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融合魔術師は職人芸で成り上がる  作者: どらねこ
3章 オーシャニア編
18/66

18話 レナルドの実力

「わかった。やらせてもらおう」


 そう答えた俺は、イルヴィラからサンドスライムの魔石を受けとる。

 サンドスライムは主に砂漠や砂地に棲息する魔物だが、スライム類は変種しやすいので稀に全く別の場所にもいたりする。

 この辺りに砂地はないから、おそらくこの魔石の持ち主だった魔物もそんな変異種だったのだろう。

 そんな風に魔物の背景を想像しながら砂色の魔石を手に乗せ、ころころと転がす。

 中々質の良い魔石だ。鮮度もいい。倒してからまだ六、七時間ほどといったところだろうか。

 そんな俺に、イルヴィラが声をかける。


「尻尾巻いて逃げかえるなら今のうちよ? もし失敗したら、あんたはエルディンからの信頼を失う。それはつまり冒険者相手には商売できなくなるのと同義よ」

「ああ、そうだな」


 おそらく失敗はできないということを伝えたいのだろう。

 だが、俺は融合魔術を行使するときはいつも失敗できないという心持で望んでいる。

 いまさらそれがプレッシャーになることはない。

 宿に迷惑がかかるといけないから外で行おうとも思ったのだが、「火事の心配がないなら好きにやっていい」と主人が許可してくれた。

 とはいえ融合の際には微量の火花が散るため、レナルドとイルヴィラには念のためテーブルから少し離れてもらう。


「……ついでにもう一つ教えておいてあげるわ。『性能が二つなら、適当にやっても半分の確率で成功する』なんて思ってるかもしれないけど、『砂化』の方が発現する確率はおよそ一割と言われているわ。つまり成功確率は一割、あんたにとってあまり分の良い賭けとは言えないわよ」

「忠告は有難いが、俺もそのくらいは知っている」


 スライム類は『伸縮』が種全体に共通する基本性質のようで、総じて『伸縮』の性能を引き継ぐ確率が高い。サンドスライムもその例に漏れないということだ。

 というか、むしろイルヴィラが良く知っていたな。ぼんやりとした知識はあっても、融合魔術についてそんな細かいことを知っている冒険者は少ないと思うのだが。


「そう、ならいいわ。……今ならまだ、引き返せるんだからね?」


 イルヴィラは少し躊躇して、最後にそう付け足した。


「……なんだ、心配してくれてるのか? 意外と優しいんだな」

「な、なんであたしがあんたの心配なんきゃしなきゃならないのよ! そんなんじゃないもんっ!」


 キィーと怒りだすイルヴィラ。

 なんで怒っているのかさっぱりわからない。


「『もんっ!』だって! 可愛いねレナルド」


 エウラリアは暢気にイルヴィラの周りを飛び回る。

 俺の心配はしていないらしい。

 人によっては薄情ととるかもしれないが、そういうことではない。

 これはつまり『レナルドはこんなこと程度、楽々こなせるに決まってるじゃないか』という無言の信頼なのだ。

 他人に信頼されるというのはなんというかこう、妙な気持ちになるな。

 ……まあ、『融合の極意』にまでたどり着いた人間としては、このくらいで失敗しちゃ駄目だ。そしてそれ以前に、失敗する気などさらさらない。


「ごめんねレナルド。なんだか面倒なことになっちゃってさ」

「いや、俺は融合魔術を使えて嬉しいから問題はないぞ」


 エルディンは責任を感じているようだ。

 俺としてはただ純粋に嬉しい限りなんだがな。


「イルヴィラも、二つの性能から一つを恣意的に選ぶことがどれだけ難しいかわかって言ってるのかい?」


 心なしか鋭い目線になったエルディンに対しても、イルヴィラは物怖じしない。

 小さな体から真っ直ぐ声を出して言い返す。


「だってあんたが目をかけるくらいの人間なんでしょ? ならこのくらい――」

「できて当然、だな」


 俺がイルヴィラの言葉の先を言うと、彼女は意外そうに目を丸くして、そして興味深そうに笑った。


「……へえ、言うじゃない。自信があるのね」

「当たり前だ。俺は融合魔術師だぞ」


 こうやって未だ扱ったことのない魔石を扱うために、俺は旅をしてるんだからな。

 むしろ、魔石を提供してくれて、こんな機会を与えてくれたイルヴィラには感謝したいくらいである。


「そういう人間は嫌いじゃないわ。……わかった。そこまで言うなら、本当にできた時にはあんたににゃんこ言葉で謝ってあげるわよっ!」


 イルヴィラは声高にそう宣言した。

 ……なんでにゃんこ言葉なんだ?


「……この子のことを、ボクはとても不憫に思うよ……」


 俺が成功すると確信しているエウラリアが、イルヴィラに憐憫の視線を送る。

 しかしエウラリアのことが見えていないイルヴィラは、当然その視線に気づくこともない。

 ……まあ、イルヴィラがどんなことを言ったとしても、俺は俺の為すべきことを為すだけだ。

 融合魔術師の本分は融合魔術、誰にでもわかることだな。


「折角だから、あんたの武器に融合しようか? ああ、金はとらないぞ。サービスだ」

「え? あ、ありがと……」


 俺の申し出が意外だったのか、イルヴィラは気勢を削がれたようで所在なさげに頬を掻く。

 そして腰のポーチから、黒槍より一回り小さい白槍をとりだした。


「じゃあ、これにしてもらえるかしら?」

「……ああ、わかった」


 俺は白槍を受け取りながら、イルヴィラの腰をチラリと見る。

 あのポーチ、空間魔法がかかっているのか。


「頑張れレナルドぉ~」


 エウラリアが普通に使っているせいであまり実感は湧かないが、本来空間魔法はほとんど使い手のいない超高度な魔法だ。……あのポーチ、すげえ高いんだろうな。


 さてと、これで魔石とそれを融合する武器が揃った。

 あとはこれを融合するだけだ。


「……さあ、やるか」


 俺は右手に持った魔石を、テーブルに置いた白槍に押し当て、埋め込んでいく。

 埋め込むというよりも溶かし込む、といった方が適切だろうか。

 融合魔術を使用した途端柔くなった魔石は、ずぶずぶと槍の中へと溶けていった。

 そして中ごろまでいったところで、火花が散りだす。

 槍が熱を持ち出し、すんなりと溶けていっていたスライムが急に反発し始める。

 魔石が起こす拒絶反応……これを越えない限り、融合魔術は失敗に終わるのだ。


「さあ来いよ、サンドスライム」


 脳内にサンドスライムの姿が想起される。

 スライムのぷにぷにとした感触を残しつつ、身体に砂を纏った褐色のスライムだ。

 危険がないとは言わないが、一端の冒険者ならよほどのことがない限り狩れる魔物。

 この程度の魔物に負けるほど、俺の十余年は短くない。


 イメージの中でサンドスライムを握り潰し、俺は再び現実の世界へと戻ってくる。

 魔石は白槍の中に完全に収まっていた。


「できたぞ。ほら」


 俺は魔術が終わったことを告げ、イルヴィラに白槍を返した。

 彼女はおっかなびっくり槍を受け取り、興味深そうに槍をひっくり返したりして観察する。


「やけに早いわね。本当に成功したの?」

「ああ、もちろん。ああ、あと『伸縮』の方も付けといたぞ」

「……え? ど、どういうこと?」


 聞き返してくるイルヴィラに俺は再度わかりやすく告げる。


「ただ『砂化』を受け継がせるだけじゃ、一割のまぐれが起きただけと言われても仕方がないからな。『伸縮』の方も発現できるよう調整しておいた」

「なっ……!? 二つの性質を、同時に!?」


 イルヴィラの目が驚愕に歪む。

 二つ以上の性能を一つの武器に受け継がせるのは、通常の融合魔術とは段違いにハードルが高い。

 空間魔術が使われたポーチを持っているくらい高位の冒険者ならその難易度の高さも知っていると思ったが、どうやら俺の予想通りだったようだ。


「あの時間で……? 二つ同時に……?」

「まあ、俺は融合魔術師だからな」


 イルヴィラは俺と槍を何度も交互に見比べる。

 それだけ驚いてもらえると、こちらとしても悪い気はしない。


「イルヴィラ、どうせなら一緒に狩りでも行こうよ。そうすればイルヴィラはその武器の出来栄えも確認できるし。東の方に森があっただろう、あそこで試そう」


 そんなイルヴィラを見ていたエルディンが、彼女を試運転に誘った。

 これは……もしかしたらチャンスかもしれんな。


「俺も付いて行ってもいいか?」


 俺はエルディンに申し出る。


「え、君も? いいけど……危険だよ? もちろん僕が守るよう努めるけど、それでも完全じゃない」

「大丈夫だ。もちろんあんたらには遠く及ばないが、俺も副業冒険者をやってるからな」

「そうか、そういうことなら問題いらないかな」


 よし、エルディンから了承を得られたぞ。

 他人が実践で自分が融合した武器を使うのを見る機会なんて、早々得られない。

 これはいい経験が出来そうだ、と俺は息巻く。

 楽しみに思いながらイルヴィラの方を向くと、彼女は未だトリップし続けていた。


「本当にすごい人だったの……?」

「イルヴィラ? 聞こえてるか?」


 声をかけると、イルヴィラは「……ハッ!」と正気を取り戻す。

 そして焦ったように腕を振るわせながら俺を指差してくる。


「あ、あんたが本物の融合魔術師かどうかの判断はまだ保留だからねっ。使ってみるまでは分かんないんだから!」

「イルヴィラ。君ほどの腕前なら、持った時点でもうその性能はある程度わか――」

「あーあー、聞こえない聞こえない! あ、あたしはまだ信用しないんだからっ」


 イルヴィラは髪の間から見え隠れする形の整った耳を両手で塞いでしまう。

 それを見たエルディンは、こちらを向いて呆れた半分の苦笑を漏らした。


「悪いね、またまだ子供みたいだ」

「いや、これくらい疑い深くないとやっていけないものなんだろう」

「疑り深いというより、意地っ張りって感じだけどね」

「あーあー聞こえない! きーこーえーなーいー!」


 イルヴィラは走って階段を上る。

 それからすぐに、二階からバタンッと扉のしまる音が聞こえてきた。

 その音を聞いて、再び俺とエルディンは笑いあう。


「我儘なお姫様はふて腐れてしまったようだから、僕は少し肩慣らしに森へ行ってくるよ」


 そう言うとエルディンは腰に下げていた剣を軽く触った。

 それがエルディンの剣か……鞘だけでもその雰囲気ってのは伝わってくるもんなんだな。

 彼は宿を出ようと歩きだし、数歩歩いたところで足を止めてこちらを振り返る。


「ああ、そうだ。森に行っている間、これを預かっていてくれないか?」


 何やら布袋を手に持つエルディン。

 何かわからないままそれを受け取る。見た目以上にかなり重い。


「これは?」

「僕の全財産だよ。森の中では重くて邪魔だからね」

「……イルヴィラの言う通り、あんたはもう少し他人を疑った方がいいと思うぞ」


 まだ会うのは二回目なはずなんだが。

 イルヴィラが小言を言いたくなる気持ちもわかるな。これはいくらなんでも人を疑うことを知らな過ぎな気がする……。


「盗られたら盗られただよ。それに、君はそんなことしないだろう?」


 少々面食らう俺に笑顔でそう言って、エルディンは森へと向かって行った。




「うわあぁぁ……っ! ずっしり! ずっしりしてる! お金がいっぱい……」


 エルディンがいなくなった酒場で、エウラリアが布袋を持ち上げようとして感嘆を漏らす。

「うんしょ、うんしょ」と頑張っているが、小さな身体のエウラリアに持ち上げられるような重量ではないだろう。

 そんな無駄な努力をしばらく続けた後、エウラリアは悪そうな顔で俺を振り返った。


「……ね、ねえレナルド、このお金持って逃げちゃったりしない?」

「馬鹿言うな」


 妖精な癖にダントツで現金だなお前。

 俗世に染まるにも程があるぞ。


 と、アルシャが酒場のテーブルを拭きに来た。

 混み始める夜になる前に綺麗にしておこうということだろう。

 もう充分綺麗だと思ってしまうのだが、アルシャからするとまだ物足りないらしい。


「見てましたよ、凄かったです」

「悪い、邪魔だったか?」

「いえいえ、とんでもない。あんな一流の冒険者の方々が驚くだなんて、レナルドさんって凄い方だったんですねっ」


 アルシャの言葉にエウラリアがピクリと反応する。

「そうだよ、レナルドは凄いんだ!」


 布袋の置かれたテーブルから飛び立ち、えへんと胸を張った。

 そんなエウラリアをアルシャは微笑ましげに眺めている。


「まあ、俺にはこれしかできないからな。……それに、凄いというならアルシャの笛の音の方が凄いと思う」


 融合魔術が楽器に負けているとは思っていない。しかし、一度に多くの人を感動させるという点においてはどれだけ頑張ってもアルシャの心地よい笛の音には敵わないだろう。


「そ、そうですかね? ありがとうございます」


 面と向かってそう言うと、アルシャは恥ずかしそうにして、紅潮した頬を掻く。


「ひゅー! 気障だねレナルド!」

「お前はちょっと黙っててくれ」


 囃し立てるエウラリアを手の中に捕える。

 そしてその手を顔に近づけ、俺は言う。


「このままお前を食べちゃってもいいんだぞ?」

「ひえっ!?」


 それを聞いたエウラリアはバタバタともがくが、俺は手の檻を緩めない。

 逃げられないと知ったエウラリアは見る見るうちに目に涙を溜めた。

 ……って、そこまで怖がるとは予想外だ!


「じょ、冗談だよ冗談! 通じなかったか?」

「こ、怖すぎるよレナルド……ボク、腰ぬけちゃったぁ……」


 手を離すと、エウラリアはふらふらとよろけながらテーブルの上にポンッと落ちてしまう。

 それを見ていたアルシャが、俺を諌めた。


「あんまりいじめちゃ駄目ですよ?」


 たしかに少しやりすぎたかもしれない。

 俺は冗談のつもりだったが、不愛想ゆえにそれがエウラリアには上手く伝わらなかったのだろう。反省しないとな。


「……ごめんなエウラリア」

「うん……ずびっ」


 エウラリアは鼻をすすりながらも俺を許してくれた。

 俺はホッと安心の息を零す。


「リアちゃんも、レナルドさんをからかいすぎたら『めっ』ですからね?」


 テーブルの上のエウラリアと視線を合わせるように屈んで、アルシャはまるで母のように注意する。


「うん、わかったよ。ごめんねレナルド」

「ああ」


 謝ったエウラリアを、俺はもちろん許した。


「ところでアルシャ。キミ今ボクのことちゃん付けしてくれたね。距離が縮まったのがわかってボクは嬉しいよ」

「一緒にいるうちに、なんだかリアちゃんが妹みたいに思えてきたので」

「妹!? ボク五百万歳なんだけど!?」

「仕方ないエウラリア。お前は行動が子供だからな」

「むむむ……。嬉しいけど、なんか納得いかない……」

「……ぷっ」


 難しそうな顔をするエウラリアに思わず吹きだすと、エウラリアは半目を向けてくる。

 それがまた面白くて、俺は再び笑いを漏らすのだった。

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