3話 窮地に俺ができること
朝食を食べ終えた俺たちは店の外に出る。
「んー、お腹いっぱい! 」
エウラリアは俺の頼んだ料理を一つまみほど食べただけだが、随分と満足そうな表情だ。
まあ身体の大きさ的にはあれくらいで充分なのかもしれないが。
不自然に料理の量が減っては怪しまれると気を張っていた俺からすれば、軽く肩透かしを食らった気分だが、バレるよりは格段にマシだろう。
「あ、でもまだ時間結構あるねぇ」
「あとはそこら辺を散歩でもして、適当に時間をつぶせばいいだろう」
町には観光名所のようなところは何もないが、十年以上暮らした地には相応の思い入れがある。アウラリアは退屈してしまうかもしれないが、田舎の良さを伝えるいい機会でもあるだろう。
そんなことを考えていた俺は、ある異変に気付く。
「……ん?」
なんだか町の人々が随分とあわただしい。
「何かあったんですか?」
近くにいた老人に話を聞いてみる。
「ああ、君は融合屋の……。実は、鉱山で軽い崩落があって、子供たちが閉じ込められたようなんだ。なんでも使われなくなった坑道を『秘密基地』にして遊んでいたみたいで……」
「秘密基地……?」
朝食前に言葉を交わした少年たちが脳裏によぎる。
アイツラ、たしか秘密基地に行くって言ってたよな。
……閉じ込められてるのって、アイツラじゃないか?
「悪いなエウラリア、予定変更だ。鉱山に向かう」
「あの子たち、大丈夫かな!? 早く行こう、レナルド!」
俺たちは急いで鉱山に向かうことになった。
無事でいてくれよ……!
鉱山についた俺の前には、すでに人だかりができていた。
近づいてみると、人垣の向こうでは屈強な男たちが鉄製のピッケルを巨大な岩に打ち付けている。
カン、カンと小気味良いテンポで音が鳴っているものの、岩が割れるような素振りは全くなかった。
「結構な事態だな……」
俺は一人呟く。
岩のサイズが予想以上に大きい。縦横共に四メートルくらいは優にある。
この直径だと、奥行きもかなりのものだろう。
「くそっ、ピッケルが折れちまった!」
「代わりのピッケル持ってきてくれ!」
男たちの緊迫した声が辺りに響く。
「助けてあげないの?」
エウラリアが尋ねてくる。
そりゃあ、俺だって助けたいに決まっている。だが……。
「……さすがにこの大きさの岩相手では、俺には何も出来ん。たしかに腕には自信があるが、こと力では炭鉱夫に勝るほどじゃない。俺の本職は融合魔術師だぞ? 融合の材料もない。今ここで、俺にできることは何もない」
融合魔術とは、武器や家具などに魔物の魔石を融合することによって、その魔物が持っていた能力の内の一つを継承させる魔術だ。
魔石が無ければ融合魔術は使えない。
これではただの野次馬と変わらない。
俺は唇を噛みしめるが、事態は何も変わりはしない。
融合魔術師は融合魔術を使えなければただの人間なのだ。
力不足が恨めしいが、こういう事態では俺の出番はない。
そう思う俺に、エウラリアは当然のような顔で言う。
「融合魔術を使えばいいじゃんか」
「……いや、だからここには鉄のピッケルしかないだろう。魔物の魔石が無いんじゃ、俺に融合魔術は使えない」
そう告げる俺に、エウラリアは呆れた顔を浮かべる。
「レナルド、忘れたの? 昨日ボクがキミの店の魔石を全部詰めたこと」
……そうか、そうだった!
エウラリアが虚空から保存箱を生み出す。
そして、中から灰色の魔石を取り出した。
「ほっ、ふんんん~っ!」
俺からすれば掌ほどの大きさの魔石だが、エウラリアにとっては身体と同じくらい大きなものだ。
それを体全体で必死に支え、俺の掌まで運んでくる。
ゴトン、と魔石を置いたエウラリアは「ふう」とおでこを拭って言う。
「この色と輝き方、ストーンゴブリンの魔石だよね。能力はたしか……」
「……『硬質化』」
「ねえレナルド。これをピッケルに融合させれば、岩も壊せるんじゃない?」
ストーンゴブリンの魔石。
冒険者として魔物を狩っていた時に、たまたま質が良かったから持っていた魔石だ。
それがまさか、こんなときに役に立つなんて。
俺にもできることがあった。彼らを助けるために、できることが!
「すまない、ピッケルを一つくれ!」
山積みにされたピッケルの前に立つ炭鉱夫の男に言う。
すると、炭鉱夫は首を横に振った。
「融合屋の兄ちゃん、力になろうとしてくれるのは嬉しいが、あんたにゃあの岩を壊すのは無理だ。大人しく下がっておいた方がいい」
「違う! 俺は融合魔術師……俺がするのは融合だ!」
説明する間も惜しいが、説明しなければ貸してくれそうにない。
仕方がないので、なるべく端的に説明する。
「ストーンゴブリンの魔石をピッケルに融合する。上手くいけば、『硬質化』のピッケルが出来るはずだ。それならきっとこの岩も――」
「壊せるのか!?」
「確証はないが、きっとできる」
「わかった、これを使ってくれ!」
目を見て告げると、炭鉱夫はピッケルの山を崩して俺にピッケルを手渡してくれた。
俺はそれを持ち、人ごみから少し離れる。
融合魔術を使うのに大事なのは、心の平穏を保つことだ。
「なんだなんだ? 融合屋の兄ちゃん、何やってやがる」
そんな俺を不審に思った人ごみの中の一人が口を出してきた。
それにつられるように、俺の方へと人々がぞろぞろと何人か移動してくる。
俺は口に人差し指を当て、静かにしてほしいことを伝える。
異端な男が異端な行動をしていることに、興味を惹かれてしまったのだろう。
その気持ちは理解できるのだが、あまり騒ぎを大きくしたくない。救出作業を行う男たちの集中を妨げてしまうかもしれないから。
その意図が伝わり、人々はすぐに口を噤んでくれる。当たり前だ、この街に住む人々は皆善良なのだから。
人の話し声は全く聞こえなくなり、辺りにはピッケルの音だけが規則正しく響く。
そんな中、俺は右手にピッケル、左手に魔石を持ち、目をつぶって精神を集中させていた。
「……ふう」
何気に木剣とスライムの魔石以外を融合させるのは十数年ぶりだ。
しかも人の命がかかっているかもしれないこの状況、緊張していないと言えば嘘になる。
その緊張を読み取ったのか、エウラリアが後ろから俺に声をかけてきた。
「大丈夫、レナルドなら出来るよ。融合は素材によって細かいところは違うけど、融合魔術っていう根っこは変わらない。キミは融合の極意までたどり着いた史上初の人間だよ? もっと自信を持って」
そう言って、俺の肩に身体ごとボン、とぶつかる。
「……ああ。ありがとう、エウラリア」
手荒い応援だ。
だけど、不思議と緊張が緩和された。
「……よし」
鉄製のピッケルとストーンゴブリンの魔石。俺は両手に持った二つを合わせる。
そして、融合魔術を行使した。