17話 挑戦状は魔石の形
俺とエルディンは酒場の席に向かい合って座る。
普通酒臭い匂いが残っているものだが、ピースバード亭の酒場にはそういった匂いは一切に残っていない。消臭系の魔法かなにかを使っているのだろう。
おかげで朝でも何の憂いもなく、席に着く事が出来た。
「エルディン、あんたもここに泊まるのか?」
「はい、ここがオススメだと他の冒険者仲間に紹介されまして。……それにしても、こんなところで会えるなんて偶然ですね。なんだか運命を感じますよ」
まるで女を口説くかのように言葉を並び立てるエルディン。
そんな二十過ぎとは思えぬ無邪気な顔で言われたら、女はゾッコンだろうな。
まあそんなことは関係ない。俺は以前会った時から思っていたことをエルディンに告げる。
「そんな敬語なんてやめてくれ。『導きのエルディン』に敬語を使われたら俺が落ち着かない」
前の時は言いだす機会がなかったが、これは是非とも言っておきたいことだった。
繰り返しになるかもしれないが、エルディンは本当に全ての冒険者のトップに位置するような人材だ。当然、人望も厚い。
俺も副業として冒険者をやっている以上、そのトップであるエルディンにはある種憧れに近い感情を抱いている。
そんな人間に敬語を使われるのは、どうしても身体がムズムズしてしまうのだ。
「うーん……じゃあ、僕のことをその二つ名で呼ぶのをやめてください。そうしたら僕も敬語を止めますよ」
エルディンは「本当にその二つ名、苦手なんですよ」と言って苦笑する。
そういうことなら話は簡単だ。
「わかったよ、エルディン」
「それはよかったです……いや。それはよかったよ、レナルド」
咄嗟に出てしまった敬語を訂正し、エルディンは恥ずかしげに笑う。
「イケメンのはにかみっていいよね」
黙れ発情妖精。
それから少しばかりくだらない会話を続けていた。
俺には会話を続ける技能は無いに等しいのだが、エルディンはそういう面でも優秀だった。
自分の体験談やらなにやらを面白おかしく話し、決して俺を飽きさせない。
もし冒険者をすぐ引退することになっても、彼なら吟遊詩人として何不自由なく暮らしていけるだろう。
エルディンの話し方には不思議と人を引きつけるものがあった。持って生まれた資質とでもいうのか……きっと彼はそういう星の元に生まれ落ちたのだろうな。
俺は知らず知らずのうちに彼の話に聞き入っていた。
「――だったんですよ。で、全部おしゃかになってしまったんです」
「そりゃすごいな」
そしてその話もひと段落着いた時。
「ごめんなさいエルディン、前の依頼が押して遅れたわ」
そう言って、一人の少女が俺たちのテーブルに入ってきた。
エルディンよりも若く、アルシャと同じくらいかもう少し下か……といった年頃の少女だ。大体一七、八くらいだろうか。
自分の体長よりも長そうに見える黒槍を椅子の背に立てかけ、少女は席に着く。
そうして初めて、俺の存在に気が付いたようだった。
「……って、あれ? エルディン、この人誰?」
肩からはみ出る程度の赤髪を軽く撫でながら、髪とは真逆の薄水色の瞳で俺を捉える。
目をぱちくりと動かす様は可愛らしいが、しかしその動作一つ一つがどこか達人的なものを孕んでいた。
おそらくは冒険者なのだろう、と俺はアタリをつける。
「ああ、まずは君から紹介するよ」
そう言うと、レナルドは俺に少女を紹介してくれる。
「彼女はイルヴィラ。新進気鋭の冒険者で、今までも何度かこうして共同で依頼を受けてるんだ。……実力はある子だよ」
「なんだか引っかかる言い方ね」
「付け加えるなら、まあまあなトラブルメーカーだ」
「だ、誰がトラブルメーカーよ!」
紹介されて改めて、俺は少女――イルヴィラの容姿を確認する。
低い背丈に、子供のような体形。
きめ細やかな白い肌を合わせて考えても、単純な見た目だけなら冒険者には見えない。
上下一体となった黒のワンピースに、赤いアクセントが入っている。
そして足を覆う白いタイツに、これまた赤いアクセントが入っていた。
また、両腕には白いアームカバーも装着している。肌の色が白いので一見境目が分からない。
「また美少女!」
エウラリアがそんな声を上げた。
まあ、たしかに美少女と言っていいだろう。
「なによ、ジロジロ見て」
ただし、性格はあまり良さそうではないが。
「イルヴィラ。初対面の相手にそうやって噛みつくのはやめろと言ってるじゃないか」
「……たしかに悪かったわ、ごめんなさい」
イルヴィラは渋々といった様子で俺に頭を下げてくる。
「悪いねレナルド」
「いや、別に気にはしてない」
冒険者にはもっと粗暴なやつはいくらでもいるからな。
俺も副業で冒険者をしてるからわかるのだが、なまじ実力がある冒険者の中にはなんでも暴力に訴えればいいと思っている人間もいる。
そういった人種に比べれば、目の前の赤髪の少女はそこまで気に障ることもなかった。
「さて、じゃあ次はレナルドについてだね。……彼はレナルド。とても優秀な融合魔術師だよ」
エルディンがそう俺を紹介すると、イルヴィラは鋭い視線を俺に向ける。
その目線はとても子供とは思えないものだ。新進気鋭の冒険者というのは嘘ではないらしい。
「……優秀な融合魔術師? あんたが?」
「何か疑問でもあるのか?」
「失礼だけど、とてもそうは見えないわね」
イルヴィラはズバリ言い放った。
「おいおいイルヴィラ、本当に失礼だぞ? 何を根拠に――」
すかさずエルディンが俺を弁護してくれる。
しかし、それを振り切ってイルヴィラは話を続ける。
「あんたは誰彼信用しすぎなのよ。あんたはこの人……レナルドだっけ?が実際に融合魔術を使ってるところ、ちゃんとその目で見たんでしょうけど、あたしは見てないもの。いきなり信用なんてできないわ」
なるほど。
それを態度に出すのが良いか悪いかは別にして、彼女の言うことは一理ある。
融合魔術師の実力というのは、結局その人の作品を見なければわからない。そういう意味では、彼女の肩を持ちたくもあった。
しかし、エルディンは慌てだす。
「え? い、いや、それは……実は僕も、彼が魔術を使ったところを直接は見てないけど」
……ああ、そう言えばそうだったか。
祭りでは前もって作った物を売っただけであって、彼の目の前で何か融合魔術を行使したりはしていなかったかもしれあい。
それを聞いたイルヴィラは、信じられないと言った様子で水色の瞳を見開いた。
「……ちょっと待ってエルディン、あんたそれなのに信用してるの!? 本当に信じられない! そんなに実力があるんだから、ちゃんと警戒しないと変なヤツが寄って来るってわからないの!?」
「それは……ごめん。で、でも彼は違うよ。ちゃんとした人だ」
「……どうかしら。あたしには信用できないわね」
腕を組んで俺を睨みつけるイルヴィラ。
どうやら彼女の中では、俺はすでにかなり胡散臭い方へと分類されてしまったらしい。
こんなことなら祭りの時に最後に残っていたスライムの魔石も使い切ってしまうべきだったか、とも思うが、そうすると海岸でアルシャに融合魔術を見せられなくなっていたわけで……。
まあ、この状況に至るべくして至ったというところか。
「悪いね。イルヴィラはどうも人を疑いやすい性格みたいなんだ」
「あんたが暢気に人を信じすぎなんだって。色々噂は聞いてるわよ? 一日で三回詐欺にあったとか、保証人になりすぎていくら稼いでもお金を持ってないとか、それなのに孤児院に寄付して自分の財布はすっからかんだとか。人を助けるのも良いけど、まずは自分を大事にしなさいよ。あんたを目指して冒険者になる人間を失望させる気?」
「言い返す言葉もありません……」
イルヴィラに言いくるめられ、しゅんと肩を落とすエルディン。
彼のこんなところを見るのは初めてで、なんだか新鮮だ。
いつも常に凛々しく完璧なのかと思っていたが、彼もやはり人間。そういうわけでもないらしかった。
俺は二人の会話に割って入る。
「まあ、イルヴィラがそう簡単に俺を信じられない気持ちもわかる。というかそれが普通だろう」
イルヴィラの言う通り、エルディンは少々お人好しが過ぎる。
それも彼の良いところだと俺は思うが、しかしそれは彼が他とは隔絶した力を持っているからこそ可能な生き方だ。
普通の人間はまず間違いなく自分が一番大事だし、まだ一度しか会っていない相手をそんな必死になって庇ったりはしない。
だが、だがだ。
それだけ信頼されたのならば、応えたい。そう思うのもまた普通の人間である。
「だから、あんたの信用を得るために、俺の仕事を見せる……と言いたいところなんだが、あいにく魔石を切らしていてな。何か新鮮な魔石はあるか? あれば買い取らせてほしい」
俺は二人に尋ねる。
保存箱に入れていない限り、魔石は常に劣化していく。融合に使えるのは今日か、もしくは昨日に狩った魔物の魔石だ。
それをどちらかが持っていれば、と思う俺に、イルヴィラが言う。
「そういうことなら、丁度いいのがあるわ。さっきこなした依頼でとってきた魔石だから、鮮度も十分なものがね」
そう言って、彼女はテーブルの上に魔石を一つ置いた。
「……ほぅ、これは」
それを見た俺は思わず言葉を漏らす。
テーブルに置かれたのは、オレンジに近い砂色の魔石。
その魔石を見て、彼女がしようとしていることにアタリがついたからだ。
この魔石を落とす魔物、そしてその魔石が持つ性質は――
「サンドスライム……『伸縮』と『砂化』、二つの性質を持つ魔石よ」
……やはり。
「このうち『砂化』の方を発現させることができたのなら、あんたは本物だと認めるわ」
イルヴィラはそう言うと、俺の目を真っ直ぐと見据える。
軽く上目遣いにはなっているが、その目線に可愛げはまるでない。
瞳を通じて、「本当にあんたが凄腕の融合魔術師なんだとしたら、やってみなさいよ」という声が聞こえる気がした。
俺はイルヴィラから目線を下げ、魔石を見る。
このサンドスライムの魔石はいうなれば、イルヴィラから俺への挑戦状だ。
「わかった。やらせてもらおう」
短く返答する。
俺は融合魔術師。俺に融合できない魔石など存在しないということを見せてやる。




