」


 思わず声が漏れた。

 踏み込んだ部屋には、魔石の保存箱が壁を埋め尽くす勢いで設置されていた。

 試験官とみられる数人にはほとんど目が行かず、視線は自然と魔石の方へと向かう。

 すごい量の魔石だ。百や二百では足りないな、これは。


「シエンタから聞いているよ。君がレナルドだね?」


 声をかけられて初めて、男に目線を向けることになる。

 白衣を着て眼鏡をかけた、緑髪の男だった。

 長身で細身――それを見て、俺は融合魔術師というより融合魔術の研究者に近いのだろうとアタリをつける。

 融合魔術師は体力もかなり必要だ。拒絶反応により生じる熱に耐えつつ、イメージとして現れる魔物を倒していかなければならない重労働。

 男がそれをできるとは思えず、つまり消去法的に彼は研究者ということになる。


「ああ、俺がレナルドだ。よろしく頼む」

「僕は試験官のジョン。よろしく。彼女が融合魔術師を連れてくるのなんて初めてだ。それも『期待していいぞ』とのお墨付きだったからね。……楽しみだよ」


 シエンタそんなこと言ってたのかよ。

 自分のいないところで褒められていたと思うと、背中の辺りがムズムズと疼く。

 人に認めてもらう、というのはエウラリアに会うまではほとんど味わったことのない経験だけに、自分の中での処理の仕方が難しい。

 ただ、もちろんありがたい話ではある。

 上がった期待値を軽く飛び越えるくらいでないと王都一にはなれないし、それだけのことを俺はやってきたはずだ。

 大丈夫、大丈夫だ。つい先ほどシエンタに呑まれかけた俺ではあるが、いざ魔石を目の前にしてしまえば、どんな場所でどんな状況でも集中しきる自信はある。


「無駄話は嫌いかい? なら、早速試験に移ろうか」


 ジョンが言う。

 嫌いではなく世間話が苦手なだけなのだが。

 まあ、相手からして見れば同じように見えるのだろう。

 なんにせよ、話が早いのは俺の好みだ。


 細い長テーブルの前に案内され、その前に布で隠された魔石が次々に置かれていく。

 ……なんか、テンション上がって来るな。

 融合魔術師の血が騒ぐというか。エウラリアも同じ気持ちになってたりするのか?


「よーしっ、頑張るぞぉ~! ……って、ボクが頑張るんじゃないのか」


 どうやら入り込み過ぎて自分が試験を受ける気になっていたようだ。

 可愛らしいところもあるじゃないか、と思っている間に、エウラリアはこそこそと俺から距離をとる。


「い、今のはさすがにちょっと恥ずかしい……聞こえてないことを祈ろう」

「聞こえてるぞ」

「うわぁぁぁんっ! レナルドのいじわるぅぅぅ~っ!」


 俺をリラックスさせるためにやってくれた……とは全く思えないが、結果的に肩の力は抜けた。


「じゃあ、説明を始めるね」

「ああ」


 さあ、どんな内容でもかかってこい。

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