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第六節【神隠しの真相】

 呆然と石造りの街並みを眺めていると、後ろから声が掛けられた。


「…玲奈?」


 ビクッと反応し、声の元を見る。そこには心配そうにこちらをみるお姉ちゃんの姿があった。

 

「お姉ちゃん!」


 私は小走りにお姉ちゃんに駆け寄り、その胸に飛び込む。

 異常な事態に動揺していた心が次第に落ち着いていくのを感じた。

 お姉ちゃんセラピーの効果はやっぱり絶大だなぁ。


「よかった…無事だったのね。あなたに何かあったら、私…」

「…お姉ちゃん」


 私を抱き締めるお姉ちゃんの腕に力が籠る。

 その腕は少し震えていた。

 お姉ちゃんも不安だったんだ…。


「大丈夫。私はここにいるよ」

「…うん。…ごめんなさい。もう大丈夫」

「…水瀬さん?先生も一緒ですか」


 すると、お姉ちゃんとは反対側から皇君が歩いてきた。それを機にぞろぞろと生徒会メンバーが集まりだす。

 会長の皇君に副会長の琴美ちゃん、会計の園部君に会計監査の古郡勇こごおり いさむ君。

 書記の増田紫苑ますだ しおんちゃんと矢島公介やじま きみすけ君。

 広報の美島天音みしま あまねさんに庶務の田中透たなか とおる君。


 そして、あの時“影”に追われていた女生徒を含めた全員が見晴台に揃っていた。

 そして各々が自分達が置かれた現状に不安を隠し切れずにいる様子だ。

 

「ここは一体どこなんだ…?」

「…明らかに日本じゃないよねぇ?」


 皇君が皆を代表するように疑問を口にし、私と同じように、見晴台から見える景色を見て天音さんが呟いて答えた。


「……か、“神隠し”」


 思い出したように矢島君がそう言った。

 その発言に、全員が一斉に矢島君を見る。

 急に集まった視線に驚きつつ、矢島君はたどたどしく言葉を続けた。


「い、いや…み、皆も聞いたこと、ある、だろ…?神隠しの噂。

 もしかしたらさ…お、俺達も神隠しに遭ったんじゃ…?」

「…マヂッスカ?」

「神隠しって、あの…?」


 提示された可能性に呆然とする生徒会メンバーの面々。

 それも仕方ないだろう。

 噂の『神隠し』なら、生還者は未だに一人もおらず、発見された人は例外なく死亡しているのだから。


 場の雰囲気が暗く淀み始めた時、背後から足音が響いた。


「おやおや。“今回”はぁ、ひのふの…十一人かぁ。豊作ねぇ」


 そう言って現れたのは、大人の女性だった。

 ショートカットの髪から覗く切れ長の目は色っぽく、柔らかそうな唇にはグロスが塗られており、艶やかな雰囲気を醸し出している。


 生徒会の面々(主に男子)もその雰囲気に当てられ、顔を赤らめながら女性を凝視ていた。

 そんな中、皇君は女性の色香に惑わされた様子もなく一歩前へ出た。


「あなたは誰ですか?ここは一体どこなんですか?日本じゃ…ないようですが」

「一度にがっつき過ぎ…チェリーボーイじゃあるまいし」

「なっ!?」

「…って、ぇ?当たり?いやぁ…見てくれはいいからてっきりもう済ませてるもんだと。

 ぁー……ごめんなさいね?」


 女性の言葉に皇君は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 そんな様子に何かを察した女性は少し戸惑いつつも憐れんだ視線を向けながら皇君に謝罪した。

 会話を聞いていた紫苑ちゃんや天音さんが顔を赤くしながら皇君をみているが、チェリーってさくらんぼだよね?皇君がさくらんぼだとどうして恥ずかしがるんだろう?

 そんなことを考えながら首を傾げていると、お姉ちゃんが「いいのよ、あなたは知らなくても」と言いつつ、慈愛に満ちた目をしながら私の頭を撫でてくる。


「あ~、ゴホン。まぁチェリー君のことは置いといて、私はアンタ達をお迎えに来たの」

「チェっ…!っぐ……む、迎えにってどういうことなんですか」

「この塔から出て来た者を導くのが私の役目。これからアンタ達には、“ギルド”の本部に来てもらうわ」

「ギルド…?」


 聞きなれない単語に首を傾げるお姉ちゃん。


「そう。この【エシニス共和国】の中枢。アンタ達みたいなのがこの国に滞在するには、ギルドに所属する義務があるの」

「ちょっと待って下さい。そのギルドと言うのが何のことかは解りませんが、なぜ所属することを強制されなければならないんですか?」

「別に強制じゃないわよ?ただ、アンタ達みたいな身分も定かでない人間がこの国に滞在する為には、ギルドに所属していなければならないってだけの話」


 お姉ちゃんが上げた意義に対して女性は笑いながら答える。


「では、もしギルドとやらに所属することを拒んだら、どうなるんですか?」

「…そりゃ当然、不穏分子は強制的にこの街から追放させて貰うわ。」


 当然といえば当然だと思った。


「ちなみに…、領地の外は魔境よ?知識も装備も無く歩いていたら、確実に死ぬわ。

 今までその忠告を無視して出て行った人達が何人か居たけど、例外なく魔物に殺されてしまったもの」


 告げられた言葉に皆が固まる。

 私は学校で噂になっている“神隠し”の事を考えていた。

 きっと彼女の言うように、ギルドへの加入を断って領地の外へ追放された人達の末路が『死』だったのだろう。


 そして、もう一つ。

 “魔物”という単語。

 その単語は今居るこの場所が日本ではないということを、どうしようもなく理解させられる。


「…解りました。今はあなたに言う通り、ギルドで話を伺います。

 ギルドに加入するかどうかは話を聞いてから決めます。それでいいですか?」

「あぁ、いいよ。何度も言うけど、アンタ達を導くことが私の役目だからね」


 流石お姉ちゃんだなぁ。

 こんな異常事態の中でも、お姉ちゃんが頼りになる大人なんだということが解る。

 そんなお姉ちゃんの姿を見た生徒会の面々も、少しずつ落ち着きを取り戻してきたようだった。


「よし、決まりね!じゃあ今から本部に案内するから付いてきて。

 ………あ、そういや自己紹介がまだだったね。私はカリア・ルエス。カリアって呼んで」


 カリアさんが自己紹介をしたことで、こちらも一人ずつ自己紹介をし始めた。

 そして自己紹介が終わった所でカリアさんが歩き出す。

 それに続くようにお姉ちゃんと皇君が歩き出し、さらに遅れて残りのメンバーも歩き出した。


「…あ。あなたは確か」

「…っ!」


 皆に付いて行こうとしたが、ふと後ろを振り返ると、一人の女生徒が立ち止まったまま動かずにいた。

 彼女はあの時“影”に追われていた女生徒だ。

 女生徒は未だに現状に怯えながら動けずにいた。


「…大丈夫?」

「…ぁ、だ、じょぶ、です」

「あなたはあの時、“影”に追われてた子だよね?」

「…!!…はぃ」

「私は水瀬玲奈。一応生徒会の副会長です。…あなたのお名前を聞いてもいい?」

「………常盤ときわ春海はるみです」

「常盤さん。早く行こう?置いて行かれたら困っちゃうし」


 常盤さんは周囲を挙動不審にキョロキョロと周囲を見回している。

 私はそんな彼女の手を取り、皆の後を追う為に駆け出した。



   §∞§∞§



 カリアさんに導かれた私達は、荘厳な白塗りの建物の前に辿り着いていた。


「ここがギルドよ。中にギルドマスターが居るから、説明はマスターに受けて頂戴」


 それだけ伝えると、カリアさんは手を振って去ってしまった。


 取り残された私達は、目の前の扉を見つめる。

 お姉ちゃんは意を決したように扉の取っ手を掴むと、ゆっくりと扉を開き中に入った。


 建物の中は一階部分が広いロビーになっていて床は大理石のような石でできていた。

 天井は見上げる程高く、奥にある階段から二階に上がることができるようになっている。

 呆然とロビーを見まわしていると、奥の階段から一人の老婆が降りてきた。


「……今回の召喚者は随分と多いねぇ。

 まぁ、人手が増えて困るもんじゃないから歓迎するさ。

 それでは、まずはアンタ達と同じ連中にしてる説明をさせて貰おうかね」


 こちらを一瞥した老婆は、手慣れた様子で説明をし始めた。


「私はエシニスのギルドマスター、ピナ・メロウ・エシニス。きっちり覚えときな。

 ……まずは、もう気付いているとは思うが、ここはアンタ達が元居た世界とは違う。

 解り易く言うなら、“異世界”だよ」

「…異世界って、マジかよ」

「そんな、漫画や小説じゃあるまいし…」


 老婆の言葉に、各々反応を返す。

 健太君は何やら少し興奮しているようだが、他の人はあまりに突飛な言葉をまだ受け入れられずにいるようだ。


「まぁ、最初は皆そんな反応をするもんだがね。だが、事実は変わらないよ。

 …この世界の名は【クオリア】と呼ばれている。

 そしてここは三大国の一つ、【エシニス共和国】の【首都エシニス】だ」


 そこから聞いた話は、まるっきりファンタジーだった。

 まず聞かされたのは、この“世界”の歴史だ。



   §∞§∞§



 【ガルト帝国】。

 それはかつて千年に渡って【クオリア】を支配していた大国の名前。

 【ガルト帝国】は【ガルト大陸】に存在しており、その広大な大地とそこに住まう人々を、力で支配し続けていた。


 しかし、今から約五百年前、【ガルト大陸】とは別の大陸が発見され、【ガルト帝国】新大陸に進出しようとしたが、その大陸は既に先住民たちが【ユシリア王国】が治めており、以降【ガルト帝国】と【ユシリア王国】は長きに渡る戦争に突入した。


 だが、【ガルト帝国】とて一枚岩ではなかった。

 戦争に入ってから【ガルト帝国】の圧政はますます拍車がかかり、【ガルト帝国】は大陸の北と南に別れ、内乱が勃発したのだ。


 【ガルト帝国】の圧倒的な物量に、内乱はすぐに鎮圧されるだろう。

 誰もがそう思っていたが、ある時、一週間ほど天変地異ともいえるほどの濃霧が戦場を包み込み、ようやく霧が晴れると【ガルト大陸】の北と南を別けるように巨大な山脈がそびえ立っていた。


 その後、【ガルト帝国】に反乱した民族は新たなる国家を大陸の南に建国した。

 それが今の【エシニス共和国】だ。


 それ以降も【ガルト帝国】は何度も山脈越えを企てたが、その都度【エシニス共和国】によって阻まれてた。

 そして何度目かの侵攻失敗を機に、【ガルト帝国】は山脈越えを諦め、侵攻も一旦の終息を迎えた。


 その後【エシニス共和国】は、【ギルド】を作り、冒険者や職人といった多くの労働力を得ることで急激に発展していった。

 そして今では、召喚された日本人を“保護”という名目で雇うことで、異世界の知識も吸収し、更なる技術発展を遂げていた。


 次にギルドについて。

 ギルドは、エシニス共和国が創られてから自警団のような役割として作られたのが始まりだった。

 当初は、侵攻してくる帝国兵から国境の山脈を警備するのが仕事だったが、帝国の侵攻が収まってからは、国民からの“依頼”をこなす組織に変わっていった。

 ギルドに寄せられる依頼は多岐に渡り、採集や討伐に始まり、お遣いの依頼まで存在している。

難易度が高い依頼程報酬も高くなり、簡単なお遣いの依頼ではお小遣い程度の報酬しか貰えないるらしい。


 更に、こなした依頼の数や難易度、そしてギルドの重役達に認められる偉業を成すことで、階級ランクを上げることができ、ランクを上げると、より高難易度の依頼を受けることができるようになる。


 そしてギルドに所属した人は、大抵“パーティ”を組む。

 パーティは六人以上で組むことが出来、二組以上のパーティが集まった集団を“クラン”と呼称していた。

 単独で活動している冒険者も居るらしいが、やはりパーティに所属している方が生存率は上がる。

 特に日本から召喚された人間は、ピナ達に勧められパーティを組むのが常になっていた。


 ちなみに、今現在ギルドに所属している日本人は、依頼をこなしつつ元の世界に戻る方法を探しているらしい。

 その先輩達には、ギルドに加入すれば後日会わせて貰えるとのことだった。



   §∞§∞§


「とまぁ、これが三大国の成り立ちとギルドについての説明だね。

 ちなみに【エシニス共和国】の建国者の一人、当時の反乱軍のリーダーが、私の曾々爺さんのバトウ・エシニスだよ」


 そう言って一旦話が途切れる。

 私は皆の顔を伺ってみると、大半は話に付いていけず呆然としていた。

 多分、私も皆とそう変わらない顔をしていることだろう。


 ……唯一、真剣な話でメモを取り続けている園部君は流石としか言いようがないが。


 一通りの話を聞き終え、ただ呆然と立ち尽くしていた私達を見て、ピナさんは再び口を開いた。


「そして、これがお前達に伝える最後の言葉だ…。

 そして、恐らくお前達が今最も知りたいことでもあるだろうね」


 長い説明を終えた老婆は、一息ついてから静かに告げた。



「…お前達が元の世界に戻る方法は……存在しない」

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