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第八節【魔物】

= 櫂斗 =



 ―――闇。


 一切の光も無い、完全な闇。


 光だけではなく、体の感覚も、一切何も感じない。


(これが、『死ぬ』ってことなのか…)


 最後の瞬間の喪失感を抱えたまま、俺の意識は闇の中にあった。


(玲奈と恵美姉は、どうなったんだろう…)


 死んでしまったってのに、自分のことより幼馴染の心配をする自分に苦笑いする。


(このまま、終わるのか?)


 二人の泣き顔が浮かんだ。


 父さんと母さんと爺ちゃんの顔が浮かんだ。


 妹の顔が、浮かんだ。


(……死ねない)


 このまま終わったら、その全てを不幸にしてしまう。


(死にたくない)


 なんでもする。

 神様。

 いや、化け物、悪魔にだって縋ってやる。


(俺は、まだ、死ぬ訳には…いかない!)


 そう心が叫んだ瞬間、右手に激痛が走った。


 そして、闇の中に小さい、極小の光が遠くに見えた。


 俺は尚も痛み続けている右手を光に向かって伸ばす。


(届け…)


 徐々に大きくなる光に目を細めながら、それでも手を引いたりせず、真っ直ぐに光に向かって手を翳した。


(届け…!!)


 そして光と闇の境目が見え、唐突に体を抑えるような抵抗を感じた。


(届けえええぇぇぇぇ!!!)


 瞬間、世界が光に包まれた―――



   §∞§∞§



『―――お願いします』



   §∞§∞§



―――ピチャン


「…ぁ?」


 頬に当たる水滴の感触で意識が覚醒する。

 目を開けると、薄暗い空間に居た。

 壁には所々に光る石が埋まっており、空間をぼんやりと照らしていた。


「……知らない天井だ」


 そんなネタを口にしながらも、俺はゆっくりと体を起こす。

 そして周囲を見渡しながら状況を把握しようとした。


 円状の部屋に高い天井。

 部屋の奥には、更に奥に進める通路が一つ存在しており、それ以外には何も置いていない空間に俺は居た。


 未だにぼんやりする頭を振りながら、意識を失う前のことを思い出そうとする。


「…確か俺は、玲奈を迎えに行って、学校で“影”と戦って、倒して…。

 それから……玲奈達が光に、そして俺は………………ッッ!!」


 混乱する頭を強引に落ち着かせ、冷静に現状の把握を努める。

 そして思い出す。

 自分が“影”に胸を貫かれ、致命傷を与えられたことを。 


 慌てて自分の胸に手を当てて確かめる。

 が、そこに穴は無く、血も流れていない。

 だが、胸の部分の衣服には穴が穿たれており、否応なくあの感触を思い出し、あの出来事が夢ではないのだと理解させられる。


 そして同時に、涙を流し、絶望に染まった表情を浮かべる幼馴染の顔を思い出す。

 今まで見たこともない表情…。

 その表情を俺がさせてしまったことに不甲斐なさを感じる。


「でも、今は…生きてる?」


 あれだけの傷を受けてどうして…?と疑問が浮かぶ。

 胸に開いた大穴とそこから流れ出る出血量から、どんな処置をしても助からないことは明白だった。


 必死にあの瞬間のことを思い出していると、ふと、目覚める前に夢を見ていた気がすることを思い出した。

 けど、どんな夢だったか思い出せない…。


「まぁ、夢なんて大抵はそんなもの…だけど」


 だが、なんでかどうしようもなく夢の内容が気になるんだよな。

 忘れてはいけない内容だった気がするが、どうしても思い出せない。


 思い出せない夢に頭を悩ませつつ、なんとなく視線を胸を確かめていた手に向けると、その甲には赤黒い血の跡が付いていた。


「なんだ、これ?血か?」


 なんど擦っても血痕は拭い取れず、疑問が浮かび俺は手の甲をよく見てみた。

 するとそれは血痕ではなく、入れ墨のような模様だということに気付く。


「痣…?これは、ウロボロス…か?」


 それは、蛇の模様だった。

 一匹の蛇が、自らの尾を噛んでいる様子が描かれており、自然とその名前が頭を過る。


「なんだこれ。ホムンクルスにでもなったから助かったってのか?」


 右手の甲に浮かび上がったってことはグリ〇ド様!?

 つまり、金も女も地位も名誉もこの世の全てが俺のモノってことか!!


 アホか…んな場合じゃねえってのに。

 一人でアホなことを考えながら立ち上がる。


 体に特に異常はなく、動いても問題はなさそうだ。

 体の横には愛刀の〈颯天〉が鞘に収まった状態で転がっている。


「…ここがどこであれ、まずは出ないことには始まらないか」


 そう言い、俺は奥の通路を見やる。

 通路の奥の造りは、古い石畳で出来ており、この部屋同様、壁に埋め込まれた発光する石によって薄く照らされている。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか…」


 意を決して通路に一歩踏み出す。

 通路は結構な広さがあり、天井も高かった。


 俺はできる限り気配を殺しながら通路を歩く。

 暗い通路に僅かに響く足音を聞きながら、警戒しながら奥に進んだ。



   §∞§∞§



 通路を歩き始めて体感時間では丸三日ぐらい経っただろうか。

 流石に精神的な消耗が激しくなってきたな。

 ただでさえ異常な状況で集中力を高め、その状態を維持し続けていたのだから当然といえば当然か。


 更に、代り映えのしない風景を歩き続けているということも、より精神に負担を掛けている。


 流石にその所為で力尽きては元も子もないな…。


 そう思い、丁度通路の曲がり角に差し掛かったので隅の角に寄ると、僅かに集中を緩め、精神力の回復を図ろうとした。



 しかしその瞬間、全身が粟立ち本能が警鐘を鳴らした!



 気を緩めたことで生まれた隙を突くように。


 何の前触れもなく。


 真上から振り下ろされた鍵爪によって腕を深く抉られた。


 集中を完全に解いていなかったお陰で、何とか前に転がるように避けることで致命傷を避けることが出来たが、それでも俺の内心は焦りに満ちていた。


(…攻撃されるまで、全く気配を感じなかった!?)


 抉られた傷から止めどなく血が溢れ出るが、それすら気にする余裕が櫂斗にはなかった。


 理由は明白だ。

 櫂斗はここまで、一切途切らせずに警戒し続けていた。

 異常な事態に対して、今までにない程の集中力を維持していたのだ。

 だというのに、集中を緩め攻撃をその身に受ける寸前まで全く襲撃者の気配を感じられなかった。


 痛む肩を抑え顔を上げると、櫂斗は襲撃者の姿を目視した。

 襲ってきた敵は黒い狼のような生き物だった。

 赤い相貌は俺のことを獲物を見る目で睨み付け、その足には鋭利な鍵爪が付いており、抉られた腕の傷跡からその切断力は否応無く理解させられる。


 “魔物”と呼ぶに相応しい生き物がそこに居た。


(マズい……!ただでさえ消耗してたのに、この状態で戦闘なんて…!)


 魔物との間合いを図りつつ、次の行動を考える。


 魔物は不自然な程に気配を断つことが出来、少しでも気を抜けばその鍵爪で今度こそ急所を引き裂かれて殺されるだろう。


 しかし、相対した魔物は一向に襲って来ず、こちらを睨んだまま唸り声を上げていた。

 先程の奇襲といい、こちらが隙を見せるまで襲って来なかったことから、魔物は警戒心が高く、奇襲を躱した俺のことを再び警戒しているのだろう。


 …追撃されないことは幸いだった。

 今の状態ではあの攻撃を捌き切ることは不可能だろう。


 その間にも、思考を巡らせ続ける。

 いくつもの想定を瞬時に頭の中で行い、しかしその全てが魔物から逃げろという解を出す。


(…逃げるにしたって、どこに)


 背後の通路は今通ってきた道。

 ここまではただの一本道だったから、逃げ切ることはできないだろう。


 つまり、生き残れる可能性が高いのは通路の奥へ進むことだけだ。

 だが、すなわちそれは魔物の脇をすり抜けて進む必要があると言うこと。


 魔物との睨み合い。

 永遠のような膠着状態にただでさえ磨り減っていた精神が悲鳴を上げている。


(…イチかバチか、か。

 普段ならこんな選択は絶対しないけど。

 だけど、どうせこのままじゃすぐに限界が来る。なら…)


 櫂斗は姿勢を低くし、溜めた殺気を一気に魔物にぶつけた。

 その殺気に反応するように魔物が動いた。

 鍵爪で地面を抉りながら、その驚異的な膂力で櫂斗を切り裂こうと前足を振り下ろそうとした。


 だが、魔物が動いた瞬間に、同時に櫂斗も動いていた。

 振り下ろされた前足に刀の鞘をぶつけ、その攻撃の勢いを利用して魔物を後ろに受け流した。

 だがその勢いを全て逸らすことはできず、反動で櫂斗もバランスを崩して無様に転がってしまう。

 しかし、その勢いのまま石畳の床を転がることで、すぐに体を立て直して通路の奥へ駆け出した。


 後ろの気配を探りながら、全力で通路を駆ける。


 壁や天井を蹴りながら迫る魔物の気配を感じながら走り続ける。

 攻撃の気配を感じると刀で鍵爪を受け止め、魔物の体の下に潜り込みながら、魔物の腹を膝で蹴り上げ、体を回転させて踵を魔物の横っ面に打ち込み蹴り飛ばす。


 再び魔物との間合いが開いたことで、櫂斗も走り出そうとした。

 だが、魔物の気配が動かないことを不審に思い、走る速度は落とさずに、顔だけ後ろに向けて様子を伺った。


 すると魔物は目を一層に赤く光らせ、強力な殺気を放ち始めた。


(この感覚…。

 そうだ!!“影”と戦った時の、“影”がアレを使った時に感じた感覚と同じっ…!?)


 そして魔物は口を大きく開くと、その口から灼熱の炎弾が放たれた!!


 その気配を察知した櫂斗は、壁を思いっきり蹴り飛ばして無理やり真横に跳び、炎弾の軌道から外れるように避けた。


「!!なにっ!?」


 しかし、放たれた炎弾は不自然な曲線を描いて櫂斗を追尾する。

 悪態を吐きながら空中で体を捻りながら、無理な体制で居合の型を作り、抜き放った刃で炎弾を斬ろうと試みる。


 そして、刃が炎弾に触れた瞬間、目の前を爆発が埋め尽くした。


 爆風に煽られて吹き飛ばされる櫂斗。


 その間に魔物は再び櫂斗に向けて駆け出していた。

 体に走る激痛に耐え、体を起こそうとするが、魔物の前足が櫂斗の肩を踏み潰した。


「がああああああああ!!!」


 魔物の鍵爪が肩に喰い込む感触と肩の骨が砕ける激痛に悲鳴を上げる。

 更に全身を石畳の床に背中から打ち付けられ、視界が明滅した。

 魔物は倒れ込む櫂斗を喰らおうと口を大きく開け首に咬みつこうとしてきた。

 櫂斗は瞬時に、背負い投げの要領で足を魔物の腹に当て、腕力と脚力だけで魔物を投げ飛ばした。


「ハァっ!ハァっ!」


 大きく息を乱しながら体を起こそうとしたが、未だに定まらない視界の所為でぐらりと体が揺れ、膝をついてしまう。


 魔物は背中から地面に叩きつけられたが、大したダメージは見られず、その赤い相貌は怒りに見開かれ、喉からは唸り声が漏れている。


 そして再びあの感覚が襲ってきた。


 魔法の気配を感じ、意識を無理矢理戻し、回避の行動を取ろうとする。

 しかし、ダメージを受けた体は咄嗟に反応できず、地面に縫い付けられたように動くことが出来なかった。


 魔物はこちらに殺気を放ちながら、再び口を開き魔法を放った。


 だが、開かれた口からは先程の炎弾は出てこなかった。

 一瞬不発かと思ったが、迫り来る気配を感じ、一瞬でその考えを否定した。


 “不可視の魔法”。


 櫂斗は迫る魔法の気配を感じながら、目を見開いて魔物を睨んだ。


 そして次の瞬間、魔法は櫂斗の胸に当たり、貫くような衝撃が体内を駆け巡った。


「がはっ!!!」


 衝撃に内臓を傷つけられ、大量の血を吐き出した。

 しかし、魔法の効力はそれだけに留まらず、爆発するような衝撃波が発生し、櫂斗に襲い掛かる。


 まるでダンプカーに撥ねられたように吹き飛ばされる櫂斗。

 魔法の衝撃と、地面に叩きつけられた衝撃によって意識が途切れそうになるが、全身の激痛によってどうにか意識を失わずにいられた。


 そして地面に数回バウンドしながら壁に激突し、櫂斗は動きを止めた。

 櫂斗は体を起こそうと試みるが、ダメージを重ねた体は言う事を聞いてくれない。

 だが無事な右腕で壁の窪みを掴んで立ち上がる。

 全身の骨がバラバラになったかのような激痛が走り、一瞬気をやりそうになるが、唇の端を噛み切って強引に意識を保つ。


「…ク、ソっ…こ、のまま、じゃ」


 何故か理由は解らないが、“影”に殺された筈なのに生き残っていたってのに、目覚めた途端今度は別の魔物に殺される。


 そんな理不尽に血を流しながら毒吐く。


 幸いにも衝撃の影響で魔物との距離が開いたが、満身創痍の櫂斗に止めを刺そうと魔物は三度接近してくる気配を感じる。


「駄目…か。折角拾った命だってのに……」


 櫂斗の目に諦めの色が浮かぶ。

 度重なる苦痛に、理不尽に、櫂斗の心が折れ掛かっていた。


(ここで目を閉じれば、楽になれる。

 終われるんだ。この苦痛から逃げられる…)


 そしてゆっくりと、櫂斗は目を閉じ―――



   §∞§∞§



 思い出したのは、涙を流し、必死に手を伸ばす幼馴染の少女。

 光の中に消えていった少女の最後に見た顔…。



   §∞§∞§



 それを思い出した瞬間、櫂斗は目を見開いて歯を喰いしばる。


 櫂斗は足を引き摺りながら、愛刀を杖代わりにしながら壁伝いに歩く。


 “生き伸びる”


 それだけの想いで心と体を支えながら、櫂斗は生きることを諦めずに歩き続け、長かった通路を遂に抜けた。


 抜けた先は、一本の石橋があり、対岸には新たな通路への入り口が見えた。

 石橋の下を覗き込むと、底が見えない奈落が広がっていた。


 一瞬足を止めた櫂斗だが、尚も後ろから迫る気配に背を押され、櫂斗は石橋に向けて歩き出す。


 細い石橋を、おぼつかない足取りで進む櫂斗。

 だが、橋の中間に差し掛かった所で魔物が背後の通路から現れ、櫂斗の背中を見つけるなり、一気に加速した。

 そして遂に魔物は櫂斗に追い付き、その無防備な背中に襲い掛かってきた。


 櫂斗は魔物に押し倒されながらも、首に喰らい付こうとする魔物の口に納刀された刀を割り込ませる。

 ガチガチと鞘と牙が嫌な音を響かせる。


「くっっそ、があああああああああああああ!!!」


 櫂斗は再び魔物の力を利用して、魔物を投げ奈落に落そうとする。

 だが、こちらの攻撃を学習したのか、櫂斗が投げ飛ばす前に咥えていた鞘から口を離し、鞘を足で思い切り蹴り飛ばすと、進路を塞ぐように石橋に着地した。


 そして魔物が再び口の中に魔法の気配を溜め始めた。

 一本道の為逃げ道がないことも見越しているのだろう。


 櫂斗は納刀された愛刀を脇に構え、姿勢を少し低くして居合の型を取ると、一気に加速して魔物との間合いを詰める。

 魔物は驚いたように目を見開くと口をこちらに向け、再び魔法を放とうとする行動を見せたが、櫂斗はその間に魔物の目前まで迫っていた。

 櫂斗は居合の型から更に体を捻り、殆ど背中を見せる格好をしており、肩越しに射殺さん程の殺気を籠めて魔物を睨む。


「《鳴神流・嵐軌らんき》!!!」


 居合という最速の一撃に、更に体を捻ることで一撃に防御不可の重さを加えた一撃、《鳴神流抜刀術・嵐軌》。


 無慈悲な一閃は魔物の首を正確に捉え、魔物の頭が宙に飛ぶ。

 血を盛大に撒き散らしながら倒れる魔物の体は、橋から奈落に落ちていく。

 そんな光景を呆然と見ながら、櫂斗は生き残ったことを実感した。


 しかし、魔物から感じた殺気は消えることなく、その殺気が未だに櫂斗を捉えていることに気付いた。


 櫂斗は顔を上げると、まだ宙を舞っていた魔物の頭が体から切り離されても尚、赤い相貌で櫂斗を睨みつけていることに、そして、口の中に溜まった気配が未だに存在していることに気付く。


「…くそったれ」


 “影”の時同様、またしても最後に油断をしてしまっていた自分に対して毒吐く。


 魔物の頭は口を醜く歪めながら、その口から膨大な衝撃を放った。

 その魔法は櫂斗が立っていた石橋に命中すると、凄まじい衝撃を伝播させ、一瞬で石橋を崩してしまった。


 櫂斗は奈落に落ちながら目を閉じる。


 だがそれは、諦めたからではない。


 櫂斗は意識が途絶えるその瞬間まで、生きることを諦めていなかった。

ようやく主人公視点再開です。

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