20話 冒険者と融合魔術師
「さて、そういうわけで森へとやってきたわけだけど」
エルディンが言う。
彼の言葉通り、俺たちは今森の手前までやってきていた。
青々とした葉をつけた木々は、生命力を誇るかのように広々と枝を伸ばしている。
一本だけならとても心安らぐのだが、何本も集まるとなぜこんなにも不気味に見えてしまうのだろうか。日光を遮るからか、それとも中に魔物がいることが常識的にわかるからか。
どちらにしても、こういう森を見ると身体を固くする融合魔術師がほとんどだろう。
それを知っているのか、エルディンは俺を見る。
「レナルド君は……平気そうだね」
「ああ、大丈夫だ」
俺はいつもと変わらぬ様子でそう言った。
融合魔術師というのは基本的には戦わない。靴屋とか道具屋とか、そういった人々と同じなのだ。冒険者のサポートはしても、冒険はしない。それが多くの融合魔術師である。
だが、俺は違う。副業で冒険者をやっていたおかげで、森を見ても尻込みすることはない。……まあ、冒険者をやっていた理由が「本業で食べていけなかったから」なので、まったく自慢できるようなことではないのだが。
「じゃあ、早速行こうか」
レナルドのその言葉がきっかけとなり、俺たち三人(プラス妖精一人)は森の中へと足を踏み入れる。
森の中は、朝だというのにあまり明るくはない。木々で光が遮られているようだから、太陽が真上に登る昼まではこのくらいの明るさのままなのだろう。
「お、いたね」
早速というべきか、レナルドが魔物を発見したらしい。
十五メートルほど先を指差す。
さすがトッププロ、俺は全然気づきもしなかった。
あと十メートルほど近づけば俺でも気づけたと思うが……まあ、これが実力差というやつなのだろう。冒険者に必要な能力は真っ向からの戦闘力だけではない。危機察知能力もまた、冒険者の必須技能なのだ。
「ねえエルディン。まずはレナルドがどれくらい戦えるかを確認した方がいいんじゃない? その方があたしたちがどれくらいフォローすればいいかもわかりやすいし」
「それもそうだね。レナルド君、いいかな?」
「ああ、いいぞ」
俺はそう答え、腰に差した剣を抜く。
剣には『伸縮』が融合されているが、それを使用してしまっては俺だけの実力が分かりづらい。ここは剣の性能に頼らず、己の力のみで戦った方が良いだろう。
「おお、頑張れレナルド! ボク応援してるからね!」
そう言って跳ねるエウラリアに視線で応え、十五メートル先にいる魔物にじりじりと近づいていく。
幸いまだこちらには気づいていないようだ。
後ろ姿からして、ゴブリンだろう。
俺の腰ほどしかない小柄な体形にしては力が強いが、普通に戦えば負ける相手ではない。
これはイケる。そう思った時だった。
「ギュワアアアアアァァァ!」
突如辺りに異常な大きさの音が鳴り響く。
耳を押さえる暇もなく、その音によって辺りの警戒を始めたゴブリンが俺に気づいてしまった。
「ギシッ、ギシッ」という低い鳴き声を発しながら、ゴブリンは持っていた棍棒を振り回して俺に接近する。
「ふうっ!」
俺はその勢いを利用して、迫りくるゴブリンの腹を一刀両断した。
崩れ落ちるゴブリンを見て、俺はふぅと息を吐く。
やはり油断は禁物だな、まさか先手を取られることになるとは思わなかった。
実力の差があったから先手を取られても充分に対応できたが、エルディンやイルヴィラからしたらきっとお粗末な動きだっただろう。
もしかしたら付いていくのも断られるかもしれないな、と不安な気持ちで二人を見る。
「凄いじゃないか、レナルド君!」
エルディンは驚いたように俺を見ていた。
そして続ける。
「助けようと思ったんだけど、余計な心配だったみたいだ。それだけ戦えれば余裕で充分以上だよ」
この反応は……ついて行っても大丈夫っぽいか?
よかった。一応冒険者としても並レベルの実力は持っていると自分では思っているのだが、エルディンやイルヴィラと比べたら月とすっぽんだからな。それでも認めてもらえて一安心だ。
「まあ、たしかに良い反応だったわ。剣はまだまだ未熟みたいだけどね」
続いて、イルヴィラも俺の戦闘を評価してくれる。
「じゃあその辺りは、イルヴィラの素晴らしい槍遣いを見て勉強させてもらうことにする」
エルディンと一緒に依頼を受けるレベルというだけで、その実力は折り紙つきだ。
空間魔法を使った腰のポーチもしているし、冒険者としてしっかり稼いでもいるのだろう。
そんな人間の戦いを見れるなんて、俺は幸運だ。今の俺の立場を欲する冒険者が何人いるか、想像することも出来ない。
そして何より。
「イルヴィラのような実力者に槍を使ってもらえるなんて、融合魔術師冥利に尽きるな」
武器の性能を余すことなく発揮してくれるだろう。
融合魔術師として、それほど嬉しいことはない。
「な、なっ!? ……ふ、ふん! よくわかってるじゃないの!」
イルヴィラはとても嬉しそうだ。
「で、でもそんなこと言ったからってあたしからの評価が上がるなんて思わないことね! あたしはそんなにちょろい女じゃないんだから!」
そう言って厳しい顔で俺を見るが、すぐに唇が緩んでいく。
すぐにその顔は喜色に染まった。
その様子を見ていたエウラリアが俺の肩を叩く。
「ねえねえレナルド。これがツンデレってやつなのかな?」
「ああ、多分な」
「? 何の話だい?」
エルディンが不思議そうに俺を見る。
おっと、エウラリアが見ていないのを忘れていた。
突然誰もいないところに向かって話しかけたら、そりゃ不審に思うよな。
「いや、なんでもない。ただの独り言だ」
俺はそう言って、速やかに次の話題を振る。
本来俺はすらすらと話題を提供できるような会話技術を持ち合わせてはいないのだが、本心から聞いておきたいことがあったので、特につっかえることもなく自然に振舞えた。
「それよりさっきのでかい音はなんだったんだ?」
ゴブリンに斬りかかろうと思った瞬間になったあの音。
耳をつんざくという表現が生易しいものに思えるほどの爆音だった。
鼓膜が破れたかと思ったのだが、あれはなんだったのだろうか。
「あれは十中八九ラージゴバットの鳴き声だろうね」
「あたし、アイツラってうるさいから嫌い」
「まあたしかに、さっきのレナルド君みたいになることも間々あるからねぇ」
高位の冒険者となるとあるあるなのだろうか、二人はラージゴバット談義に花を咲かせている。
「あれがラージゴバットの鳴き声なのか。話に聞いてはいたが、本当にすごい音なんだな。耳が爆発するかと思った」
「魔力で音を上乗せしてるからね」
なるほどな。ラージゴバットの魔石の性能はたしか『拡散』だったか。
その性能も納得の鳴き声の拡散具合だった。
まさかあんな邪魔が入るなんて、実戦ではゴブリン相手といえども油断は禁物だな。
何が起こるかわからないということを改めて心に刻み込み、俺は前後を二人に挟まれるようにして森の中を進んだ。
それから一時間近くたったころ。
前を行くエルディンが、不意に立ち止まる。
それまで全く変わらなかった彼の顔が、一瞬だけ真剣味を帯びた。
「……イルヴィラ。わかるかい?」
「馬鹿にしてるの? わかるに決まってるでしょ」
そう言うと、イルヴィラは俺の前に出る。
そして俺を振り返り、告げた。
「レナルド、敵が来るわ」
「少しお腹に気合いを入れておいてくれ。……来るよ」
俺には敵の気配など全く感じ取れないが……二人の言うことだ、信用しよう。
言われた通り腹に力を入れる。
すると一拍おいて、巨大な魔物が木々をへし折って現れた。
「っ!?」
俺は息を呑む。
まさかの登場の仕方もそうだが、一番の原因はその身体から発される強者の雰囲気にだ。
かじる程度にとはいえ冒険者をやっているからこそわかる。
コイツラは強い。
茶と灰の縞々の腹をした、毛皮で全身を覆った魔物。
魔石図鑑で見たことがある。たしか……ジャバラベアーだ。
魔石について書かれた書籍故に魔物の強さには軽くしか言及されていなかったが、それでもその強さは五つ星中の五つ星だった。
間違っても軽く倒せるような相手ではないはず。
そんな二体の魔物の前に、エルディンとイルヴィラは立ちふさがる。
「さて、今度は僕たちの力を見せる番だね」
「エルディン。あんまりゆったりしてると、あたしが二体とも倒しちゃうわよ?」
二人は巨大な二体の魔物と、真正面から向かい合った。




