34話 路地裏
表通りから少し入ったところ。
ここまでくれば、先ほどの俺の痴態を見ていた者もいないだろう。
さて、これからどうするかな……。
今後のことを思いながらぼんやりと露店を見る。
賑わい方は店それぞれだが、表通りから一本裏に入ってもまだまだ人通りは少なくなく、閑古鳥が鳴いているような店はあまり見当たらない。
「工房を持てるほどの金は今ないから……なんか融合して露店で売るか。それで日銭を稼ごう」
「おっけー」
さきほどの失敗から、今度は誰にも聞こえない程度の小声でエウラリアに告げる。
本当は白昼堂々と会話していても許されるのが俺たちにとっては一番なのだが、そんな日が来るような未来は今のところ見えない。
妖精なんて半ばおとぎ話の世界だし、現れたことがわかったらパニックは必死だ。
エウラリアにも、目立たないようにと気づかないうちに窮屈な思いをさせているかもしれない。
その分、宿屋では構ってやるとしよう。
そんなことを思いながら、路の端の開いているところを探す。
適切な場所を見つけ、旅用のリュックからシートを引っ張りだし、道路に敷く。
道路に注目してみて初めて、王都は他の街より道さえ舗装されているのが分かった。
凸凹がほとんどないもんな。歩き易そうで、老人には住みやすそうな街だ。
手早くシートを敷くと、その上に前もって融合しておいた魔道具を並べていく。
オーシャニアから王都に着くまでも二、三度魔道具を売って日銭を稼いでいたので、この辺は慣れてきた。あと問題は、客が寄ってきてからのコミュニケーションくらいなものだ。……いや、それが一番の難関なのだが。
あっと言う間に、即席の露店が完成した。
そしていざこれから――というところで、通りを歩いていた男が話しかけてくる。
「あ、君々! ちょっといいかな」
「俺か?」
「うん、君!」
「俺が、何か?」
まだ魔道具を並べたばかりなのだが……いきなり興味を持ってくれたのだろうか。
それならば何よりも嬉しいが。
男は古傷のついた頬を撫でながら、人のよさそうな顔でこちらにズイと身体を伸ばしてくる。
「見たところ君、魔道具売ろうとしてるよね? もしかしてだけど、融合魔術師じゃない?」
「ああ、そうだが……融合魔術師だと、何かあるのか?」
「融合魔術師が露店をやるには、王都の許可が必要なんだけど、君とってる?」
「え、そうなのか?」
初耳だ。
他の街ではきちんと確認してから露店を出していたのだが、どこも了承を得る必要がなかったので、王都も同じだろうと勝手に思い込んでしまった。
ヤバい、失策だった。
固まる俺を見て、男はハァと安堵の息を吐く。
「あーよかった。最近できたばかりの法律だから、知らない人も多いんだよね。確信犯じゃなければ罰金を要求されることはないけど、取調室の牢屋で一日過ごすことになっちゃうかもしれないからさ」
「わざわざありがとうございます、助かりました」
人の好い男だ、と俺は思った。
この人のおかげで助かった。
王都初日から警備隊の世話になることになっては、この街でやっていく気概も何もあったものではない。
「もしよかったら、案内しようか? ちょっとわかりづらいところにあるんだ。君、王都初めてだろ? 一人で行こうとすると多分迷うと思うから」
「本当ですか? まだ道もよくわからないので、お願いします」
魔道具やらシートやらをしまう俺を、男は「手伝うよ」と言って手伝ってくれる。
「王都の人間は田舎と比べて冷たい」なんて聞いたことがあったけど、あれは嘘だな。
こんなにやさしい人もいるじゃないか。
やっぱり身を持って体験しないと分からないってことはあるんだな。
「良い人だねぇ、顔は怖いけど」
そんなエウラリアの言葉に首だけ動かして同意する。
頬の傷は威圧感がなくもないが、元冒険者やらにはああいう傷を持つ人もいる。魔物が跋扈する世界だし、不運にも襲われる人も少なくない。
だから、その頬の傷はそこまで気にはならなかった。
それよりも、大事なのは王都のことを何も知らない俺に親切にルールを教えてくれて、片づけまで手伝ってくれているこの事実だ。
いやー、良い人に会えてよかった。最初はどうなることかと思ったけど、意外と幸先良さそうだ。
「こっちだよ」
「はい」
俺は男に続いて王都の街を歩く。
男の迷いない足取りに頼もしさを覚えながら。
たしかにこれほど入り組んだ道だと、一人でたどり着くのは一苦労……いや、至難の業だな。
どんどん道が狭く、人通りが少なくなっていっているし……って、本当にこっちで合っているのか?
人が全くいなくなってきたんだが……。
「あの……申し訳ない。疑う訳じゃないんだが、許可をとるための場所はこっちであっているのか?」
「ん? 大丈夫大丈夫、あと少しだから。ちゃんと着いてきてね」
男は振り返らずにそれだけ応える。
「ね、ねえレナルド。なんか危ない感じがしないかい……?」
エウラリアが怯えたように俺の上着の内側、服との間に身を押し込む。
正直、俺もこのままついて行くのは危険なんじゃないかと思い始めた。
人通りもなく、路の雰囲気も先ほどまでとは打って変わってゴミが散乱している。
明らかにこの先に公共施設のような建物があるとは思えない。
「すまない、用事が出来た。申し訳ないが案内はもういい」
俺は懐から貨幣を取り出し、男の背中を叩く。
「これは手間賃だ。案内してくれてありがとう」
穏便に分かれるためにも、そしてこの男が本当に善人だった時のためにもこのお金は渡しておくべきだろう。
手間賃としては少々多めの額のそれを手渡された男は、ハッと小さく笑みを見せた。
「おいおいあんた、金持ってんなぁ」
豹変した雰囲気。
それでようやく俺は確信する。
騙されたのだと。
「王都に出てきたばっかりのお上りさんかと思えば、中々どうして金持ちじゃねえか。こりゃラッキーだぜ」
男が首をクイと動かす。
あらかじめ打ち合わせしてあったのだろう、道の両側から逃げ道を塞ぐように計八人の男がわらわらと湧いてきた。
そんな状況を見て、思わずため息が零れる。
「俺はアンラッキーだ」
まさかいきなり騙されるとは……俺も情けない。
「ど、どどどどうしよレナルド!」
「心配するな、エウラリア。俺はこう見えても冒険者だぞ? このくらいの相手ならなんとかなる……多分」
「……確証は?」
「ない」
「ないの!?」
「ああ。だって副業冒険者だし」
冒険者は本業じゃないし。あくまで新鮮な魔石をとるための片手間、本職には遠く及ばない。
だから、コイツラの中にそこそこの実力者がいた場合、相当苦しい戦いになる。
ただでさえ九対一なんだ、そうなったら負けが濃厚。幸い、見た限りでは強そうなヤツは頬に傷のある男だけだけど……俺の目がどこまで信用できるかはわからない。
「なに一人でぺちゃくちゃしゃべってんだよ、頭おかしくなったか?」
「うるさいな、今俺がエウラリアと話してるだろうが」
俺はいらだちを包み隠さない。
一般人に変人に見られるのは嫌だが、こんなやつらになら何を思われてもいい。
というかこんなヤツラのために、エウラリアとの会話を我慢するメリットが俺に何一つとしてない。
「駄目だコイツ、頭イってやがる。恐怖でおかしくなったのか? ……まあいい。おいお前ら、さっさとぼこして金だけ盗むぞ!」
「へい、お頭!」
そして、総勢九人の男たちと俺との路地裏での戦いが始まった。




