23話 冒険者は変わり者
夜。
風呂から上がった俺は、ピースバード亭の酒場でエルディンたちに青竜のことを話した。
冒険者の頂点である二人なら、青竜についても何か知っているかもしれないと思ったからだ。
「なるほどね……これは、本当に僕らの仕事になるかもね」
……?
話を聞いたエルディンは小さく頷くが、俺にはその言葉の意味が良く理解できない。
いや……そう言えば、エルディンとイルヴィラは何のためにこの町に来てるんだ?
二人とも暇じゃないはずだ、何の用もなしにフラフラしているとは考えづらい。
もし休暇でバカンスをとっているのだとしても、わざわざ二人でチームを組む必要はないし、天候が優れないオーシャニアに留まる意味もない。
となると、二人がこのオーシャニアにいるのには、何か理由があるんじゃないか?
「二人がなんでここに居るのか……みたいなことは、聞いてもいいのか?」
俺が尋ねると、イルヴィラはエルディンの方を窺うようにチラリと見た。
「エルディン、今回の依頼に守秘義務って課されてないわよね?」
「ああ」
確認をとったイルヴィラは、二人がこの街にいる理由を俺に説明してくれる。
「あたしたちがここにいるのは万が一のためよ。青竜がこの町に危害を加えたときの為の護衛、といったところね」
なるほど、元々青竜絡みだったのか。
たしかに話を聞く限り、青竜というのはかなり強大な力を持っている魔物のようだ。
それを抑えられる人間という条件で考えれば、エルディンたちが頼られるのももっともな話かもしれない。
「でもまあこの土地には青竜に対する独自の鎮め方があるようだから、そちらが成功すれば僕たちの出番はないよ」
エルディンがイルヴィラの話を補足する。
そうなのか。でも、そんな方法があるならもっと早めにやればいいと思うのだが……。
少し引っかかっていると、テーブルの上から健やかな寝息が聞こえてくる。
「すぴぃー……すぴぃー……」
その声の主はエウラリアだ。
風呂に入って身体が温まったからか、テーブルに身体を預けて気持ち良さそうな顔で眠っていた。
あんまり固いところで寝ると、起きたときに身体が痛くなるぞ?
……仕方ないな。
「悪い、今日は早めに休ませてもらう」
俺は何気ない動作でテーブルの上のエウラリアを手に乗せかえながら席を立った。
それを見て、イルヴィラが軽く馬鹿にしたように笑う。
「あら、夜はまだまだこれからなのに……意外とお子様なのね、レナルドって」
「いやいやイルヴィラ、早寝早起きは大事だよ。折角だし、今日は僕もレナルド君に習ってもう寝ようかな」
「え、ちょっと、二人とも寝ちゃうわけ?」
イルヴィラはしばし俺とエルディンを交互に見つめ、そして腕を組んだ。
「うーん……じゃああたしも寝ようかしら。一人じゃつまんないし」
「イルヴィラ、お前意外とお子様なんだな」
「ぐぅぅっ!? ……ば、ばーか! レナルドのばーか!」
そう捨て台詞を吐き、イルヴィラは自分の部屋へと駆けて行ってしまった。
捨て台詞の語彙力まで子供じみてるぞ……。
残された俺たち二人は、どうせなので一緒に部屋に帰ることにした。
エルディンが自分のテーブル周りの荷物を纏めるのをただ眺めているのもなんなので、俺は会話を振る。
「なんかからかいたくなるよな、アイツ」
「素直じゃないのにわかりやすい性格してるからね、あの子は」
あまりいいことではないとはわかっているのだが、無性に悪戯心をくすぐられるというか……。
「まあ、冒険者で身を立ててやろうなんて思う人間は皆変わってるよ。あまり自覚は無いけど、僕もよく変だって言われるし」
「イルヴィラは分かるけど、エルディンもか?」
「うん」
少なくとも俺が知っている限り、エルディンに変わったところはなかったように思うのだが。俺からすれば、礼儀正しい好青年にしか思えない。
世間とのギャップを感じつついると、エルディンはようやく荷物を纏め終えたようだ。
「……よいしょっと」
エルディンは大きなリュックを背負い、「行こうか」と爽やかな顔をする。
「……なあエルディン。さっきから思ってたんだけど、その大きな荷物は何だ? そんなの、この宿に来たときから持ってたっけか?」
俺が聞くと、エルディンは顔をパッと明るくした。
「よくぞ聞いてくれました!」とでも言いたげな顔だ。
「ああ、これかい? さっき涼みに外に出たときに買ったんだよ」
そう言いながら一度リュックをおろし、嬉々として俺に馬鹿でかい壺を見せてくる。
「凄いんだよ、これを肌身離さず持っているだけで全ての災いから身を守ってくれるんだってさ!」
「……ちなみにそれ、いくらしたんだ?」
「僕の今日の稼ぎ全部でちょっと足りないくらいだったかな」
「……そっか」
エルディン、絶対騙されてるよお前。
イルヴィラが最初に俺を疑った意味がやっとわかった。エルディンって本当に誰でも信用するんだな……。
子供のようにキラキラとした穢れのない目で壺を見つめるエルディンを気の毒に思いながら、俺は言う。
「エルディン、残念ながらお前はまた騙されたみたいだぞ」
「ええっ!? この壺、偽物なのかい!?」
「どう考えても普通の壺だし、そもそも冒険者のお前には、そんな壺を肌身離さず持っているのは不可能だと思わないか?」
「た、たしかに……! 全然気が付かなかった……!」
「……エルディン、やっぱりお前も充分変わってるよ」
頭のネジが外れてないとやっていけない職業なのかもな、冒険者って。
そんなことを思いながら、俺は自分の部屋に戻るのだった。
戦闘の疲れもあってそれからすぐに眠りについた俺は、数時間後に目を覚ました。
夜と朝の狭間のような時間帯で、空は少し白ばんでいるが、まだ太陽は出ていない。
目を擦り上体を起こすと、ベッドの上で座り込んでいたエウラリアに目がいった。
「あ、もう起きたの、レナルド?」
「ああ……おはよう、エウラリア」
そうか、エウラリアももう起きてたのか。
昨日は俺よりも早く寝ていたし、もう起きていても不思議ではない。
今から寝なおす気にもなれずエウラリアに散歩を提案すると、エウラリアはそれを受け入れてくれた。
まだ充分に起きていない頭で外に出る準備をしながら、俺はエウラリアと会話する。
「昨日、ボクを運んでくれたんでしょ? ほんとうにかすかにだけど覚えてるよ。ありがとね」
「ああ、まあな」
「ところでさ、レナルド」
そこまで言ってエウラリアが間を開ける。
何かと思ってエウラリアの方を見てみる。
エウラリアは僅かに頬を染め、自らの身体を抱きしめていた。
「……ボクにえっちなこと、してないだろうね?」
「誰がするか」
この妖精ほんと何とかしてくれ。
一階へと下りていくと、アルシャと宿の主人はすでに起きているようだった。
宿を営むにはこんなに早い時間から起きていないといけないのか、俺には絶対に勤まらない仕事だな。
二人を尊敬していると、二人もこちらに気付いたようだ。
今日のアルシャからは、昨日のような不安げな様子は見てとれない。
「元気が出たみたいでよかったよ。心配だったんだ、ボク」
「昨日は心配かけてしまってすみません。もう大丈夫です」
エウラリアの声が聞こえていない店の主人に不審に思われないよう、アルシャは自然な会話を装ってエウラリアに答えた。
それを聞いたエウラリアは「やるじゃん」と言って俺を肘でつつく。
いつまでも続けてくるので、俺はふう、と息でエウラリアを吹き飛ばす。
くるくると飛んでからキャンキャン怒るエウラリアを見て、アルシャはクスリと笑った。
「それで、こんな時間にどうしたんですか?」
「ああ、散歩でもいこうかと思ってな」
「それは素敵ですね」
アルシャは窓ガラスから外を見る。
辺りは起きた時よりもほんの少し明るくなっているが、まだ太陽は出ていない。
「私、このくらいの時間帯の空が一番好きなんです。太陽が出始めて、空が段々白明るくなってきて……『ああ、今日も頑張ろう』って気分になるんですよね」
アルシャは栗色の瞳で空を見上げる。
十秒ほど無言でそうしていた後、アルシャは言った。
「……お二人は、私のことを忘れないでいてくれますか?」
「ああ、もちろんだ」
「こんな良い人を忘れられるわけないよ! それに笛もとってもすごいし!」
「ありがとうございます」
でも、なんだその質問。まるでこれで最後みたいな――
と、ピースバード亭の入り口から数人の老人たちが入ってくる。
その中の一人、険しい顔をした老人がアルシャの前まで進み出て、そして言った。
「準備はいいか、『海巫女』アルシャよ」
「はい」
アルシャはそう答えると、老人たちとともに外に出て行こうとする。
「――さようなら、レナルドさん、リアちゃん」
最後にそう言い残し、アルシャはピースバード亭を出て行った。




