第一節【五年後】
【ジャパリア港】から半日程離れた村落。
ある日、近くの森に棲む魔物が暴れ出し、近隣の村落に被害を与える事件が起こった。
ギルドの対応は素早く、翌日には依頼が【ジャパリア港】の【ギルド支部】に寄せられていた。
そしてその日の夕方には、早速ギルドから依頼を受けた冒険者が多く募り、村の入り口付近にキャンプが敷かれていた。
冒険者達は各々武器の点検をしたり、食事を摂ったり、酒を飲んだりしていた。良くも悪くも自由奔放だ。
「魔物が来たぞーーー!!!」
魔物の群れが現れたのは翌日の日も登り始めた早朝だった。
村の近くにある高い木に登って様子を伺っていた村人が大声を上げて魔物の接近を報せてきた。
襲ってきたのはコヨーテとライカンスロープの群れだった。
コヨーテは素早く冒険者に襲い掛かり、早朝で木の緩んでいた彼等の出鼻を挫いた。そもそも、突然の襲撃に対応できない辺り、高い練度の冒険者は殆ど居なかったようだ。
「―――!!」
間もなく冒険者の壁を抜けたコヨーテの一団が村に向けて接近した。
しかし、そんなコヨーテの行く手を阻むように二人の男女の冒険者が立ち塞がった。
「……一人でできるか?」
「はいっ!問題ありません!」
突然の襲撃にも狼狽えることなく、二人は自然体だった。
「よし、じゃあ魔法の使用制限は無し。武器は短剣一本で対処するんだ」
「解りました。往きます!!」
その話を聞いていた村人は耳を疑った。十歳くらいの少女一人に相手をさせようとしていたのだから、当然といえば当然だろう。
しかし、少女はそんな村人の動揺などお構いなしに武器の短刀を抜き放って駆け出した。
少女は素早くコヨーテとの間合いを詰め、すれ違いざまに一匹のコヨーテを斬り付けた。更に少女はその勢いを緩めることなく次の敵に向かって走り出していた。
次に迫っていたコヨーテは二匹で、少女は空いた手に魔力を集めた。
「《ファイヤーボール》!!」
無詠唱で放たれた火の玉は片方のコヨーテに当たると爆発し、その間にもう一匹のコヨーテに接近すると爆発の余波で怯んだコヨーテの眉間に短刀を突き立てた。
一瞬で三匹の魔物を仕留めた少女の手際に、村人は茫然としている。
「なんなんだ、あの子は?魔法を、しかも無詠唱で使える上にあの強さ……」
「なんだ?お前、知らないのか」
尚もコヨーテを一人で狩り続ける少女に対し、冒険者の一人の呟きに対して別の冒険者が答えた。
「あの子は〔銀ランク〕の冒険者だよ。この島じゃ有名なことだぞ」
「〔銀〕!?あの年でか!?」
少女の活躍によって持ち直した冒険者達。
しかし、奥で様子を伺っていた一際大きなライカンスロープが一気に前線に出てきて、戦っている少女に襲い掛かった。
少女はライカンスロープの爪による一撃を咄嗟に後ろに跳んで躱して一度距離を取った。
しかし、ライカンスロープは攻撃の手を緩めず、何度もその爪と牙で少女を攻撃する。
「おいアンタ!あの子がライカンスロープに襲われてるぞ!?」
「……」
見かねた冒険者の一人が、少女の連れの少年に詰め寄った。
少年は冒険者を一瞥すると、すぐに視線を少女へと戻したが、襲われる少女の助けに入ることもなく、腕を組んだまま動かずにいた。
その様子を見ていた周囲の冒険者達も少年を批難した。そして加勢しようとライカンスロープに攻撃をしようとしたが、森から現れたコヨーテの群れによって行く手を阻まれてしまい近付くことができなかった。
「《フレイム・ショット》!!」
少女は大きく跳びながら無詠唱でいくつもの炎をライカンスロープに撃ち放った。
ライカンスロープは以外にも冷静で、炎を躱そうと大きく横に跳び、対象を見失った炎はそのまま通り過ぎ……ずに、大きくカーブしてライカンスロープを追尾し始めた。
「!?」
「《爆》!!」
迫る炎を再び躱そうとしたライカンスロープだったが、真横を過ぎ去る瞬間、少女は炎の球を爆発させた。
爆発によって大きく吹き飛ばされたライカンスロープだったが、受け身を取って地面を転がると、すぐに体を起こして少女に向き直る。
しかし、その間に少女は既に間合いを十分に開け、次の攻撃の為に魔力を高めていた。
「《炎の槍》!!」
少女は周囲に炎の槍を複数生み出し、高速で走り出したライカンスロープに向けて一斉に放った。
最初の一本がライカンスロープの足元に突き刺さると、地面を大きく抉るように爆発し、ライカンスロープは体を大きく捻って吹き飛んだ地面の破片を躱すが、残りの二本の《炎の槍》がすぐ目の前まで迫っていた。
その二本をライカンスロープは大きく跳んで躱す。
しかし、その動きを予想していた少女は腰溜めした体勢から地面を蹴ると、一気に空中のライカンスロープに迫った。
「これで終わりですっ!《鳴神流・炎刃》!!!」
短剣に溜めた魔力を一気に開放すると、炎の刃を限界まで伸ばして空中で身動きが出来ずにいたライカンスロープを縦に両断してしまった。
少女は地面に華麗に着地すると、短剣を鞘に戻して、その赤い髪を大きくなびかせて振り向いき、待っている少年に向かって走り出した。
その瞬間、背後からもう一匹のライカンスロープが少女に襲い掛かった。
突如現れた魔物に、目を大きく見開いて驚く少女。
周囲の冒険者も同じ表情をしていた。
ただ一人、少年を除いては。
少年は組んでいた腕を解き、片手を前に突き出すと、瞬時に魔力を開放した。
「《ライトニング》」
解き放たれた雷の閃光は、少女に迫るライカンスロープを一瞬で撃ち抜き、体のいたる所から煙を上げて息絶えた。
「……ぁ」
先程までと違って、バツの悪そうな顔をしながら少女は戻ってきた。
「最後まで気を抜くな。その油断が一番危険なんだからな」
「……はい。ごめんなさい」
しゅんとして俯いてしまう少女を少年は諫めながらも苦笑いしながら見つめていた。
「……だけど、途中までの動きは良かったよ。特にあの《炎刃》を放つまでの流れは完璧だったぞ、リズナ」
「……っ、はいっ!!ありがとうございます、カイト様!!」
褒められたことで、しょんぼりしていた表情が一気に明るくなり、大輪の花のような笑顔を浮かべた。
櫂斗は喜ぶリズナの頭を優しく撫でてやると、リズナは気持ち良さそうに目を細めた。きっと尻尾があったら、ぶんぶんと残像を残す勢いで振られているだろう。
そんな彼女の様子を、櫂斗は微笑ましそうに見ている。
§∞§∞§
迷宮を攻略し、島の異変を解決してから五年が経っていた。
あれから櫂斗はまだ【ジャパリア島】に留まっていた。島に、というかマークの屋敷に、だけど。
迷宮から戻った翌日、櫂斗はマーク達に旅の目的と自分の正体を打ち明けていた。
マークは薄々勘付いていたから大して驚いていなかったが、初めて聞いた筈のマリスも全く動揺していなかった。
理由を聞いてみた所、「主人を救った恩人に対して何を驚くことがあるのか」とかいう風なことを言っていた。
最初、彼女は正体不明な俺に対して警戒をしていたが、マークを連れて戻り、しかも島の異変を解決したことで完全に警戒を解き、マークの次くらいに俺のことを敬うようになってくれた。
マークの次ってことでランクが低そうに聞こえるかもしれないが、マリスのマークへの忠誠心は天元突破しているから、その次ってことは結構なことだ。
そしてリズナについて。
あの後、マークの力を借りてリズナのことを調べて貰ったが、【ジャパリア島】には彼女についての情報は得られなかった。
それからリズナを港の孤児院に預ける話も挙がったが、それを彼女が泣き叫んで拒否した。
「いやあああっっ!!カイト…と!!いっしょ!!ずっと!!いたいっ!!」
あの泣き顔は今でも鮮明に思い出せる。流石にあそこまで好意を示されると情が沸くってもんだ。
と、いう訳で、リズナは俺が預かることにし、一緒にマークの屋敷で世話になっている。
といっても、タダで泊めて貰ってる訳じゃない。ちゃんと領主の仕事を手伝ったり、ギルドの依頼を受けて報酬を家賃として収めたりしてる。
決して恩を盾にニ〇トってる訳じゃないぞ?
あとはガジロスと一緒にいて俺が保護したあの少女についてだ。
彼女は獣人種であり、頭には猫の耳、お尻には尻尾が生えていた。
彼女も孤児院に預ける話が出ていたが、彼女もリズナ同様俺から離れたがらず、孤児院に預けるのが難しかった為に、リズナと共に俺が(マークの屋敷で)預かることとなった。
それと少女には名前が無かったので、彼女の薄い紫色の髪の色から連想した『シオン』と名付けた。
ちなみに二人の年齢だが、リズナは自分の歳を覚えていなかったから解らなかったが、シオンは六歳だったのでリズナも六歳ということにした。
この五年間、リズナとシオンもただ遊んで過していた訳ではない。
俺からは戦闘術と魔法についての技術を、マリスから従者としての技術を教え込んだ。
リズナは特に意欲的で、瞬く間に教えた総ての技術を吸収していった……のだが、料理だけは壊滅的だった。
いや、本人はどんな劇物でもおいしそうに平らげるからな、実際自分が作った劇物……もとい、食事を美味しそうに食べていたし……。きっと食べ専なんだろう。だって、食べてる時のリズナはいつも幸せそうだもん。
対するシオンは戦闘方面は苦手らしく、代わりに従者技術を、特に料理技術を中心に覚えていった。
シオンの料理の腕は最初こそ酷かったが努力に努力を重ねて、今ではマリスの腕に並ぶまでに極めていると言っても過言ではないだろう。
後日シオンから聞いた話だが、マリスは俺の従者ではないが、大恩がある俺に相応しい従者を育成しようと計画していたらしい。
そこで白羽の矢が立ったのがリズナとシオンだったのだろう。
「あなた達は二人で一人前。共にあの方を支えて差し上げるのですよ」と、夜に話していたのを聞いてしまったことがある。
ありがたいといえばありがたいが、俺としては二人には自由に生きて欲しいものだ。
最後に、あの迷宮で使ったあの力、《リンク》について。
あの武装を俺は《人器》、そして《人器》に変装することができる人を《リンカー》と呼称することにした。
《リンカー》は己が認めた者と《リンク》することができるようで、マークと、マリスでもシオンと《リンク》することができた。
しかし“認めた者”というのは何も良い意味でというだけではない。相手を屈服させることで強制的に“認めさせる”ことで《リンク》することもできるのだ。
ただ、リズナだけは二人と《リンク》することができなかった。決して二人を認めていないという訳ではないから、別の要因もあるのかもしれない。
ちなみに、迷宮でリズナとした《ソウルリンク》だが、あれは《リンク》の上位互換のようなものだろう。より強い“絆”で結ばれることでより強力な《人器》に変装することができるのだ。
出会ってそれ程経っていないリズナとどうしてとも思ったが、出会った時に感じたあの不思議な感覚は、その前兆のようなものだったのかもしれない。
《ソウルリンク》は通常の《リンク》よりも強力な分、魔力の消費も激しかった。具体的に言うと、発動した後、どのタイミングで解除しても俺の魔力が枯渇して動けなくなるレベル。一回の戦闘で一回しか使えない、諸刃の剣もいいところだ。
とまあ、こんな所がこの五年の成果と言ったところか。
リズナもシオンも成長したし、そろそろ今後のことを考える時期が近付いているのだろう。
§∞§∞§
「そろそろ島を離れようと思うんだ」
そう切り出したのは、ギルドの依頼を終えて屋敷に戻り、皆が集まった時だった。
前々から相談していたことだったが、今回リズナの試験を兼ねて受けた依頼を完遂したことを機に出発を決意したのだった。
「そうか……思えば、あれからもう五年も経つんだったな」
マークは寂しそうにそう呟いた。
相談していたとはいっても、いつ発つかは決めていなかったが、マークの反応を見る限り薄々勘付いていたんだろう。
「それで、いつここを発つんだ?」
「そうだな……準備をしてからになるから、一週間くらいしてからになると思う」
「一週間か……。それで、彼女達はどうするんだ?」
マークはリズナとシオンを一瞥して問いかけてくる。
その視線を受けた二人は顔を一度見合わせた。
「リズナは戦いの才があるし、シオンは給仕の才がある。二人とも、もう一人でも生きていける。
だから、これからのことは二人自身に決めて貰おうと思っている」
あくまで俺は、身寄りのなかった二人を“保護”していただけに過ぎない。
学びたいと言えば俺の持つ技術を教えることもしてきた。だがそれは、二人が自分の力だけで生きていけるようにする為だ。
そして、リズナはまだ甘い部分はあるが、自分の身を守れるだけの力を身に着けたし、シオンは貴族に使えられるだけの給仕の技術を身に着けた。
だからこそ、一人前と認めたからこそ、これからの行動は各々自分の判断に委ねることに決めていたのだ。
「私は、カイト様と一緒に居たいです!カイト様と肩を並べて戦い、その悲願を達成するお役に立ちたいです!」
「私も付いていきたいです。……というか、二人だけじゃ生活面、主にご飯が心配です。だから何と言おうと付いていきます」
予想通りの答えに、やれやれと思いつつも嬉しいと思っている自分がいることに気付く。
「……寂しくなりますね」
マークの隣に座っていたマリスも寂しそうな顔をしていた。
この五年間、娘のように接していたリズナとシオンが居なくなるのだ。マリスは二人を妹のように可愛がっていたから、その寂しさも大きいのだろう。
「マリスさん、今までありがとうございました」
「マリスさんのお陰で、私はここまで成長できました……マリスさんが教えてくれたことは決して無駄にしません!」
リズナとシオンは揃ってマリスに頭を下げた。
感極まったマリスは、二人を抱き締めて泣き始めた。
「それじゃあ今晩は三人の門出を祝って、豪勢な食事にしよう!」
それから俺達は、島での残された時間を有意義に過ごした。
【ジャパリア港】でお世話になった人達へ挨拶回りをし、リズナとシオンの旅支度を整え、自分の装備も補充した。
そうこうしている内に時間は瞬く間に過ぎ、出発の前夜になった。
去年最後の活動報告でも懺悔しましたが、上げ忘れてた第三章です……。
ブクマまでしてくれてる人には申し訳ない……。




