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融合魔術師は職人芸で成り上がる  作者: どらねこ
1章 出会い編
2/66

2話 温かな町

「……朝か」


 夜の内は全く寝れる気がしなかったのだが、いつの間にか寝入っていたらしい。

 店の床で寝ていた俺は起き上がる。

 すると、目の前に大きな虫が飛んでいた。

 視点が合わないから詳細はわからないが、青と白の模様をした奇妙な虫だ。

 窓から入ってきたのだろう。掌ほどの大きさということも併せて考えると、虫ではなく魔物かもしれない。

 寝ぼけ眼をこすりながら、両手でそれを捕える。

 捕まえた虫が手の中で必死にもごもごと動くので、逃がさないように手をぎっちりと固める。


「放せ~! 寝ぼけるな~!」


 虫がしゃべった。

 掌の内側に、僅かに刺激が感じられる。

 まるで小さな人間が手の中で地団駄をしているみたいな感触だ。


「話す虫……初めて見たな」

「こらっ! ボクは虫じゃない、エウラリア!」


 また手の中から声が聞こえた。


「エウラリア……? エウラリア、エウラリア……」


 最近どこかで聞いた名前のような……。


「ああ、妖精!」

「そう! ボクは融合の妖精、虫じゃなぁい!」

「す、すまない」


 すぐさま手を離す。

 自由になったエウラリアは手の中から飛び立つ。

 俺を見下ろす位置に移動し、乱れた服をパンパンとはたいた。

 そして腕を組み、むすぅぅっと頬を膨らませる。随分とご立腹のようだ。


「まったく、失礼しちゃうよね。ボクが起こしてあげたっていうのに、まさか虫と間違えるなんてさっ」

「悪かったって。ごめんエウラリア」

「うーん……じゃあ罰として、ボクを頭の上に乗せることっ!」


 そう言うとエウラリアは俺の頭の上にちょこんと乗っかる。

 身体の大きさが大きさだけに、重さはあまり感じない。

「頭に何か乗ってるかも……?」くらいの重さだ。


「ふふん、快適快適~」


 頭上のエウラリアは浮かれた声を出す。

 機嫌を直してくれたようだ、ありがたい。


「今度からは気を付ける。悪かったな」

「ボクも今度から、レナルドの寝起きの悪さは覚えておくことにするよ」


 そんな会話をしつつ、俺は布団を片付けはじめる。


「……でも、店の床に布団を敷いて寝てるのを見たのはキミが初めてだなぁ。家はないのかい?」

「いかんせん客が来ないからな。店以外に建物を借りる余裕はとてもない」

「世知辛いなぁ。融合の極意に辿り着いた人間なのに。これって本当にすごいことなんだよ? ちゃんとわかってる?」

「わかってるさ」


 ドワーフの名工三人と並べられれば、いやでもその凄さは伝わってくる。


「俺のような若輩者が歴史上に名を残すような三人と肩を並べるってのは、かなりおこがましいような気がするけどな」

「そんなの気にすることないよ。レナルド、ところでキミ何歳なの?」

「二十八だな。そういうエウラリアは?」


 そもそも妖精に年齢という概念があるのか気になるところだ。


「ボク? うーん……ざっと五百万歳くらい、かな? この世に融合の概念が出来たときに生まれたから」

「……お爺さんって呼んだ方がいいか?」


 頭上のエウラリアに尋ねる。


「ボクは男じゃないよ。女!」


 げしっ、と髪の毛が一本抜かれた。


「いてっ! ……お、女? でもお前、自分のこと僕って……」


 だから、てっきり男かと思っていたのだ。

 それがよほど納得いかなかったのか、エウラリアは頭上から俺の目の前に降りてきて、俺を指差す。


「いい!? 『僕』じゃなくて『ボク』だから! 全然違うから!」

「違いがわからん……」

「んもう、にぶちん!」

「じゃあ、お婆さんって呼べばいいか?」

「いいわけないでしょ!」


 エウラリアは寄ってきて、俺のおでこをぺちぺちとはたく。全然痛くなかった。






 数分後。俺は身だしなみを整えるべく洗面所の前に立っていた。


「むぅぅ~。こんな可愛らしいレディに向かって男だのお婆さんだのなんて、酷いなぁレナルドは」


 自ら手伝ってくれると申し出たエウラリアは、小さなハサミを持って俺の眉を手入れしてくれている。

 口を尖らせながらも、その作業速度は大したものだ。


「悪かったよ」


 もう一度謝る。

 考えてみれば、たしかに声は女性のそれだ。

 てっきり声変わり前なのだと決めつけていたが、それがよくなかったかもしれない。

 それに、女性は年を聞かれるのを嫌がると聞いたことがある。お婆さん扱いもよくなかった。

 反省して、次に生かすことにしよう。

 エウラリアも怒っているような態度をしてはいるが、その実今だって俺の身だしなみを整えるのを手伝ってくれている。

 こんなにやさしい妖精に、あまり酷いことを言ってはならないからな。


 そんなことを思っていると、エウラリアと至近距離で目が合う。

 エウラリアはいじわるそうにニヤッと笑って、ハサミをちょきちょきと動かした。


「眉毛全部切っちゃおうかなー?」

「そ、それは勘弁……」


 俺は頬を引くつかせながら答える。

 眉毛がないと汗が目に入ってしまう。

 見た目など心底どうでもいいが、融合作業に支障が出るのは困るのだ。


 それからさらに十数分。


「終わったぁー」

「やっとだな」


 髪の毛、眉、そして髭。

 全ての手入れを終えた俺とエウラリアは、達成感で満ち溢れていた。

 エウラリアは俺の横顔をじーっと見つめて言う。


「……うん、やっぱりいい感じじゃんレナルド。カッコいいよ!」

「そりゃどうも」


 なんだか照れくさい。

 容姿を褒められたことなど人生でほとんどなかったからな。

 子供の頃は「かわいらしい」と何度か言われたことはあったが、子供なら誰しも言われることだ。

 だけど……カッコいいなんて言われたのは初めてだな。容姿にそれほどこだわりなどはないが、なんだか悪い気はしなかった。






 身なりも整えた俺は、外へとつながる扉の前に立つ。

 隣のエウラリアはるんるんと音符でも飛ばす勢いだ。


「ついに外に出るんだね。ボク、わくわくしてきたなぁ~!」

「言っておくけど、田舎だからな? 期待しすぎないでくれよ」


 あんまり都会を想像されて、ガッカリされたんじゃ悲しい。

 それを知ってか知らずか、エウラリアは言う。


「大丈夫大丈夫、田舎は田舎でいいところもあるのは知ってるもの」

「そうか、なら問題ないな」


 安心した俺は扉を開ける。

 新鮮な空気が店へと流れ込み、そして土と緑ののどかな光景が、目の前に広がった。




 店の外に一歩出ると、乾いた風が頬を撫でる。

 エウラリアは髪を風に靡かせながら、気持ち良さそうに伸びをした。


「うーん、良い気持ち!」

「だろ? この町は良い風が吹くんだ」


 気候が影響しているのだろう、この町は一年を通して穏やかな温度と湿度を保っている。

 そこに時折吹く風はとても心地よく、俺はとても気に入っていた。

 この街に店を構えることに決めたのも、この環境があったからだ。


 環境というのは別に風とか気温とか、そういうものに限ったことではない。

 人々の温かさもまた、この町の特徴だった。

 この町は東にある鉱山で生計を立てている者がほとんどの町だ。皆が同じ職業に付いているからこそ、人々の結束は固い。

 男性が鉱山に入り、女性は家で料理を作って帰りを待つ。それがこの町の人々の平均的な暮らしだった。


「あ、おじさんだ!」


 俺を見つけた少年たちが数人でこちらに向かってくる。

 彼らからすると、俺のような鉱山に入らない男というのは珍しいらしく、何かにつけて話しかけてきてくれるのだ。

 そこから上手く親御さんに融合屋に来てもらえるような方向に繋げられない辺りが、俺の商売スキルの限界なのではあるが。まあ、売っているのが木剣だけじゃ誘ったところでどのみち無理かもしれんな。


「意外と町には馴染んでるんじゃないか。今までの感じだと、キミはもっと非社交的なのかと思ってたよ」


 駆け寄ってくる少年たちを見て、エウラリアが意外そうな声を上げる。


「俺が社交的なわけじゃなく、彼らが俺に対して社交的でいてくれるのが大きいけどな」

「なるほどねぇ」


 しかし、少年たちは俺の元までもう少しというところで足を止めた。

 何かと思う俺の前で、彼らはエウラリアを指差す。


「よ、妖精だ! 妖精がいるっ!」


 そして怒涛の勢いでこちらに走ってきた。

 もはやその目には俺は移っておらず、見開いた目に映るのはエウラリアだけだ。

 無理もない、妖精なんて半分おとぎ話みたいな存在だからな。

 くたびれた二十半ば過ぎの俺と、見目麗しい妖精。どちらに興味を惹かれるかなんてわかりきったものだ。


「おっと」


 寄ってくる少年たちに、エウラリアは慌てたようなそぶりを見せる。


「……あれ? そういえばお前、人には見えないんじゃなかったのか?」


 直接エウラリアから聞いたわけではないが、俺の前の三人は『視えないものと会話していた』と伝わっている。ならば俺以外の他人にはエウラリアの姿は見ることができないというのが当然の帰結だと思っていたのだが……。


「キミ以外の人間から見えるか見えないかは、ボクの自由にできるんだ。今までは見えないようにしてたんだけど、数百年ぶりだからつい忘れてたや」


「でももう大丈夫」というエウラリア。

 駆け寄ってきた少年たちは、エウラリアの目の前で「あれれ、いなくなっちゃった?」と言っている。たしかにもう彼らには彼女の姿は見えていないようだ。


「おっかしーな……。おじさん、この辺で妖精見なかった? 青と白の服着た女の子」


 少年たちの一人が俺に聞いてくる。

「いや、見てないぞ?」と俺は答えた。

 エウラリアの存在はあまり言いふらさない方がいいだろう。

 どうしても言わないといけないような事態に巻き込まれたりしない限りは、言わないのが利口なはずだ。

 面倒事に巻き込まれるのはごめんだし、代々秘密にしてきた今までの三人の意思を俺も尊重したい。

 当のエウラリアはといえば、なにやらご満悦の様子だ。


「ほら、やっぱりボクは女の子に見えるんだよ! この子は見る目があるね。それに引き換えレナルドは……」


 自然に俺への悪口に移行してしまった。

 せっかく沈静化したのに、また再燃されてはたまらない。


「なあお前ら。俺のこの格好、どう思う?」


 咄嗟に俺は少年たちに尋ねた。

 本当はどう見られてるかにはあまり興味はないのだが、エウラリアの意識を会話の方に逸らすために何も考えず口から出たのがこの話題だったのだ。

 少年たちは俺の顔を見て口々に言う。


「おじさんイメチェンしたんだね。かっけーじゃん! もっと不細工なのかと思ってた!」

「俺、おじさんは本当はベアーマンなんだと思ってたんだよ。クマの毛に覆われてるみたいな見た目だったし」

「俺はおじさんは邪眼持ちだと思ってたのになぁ。だから目とか隠してるのかと思ってた。ただのイケメンかよ、ちぇっ! がっかりだよおじさん!」

「お、おう」


 子供は好き放題に言ってくれるなぁ……。

 たしかに髪と髭で顔の半分くらいは見えなくなっていた状態だったし、隠れた部分がどんな顔かというのは気になるところだったのかもしれない。


「あ、皆、おじさんなんかと話してる場合じゃないじゃん! 秘密基地いかなきゃ!」


 俺は「なんか」なのか……。

 いや、わかってるさ。

 面白いことも言わず不愛想な俺は、子供たちにとっては優先順位の低い存在なんだろう。

 むしろ話しかけてもらえるだけありがたいと思うべきだな。


「レナルドって、不憫だね」


 それは言わないでくれエウラリア。

 今必死で自分を納得させてる最中なんだから。


「じゃーね、おじさん!」

「ああ、じゃあ」


 子供たちは走って鉱山のある方へと行ってしまった。

 最後にきちんと挨拶をしてから別れる辺り、いい子たちなんだよなぁ。

 俺が子供の頃なんて、誰とも喋らずに武器屋に入り浸ってたもんな。

 武器に見惚れて、武器を見ているだけで一日が終わるなんてことも多々あった。そこから段々と魔石の方にも興味が湧いて、今度は融合屋に入り浸って……思えば子供のころから人より武器や魔石と関わることの方が多かったんだな、俺って。


「ところでレナルド、これからどうするの? 早速旅に出る? もう全部準備は出来たんでしょ?」

「ああ、早速……と言いたいところだが、それは無理だ」


 首を横に振る。

 気持ち的にはすぐにでも旅に出たい気持ちはあるのだが、今は出発できない。


「なんで?」

「列車が来ない。一日一本しか来ないからな」


 都のほうでは十分に一本以上の頻度で来ると聞いたことがあるが、ここは田舎だからな。

 むしろ一日一本来てくれるだけありがたい。数年前まで三日に一本だったし。

 列車が一日一本なんて、エウラリアには驚きだろうか。そう思って彼女を見ると、不思議そうな顔で首をひねっていた。


「列車?」

「ああそうか、知らないのか」


 そういえば、まだ出来てから百年も経ってないんだったか。

 数百年間この世界を知らなかったエウラリアが列車を知らなくても無理はない。というか当然だ。

 ということは、エウラリアは初めて列車を……あの鉄の塊を見ることになる訳だな。

 その時の顔を想像すると、なんだか面白くなってくる。


「見たらきっと驚くぞ? 『わぁー! すっごーい!』ってな」

「ボクそんな驚き方しないよ! もっと語彙力豊富なんだから!」

「まあ、それは置いといて。列車がこの町に着くのはあと五時間後くらいだから……まずは朝食だな」

「朝食? わーい!」

「あ、エウラリアも食べるのか?」


 妖精も飯は食うんだな。

 あと、その驚き方の時点で語彙力があるようにはとても思えないぞ?


「食べなくてもいいけど、食べられると嬉しい。あ、でもレナルドってお金ないんだっけ。……じゃあ我慢する」


「その代わり、お金持ちになったらお腹いっぱい食べさせてね?」と言ってくるエウラリア。

 俺に無理をさせられないというところだろうか。


「いや、食べていいぞ」

「え、でも……」

「そんなところまで気を使う必要はないさ。確かに金はないが、生きていくのに困るほどじゃない。遠慮せず食ってくれ」


 大体、目の前で食べたがっているやつを差し置いて食べる食事なんて、何も美味しくないだろう。

 いくら俺でも、そんな所業は心が痛むぞ。

 俺の懐事情を心配してくれるのはありがたいが、融合の妖精であるエウラリアをそこまで邪険に扱う気はない。

 それを聞いたエウラリアは綺麗な目を大きく見開く。


「キミは天使なのかい……? ありがとう、ありがとう……! 恩に着るよ!」

「大げさだ」


 そこまで食べたいなら、無理して我慢せず言ってくれればいいのに。

 俺は苦笑して、朝食をとるために町で唯一の飲食店へと向かうのだった。

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