25話 役割分担
俺とエルディンとイルヴィラの三人は、一旦ピースバード亭へと戻ってきていた。
話を聞いた宿の主人は宿を俺たちの貸切状態にして、集中して考えを纏められるような空間を作ってくれた。
「俺にできることはこれくらいしかないからな……」と言っていたが、充分にありがたいことだ。
「あの妖精みたいのとかの話も聞きたいんだけど、そういうのはとりあえず全部後回しにするわ!」
椅子に槍を立て掛け、イルヴィラは言う。
たしかに彼女たちにしてみたら、突然現れたエウラリアのことはとても気になるところだろう。
だが、今の俺にはそんなことを話している時間はとてもない。
何しろ日没までに、青竜を鎮めなければならないのだから。
限られた時間しかない今は、エウラリアのことを一旦置いておいてくれるのはありがたかった。
「ズバリ聞くけど……レナルド、あんたに策はあるの?」
単刀直入にイルヴィラが俺に問うてくる。
俺はそれに対して、力強く首を縦に振った。
「ああ、ある」
「なら話してくれ。僕たちももちろん手伝うよ」
エルディンは策の詳細を聞く前に、そう言ってくれる。
エルディンは俺ならきちんとした策を組むはずだと信じてくれているのだ。
その信頼も、今は有難かった。
「助かる、二人ともありがとう」
「お礼もあとで良いわよ。それで、どうするの?」
たしかにそうだ。今は全部後回しにしよう。
俺は策だけを簡潔に伝える。
「森に入った時に見つけたあの魔物……ラージゴバット。その魔石をアルシャの笛に融合する」
「ラージゴバット? あの魔物の能力って、たしか……」
「『拡散』だよね」
「ああ、その通りだ。海巫女の笛の音には、元々海の魔物を鎮める効果があると聞く。青竜の耳にさえ届けば、きっと収まってくれるはずだ」
これこそが、俺の考えていた青竜を鎮めるための策だった。
アルシャの笛の音を数度間近で聞いた俺は、その音が届きさえすれば絶対に青竜を鎮められるという確信を持っている。
だから、この策の問題点は一点だけだった。ラージゴバットを、俺が倒せるのかというところだ。
ラージゴバットは空を飛ぶ魔物であり、人間が地上を生きる生物である以上魔石の入手難易度は自然と高くなる。
それに加えて俺は本職の冒険者ではない。もし運よく戦闘へと移れたとして、倒す自信は百パーセントとはとても言えなかったのだ。
しかし、しかし今は違う。なぜなら今俺の前には、この国で一番の冒険者が腰かけているのだから。
「それなら僕に任せてくれ。魔物を退治することにかけては、誰にも負けていないと自負しているよ」
エルディンは確信を持って俺にそう告げた。
「そうね、ラージゴバットくらいなら、エルディン一人で余裕だわ」と、イルヴィラもエルディンの言葉が間違いではないことを俺に伝えてくる。
一番の問題点は、期せずして解決したというわけだ。
「わかった。ならラージゴバットの魔石の調達は、エルディンに任せる」
「任せておいて。何個か余分に持ってくることにするよ」
エルディンは自信の漲る表情でそう答えてくれた。
しっかりとした実績を幾つも積み上げているエルディンが言うからこそ、その言葉が虚勢ではないとわかる。
「ねえ、他にやることはないの?」
イルヴィラが俺に尋ねてくる。
エルディンがラージゴバットを狩りに行くとなれば、俺とイルヴィラの手はまだ空いている。たしかにまだ他に出来ることはあるかもしれない。
アルシャの命とエウラリアの身柄がかかっているのだ。保険はいくらあっても足りないということはないはず。
俺は他にとれる策を考え、そして閃いた。
「……さらに確実性を増すために、『鎮静』の能力を持つ魔石も取りに行ければなおいいかもしれない。少し待っていてくれ」
俺は宿の二階、自室へと駆け上がり、そしてお目当てのものを持って再び一階へと戻る。
そしてテーブルの上にそれを広げた。
広げられたのは、俺が列車の中で読んでいたこの国のガイドブック。
開かれたページには『酪農の街、ディリー』と書かれていた。
「この本によれば、ここオーシャニアの隣にあるディリーというのは酪農の街だ。ならきっと、『鎮静』の能力を持つメースリープもいるはず。できればイルヴィラには、俺と一緒にその魔石を貰うための交渉をしてほしい」
メースリープの魔石の能力である『鎮静』は、その名の通りの能力を持っている。
すなわち、融合するとその物に心を安らげるような効果を付与するのだ。
主に医療やセラピーに使われる魔石であるが、今は喉から手が出るほど欲しい代物である。
それが隣町にある可能性が高いというのはまさにうってつけであり、行く以外には考えられない。
「え? でも、一つのものに二つ以上の魔石を組み合わせるなんて、王都でもほとんど聞いたことないわよ……? スライムみたいな扱いの簡単な魔石ならともかく、ラージゴバットとメースリープの魔石は扱いも相応に難しいわ。それを二つ組み合わせるなんて――」
「出来る」
俺は戸惑うイルヴィラの言葉を遮る。
「エルディンが対魔物の戦闘に関して誰にも負けないという自負があるように、俺には融合魔術なら誰にも負けないという自負がある。任せてくれ、必ず成功させる」
「そう……本職のあんたがそう言うなら、あたしが口を出すことじゃないわね」
最初に出会った時は俺のことなど微塵も信じていなかったイルヴィラが、今は俺の腕を信頼してくれている。
それに鼻の先が熱くなるのを感じながら、俺は再び口を開く。
「ただ、俺は自分のコミュニケーション能力に自信がないからな。……一緒に来てもらっていいか、イルヴィラ」
なんとも情けないが、カッコつけて交渉に失敗してしまうよりは数億倍マシだ。
俺は口下手で、イルヴィラは思ったことを正直に口にだしすぎる。
どちらも適任ではないが、この際贅沢は言っていられない。
それに、二人いれば交渉が成功する確率も上がるはずだ。
俺の提案に、イルヴィラはニカッと快活な笑みを浮かべた。
「当っ然!」
これで、俺たちの役割分担は決まった。
エルディンが『拡散』の能力を持つラージゴバットを倒して魔石を手に入れる。
俺とイルヴィラが『鎮静』の能力を持つメースリープの魔石を交渉して手に入れる。
そして俺がその二つの魔石をアルシャの笛に融合し、最後にアルシャが笛の音で青竜を鎮める。
「ほら、さっさと駅に行くわよレナルド!」
荷物を纏めたイルヴィラが、俺の手を引いて走り出す。
そんな俺とイルヴィラに、エルディンが大きな声で言った。
「ラージゴバットの魔石を手に入れたら、アルシャさんがいた場所で待っていることにするよ!」
「ああ、わかった! よろしく頼むぞ、エルディン」
「ああ、もちろん!」
そうして俺とイルヴィラはエルディンと別れ、駅へと駆けだした。
「ほら、頑張りなさい! この辺は一日に数本しか電車がないんだから、逃したら間に合わなくなる可能性だってあるわ」
「わかってる!」
俺は息を切らしながら、歯をギリリと噛む。
くそっ、イルヴィラが速え……!
俺の身を案じながらも、まるで重力を感じていないかのような動きで軽やかに俺の前を走っていく。
赤い髪を靡かせながら走るイルヴィラに追いつこうと努力するが、基礎体力が違うせいで中々追いつけないのだ。
ガイドブックに載っていた時刻表の時間には間違いなく間に合うのだが、列車というのはそんなに時間に正確な乗り物ではない。
時刻表よりも早くに出発してしまう可能性も充分に考えられるのだ。
だからこそ、ここは一秒でも早くホームまで駆けなければならなかった。
「……くっそぉぉぉっっ!」
俺は足がはち切れるんじゃないかと思う位に動かし、イルヴィラに並ぶ。
「その調子よ、男の子なら踏ん張りなさい!」
そう言ってイルヴィラは俺の背中をポンポンと叩いた。
「はぁぁっ……はぁぁっ……っ!」
なんとか根性で駅までたどり着いた俺は、駅のホームに仰向けに横たわる。
も、もう歩けねえ……。
立ち上がる体力すらない俺の代わりに、イルヴィラが駅員に列車がまだ発車していないかどうかを尋ねにいってくれた。
「ど、どうだった、イルヴィラ……」
「駄目ね、もう行ってしまったみたい。次の列車が来るのは日没寸前らしいわ」
……間に合わなかった、のか。
カラカラに乾いた喉で何かを発しようと思ったが、言葉にもならずに消えて行った。
エルディンがラージゴバットの方を捕まえてくれていればまだ希望はあるとはいえ、もっと確実性を高められたはずなのに……それが、立ち消えた。
何も考えられなくなって、俺はうつ伏せになる。
今は何も見たくなかった。
「レナルド、俯かないの。まだ方法はあるわ」
そんな俺に、イルヴィラはそう声をかける。
バッと顔を上げると、イルヴィラは真面目な顔で俺を見ていた。
その顔は冗談を言っているようにはとても見えない。
「方法? まだって、一体何を……?」
列車はもう行ってしまった。
次の列車では日没までに帰ってくることは到底できない。
そんな状況で、他にとれる策なんてあるのか……?
疑問に思う俺に、イルヴィラは背中を向ける。
そして俺の方を振り返り、言った。
「あたしの背中に乗りなさい。隣町まで走ってあげる」




