第四節【学校での死闘】
= 櫂斗 =
夕闇の街を学校へ向けて走る。
先程から胸に溢れる嫌な予感…。
それを振り払う為、俺は全力で走っていた。
紗雪と別れる交差点。
健太とよく立ち寄るコンビニ。
学校へ続く長い坂。
後ろに流れていく景色を無視し走りながらも集中力を高める。
ようやく学校の校門が見えてきたが、既に門は閉まっていた。
俺は走る勢いのまま校門を飛び越える。
門を飛び越えた瞬間、校庭の方向から複数の生徒の気配と濃密な殺気を感じ取った。
俺は躊躇うことなく校庭に向かって駆け出す。
集中して気配を探ると、殺気を纏う“何か”が俺がよく知った気配に迫ったのを感じ、更に速度を上げた。
そして校庭に出ると、一箇所に纏まる生徒達の姿が目に入った。
その時、生徒達の中に居た恵美姉と目が合った。
恵美姉は俺を見た瞬間、安堵の表情を浮かべたが、すぐに険しい視線を更に校庭の中心に向けた。
そこには、異形の“影”に襲われ、地面に転んでいる玲奈の姿があった。
“影”が地面に突き刺さった漆黒の剣を引き抜き、再び玲奈に殺意を向けた所で俺は玲奈の元へ駆ける。
玲奈は諦めたような、悔しそうな表情を浮かべ目を閉じ、迫りくる“影”の剣をその身に受けようとしていた。
俺は既に無理をしている足にさらに力を籠め、“影”を上回る速度で玲奈と“影”の間に身体を滑り込ませ、白鞘袋で“影”の剣を受け止めた。
後ろでは玲奈が息を呑む気配を感じた。
間に合った……。
一瞬気が緩みそうになるが、状況はそれを許さなかった。
「櫂斗君!!」
俺は白鞘袋で受け止めた“影”の剣を力任せに弾き飛ばし、その腹に向けて白鞘袋を横薙ぎに振るう。
その一撃を後ろに跳んで躱した“影”はゆらゆらと不気味に動きを止めた。
「大丈夫か?」
「…う、うん。ありがとう、櫂斗君」
「動けるなら、あっちで纏まってる恵美姉達の所へ行ってくれ。こいつは俺が何とかしてみる」
「で、でも…」
「一纏まりになってる方が動き易いんだ。それに、玲奈が恵美姉や健太を守ってくれたら心置きなく戦えるからな」
俺は“影”から視線を外さないまま、後ろで腰を落としている玲奈に告げた。
その言葉を受けた玲奈は愕然とする。
玲奈にとって櫂斗は凄い実力の持ち主だと認識していた。
両親や祖父から教えを受け、更に自分でも鍛錬を怠らない櫂斗の力は、決して師匠達に引けを取っていないということを知っていたからだ。
幼い頃から櫂斗を傍で見続けてきた玲奈にとって、そんな櫂斗はヒーローそのものだった。
その相手が言外に「誰かを守りながら戦う余裕がない」と言っているのだ。
しかし、その後の信頼の言葉を聞き、玲奈は落ち着きを取り戻した。
「…わかった。櫂斗君、気を付けてね」
それだけ伝えると、玲奈は健太達の元へ向かって走り出す。
そんな玲奈を“影”は見向きもしない。
どうやら“影”の狙いは完全に彼女から俺に移ったらしい。
玲奈達を狙わないというなら願ったり叶ったりだが、決して油断はしない。
追い詰められた相手がどんな行動を起こすのかを理解しているからだ。
「…さて、始めようか」
その一言で櫂斗は《スイッチ》を切り替える。
櫂斗の目が細まり、“影”が放つ殺気に対抗するように殺気を放ち返した。
すると“影”は、櫂斗の殺気に反応するように黒い靄が膨れ上がった。
暫くして靄の奔流が収まると、そこには“影”を鎧のように纏った男が立っていた。
男は二メートルを超える巨漢で、鍛え抜かれた肉体は戦う為に作られたものであることが見て取れる。
一目見て強者だということが解った。
それも、今まで本気で手合わせした相手の中でも、ダントツの力を持っているということを感じた。
櫂斗は深く息を吸い、白鞘袋から愛刀を取り出した。
鞘から刀身を抜き、身体を半身にし、剣先を“影”に向けて構えた。
「かかってこいよ、化け物!!」
その一言を合図に、両者は同時に動いた。
櫂斗は“影”の手首を狙い、刀を手首を使って回転させながら斬り上げるように振った。
対して“影”は構えもなく振り上げた剣を力任せに振り下ろしてそれを迎え撃つ。
振り下ろされた剣と刀がぶつかる直前に、櫂斗は手首を少し回し、敵の剣に添えるようにして勢いを受け流した。
受け流した斬撃が櫂斗の脇の地面に突き刺さり、その隙に“影”の背後に回り袈裟懸けに斬撃を放つ。
しかし“影”は突き立ったままの剣を力任せに引き抜くと、その勢いで櫂斗の斬撃を受け止めた。
刀と剣を合わせた状態で膠着状態になる。
しかし、腕力は“影”の方が上だった。
櫂斗は歯を喰いしばりながら足に力を籠めるが、じりじりと後退することを強いられる。
瞬時に思考を切り替える。
刀を斜めに傾け、“影”の剣を再び受け流し、よろけた“影”の脇を擦れ違いざまに手首を切り飛ばした。
「やった!!」
遠くで英雄達が歓声を上げる。
異形の“影”と互角に戦い、更にはその手を斬り落した櫂斗に向けて、当然のように期待が高まっているようだ。
しかし櫂斗は、手首を失い決定的な隙ができた“影”に対して追撃をせず、跳ぶように“影”との間合いを開いた。
「な、なんで止めを刺さないんだ!!」
遠くで英雄が叫んでいるが、櫂斗はそんな声を完璧に無視し、警戒を解かないまま“影”を注視した。
“影”の切断された手首からは血が一切流れていなかった。
その異様さが櫂斗から追撃する選択肢を消したのだ。
暫くすると“影”の手首から黒い靄溢れ出して切断された手に伸びた。
黒い靄は切断された手首に纏わり付いて自分の元に引き寄せると、瞬時に元の位置に戻り、元通りにくっついてしまった。
「…チートかよ。痛覚もないのか?」
“影”という異質な存在を前に、ダメージを与えている実感も持てない櫂斗は汗を流しながら毒吐いた。
“影”は元通りになった手で再び剣を掴み、今度は少し警戒するようにゆっくりと櫂斗との間合いを詰めてきた。
だが今度は櫂斗の方から音もなく“影”との間合いを詰める。
そんな櫂斗に反応して“影”は空いていた左手をおもむろに櫂斗に向けてきた。
―――瞬間、櫂斗は自分の全身の毛穴が粟立ったのを感じ取り、体を大きく捻ることで“影”の掌から逃れようとした。
無理に体を動かしたことで、大きくバランスを崩したが、鍛えられた体幹のお陰で体を反らしながらも、“影”の脇を擦り抜けようと試みる。
そして、“影”の掌が顔の横を過ぎた瞬間―――。
《爆発》が“影”の掌から放たれた!!
(っ!?くっそ!!ありえねえだろ!!!)
“影”なんて異形の存在と相対してから何度目にかになる毒吐きを吐く。
そして櫂斗は爆風に煽られながらも、“影”の真横を転げながら距離を開けた。
「……な、に、今の……?」
遠くで玲奈がぽつりと呟いた。玲奈の後ろにいる生徒会メンバー達も同じ心境らしく、目を見開き、口をポカンと開けたまま、震え、固まっていた。
「…ま、魔法?嘘だろ?ゲームじゃない、現実なんだぞ…?」
玲奈に続いて健太が呟いた。
火器類の武器も持たず、掌から爆発を巻き起こしたその現象は、健太の言う通り、今のは魔法としか言いようがない現象だった。
しかし櫂斗は、あくまで冷静に分析をしていた。
(…ありえねえ、か。まずその考えを捨てよう。…魔法すらも読み切って、奴の動きを見切ればいいんだ…)
魔法は手からしか放たれないのか?詠唱したのか?タイムラグは?魔法の威力は?射程は?何発撃つことができる?連射は可能か?魔法の種類は?複数の魔法を同時に使用できるのか?弱点はあるのか?……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
頭の中で次々と疑問が浮かび上がり、その全てに対して仮定の結論を出し、その対応方法を想定する。
(…うっし、覚悟完了)
一通りの解を出すと、〈颯天〉を正中に構える。
“影”はその気配を察知すると、再び掌を櫂斗に向けて構えた。
放たれた魔法は、先程と同じく《爆発》の魔法。
櫂斗は全力で横に跳び爆発を躱すと共に、爆発の規模を冷静に観察する。
避けた櫂斗を追うように掌を向け、再び《爆発》が起こるが、今度は前に転がりながら爆風を避ける。
体制を立て直した所で、三度向けられた掌から《爆発》が放たれ、間一髪、側転をしながら避けることに成功する。
だが、徐々に櫂斗に近付く《爆発》に、遠くから櫂斗の戦いを見ている英雄達の顔が絶望に染まっていく。
なぜならそれは“影”の魔法が、櫂斗の回避力を上回り始めたということだからだ。
魔法によって一方的な展開になった戦況。
“影”から放たれる《爆発》を櫂斗が間一髪で躱し続ける。
そんな攻防が続いていた。
しかしそれは奇妙な光景だった。
「…あれ?」
その奇妙さに真っ先に気付いたのは玲奈だった。
不思議そうに眼を見開く玲奈に続いて恵美も気付いた。
「…?……まさか!?」
先程までは一発ずつ櫂斗との間合いを徐々に詰めていた《爆発》だが、今は櫂斗が間一髪で『避け続けて』いる。
それはつまり、櫂斗が《爆発》を完全に見切り、紙一重で躱しているのだ。
(爆発は既に見切った。そして、もう手加減はしない。確実に奴を“仕留め”るっ!)
今までは櫂斗は急所を外すように刀を振るっていた。
命までは奪う必要は無いと、そんな甘い考えを持っていたのだ。
しかし魔法という超常の能力を使う敵に手心を加えれば、守るべきものが守れなくなると悟った。
故に櫂斗は、頭の中から“甘さ”を捨てた。
そして一際大きな《爆発》を躱し、再び“影”との間合いを一気に詰めた。
この時、初めて“影”に動揺した気配を感じた。
「…《鳴神流・咢》!!!」
高速で放たれる上下からの同時斬撃、《鳴神流剣術・咢》。
“影”はその斬撃に反応する事が出来ずに、両腕を肩口から斬り落とされた。
「《鳴神流・流水》!!!」
両腕を失い、棒立ちとなった“影”の首に放たれた横薙ぎに振るわれる一撃、《鳴神流剣術・流水》。
両腕を失った“影”には為す術はなく、《流水》の一撃によって首が落とされた。
首を失った“影”は、音もなく形を崩して地面に吸い込まれていき、その痕跡が完璧に消えた時、辺りを包んでいた殺気も霧散した。
暫く刀を構えたまま警戒を続けていた櫂斗だが、やがて刀を鞘に戻し、玲奈達の方を振り向いた。
「…櫂斗君」
「…本当に、あの子は」
「……かっ、た?のか?」
「…………」
脅威が去ったことを理解した生徒会メンバーが腰を抜かしたように地面にへたり込む。
玲奈や恵美は微笑みながら、健太は驚きながらも、窮地を救ってくれた櫂斗に感謝の眼差しを送る。
しかし、英雄や他のメンバーは、目の前で起こった死闘を、それを制し“影”を討った櫂斗を畏怖するような視線を向けていた。
そんないくつもの反応に肩を竦めながら、櫂斗は警戒を続けたまま玲奈達の元へ向かい歩き出した。
しかし櫂斗が一歩を踏み出した瞬間、玲奈達の足元に光の線が走り抜け、円状の線が皆を囲ってしまった。
「な、なんだ!?これは!?」
「皆落ち着いて!早くこの円から出るんだ!!ぐわっ!?」
慌てる生徒会メンバーに指示を与える英雄だが、光の円から出ようとした英雄が線を跨ごうとした瞬間、何かに弾かれて尻餅をついてしまった。
「な!?なんだこれは!!見えない壁!?」
どうやら光の線に沿って、見えない壁があるらしい。
その壁の所為で線の外に出ることができないようだ。
皆が焦り出し、我武者羅に外に出ようと暴れ出す。
「玲奈!恵美姉!!」
櫂斗も現状をすぐに理解し、外側から見えない壁を何とかしようと駆け出した。
―――その瞬間、僅かに出来た“隙”。
だが、確かに生まれてしまった決定的な“隙”。
普通なら、その隙を突こうとしても瞬時に反応をして対応できたであろう。
そう、それが“普通”の相手だったなら…。
―――ズドンッッッ!!!!
「……ぁ?」
鈍い音が辺りに響き渡った。
先程まで起こっていた爆発とは異なる音。
何かを貫いたような、そんな鈍い音。
周囲を見ても、何かが破壊された痕跡はない。
そして櫂斗は恐る恐る自分の体に視線を落とす。
そこで櫂斗が、玲奈達が見たものは、櫂斗の胸から生えた血に塗れた“影”の腕だった………。
本日はここまで!
始めて戦闘シーンを書いてみたけど難しい…。
もっと頑張って表現力豊かになりたいと思いつつ頑張って書いていきます!
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