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融合魔術師は職人芸で成り上がる  作者: どらねこ
3章 オーシャニア編
11/66

11話 聞こえてきた音

 海岸に近づいても尚、エウラリアの抗議は続いていた。

 話が長い……。


「大体レナルドはさぁ、ボクの素晴らしさがわかってないんだよ! 融合を司る妖精だよ!? 普通もっと『ははぁーっ! エウラリア様ぁーっ!』って感じじゃないの!?」

「ははぁー、エウラリア様ー」

「気持ちが全然篭ってないっ!」

「そんなことより着いたぞ、エウラリア」

「……え、もう着いたの? お説教に夢中で気づかなかったや。行こっ、レナルド!」

「おう」


 ずっと怒っていたくせに、海岸までたどり着いた途端元気になるんだな。

 気持ちの切り替えが早いんだか遅いんだかよくわからん。


 しかし、たどり着いた海は荒れに荒れていた。

 塩の匂いの風が肌を刺す様に吹き付ける。

 海岸沿いに係留してある小型船は風と波とで列を乱し、揃わないダンスを踊っているかのようだ。

 おまけに今まで歩いてきた道では振っていなかった雨さえ降っている。

 水気を含んだ砂浜は踏むたびに泡の混ざった汁を出し、ジュリジュリとあまり気持ち良くない音を立てる。

 なぜこんなことになっているのかはわからないが、海岸沿いだけが他よりも格段に天候が悪かった。


「あの人が言ってたことは本当だったんだね。これじゃ船も出せないよ」

「そうだな」


 たしかにこんな強い波と風、それに雨では到底船など出せないだろう。

 視界さえ遮りかねないほどの雨だ。

 たまらず目元に手をかぶせ、海原を見る。

 海はぬぷりぬぷりとまるでスライムのように降り注ぐ雨を丸ごと呑みこみ、荒々しく波立っている。

 こんな海で船を出したら転覆してもおかしくないということは、ずぶの素人の俺にも理解できた。


「となると、もうここに居る意味はないかもな」

「そうだねぇ。あまりいい景色とは言えないけど、海も見れたし。このままだと風邪引いちゃいそうだし、帰ろうか」


 綺麗な海が見れないのならば、俺たちがこの町に留まる意味もない。

 このままホームに戻って、この町を去ろう。

 そう思って岸を離れようとした、その時だった。


「……ん?」


 荒々しい波の隙間に、透き通る笛の音が聞こえた気がした。

 かすかに聞こえた音の方に顔を向けてみる。しかしそこには海岸が広がるばかりで、何もないし誰もいない。


「どうしたのレナルド、何かあった?」

「いや、笛の音が……」

「笛の音が聞こえたの? こんな雨の中、誰かが海岸で吹いてるってこと?」

「いや、そう言われると確かに考えづらいんだが……」


 だが、たしかに聞こえたのだ。

 しかしほんの一瞬であったこともまた事実。俺の勘違いの可能性も捨てきれない。

 煮え切らない答えを返す俺に、エウラリアは言う。


「じゃあ、あっちに行ってみようか」

「……いや、でも俺の勘違いかもしれないぞ?」


 正直意外だった。早く帰ろうと言いだすものとばかり思っていたからだ。

 しかしエウラリアは軽い調子で言い放つ。


「その時はその時だよ。キミが気になるというのなら、ボクはそれに従うだけさ」

「……じゃあ、行こう」

「オッケー。でもその代わり、何もなかったらボクの身体を綺麗に拭いてね?」

「ああ、わかったよ」


 と、エウラリアが強風に身体をとられた。

 咄嗟に、飛ばされないように両手で囲ってやる。

 怪我などは無いだろうかと隙間を開けてエウラリアを見ると、彼女は何故か顔を赤くしていた。目線が合うと、首を曲げてぷいっと逸らす。


「……あ、え、えっちな拭き方しちゃ嫌だからねっ!?」

「言っとけ」


 発情妖精を両手に保護し、俺は音のした方角へと海岸を歩き出した。





 ジュリジュリと音を立てながら砂浜を歩く。

 こちらから聞こえたと思うのだが、まだ姿は見えてこない。

 やはりあれは勘違いだったのだろうか。

 そう思い始めたとき、再度俺の耳に笛の音が聞こえてくる。


「……エウラリア、聞こえたか?」

「うん、今度はボクにも聞こえたよ! あっちだよ!」


 エウラリアはうんしょうんしょと俺の掌から這い出して、進行方向を指差す。


「方向は俺もわかってる」


 最初に音が聞こえた時点でな。


「あ、そうだった。し、失敗失敗……」


 カァッと赤くなるエウラリア。

 なんだ、可愛いところもあるんじゃないか。


「……ふっ」


 思わず笑ってしまった俺に、エウラリアはわなわなしながら反論してくる。


「ぼ、ボクだって失敗することくらいあるさ、妖精だって万能じゃないんだから!」

「いや、笑うつもりじゃなかったんだ。ごめんな」

「……お腹いっぱいの夕ご飯を食べさせてくれるなら、許してあげる」


 罰が軽いなおい。

 エウラリアの言う「お腹いっぱい」って、親指くらいの量しかないからな。


「わかったわかった。今日だけとは言わず、これから先もずっと好きなだけ食わせてやるよ」

「……ハッ!? そうやってボクを太らせる気だな! そうはいかないぞ、この悪魔め!」


 なんか名探偵じみた動きで指差されたけど、全然違うんだが。


「……まあ、もうそれでいいや」

「ふふん、ボクは凄いのだ」

「ははぁー、エウラリア様ー」

「やっぱり気持ちが篭ってないっ!」


 そんな会話をしながら歩いていると、やっと人影が見えてきた。


「……見えてきたぞ」

「うん。笛みたいなのを持ってるし、あの人で間違いないみたいだね」


 海岸に立つ人影は、肘から先位の大きさの笛を持ちながら、しゃんとまっすぐ立っていた。

 そのまま近づいていくと、女性であることがわかる。

 ――美しい女性だった。いや、少女と言った方が適切かもしれない。

 栗色の長い髪を風に吹かせ、衣服をはためかせながらも目線は海から離れない。

 華奢な身体でありながら女性的な体つきをした、二十代手前くらいの少女だ。

 強風の中、それをまるでものともせずに立つ彼女は、まるで人ならざる者のようにも思えた。


「あ、レナルド、もしかして見惚れた? んもう、駄目だなぁ。ボクというものがありな・が・らっ」

「お前とそういう関係になった覚えはないぞ」

「ボクだってないしー。ばぁーかばぁーか。べろべろばぁー」


 人とは思えぬ凛々しさの女性とは対照的に、エウラリアは妖精とは思えぬ酷い変顔で俺を挑発する。

 なんだコイツは……。


「あの……」


 鈴の音のような声が聞こえた。

 その声の持ち主はもちろん、笛を持つ少女だ。


「私に、何か?」


 茶と橙の中間のような、特徴的な瞳が俺を捉える。


「レナルド今だ! 告白しちゃえ! 優れた融合魔術師の血筋を残せ!」

「エウラリアぁ……。……お前、晩飯抜きな」

「……っ!? ご、ごめんなさい、ふざけすぎましたぁぁ!」

「よろしい」


 ったく、コイツは本当に……。

 そんな会話を済ませてから少女の方を向きなおすと、少女はぽかんと口を開けて俺を見ていた。

 なんだ? 何をそんなに不思議がって……っ!

 そうか、エウラリアは他人には見えないんだった!

 これじゃ俺は虚空に向かって一人で会話する、完全に近寄ったらダメな類の人間じゃないか!


「……やっぱり、晩飯抜きだな」

「酷い! 今のはキミの不注意が原因じゃないか、横暴だよレナルド!」


 俺の腕に縋るエウラリアに構わず、俺は頭を働かせる。

 しかしどうにも答えは出ない。


「……」

「……」

「頼むよぉレナルド、ごはんはボクの楽しみなんだよぉ……!」


 無言で見つめあう俺と少女に、嘆きだすエウラリア。

 ……この状況、俺は一体どうすればいいのだろうか。

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