32話 向かう先は
「列車が来るのは……あと十五分後か。まだちょっと時間はあるな」
駅に着いた俺は呟く。
十分前後の時間のズレは珍しくない列車の発着時刻であるが、まだ駅に列車が到着している様子ではない。
そんな俺に、誰かが後ろから声をかけてくる。
「やあ、レナルド君」
優しい声色に思わず振り向くと、そこにはエルディンとイルヴィラが立っていた。
その少し意外そうな顔からして、俺たちを見送りに来たわけではなく、単純に駅に用があったようだ。
「なんだ、二人も今日出発だったのか?」
駅にある用事なんて一つしかない。
つまり二人も、列車に乗ってどこかへ行くつもりなのだろう。
俺の推測が正しいということを証明するように、エルディンは一つ頷いた。
「うん。僕とイルヴィラは別々の依頼を受けるから最終的に向かう先は違うけど、とりあえずの方向は一緒なんだ」
「あたしとエルディンは王都から下る列車、あんたとその妖精は王都に上っていく列車。つまり、ここであんたとはお別れね」
どうやら俺たちとエルディンたちの向かう先は反対方向らしい。
にしても、依頼を終えたらまた依頼か。
二人とも忙しい生活をしてるなぁ。
「王都で融合屋を開くんだろう? 王都に戻ったときは是非お邪魔させてもらうよ」
そう言ってエルディンは俺に握手を求めてくる。
俺はもちろんそれに応じた。
「エルディンには魔石まで貰っちまって悪いな」
「いやいや。いい経験をさせてもらったことへの、僕なりのお返しさ」
エルディンはラージゴバットを倒したときについでに倒した魔物の魔石を、俺にプレゼントしてくれた。その数およそ三十個。
それらは全て、エウラリアが持っている保存箱に大切に保管してある。
「もし王都で店を開くことができたら、二人の分の融合は格安で受ける。俺以上の融合魔術師はいないと自負しているから、なにかあったら俺に会いに来てくれ」
エルディンとイルヴィラ。この二人には今回の事件を通して、たくさんの恩が出来てしまった。
俺が他人に恩を返す方法といったら、俺には融合魔術しか思いつかない。
イルヴィラは「意外と言うじゃない」と愉快そうに笑う。俺が自信満々なのが面白いようだ。
思えばイルヴィラにも、最初に会った時と比べたら随分認められたものだ。
「レナルド君とはほぼ初対面だったし、イルヴィラともあまり依頼を一緒にしたことが無くて、最初は少し不安だったけど……君たちとは、末永く仲良く出来そうだ」
「ああ、俺もだよ」
エルディンの言葉に俺も同意する。
「ふ、ふんっ! あたしはそうは思わないけどね!」
しかし、イルヴィラはプイッと顔を背けてしまった。
「なんでだよイルヴィラ」
「そうだよ、なんでだにゃイルヴィラ」
「ちょっとそこの妖精! にゃんこ言葉を止めなさい!」
イルヴィラがエウラリアに怒る。
エウラリアの存在は人質云々の時に完全にバレてしまったので、それ以来エウラリアはエルディンとイルヴィラの前では姿を現すことに決めたようだ。
それだけエウラリアもこの二人を信用することができたということだろう。
ただ、その分馴れ馴れしくもなったようだが。
「あたしをからかって……! 人質になってたときは猫被ってたってわけ!?」
エウラリアにおちょくられたイルヴィラは声を荒らげる。
「猫? ……にゃんにゃんか?」
「ちっがうわよ! ああもう……というか、妖精に釣られてレナルドまであたしをからかうつもり!? 性格悪いわよ!?」
「いやぁ、イルヴィラには負ける」
「はぁあ!? あたしのどこが性格悪いのよ!」
憤慨するイルヴィラ。
しかし忘れたとは言わせない。
「だって俺、初対面でいきなり疑われたし」
「うっ……。……そ、それはごめんなさいって言ってるじゃない」
イルヴィラは一気に勢いを失くし、しゅんと肩を落とす。
たまにこういう可愛らしいとこあるよな、イルヴィラって。
そんなイルヴィラの前に、エウラリアが飛んでいく。
「ごめんなさい? ごめんにゃさいじゃないの?」
「ぐぬぬぬぬ……! あたしこの妖精嫌いだわぁ……!」
歯を食いしばるイルヴィラ。
その前でエウラリアはしゃんと慎ましやかな胸を張った。
「たしかに妖精だけど、ボクにはエウラリアって名前があるんだ。リアって呼んでもいいよ?」
「この状況でよく言えたわね……。そう、エウラリアって言うの。まあ、名前だけは覚えといてあげるわよ……エウラリア」
「あ、デレた」
「で、デレてないわよ!」
わたわたと慌てるイルヴィラを見ていたエルディンは、ぼそりと呟く。
「根はやさしい子だからねぇ」
「エルディン、年上だからって保護者面やめなさい!」
「くぁわぁいい」
「妖せ……エウラリアもなにニヤニヤしてんのよ! ちょっとレナルド、コイツあんたの連れでしょ? コイツに何か言うことないわけ!?」
言うこと? そうだな……。
「昼飯は弁当でいいか?」
「うん、いいよ。列車の中で食べるお弁当って美味しそうだし!」
「そうか、わかった」
「……そういう話じゃなぁぁああぁぁいっ!」
おお、怒髪天を突くって感じの表情だ。すごいな。
そんなイルヴィラを、エルディンが子供を相手にするかのように宥めた。
「イルヴィラ、どうどう。あんまり怒ると身体に悪いよ?」
「コイツラと話してると体力がドッと削られるわ……」
何やら二人が話しているので、俺たちは俺たちで話すことにする。
「なあエウラリア、どんな弁当にする?」
「うーん、一番美味しいお弁当がいいな!」
「それは俺もだ。どれが一番おいしいと思う?」
「うーん、わかんない!」
「俺もわからん。困ったな……」
「……はぁぁぁーっ……」
イルヴィラが俺たちを見て大きなため息を一つ着いたが、理由はわからなかった。
そして十五分後。
珍しく時間通りに来た列車に乗り込み、俺たちは二人と別れた。
これでまた二人旅に逆戻りだ。
少し寂しい気もするが、これはこれでいいものである。エウラリアと一緒だと気楽だしな。
「二人とも、忙しそうだったね」
エウラリアは窓から流れる景色を見ながら言う。
「まあ、俺たちとは体力も違うだろうしな」
『鎮静』の魔石を貰いに行くときの山越えとか、普通の人間なら丸一日かかっても達成できないようなことだ。
それを考えると、やっぱりあの二人は常人とは次元の違うところにいると考えていいだろう。
「俺たちは俺たちのペースでゆっくり進もうぜ」
「うん、そうだね! ……ところでレナルド、何かない?」
「何かって?」
「うーん、遊べるような何か」
しまったな、トランプとかボードゲームとか買ってくれば良かったか。
しかしエウラリアを退屈させるのも可愛そうだ。
「仕方ない、作るか」
「作る? 何を?」
俺は不思議そうな顔のエウラリアの前で、弁当に付いていた割りばしの袋から爪楊枝を取り出す。
そしてそこに、エルディンから貰ったスライムの『伸縮』の魔石を融合した。
一瞬で一連の動作を終えた俺は、エウラリアに魔石が融合された爪楊枝を手渡す。
「伸びる爪楊枝だ。剣みたいでカッコ良くないか?」
「レナルド、これさぁ……」
一瞬行けると思ったのだが、流石に無理があったか。
いくらエウラリアとはいえ、こんな子供だましで喜ぶような幼い精神では――
「めっっっちゃくちゃカッコいいっ!」
「お、おお」
マジかお前。
それ、伸びるだけでほとんどただの爪楊枝だぞ。
だが、エウラリアは本当に嬉しそうな顔で爪楊枝を剣に見立てて振る。
その顔は喜色一色で、幼い子供がずっと欲しかった玩具をようやく買ってもらえた時に浮かべる表情と完全に一緒だ。
「えいっ! とおっ! ……へへっ、どうかなレナルド!」
「すごい剣筋だ。剣豪になれるかもな」
「本当に!? ふふん、自分の才能が怖いよ……!」
俺もある意味お前が怖いぞ。
しかし、「てやっ! てやっ!」と爪楊枝を振り回すエウラリアをしばらく眺めているうちに、なんだか少し可愛くなってきた。
「はぁ、はぁ……! 我が愛刀がどんどん手に馴染んでくるのを感じる……!」
「……お前、こんなところで可愛さアピールとは中々あざといな」
「……へ? 何の話さ?」
俺はそれに答えず、列車の窓を開けた。
塩の匂いと共に、どこかで笛の音が聞こえたような、そんな気がした。
三章『オーシャニア編』完結です。次話から新章に入ります!
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