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融合魔術師は職人芸で成り上がる  作者: どらねこ
3章 オーシャニア編
31/66

31話 さよならは言わない

 青竜を鎮めた日から、あっという間に三日が経った。

 そしてとうとう、俺とエウラリアがこの街を旅経つ日を迎える。


「今日でこの街ともお別れだと思うと、寂しくなるねぇ」

「ああ、そうだな」


 朝、宿の窓から外を覗き見ながら、俺とエウラリアは感慨にふける。

 この三日間は全て晴れだった。


「……最後にもう一回海の方でも行っておくか。晴れた海、気に入ってたろ?」

「うん、行く行く!」


 昨日も一昨日も見に行ってはいるのだが、エウラリアはブンブンと興奮を抑えきれない様子で頷く。

 よっぽど晴れた海が気に入ったようだ。

 まあ、元から見たいって言ってたしな。


 俺たちは階段を下り、宿の食事処へとやってくる。

 そこには数日前では考えられないほどの客が、ところせましと席に座って飲み食いしていた。

 皆活気あふれる顔で、朝だというのに酒を煽っている者も多い。

 アルシャと主人は二人で何十人もの注文に対応していて、話しかける余裕はなさそうだ。


 アルシャが笛の音で青竜を鎮めたことは街の間でも持ちきりの話題となり、宿には以前に増して客が入るようになっている。

 アルシャと宿の主人は嬉しそうにしながらもとても忙しそうで、俺たちはあの日以来、アルシャとしっかりとした時間をとって話す機会を得ることはできなかった。

 それは少し心残りに思うが、俺とエウラリアは不満を抱えているわけではない。

 この三日間、街の人々のために食事を運んだり、テーブルを拭いたりしているアルシャの顔が、とても輝いて見えていたからだ。

 元気がなかった人々が活気を取り戻し、そして自分たちの店に来てくれる。それがとても嬉しいのだろう。

 俺には融合術師が天職であるように、アルシャにとってはこの仕事が天職なのだ。


「行こっか」

「そうだな」


 エウラリアと俺は短く言葉を交わす。アルシャの仕事を邪魔しないことを確認し合う。

 そして外に向かって宿の中を歩き出した。

 扉まであと少しというところで、ふ、とアルシャと目線が合う。

 俺とエウラリアはアルシャに軽く手を振り、そしてピースバード亭を出た。




 外はポカポカ陽気で、カラッとした湿度が肌に心地よい。


「数日前まで雨続きだったなんて、今じゃ考えられないよねぇ」

「たしかになぁ」


 そんなたわいもない会話をしながら、俺たちは海へとやってきた。


「わぁぁっ……!」


 青い空、白い雲。そしてどこまでも続く海。

 空と海の境界線が、柔らかく蕩けるように交わっている。

 何度見ても感動する光景だ。


「やっぱりいいねぇ、海! めちゃくちゃ綺麗だよ」

「心が洗い流されるみたいな感じがするよな」


 エウラリアは「ん~っ」と伸びをする。

 太陽に照らされて、とても気持ち良さそうだ。

 俺もそれに習って伸びをする。

 縮こまっていた筋肉が伸び、肺の中に新鮮な空気が入り込んだ。

 身体を伸ばした俺たちは、砂浜に二人並んで座り込む。


「あ~、ずっとここに居たくなってきちゃったよボク」

「気持ちは分かるぞ。でも、俺たちの目標は王都だからな」

「そうだよね、お店出してレナルドの凄さを世に知らしめなきゃだもんね」

「いや、俺は珍しい魔石が扱えそうだから王都に行きたいだけだ」


 別に人気が欲しいとか、そういうわけではない。

 生活していくのに困らないだけの最低限の人気は欲しいが、「国中で大人気!」みたいなことになられてもどうしていいかわからん。まあ、ないとは思うが。


「えー、ちやほやされたくないの? ボクだったら絶対されたいけどなぁ」


 そんな考え方の俺に、エウラリアは足をバタバタさせながら言う。

 随分と俗世に染まった価値観の妖精だ。


「俺は過度に持ち上げられると逆に委縮する」

「レナルドって、もしかしてチキン?」

「いや、人間だ」

「そういうことじゃなくってさ……」


 じゃあどういうことなのだろうか、と考えていると、街の方から誰かが走って来る音が聞こえた。


「レナルドさん、リアちゃん!」


 茶色の髪を揺らしながらこちらに駆け寄ってくる少女……それは紛れもなくさっき別れたはずのアルシャだった。

 いや、アルシャは宿で滅茶苦茶忙しそうにしていて、とても抜け出てくる暇なんてなかったはず。


「アルシャ……? なんでここに?」

「列車の時間にはまだ早かったので、こっちかなと思って」

「レナルドが聞いたのは、キミが抜けちゃって宿は大丈夫なのかってことだと思うよ、アルシャ」

「あ、ああ、そっちでしたか」


 勘違いしていたことに気付いたアルシャは、照れたように口元を覆った。


「それならその……おじさんが、『最後なんだからちゃんとあいさつして来い』って。そうしたらそれを聞いたお店にいた人たちも、『行ってこないと後悔するぞ!』って。……なので、来ちゃいました」


 アルシャは照れたままはにかむ。


「いい人たちだな」

「はい、お客さんは皆良い人です。……それでですね、少しご一緒してもいいですか……?」


 そう言って、アルシャは窺うように俺たちに尋ねた。


「もちろんだ」

「ボクたちがアルシャの誘いを断るわけないでしょ?」

「ありがとうございます」


 そして、俺たちに横に腰掛ける。



「今日、船が出港しているんです」


 横に腰掛けたアルシャが言う。

 その目線の先では、海に浮かぶ船の姿が見て取れた。

 漂っているのではなく、自らの意思で前に前にと進んでいるのがわかる。


「こんな光景がまた見られるとは、正直思っていませんでした」


 そう言ったアルシャは、顔を俺たちの方へと向けた。


「私たちのために、私たちの街のために……今回のことは本当にありがとうございました」

「友達なんだから当然だよ、アルシャ」


 そう答えたエウラリアは、フワッと飛び立つ。

 そしてアルシャの前でビシッと指をアルシャに向けた。


「いい? アルシャはもっと人を頼ること。頼るのが申し訳ないなんて思う必要はまったくないんだから。それでももしそう思いそうになったら、代わりに自分ができることを人にもやってあげればいいよ。そうすればおあいこだもん」

「持ちつ持たれつってやつだな」

「あ、そうそうそれそれ。アルシャ、今ボクがいったことを短く纏めるとなんていうか知ってる? 持ちつ持たれつって言うんだ」

「さも自分が言いましたみたいな顔してやがる……」


 それを聞いたアルシャが笑う。

 大海原の真ん中で、船が、ボー、と汽笛を鳴らした。




 列車の発車時刻が近づいてきたので、俺たちは海岸から駅へと向かう。

 ピースバード亭の前まで歩いたところで、ついに本当にアルシャとのお別れを迎えることになった。

 茶色い瞳でじっと見つめるアルシャに、俺は言う。


「アルシャがいる宿ならきっと客足も途絶えることがないだろう」

「たしかに! アルシャ、超可愛いしね」

「だから、今度来るときはきちんと予約をとっておくことにするよ」

「……え? また、来てくれるんですか?」


 一拍遅れて、アルシャが驚きと戸惑いの入り混じった声を上げた。


「いつになるかはわかんないけどな。なにせ俺はこれから王都に店を出さなきゃならない。でも、それが落ち着いたら、必ず遊びに来る」


 ここで過ごしているうちに、ピースバード亭という宿そのものに愛着が湧いてしまった。

 街を去るからこのままスパッと忘れておさらば……なんてことは到底出来そうにないし、したくもない。

 なにせ、こんなに美人な看板娘がいる店だからな。


「……じゃあその時まで、ピースバード亭は絶対に潰れさせないようにしないとですね」


 アルシャが微笑む。


「あったりまえだよ! ボクはアルシャのいるこの宿が大好きなんだから、潰れたら承知しないよ?」


 エウラリアの言葉に、俺も頷いた。

 俺の顔に自然と微笑が浮かぶ。

 笑顔というと、思い出すのはあの日のことだ。俺がアルシャに笑顔の作り方を教えてくれと頼んだ日。

 まだまだ教わった通りに意識して笑顔を作ることはできないが、それでもアルシャに教わったことは俺の中でとても大切なものになった。

 この出会いは、俺にとっても幸運だった。


「別に俺たちは金輪際会えないってわけじゃない。同じ時を同じ国で過ごしてるんだ、いつかまた会えるさ」

「……ねえねえレナルド、今の気障な台詞いつから考えてたの? 昨日から?」


 エウラリアがニヤニヤしながら聞いてきた。


「うるさいぞエウラリア。……一昨日からだ」


 言わせるな、恥ずかしいだろ。

 頬を染める俺を見て、アルシャは可憐な笑顔を見せる。


「ふふ。私のために二日間も考えてくれて、ありがとうございます」

「……おう」


 なんと答えていいかわからず、俺はそう返すしかなかった。




「またな、アルシャ」

「また会おーねー!」

「はい。……お二人とも、お元気で」


 そして、ついにアルシャと別れる。

 姿が見えなくなるまで手を振っていたが、ついに姿も見えなくなった。

 エウラリアはアルシャの姿が見えなくなると、寂しそうに呟いた。


「ボク、すぐあの宿の味が……というよりも、アルシャが恋しくなる気がするよ」

「じゃあ、頑張って王都で安定した店を作んなきゃだな。それでまたここに遊びに来よう」


 俺がそう言うと、エウラリアは少し元気を取り戻す。


「うん、そうだね。そのためならボクはいくらだって協力するよ。えへへ、頼もしいでしょレナルド?」

「いや、逆に不安だ」

「ちょっと!?」

「冗談だよ、冗談。頼りにしてるさ」

「むぅ……」


 頬を膨れさせたエウラリアを連れながら、俺は駅へと向かうのだった。

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