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融合魔術師は職人芸で成り上がる  作者: どらねこ
1章 出会い編
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1話 ある日の夜に

「……」


 汗すら蒸発するような緊張感の中、無心で両手を見つめる。

 右手には木剣、左手には魔石。それら二つを慎重に擦り合わせていく。

 この十余年で、何万回と繰り返してきた作業だった。

 剣と魔石がぶつかる度に、赤い火花が周囲に飛び散る。魔力の反発反応だ。

 そんなものに構っていたら、この仕事は務まらない。

 そして俺は無言のまま、木剣に魔石を馴染ませ終えた。


「できた……」


 渇いたのどで出した声は、酷く掠れていた。

 しかし、それも全く気にならない。

 ――生涯で一番の出来の剣が、たった今完成したからだ。

 木剣とスライムの魔石は、これ以上なく完璧に融合しきっていた。


 俺の名はレナルド。融合魔術師で、融合屋を営んでいる。

 俺はこの十数年間、ただひたすらに木剣にスライムの魔石を融合させ続けていた。

 商人が売りにくる高価な武器や魔石には目もくれず、ただひたすらに。

 その努力の結晶が、今目の前にあるこの一本なのだ。


 鈍く光るこの剣は、売りにだしたところでそこまでの値はつかないだろう。

 安物の木剣と安物の魔石の組み合わせだ。無理もない。

 しかし、俺にしてみれば値をつけられないほどの価値がある。

 これは極限まで魔石の性能を引き出した、究極の一本だからだ。

 スライムの持つ能力の内の一つ、『伸縮』。

 その性能を余すことなく継承したこの剣は、伸びるも縮むも自由自在なのである。


「……これで、やっと他の魔物の魔石を扱うことができる」


 一人呟く。

 それは俺が己に課したルールだった。

 基礎中の基礎の木剣と、基礎中の基礎のスライムの魔石。

 この二つで完璧な品質の剣を作れるようになるまで、他の魔物の魔石には一切手を付けない。だから、店の品ぞろえも全てスライムの魔石を融合した木剣だけだ。

 そんな場所を訪れるような奇特な人間はついぞ訪れず、俺は辺境の町のそのまた外れに店を構えることになったが……それでも今、その努力は報われた。


「頑張ってきて、よかった」


 自然と口から言葉が零れた。

 そしてできたばかりの木剣を腕に抱きしめる。

 熱の残る剣に俺が抱いた感情はただ一つ、感謝だ。

 俺をここまで成長させてくれた剣への感謝。

 融合屋は星の数ほどいれど、俺ほどに融合を繰り返した融合屋はいないだろう。

 そう断言できるほどの努力と研鑽を共に積み重ねた木剣とスライムの魔石に、俺は感謝した。




「今日は眠れそうにないな」


 もう夜だが、目が冴えて仕方がない。

 今日は徹夜でもするかと考えた、その時だった。


「おめでとー!」

「っ!?」


 背後から謎の声がして、思わず振り返る。

 そこにいたのは、青い髪をした小さな妖精だった。

 掌サイズの妖精は青と白の服をその身に纏い、背に生えた羽で宙に浮いている。

 呆気にとられる俺に、妖精は笑顔を向けてくる。


「やぁやぁ、キミはレナルドで間違いないよね?」


 俺が混乱していることなどおかまいなしで、妖精は花のような笑顔で言った。


「じゃあ改めて……『融合の極意』の獲得、おめでとー!」

「融合の……極意……?」


 突然現れた妖精に、オウム返ししかできない。

 そもそもどこから現れただとか、なぜ俺の名前を知ってるんだだとか、自分は名乗らないのかだとか、疑問に思っていることはたくさんあるのだが。


「融合の極意はその名の通り、融合魔術を極めた人類にだけ与えられる称号だよ。純粋な人間がここまでたどり着いたのは人類の歴史上初めてだからね、誇っていいよ!」


「ドワーフなら三人いたんだけどねー」と舌を回らせる妖精。

 妖精が語った三人は、皆歴史に名を遺した融合魔術の名工だった。

 しかも後世まで伝わっている彼らの奇妙な共通点として、『視えないものと会話していた』と言われている者たちだ。


「も、もしかして……お前は、融合魔術の神かなにかなのか……?」

「神まではいかないけど、融合という事象を司る象徴みたいなものかな? ボクはエウラリア。これからよろしくね、レナルド?」


 俺へと手を伸ばしてくる。

 エウラリアは俺の小指の先を両手で掴むと、満足そうな顔をした。

 どうやら握手のつもりらしい。


「会えて光栄だ、エウラリア」


 融合を象徴する存在がわざわざ俺の元に会いに来てくれるなど、考えもしなかった。

 感動で胸の鼓動が少し早まる。


「リアで良いよ、レナルド」

「いや……そういうのは、俺には向かん。エウラリアと呼ばせてくれ」

「そうなの? じゃあいいけど」


 愛称で他人を呼ぶようなことは、苦手としていた。

 俺は……なんというか、スッと他人と打ち解けることができないのだ。

 そもそももっと世渡りが上手ければ、こんな場所に店を構えたりはしていない。

 この町を貶めるつもりはない。しかし立地でいえば、ここ以上の場所はいくらでもあるのもまた確かだった。

 だがそんな俺自身のことよりも、今はもっと気になっていることがある。


「さっきお前は『これからよろしく』と言ったと思うのだが……それはつまり、俺はお前と一緒に生活するということか?」


 俺の質問に、エウラリアは間髪入れずに頷いてくる。


「うん。ボクと一緒に居れば、キミの融合魔術はもっと上達するよ。なんせ、ボクは融合の象徴たる妖精だから。それでも不満と言うなら帰るけど――」

「いや、是非いてくれ。俺のほうからお願いしたい」


 エウラリアの言葉を遮り、言う。

 融合魔術が上手くなるというなら、悪魔の手でも借りたい。融合屋というのはそういう人種だ。

 みすみす上達のチャンスを逃すことなど、あってはならない。

 頭を下げた俺を見て、エウラリアはうんうんと頷く。


「そうだよね、融合の極意までたどり着くのは皆そういう融合魔術に取りつかれたみたいな人なんだ。そしてボクは、そんなキミたちをとても好ましく思っているんだよ」


 やはり融合魔術の妖精というだけあって、融合魔術に真剣な人間が好きなようだ。


「それに、ボク個人から言ってもこの世界に顕現できたのは数世紀ぶりだしねー。色々世界とか変わってるんだろうなぁ、見て回りたいや!」


 エウラリアは声を弾ませる。

 その発言から言って、融合の極意を身に付けたものがいる間しかこの世に居られないのだろうか。

 難儀な習性だ。少しエウラリアに同情した。

 同情されているとは露ほども思っていないであろうエウラリアは、クリアブルーの瞳を半開きにしてこちらを見てくる。


「……ただキミ、見た目がすごいよ? 自分で気づいてるかわからないけど、まるで野生人みたい。もう少し気を使った方がいいと思うなぁ」


 言われて、改めて自分の服装を見る。

 服は一般的な融合屋と同じような寒冷地帯のスヤメリを編みこんだ布製の服と、その上に特注の火龍の皮をなめした革エプロンだ。


 スヤメリを編みこんだ服は熱にもほどほどに強く、なにより僅かに冷気を発している。

 融合反応には多くの場合高熱が伴う。

 常日頃から凄まじい熱気に晒されるので、古今東西融合屋にとっての必需品だ。

 これに問題があるとは思えない。


 そして火龍の革エプロン。

 これは自慢の一品で、先ほどエウラリアが名前を上げた三人のうちの一人、ズボアの作品である。その耐熱性たるや、もはやマグマに投げ込んでもなんともないのではと訝しがりたくなるほどのものだ。スライムの魔石しか融合していない俺には無用の長物ではあるのだが、それでもその品質に問題はない。作られてから数百年経っているにもかかわらず経年劣化もほとんどなく、今も普通に使えている。

 いくら相手が融合魔術を司る妖精でも、この革エプロンに問題があるとは言わせない。


 ……となると問題は、伸びきった髭か? それともぼさぼさの眉毛? いや、もう二年以上切っていない黒の長髪かもしれない。


「髭か、眉毛か、それとも髪か?」


 わからなかったので、尋ねてみる。

「全部だよ」と返された。どうやら今の俺の姿は、あまり人目に晒せるものではないらしい。


「キミ、素材は悪くないんだからさ、もっとお洒落すればいいのに」

「それをすれば融合魔術がもっと上手くなるのか!?」


 エウラリアに詰め寄る。

 もしそうなのであれば、すぐにでも身だしなみを整えねば!


「い、いや、ただのボクの願望だけど」


 しかし、残念ながら身体を綺麗に整えても魔術は上手くならないようだ。

 今すぐに身なりを整える元気は……ないな。


「そうか……わかった、明日ちゃんと身なりも正しておく」

「そこまで露骨にがっかりされちゃうと、なんか申し訳なくなってくるね……」


 エウラリアは俺から顔を逸らし、工房に視線を移す。

 そして眉をひそめた。


「……ここ、随分狭いね。それに、木剣しかない」

「ここ十二、三年、木剣にスライムの魔石を融合させる以外のことはしてないからな」


 木剣しかないに決まっている。それ以外はそもそも触ってもいないのだから。

 それを告げると、エウラリアは驚愕を表情に出す。


「十年以上もスライムと木剣しか融合してなかったの!?」

「そうだが……何か問題があるのか?」

「いや、問題はないけどさ……でもすごいや。そんな人初めて見たよ。面白いねキミ、気に入った!」

「そうか」


 言葉短く返す俺に、ぷぅっと頬を膨らませるエウラリア。


「んもう、ぶっきらぼうだなぁ。職人だからって不愛想にならなくてもいいんだよ?」

「いや、これはただ感情表現が下手なだけだ。気にしないでくれ」

「あ、そうなんだ。客商売なのにそんな感じでお客さん来てくれてるの? まあ、腕がいいからお金に困らない程度には来てくれてるんだろうけど――」

「ここ一年は誰も来ていないな」


 そう言うと、エウラリアは一瞬動きを止めた。

 そしてギギギ、とオイルの切れた機械人形のような動きで視線を向けてくる。


「……は? き、聞き間違いだよね?」

「鉄剣以上の品が溢れている今の時代、木剣の需要はほとんどないし、その上ここは田舎の外れだ。そもそもの需要が少ない。作った木剣を使っていたのはほとんど俺だな。金稼ぎがてら魔物を狩るときに重宝していた」


 魔物を狩って生計を立てていたからな。半分冒険者みたいな生活だった。

 戦闘のセンスがそれなりにあったことは、素直に神様に感謝しておきたい。


「宝の持ち腐れにも程があるよキミ! 通りで狭い店だと思ったんだ……。極意にまでたどり着いた人間が客に困るなんて……し、信じられない。鳥肌立ったよボク」

「人気が無くて悪かったな」


 両腕を擦るエウラリアに、ぶっきらぼうに答える。

 さすがに店の文句を言われて何も思わずにはいられない。

 たしかに小さい店かもしれないが、ここには俺の十年間――融合魔術を始めてからでいえばさらにプラス十年ほど――の間の努力が全て詰まっているのだ。


「もしここに思い入れがないならさ、旅をしようよ、レナルド」

「旅?」


 たしかに、旅をしたいと思ったことはある。

 魔石は時間と共に劣化していく。すぐに融合するのとそうでないのとでは天と地ほどの差が出る、それが魔石だ。

 一応特注の保存箱にいれておけば劣化は抑えられるのだが、やはりその場で融合すること以上の出来になることはない。

 しかし、旅というのは現実的には不可能な案だった。


「ここを離れたら、保存箱に魔石を入れておけなくなってしまう。それは困る」


 魔石を保存しておく保存箱というのは、極端に大きいのだ。

 たとえば俺の店の場合、中の広さは縦横十メートルほどなのだが、そのうちの縦横八メートルを保存箱が占領している。しかもこんな大きさでさえ、中に保存できる魔石は十五個ぽっちだ。

 そう、これこそが融合魔術師が店を構える理由である。

 融合魔術自体は外でもできるのだが、肝心の魔石の保存が大変なのだ。

 いくら旅をして珍しい魔石やらなんやらを入手できたとしても、融合魔術ができないのなら意味はまるでない。だから一か所に定住して、店を営む。

 融合魔術で生きていく以上、そんな生き方が当たり前なのだと俺は長年思っていた。

 だが、そんな俺の思いをぶち壊すかのように、エウラリアはドヤ顔でグーサインを見せつけてくる。


「それならダイジョーブ! ボクがいれば保存関係は心配しなくていいから。ボク、融合魔術特化の妖精だからね!」


 そう言うが早いか、エウラリアは小さな箱を出現させる。


「なっ!?」


 それを見た俺は驚きを隠せない。

 それは紛れもなく保存箱であった。しかも、掌に収まるサイズの極小のものである。


「ボクを連れていけば、もれなくこの特注の保存箱が付いてくるよ。時間魔法が使われてるから中に入れた瞬間から全く劣化せず、空間魔法の効果で内容量も無限に入れられる優れもの!」


 時間魔法に空間魔法……どちらもこの世界に一人か二人しか使い手がいないと言われる魔法だ。

 俄かには信じられない。

 しかし疑う俺の前でその言葉が真実であることを示すかのように、エウラリアはスライムの魔石をポンポンと放り込んでいく。

 エウラリアの保存箱は、俺の保存箱に入っていた全ての魔石を容易く収納した。

 その光景を見た俺は、目頭が熱くなるのを感じていた。


「……これほど感動したのは初めてだ。……言葉が上手くでてこない」

「アハハ、喜んでもらえてうれしいよ。じゃあ旅をするってことで決定でいい?」

「もちろんだ、よろしく頼むよ」

「こちらこそ! あ、ボクはいつでも出発できるから、準備とかしておいてね?」


 エウラリアはそう言って、小さな体でくるんと宙を一回転して見せるのだった。

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