35話 路地裏の戦い
露店用に前もって魔道具を用意していてよかったな、と思う。
戦いながら融合魔術を行使するとなると、俺の腕でもスライムの魔石以外は中々厳しい。
その点今は、リュックの中にかなりの量の魔道具が入っている。
「死ねぇぇぇっ!」
先んじてこちらに突っ込んできた男の胴に、リュックから取り出した魔道具を当てる。
すると、男はまるで身体が石にでもなったかのように動きを止め、その場に倒れた。
「な、なんだ!? 何をしやがったてめえ!」
「教える義理は無いな」
俺が使ったのはコカトリスの『石化』の魔石を融合した警棒だ。
護身用に売れると思って作っておいたのだが、まさか自分が使うことになるとは思わなかった。
あまり質の良い魔石を使っていないから石化の時間は数秒といったところだが、無いとあるとでは大違いだ。
ちなみに『石化』の性能をも持つ魔石には他にもゴーゴンがいる。
といっても、ゴーゴンとコカトリスでは魔物の強さも魔石の性能も天と地だ。
ゴーゴンはSランクでもかなり上位の魔物、コカトリスはせいぜいB上位の魔物である。
ゴーゴンの魔石はその色合いも息を呑むほど綺麗だと聞くし、是非一度拝んでみたいもの――!?
「うおっ!?」
腹を蹴られ、身体が吹き飛ぶ。
壁に激突し、肺から一気に空気が抜けた。
「ちょっ、大丈夫レナルドっ!?」
「ゴホッ、ガハッ!」
ヤバい、魔石に意識が行き過ぎた……!
戦闘中に魔石のこと考えるなんて、俺は馬鹿か!
「妙な魔道具使いやがって。おいお前ら、一人ずつじゃ駄目だ、一気に行くぞ!」
「へい、お頭!」
男たちは完全に油断を捨てたようで、ジリジリと全員で距離を詰めてくる。
こうなると警棒では相手にならない。あれはリーチが狭いせいで、多対一には向かないのだ。
というかそもそも、今の衝撃で警棒はどこかに飛んで行ってしまった。今の俺は無手だ。
ヤバいな……。額に冷や汗が滲む。
尻餅をついた状態は、いわずもがな、かなり不利だ。
立ち上がる隙を与えてくれるとは思えないし、立ち上がれたところでさっき石化させた男もすでに復活してきている。九対一の状況で俺に逆転の一手などない。
「エウラリア! 何でもいい、リュックから魔道具をとってくれ!」
「え、う、うん、わかったっ!」
この状況を打開するには、やはり魔道具に頼るしかない。
といってもえり好みしている時間は無いから、運否天賦だ。
頼むぞエウラリア、なんかいい感じの魔道具をとってくれ……!
「こ、これだ! なんかわかんないけど、強そう! ……ん~、しょっ!」
エウラリアが小さな体でリュックから魔道具を取り出してくれる。
妖精であるエウラリアが見えない周りの男たちにとっては、さぞ奇妙な光景が見えているだろう。
「!? お、お頭、アイツのリュックから魔道具が勝手に……!」
「チッ、妙な事される前に殴るぞ!」
俺の手に握られた魔道具は、剣だった。
『伸縮』の魔石が融合された鉄剣。
逆境にもかかわらず、ニィィ、と口の端が上がる。
「よし、これならイケる……! ナイスだぞエウラリア!」
リュックには他にも強力な魔道具がたくさん入っていた。
だが使い手を俺に限定すれば、これが一番いい魔道具だ。
なにせ俺はこの数年間、『伸縮』の木剣で魔物を狩り続けていたのだから。
この性能の剣の扱いに関してだけは、一流の冒険者にも劣らないと自負している。
「らぁっ!」
腰を地面につけたまま、上半身だけで剣を横薙ぎに振るう。
「なんだ? そんな剣のリーチじゃ俺たちには届かねえよ!」
「それはどうかな」
グン、と剣が伸びる。
「なっ……!?」
「伸縮は魔石の基本。良く覚えておいた方がいいぜ」
使用者である俺の意思に従って伸びた鉄剣は、九人の男たちの足元を揃って崩した。
男たちが体勢を整えようとしている隙に立ち上がり、再度剣を構える。
構えはフェンシング。『突く』という動作は、伸縮の魔石とこの上なく相性がいい。
こうなればこっちのものだ。
端の男から順に腹に一撃を入れ、倒していく。
「くそがっ!」
一人には避けられたが、それ以外は全員静めることができた。
避けたのは……頬に傷のある男か。
やっぱりコイツだけは他のやつより一段上の強さらしいな。
「死ねよっ!」
男が突っ込んでくる。
だが、すでに大勢は決した。
九対一は厳しかったが、一対一なら俺はコイツよりも上だ。
その上相手は武器も無し、こちらは鉄剣持ち。
負けるわけがなかった。
「俺の勝ちだ」
接近させる前に、腹部に一発お見舞いする。それでもまだしぶとく立っていたので、追撃にもう一発入れた。
ドサリ、と男の身体が地に伏せる。
「これに懲りたら、もうこんなことはやめるんだな」
倒れている男たちを見下ろす。
刃は潰してあるし、後遺症が残るような傷は無いはずだ。
これをきっかけに更生してくれるといいのだが……というか、コイツラのせいで王都の印象一気に悪くなったぞ……。
あんなあくどい方法で田舎者から金をとろうとするなんて、許せない。
人の良い笑顔しやがって、あんなの騙されるだろ。
とはいえ、浮かれ過ぎていて危機感が足りなかったのも事実だ。
これをしっかり反省して、次からは人を疑うことも覚えなくちゃな。……悲しいけど。
「ふぅ……」
勝利の立役者である鉄剣と、蹴られた拍子に地面に落ちた警棒をリュックにしまいながら息を吐く。
危なかったな。正直、負けてもおかしくなかった。
勝てたのは単純に運が良かったな。あと、エウラリアのおか――
「レナルドぉ~っ!」
ぼふんっ。
エウラリアが俺の顔に突っ込んでくる。
そしてそのまま俺の頬に小さな体でへばりついた。
「うおっ、どうしたエウラリア」
「心配したよぉ! ボク、キミが死んじゃうんじゃないかって!」
「ああ、心配かけたな。この魔道具を選んでくれたのはナイスな判断だったぞ」
「強そうだから選んだんだけど、良かったや……!」
うん、本当に助かった。
だけどそろそろ頬を撫でるのはやめてくれると助かるな。
身体全体で撫でられるのは、なんか変な感じだ。照れる。
「さて、コイツラは道の端に寄せといて……じゃあ行くか、エウラリア」
「うん。あ、その前にボクも一発入れとく。この~、ボクたちを騙しやがって~っ!」
そう言って、主犯格の傷のある男をぽこっと殴る。
……多分、ダメージゼロだろうけど。
でもまあ、エウラリアにも怒る権利はあるな。俺と一緒に騙されて、怖い経験したわけだし。
「一発いれて気はすんだか?」
「うん。行こっ、レナルド」
エウラリアが肩にちょこんと乗ったところで、俺は表の通りに歩き出した。
速いところこの通りを出ないと、また絡まれないとも限らないしな。
「そこの男性。少し良いか」
……言った傍から……。
背後から声をかけられ、頬を痙攣させながら振り返る。
そこには銀色の髪をした、厳格な服装の女が立っていた。
明らかにこの場所にはふさわしくない衣服。そう感じた俺は思い出す。
たしかあの衣装、警備隊のものだったはずだ。
「あ、警備隊の……?」
「ああ。王都警備隊隊長、シエンタ・アルジェンタだ」
女――シエンタは頷く。
隊長……!? ど、道理で雰囲気がある訳だ。
正直に言おう、俺はこの人に呑まれかけている。
一目見ただけで、人の上に立つ器だと確信できる佇まい。
強いとか弱いとかではない。いや、もちろん強いのだろうが――それ以上に、目の前のこの人からは強烈なカリスマ性を感じるのだ。
対峙しているだけで危うく片膝をついて信奉してしまいそうになるから参る。
「近隣住民から通報があってな。君はこの件の当事者だな?」
「あ、ああ、まあそうなる」
「事情を聴きたい。付いてきてくれるな?」
有無を言わさぬ圧倒的な圧。
エウラリアが即座に「ひっ!?」と俺の後ろに隠れてしまうくらいだ。
いち一般人の俺がそんな状況で断れるはずもなく。
「わ、わかった」と油の切れた機械人形のような動きで頷く。
まあ、そもそも状況を説明するのは国民の義務だしな。
大人しくシエンタの後をついて行く。
……結局警備隊に取調べされることになるんだな、なんて思いながら。




