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融合魔術師は職人芸で成り上がる  作者: どらねこ
3章 オーシャニア編
16/66

16話 不愛想でもいい男

 今日も外は曇天模様だ。

 階段を下ると、朝の笑顔の訓練を終えたアルシャはすでに忙しく働き出していた。

 厨房の中で朝食を作っているらしい彼女と、それを見守りながら自らも料理に勤しむ宿の主人。

 俺は二人に挨拶をする。

 主人の方は「おはよう」とややぶっきらぼうに言うと、すぐに作業に戻る。

 そんな姿を見たエウラリアは「なんだかキミと似てるね」と俺に囁いた。

 その言葉に、なんとなく宿の主人である中年の男性を見る。


 全体的にがっしりとした体形の、髭を生やした厳つめな顔の男だ。

 俺と似ているかどうかは分からんし、宿の主人とはまだほとんど会話を交わしてはいないが、それでも彼が良い人だということはわかる。

 事故で親を亡くしたアルシャを引き取って世話をしてあげているということもそうだし、全身から当人の持つ優しさがじんわりと染みだしているのだ。

 まあ、それと同時に気難しそうでもあるところは俺と似ている……かもしれない。


 そしてアルシャは、わざわざ作業を止めて厨房の外にいる俺たちの元まで来てくれた。

 笑顔の訓練などというものに付きあわされたというのに、アルシャは優しく微笑んでくれる。

 本当にすごいプロ根性だ。……いや、それだけじゃなく、きっと元来の心の広さも関係しているのだろう。

 軽く挨拶だけをしたつもりだった俺は少し面食らうと共に、申し訳ない気持ちになる。


「悪い、仕事の邪魔するつもりはなかったんだ」

「ああ、呼ばれたら出るのがもう癖で身体に染みついちゃってるんです。気にしないでください」


「それに、今ちょうど一段落着いたところですから」とアルシャは一つ伸びをする。

 他に客がいないからか、自然なままの姿を見せてくれているような気がして、何だか少し嬉しい。


「宿泊客は俺たちの他にいないのか?」


 昨日寝ている間は周囲から物音が一切聞こえてこなかったし、昨晩に悪くない盛り上がりを見せていた酒場にも人はいない。

 もしかしたら今この宿にいる客は、俺とエウラリアだけなんじゃないだろうか。

 そう疑問を投げかけた俺に「はい」と答えて、アルシャは続ける。


「ここ数週間はどこの宿屋も厳しいです。海が一番の観光地でしたから、それがああなってしまうと中々人も来てくれません……。ああでも、今日はご予約が入ってるんですよっ。なんでも有名な冒険者の方らしいです」


 アルシャは一瞬寂しそうな顔をしたが、すぐに明るい顔を取り戻した。

 それに俺はホッとする。

 無遠慮に聞いてはいけないことを聞いてしまったよな。

 頭に乗ったエウラリアが俺の質問を聞いた途端ぺしぺしと俺のおでこを叩き始めたのがその証拠だ。


「レナルド! デリカシーを取り戻せ~!」


 ……言い返す言葉もない。

 客が来ない辛さは俺も重々わかっているのに、申し訳ない。

 エウラリアの様子を見て微笑ましげに笑うアルシャに、救われたような気分になる。


「お二……レナルドさんは、どこかお出かけですか?」


 エウラリアのことをバラしていない主人がいることに配慮して、アルシャは途中で言葉を変える。

 俺が出かけそうだと思ったのは、俺がコートを羽織っていたからだろう。

 そして事実、俺はこれから少し外に出るつもりだ。


「海の方に行ってくる」

「海、ですか? 多分、今日も荒れてますけど……」

「確認のためにな」


 元々この町に来た理由は綺麗な海を見るためだ。

 アルシャの言い方だと望みは薄そうだが、もう一度くらい確認しに行っても罰は当たらない。


「そうですか。……行ってらっしゃい、レナルドさん」


「それに、リアさんも」と、宿の主人に聞こえないよう小さく付け足して、アルシャは腰を支点にし綺麗に頭を下げた。






 ところ変わって、海岸。

 唸りを上げて押し寄せる波は黒く、不気味な魔の手を夢想させる。

 降り続く雨と、吹き続ける風。

 コートを羽織った俺はそんな海を見て、軽くため息を吐いた。


「この分だと、穏やかな海はまだ拝めそうにないな」

「そっか、残念だなぁ。やっぱりここまで来たからには見て帰りたいもんね」


 俺の手の中に納まるエウラリアが言う。

 激しい風に攫われると大変なことになるので、エウラリアはずっと手の中だ。

 一応彼女もコートを着ているが、青と白という、普段の服と同じ色模様なので特に特筆すべきことはない。

 その色がお気に入りなのだろうか。


「まあ、ゆっくり待ってればいいだろう。幸い宿はあることだしな」


 町を出る時に貰ったお金に加えて、列車で騒ぎを起こした男の懸賞金もあるから、何もしなくてもしばらくアルシャのところの宿に泊まるだけの金はある。

 彼女もピースバード亭の宿の主人も良い人だし、海が落ち着きを取り戻すまであそこの宿にとまることに俺は何のためらいもなかった。

 そんな俺に、エウラリアは何故かニヤッと笑う。


「……もしかして、レナルドにとってはずっと海が見れない方がよかったりして~」


 そう言って彼女を包んでいる掌を肘でつんつんと突いてくるエウラリア。

 からかうような声色と動作だが……。


「……すまん、意味が分からん。俺だって荒れてる海よりは静かな落ち着いた海を見たいが」

「そうだよね。キミはそういうやつだった、うん」


 俺の答えに、エウラリアは何かを諦めたような目で頷いた。






 コートを着ているとはいえあまり長居はしたくないので、様子だけを確認してすぐに宿へと戻る。

 それに、今ピースバード亭では二人が俺とエウラリアの朝食を作ってくれてるからな。

 朝食に遅れて冷めたご飯を食べるのは、朝から料理を作ってくれた二人に申し訳ない。

 当初は足早程度だった俺の歩の進み方は、今や完全なる疾走へと変わっていた。

 そして木製の引き戸を開け、宿へと入る。


「ただいまっ」

「レナルドさん! お帰りなさい、今ちょうど朝ごはんが出来たところです」

「間に合ってよかった……」

「良くやったレナルド! キミは凄い!」


 ホッと肩の荷を下ろした俺を、エウラリアが褒め称える。

 食道楽なエウラリアは、俺よりもずっと温かい朝ごはんを渇望していたのだろう。


「この町といやぁ、魚だ。さあ食ってくんな」


 主人が言葉みじかにそう言って、席に着いた俺の元に料理を出してくれる。

 ちなみに席はカウンター席。

 他に客もいないのに一人大テーブルで寂しく食べるくらいなら、カウンターで食べて欲しい、と主人に言われたら、断ることもできない。

 普段ならば本当にありがたい言葉なのだが――


「ええと、レナルド……ボク、どうやって食べればいいかな」


 ――今は、エウラリアがいる。

 エウラリアが言うには、姿を隠している状態の彼女が食事をとると、主人の目には突然料理が減ったように見える……らしい。

 つまり、なんとかして主人の目を他に向けさせねばならないのだが。


「感想、聞かせてくれ」


 凝視。これ以上ない凝視である。

 いや、わかるのだ。

 自分が作った料理の感想を聞きたいという気持ちは痛いほど。

 しかし今だけは、今だけはどこか違う方向を向いてはくれないだろうか。

 お預けを食らってしまったエウラリアがぐずり始めてるから。頼むご主人。

 しかし、これ以上食べないのも不自然に思われる。

 俺は渋々エウラリアに先んじて、出された魚を一口頬張る。


「これは……」


 口に入れた途端にほろほろと崩れる身。

 中の中までぎゅっと味が凝縮された、濃厚な旨み。

 そしてそれらを引き立たせる僅かな塩気。


「美味い!」


 文句なしに美味かった。

 これは是非ともエウラリアにも味わってほしいのだが……。


「そうか。……もっと食え」


 主人はピクピクと嬉しそうに口の端を震えさせながら、俺に魚を勧めてくる。


「は、はい」


 嬉しいのは嫌というほど伝わって来てこちらも嬉しくなってくるのだが、しかしエウラリアが食べる隙は出来そうにない。


「うぅぅ……ご飯がぁ……お魚がぁぁぁ……」


 エウラリアは湧き出る涎を何度も拭い、食い入るように魚を見つめている。

 コイツが不憫で仕方ない。

 何か助ける方法はないものか……。

 そう思案し始めた時だった。


「お、おじさん!」

「おう、なんだ?」


 主人に声をかけたのは、アルシャだった。

 彼女はカウンターから一番離れた位置に笛を持って佇んでいる。


「ちょっと新曲を作ってみたから聞いてほしいんですけど……駄目ですか?」

「新曲か! いいぞ、聞かせてみろ。悪いなお客さん、アイツの曲は普段忙しくてちゃんと聞いてやれねえから、こういう時くらい最前列で聞きたいんだ」


 そう言うと主人はカウンターを離れ、アルシャの前へと移動した。

 主人が移動したのを見て、アルシャはエウラリアにウィンクを送る。


「アルシャ……! キミってヤツは……キミってヤツは……! 本当にありがとう!」


 エウラリアはその小さな丸い瞳から珠のような涙を零しながら、魚に食いついた。


「美味しい……美味しいよぉ!」


 そんなエウラリアの飽きない動きを見ながら、俺も朝食を食べ終える。




 そして、朝食を食べ終え一旦部屋に戻ろうとした、その時だった。

 不意に、ピースバード亭の玄関が開けられる音がする。


「……あれ!?」


 背後から、男の声がした。

 ……ん? 驚いたようなその声、たしか最近どこかで聞いたような……。

 引っかかる物を感じながら、俺は後ろを振り返る。


「お久しぶりです、レナルドさん!」

「……エルディン!」


 そこには全ての冒険者の憧れの的である、『導きのエルディン』が立っていた。

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