28話 融合魔術師の本領
「……悪いが、今回の話はなかったことにしてくれ。融合魔術師に渡す魔石は無い」
ジャバの突然のその言葉に、俺たちは動揺を抑えきれない。
「ちょ、ちょっと待ってください! なんでですか!?」
「あんたが融合魔術師だからじゃ。融合魔術師は儂がこの世で一番嫌いな職業じゃからな」
面と向かってそう言われ、俺はたじろぐ。
ジャバは憎しみと寂しさの入り混じったような顔で、タンスから再び何かを取り出した。
「これを見ろ」
「これは……」
そこにあったのは指輪だった。
真ん中に小さな宝石が一つ煌めいている。
高そうな代物ではないが、大事にされてきた物であることは一目見ればすぐにわかった。
「これは私が家内に贈った婚約指輪だ」
そう言って、ジャバは語りだす。
「家内が死んだとき、儂はこれに『追憶』の魔石を融合してもらえるよう、融合魔術師に頼んだ。将来儂がボケたとき、それでも家内との思い出を生涯忘れないためにと思ってな」
言葉の節目に愛おしそうに指輪を一撫でし、ジャバは怒気に顔を赤める。
「だがその融合魔術師は、あろうことか融合を失敗しやがったのだ! 一度失敗した魔石は取り出すことも出来ず、そればかりか一度融合を行った物に対しては、もう二度と魔石の融合を行うことはできないなどと、失敗してから言い腐りおった! ……それを知っていれば、あんなヤブなどには頼まなかった。儂と家内の一番の思い出の品は、あんたら融合魔術師によって汚されたのじゃ!」
ジャバはそこまで言って、荒くなった呼吸を整えた。
いくらかは落ち着いたようだが、それでも俺への視線には負の感情が含まれている。
「夫婦の思い出に泥を塗られた儂の気持ちがあんたにわかるか? もちろん逆恨みだということなど重々承知じゃ。そんなことは誰に言われんでもわかっとる。じゃがアイツと同じ職業の人間に、儂が手塩にかけて育てたメースリープの命を刈り取って『鎮静』の魔石を与える気にはなれん。わかったら出ていってくれな――」
「その指輪、少し見せていただいてもよろしいですか?」
玄関を指差すジャバの言葉を遮り、俺はテーブルの上に置かれた指輪に顔を近づける。
そして指輪が発する魔力を注視した。
ジャバの言う通り、『追憶』の魔石が融合されているのがわかる。そして、魔力の流れが淀んでいるのも。
先ほどのジャバの話に出てきた融合魔術師の言葉通り、一度失敗した融合先にもう一度魔石を融合するということは一般的には不可能だとされている。超一線級の技術が必要となるからだ。俺ならおそらくできないことはないが……いや、やはり駄目だな。
俺はその考えを却下する。
魔力の流れが滞ってしまっている以上、新しく『追憶』の魔石を融合しても正常な流れに戻ることはない。融合が成功したとして、魔石が期待通りの働きをみせることはないだろう。
そもそも俺は『追憶』の魔石を持っていないし、その方法はナンセンスだ。
そしてもう一つ、こちらの方が大きな理由であるが……『追憶』の魔石というのは、それまでにその魔石が溜めてきた記憶を見せる働きをする魔石だ。そして特異な魔石でもある。
魔石の多くは魔物の体内から取り出されてから二日ほどしか融合に適さないのだが、この魔石は違う。年単位で長持ちし、そしてその間に『追憶』で思い出させるための記憶を溜めこむ魔石なのだ。だからどこかから持ってきた『追憶』の魔石を使ったとしても、ジャバとその奥さんの記憶を想起させるような働きは決して持たない。
……とすると、とれる方法は一つか。
俺は目の前の指輪に集中し、思いついた策が通用するかを吟味する。
感覚を研ぎ澄ませ。他の全てを切り捨てろ。
とにかく指輪が発する魔力を感じ取ることだけに集中するんだ。
「おい、聞いとるのか!?」
しばらくして顔を上げると、そこにはジャバの顔があった。
全身全霊で集中していた俺は全く気付いていなかったが、ジャバは俺の肩を揺すって何かを言っていたようだ。
「俺なら治せます」
「治す……だと!?」
開口一番治せると言った俺に、ジャバは白眉を寄せて俺を見た。
「はい」と言いながら頷き、俺は続ける。
「すでに融合された『追憶』の魔石を一度取り出し、魔力の流れを元に戻した後に再度指輪と融合させます。それなら『追憶』の働きによって思い出される記憶の内容も変わりません。ジャバさん、俺なら出来ます」
真っ直ぐ見つめ返す。
ジャバはしばし俺と目を合わせたあと、口を開いた。
「その言葉を、儂に信じろと? 融合魔術師の言葉など信じられるか! あんたが凄腕の融合魔術師だという保証がどこにある!?」
そして一転悲しそうに呟く。
「……信じるから裏切られるのじゃ。信じなければ、これ以上傷つくことはない」
その顔を見た俺は、何も言うことができなかった。
ジャバからして見れば、俺は融合魔術師だという印象しかないだろう。
そんな俺が何を言っても、彼から信用を得ることなど不可能だ。
アルシャを助けるために魔石が必要なのに、どうすることもできない。
その歯がゆさに拳を握りしめた俺の耳に、イルヴィラの声が届いた。
「レナルドの技術はあたしが保証します」
イルヴィラはジャバに向かっていく。
「あたしは冒険者として世界中を回っていますが、彼はそんなあたしが見てきた中でも一、二を争う腕を持っています。レナルドが『出来る』と言うのなら、彼は必ず実現させます。お願いします、レナルドを信じてあげてください!」
イルヴィラがジャバに頭を下げる。
慌てて俺も頭を下げた。
「……あれだけの演舞を見せてもらって、それを無しにするというのもあんまりじゃな」
しばらくの沈黙の後、ジャバが根負けしたように言う。
顔を上げると、ジャバが俺に指輪を差し出していた。
「絶対に成功させると誓えるな?」
「――はい、必ず」
ジャバの年季の入った手から指輪を受け取り、作業に取り掛かった。
俺は指輪の上に両手を掲げ、頭の中に魔物をイメージする。
『追憶』の魔石はアメンバーという魔物からとれる魔石だ。
アメンバーは半液体状の身体と節状の六本脚をもった魔物で、強さ自体はそこまでではない。ただし圧倒してしまうとゼリー状の魔石ごと破壊してしまうことになるので、魔石を取り出す難易度は高い。
アメンバーは脚を絡みつけるようにして指輪を守護している。
融合されたことで精神が指輪と半同質化してしまっているのだろう。
潰してしまわないよう細心の注意を払いながら、指輪からアメンバーを剥がしていく。
融合させるのとはまた違った繊細さが要求される作業だ。一度同質化した魔物を引きはがすのは決して簡単なものではない。
だが、俺ならやれる。
少しずつ、少しずつ。
一歩ずつ、だが確実に作業を進めていく。
そしてようやくアメンバーを指輪から引き離すことができた。
精神世界で指輪からアメンバーを引き離したと同時に、現実世界の指輪にも変化が生じた。
指輪から、白色の半透明な魔石が吐き出されたのだ。
それを見て、ジャバとイルヴィラが口を開く。
「なんじゃ、成功したのか!?」
「いえ、まだです。今はまだ魔石を取り出しただけ……ここから再度融合を行わないと」
説明は全てイルヴィラに任せ、俺は作業だけに没頭する。
イルヴィラの言う通り、まだ気を緩めることはできない。
俺は右手に魔石を持ち、左手に指輪を持つ。
そして魔石を指輪に押し付けた。
ぶよぶよとした感触の魔石が、硬質な指輪に浸透していく。
半分ほど指輪に取り込まれたところで、魔石と指輪の間に火花が散り始めた。
拒絶反応……本来異質なはずの魔石と物質を組み合わせる際に生じる反応だ。
融合魔術をかじったことがある者ならば、大抵誰でもここまでは来れる。
言い換えれば、融合魔術師の腕が試されるのはここからともいえる。
とはいえ、ここから先は俺がいつも戦っているフィールドだ。
俺は脳内に再び現れたアメンバーを力で抑え込む。
魔石を潰してしまわないように加減をしながらアメンバーを指輪に押し付け、失敗の可能性がなど微塵もないほど完璧に融合を成し遂げた。
時計を見ると、一時間ほどが経っていたようだった。
絶対に失敗できない作業だったせいで少し時間がかかってしまったな。
作業を終えた俺はカラカラの喉で唾を呑みこみ、ジャバの方に向きなおる。
「終わりましたよ、ジャバさん」
「せ、成功したのか!?」
「はい。どうぞ」
指輪をジャバへと渡す。
ジャバが震える手でそれを受け取ると、指輪から光が溢れ、ホログラムが浮かび上がった。
ホログラムは年老いた女性を形作る。
こちらに向かって笑いかける姿、小さく手を振る姿、呆れながらも笑顔を見せている姿……女性の様々な姿が指輪から射影されるたび、ジャバの目尻には涙が溜まっていった。
だまって全ての映像を見終えたジャバは、涙を流しながら俺の手をとる。
「……ありがとう。本当に、本当にありがとう……」
「いえ。俺は俺にできることをしたまでです。お役に立てたのなら光栄ですが」
ジャバは「ありがとう」ともう一度言い、器具を持って外へと出ていった。
そして魔石を持って帰ってくる。
「魔石を持ってきた。好きに使ってくれ」
テーブルの上には、十個の白い魔石が並べられていた。
「十個も……いいんですか?」
「感謝の気持ちだ。受け取ってくれ」
「……はい、ありがとうございます」
そこまで言われたら、受け取らないのは失礼だろう。
そう思った俺は全てを受け取る。
そして魔石をくれたことへの感謝を伝え、ジャバの家を後にした。
外に出ると、もう太陽は真上よりも西に傾いていた。
指輪を治すことだけで一時間かかっていたのは知っていたが、こうして改めて景色を通して感じると本当にあっという間で驚く。
融合魔術の作業中はいつも時間の感覚がなくなるな……。
「魔石も手に入れたことだし、オーシャニアに帰りましょう。帰りの列車にはまだ間に合うはずよ」
「調べておいてくれたのか。ありがとう」
俺はイルヴィラに礼を言い、駅の方へと歩き始めた。
のどかな街に見合ったふわりとした風が、イルヴィラの赤い髪を靡かせる。
「……やっぱりあんたの融合魔術の腕は超一流ね」
軽く髪を手で押さえながら、イルヴィラは言う。
「いやいや、それをいったらイルヴィラの演舞だって凄かったぞ。思わず目を奪われた」
「恥ずかしいからあんまりやりたくないんだけど、今回の場合は人の命がかかってるから仕方なくよ」
「どうしてだ? あんなに綺麗だったのに」
「き、綺麗とか、真顔で言うな!」
なぜ怒られる。
真顔が駄目なら笑えばいいのか?
「こんな顔ならどうだ?」
「……何その顔、ふざけてるの?」
アルシャと笑顔を練習したというのに、まだ人に見せられるレベルではなかったらしい。
イルヴィラは俺をジトッとした目で見つめたと思ったら、今度は照れを多分に含んだ表情で胸を張り上げた。
「ま、まあ、あたしが綺麗なのは当然だけどね!」
「いやぁ、普段とは大違いで本当に感心した」
「……それ、どういう意味よ」
「普段のイルヴィラはなんというか、残念な美女だからな」
「誰が残念よ誰が――へぶっ!」
イルヴィラが路傍の石に躓き、豪快にこける。
うつ伏せに倒れたイルヴィラを見下ろしながら、俺は言う。
「……ほらな?」
「う、うるひゃいわよ! って、痛っ!? うぅ、舌噛んだぁ……」
本当にすごい残念具合だな。
まあいい、兎にも角にも『鎮静』の魔石は手に入れた。後はオーシャニアに帰るだけだ。
日の入りまでには充分間に合うはず。待ってろよアルシャ、エウラリア!




