33話 王都
オーシャニアを発ってから一週間後。
「ついに到着だな」
「おおぉー、ここがあの!?」
「ああ、王都だ」
俺とエウラリアは、とうとう王都へと辿り着いた。
オーシャニア以外にもちょくちょく他の駅にも降りていたせいで思っていたより時間がかかったが、おかげでまた新しい魔石も何個か手に入れた。
プラスマイナスはトントンといったところか。
「にしても、相変わらずでけえなあ。さすが王都」
王都は文字通り王の住む都、すなわちこの国の中心である。
ここは経済の中心地であり、技術の中心であり、――そしてなにより、融合魔術の中心地でもある。
駅を出て数歩も歩けば、早速融合屋を見つけることができた。
駅の近くの利便性の高いところに融合屋があるなんて……さすが王都、魔石も集まって来るだけあって、融合魔術の需要も高いらしい。
前に一度来たときは、こんなに街のしょっちゅうに融合屋なんてなかったはずだが……ここ数年で、王都も様変わりしたようだ。もちろん良い意味で。
「おい、こっちにも融合屋があるぞ! 見ろエウラリア!」
「はいはい。まったくもう、子供みたいにはしゃいじゃって……」
エウラリアはやれやれと言った様子で俺につき従う。
俺は店のガラス窓に頭をぶつけながら、エウラリアにジトッと半目を向けた。
「そんなこといいつつ、お前だってテンション上がってるくせに」
「ぎくっ。……ぼ、ボクは融合を司る妖精だから、テンション上がっていいんだよーだ」
「なら俺だって融合魔術師何だから、テンション上がったっていいだろ」
「むむぅ……負けました」
「勝ったぜ」
口喧嘩に勝利した俺はるんるん気分で融合屋を見て回る。
今なら自然にスキップも出来そうな気分だ。
……ちょっとだけ、やってみようか。
こうか? って、エウラリアにバッチリ見られてた。
くそ、からかわれてしまう……!
「レナルド? その変な踊り何?」
「……なんでもない」
スキップとわかってすらもらえないとは。
からかわれずにすんで喜んだ方がいいのか、落ち込んだ方がいいのか。俺にはわからない。
融合屋の店先を何軒か見て回っていると、路傍に露店が出ていることに気が付いた。
興奮しすぎて気づけていなかったが、中心となる通りにはぽつんぽつんと露店が並んでいる。
それらの品ぞろえを眺め見る。
何々? 魔道具に、こっちは金具か。それでこっちは……魔石っ! しかも、質も良い!
うわ、マジか、こんな質の良い魔石が露店に並んでるのか! 王都以外じゃ考えらんないぞ!?
「うおおぉー!」
「うわ、レナルドが壊れた!」
思わず奇声を上げてしまった俺に、ビクリと肩を震わせるエウラリア。
「壊れもするさ、すごいぞ王都! 昔一回来たときは、まだこんなに融合魔術が盛んじゃなかったのになぁ! 少し来ていない間にこんなに変わっちゃって……こんなことなら、もっと早く来てみるんだった!」
あ、あっちにも質の良い魔石が売ってる! うお、こっちにも!
って、こっちは露店の融合屋!? ……なんだここは、極楽浄土か!? 天国なのか!?
「キミが楽しそうでボクは何よりだよ」
くるりと小さな体を一回転させながら、エウラリアは微笑ましそうに俺を見る。
なんか年上みたいな振る舞いしてるけどエウラリアって確か……あ、五百万歳だったっけか。じゃあ年上で良いのか。妖精だけあって身体が小さいから、どうしても年下に思っちゃうんだよな。
ほんの少し前……この小さな妖精と出会った頃を思い返してみる。
あのころの俺は、きっとあの小さな辺境の町で静かに人生を終えるものだと思っていた。
それも、もしかしたら悪くはなかったのかもしれない。
町の人たちは皆良い人たちだったし、心穏やかな生活が送れた可能性もある。
でも確実なのは、こんな全身から喜びを叫びだしたくなるほどの強烈な嬉しさは、感じられなかっただろうってことだ。
王都への旅を始めてから色々大変なこともあったけど、それでも今俺は最高の幸せを感じている。
そしてそれは、まさしくエウラリアと出会った瞬間から始まったのだ。
「ありがとな、エウラリア。今俺がこんなに幸せなのも、お前のおかげだ」
「えへへ、照れるねぇ」
後頭部に手を当てるエウラリアの頭を、人差し指で撫でてやる。
「お? おお、気持ちいー」と、目を細めるエウラリア。かわいい。
不覚にも心が揺れ動いてしまった。やるな、エウラリアめ。
「ところでレナルド」
「ん、なんだ?」
エウラリアは頭を撫でられながら、キョロキョロと視線を動かす。
「今キミは完全に不審者扱いされてるわけだけど、その点についてはどう思う?」
「あっ……そ、そうか。お前が周りに見えないの、すっかり忘れてた」
「あはは、どんだけテンション上がってたのさ。おっちょこちょいだなぁ、もう」
苦笑するエウラリア。
そんなエウラリアも、周りには一切見えていない。
つまり俺は今、一人で誰かと会話している人間に見えていることになる。
「ねえ、あの人ヤバくない……?」
「警備隊に連絡入れた方がいいかもな……」
そんなひそひそ声が聞こえてきた。
まずいな、完全に頭のおかしい人扱いだ。しかし彼らの気持ちも分かるので如何ともしがたい。
俺だって、知らない人間が虚空に向かって奇声をあげたり、笑ったり、あげく感謝の言葉なんて言っているのを見たら、警備隊に連絡を入れたくなる。当然の心理だ。
くそ、融合屋と魔石を見つけてテンションが上がり過ぎた……!
そんな風に悔やんでみるが、時すでに遅しだ。
「……ここに留まるのは気まずいから、他の通りに行ってみよう」
「はいはーい」
こうなれば、足早に立ち去る以外に選択肢はないだろう。
幸いにしてここは王都。人の量も他の街とは比べ物にならない。
二、三日も経てば、皆俺が騒いでいたことなど忘れてしまうはずだ。
そんな希望的観測を信じて、俺は王都を歩き出すのだった。




