幕間【少女の願い】
= ??? =
少女は暗い部屋の中に居た。
部屋はゆらゆらと揺れており、そこが船内であることが察せられた。
思い返すのはあの日。
近くまで迫った母様の生誕日をお祝いしようと、滅多に食べられない海の幸を求めて海岸を歩いていた私は、突如海の中から現れた男達に眠らされ、気付いたらこの部屋に閉じ込められていた。
あの男達は、恐らく帝国兵だろう。帝国兵は幾度となく異人種を捕らえては奴隷として売り捌いているのは母様から何度も聞かされていた。
部屋には大勢の異人種が居た。
恐らく私と同様に力尽くに連れてこられたんだろう、皆同じように暗い表情をしている。
……きっと私も同じような顔をしているんだろうな。
帝国に捕らわれた者の末路は、奴隷として売られ家畜として生き、そして死んでいく。
それが、この世界の常識だ。
これからの運命を考えると少女の体は震え、そして涙が溢れてくる。
一体自分が何をしたのだろうか?
ふと、母様が寝る時に聞かせてくれた昔話に、捕らわれのお姫様を救う王子様の御話を思い出した。
だけど、自分を助けてくれる王子様が都合よく現れてくれるとは到底思えなかった。
帰りたい……。
母様の所に帰りたい……。
母様には黙って家を出てきてしまった。
きっと母様も心配している筈だ。
帰って母様を安心させてあげたい。
また頭を撫でて貰いたい。
美味しい手料理をおなかいっぱい食べたい。
母様に……もう一度会いたいよぉ……。
私は、自分の心の殻に閉じ籠るように膝を抱え込んで蹲って泣き続けた。
―――グラグラグラっ!!
突如部屋が大きく揺れ始めた。
目的地に着いたのかと思い、室内の空気が更に澱んだ。
私自身も、これから待っていることを想像して恐怖し、一層体を震わせている。
―――コツ……コツ……コツ……コツ……
すると、扉の向こうから足音が聞こえてきた。
その足音が徐々に近付いてきている。
その音が近付いてくる度、更に部屋の空気が重くなる。
さながら、死刑囚が死刑執行人を待っているかのような悲痛さに似ているだろう。
―――コツ……コツ……コッ
遂に足音は部屋の前まで来て止まった。
―――ガギンッ!!ギィィィィ……
そして、何かが外れる音がして、重い音を響かせながら扉が開き始めた。
そこに立っていたのは、白い仮面を付けた少年だった。
仮面の少年はゆっくりと部屋の中に入り、辺りを見回した。
「安心してくれ。あなた達はもう自由だ。このままこの船はあなた達の故郷に引き返す」
何を言っているか解らなかった。
周囲の人達は、希望を持たせてから絶望に突き落とすつもりではないかと疑い、黒ずくめの少年を睨み付ける。
しかし、私は茫然と仮面の少年を見つめていた。
なんとなく、この少年を信頼できると解ったからだ。
そして、次に浮かんできたのは、『母様の所に帰れる』ということだった。
そう思うと、自然と両目から涙が零れ落ちた。
さっきまでとは根本的に違う、温かい涙だった。
仮面の少年は涙を流す私に近付いてきて、しゃがんで目線を合わせた。
そして、優しく微笑むと、手を私の頭に乗せて撫でてくれた。
「大丈夫だ、もう泣かなくてもいい。俺が必ず、助けてあげるから」
私は目を見開いて仮面の少年の顔を見た。
仮面の少年は、私と目が合うとにっこりと微笑んでくれた。
その瞬間、私は母様から何度も聞かされた御話を思い出していた。
悪い魔法使いに捕まってしまったお姫様の御話だ。
王子様が聖剣を手にお姫様を救い出す、ありふれた御話。
この時、私は出会った。
私だけの、王子様と……。
§∞§∞§
「……ぅん」
辺りは背の高い木々に覆われた町。
その中でも一際背の高い木の上に作られたログハウスのような建物の一室で陽の光を浴び、その少女は目を覚ました。
「懐かしい……夢……」
遠い昔の夢。
少女がまだ幼かった頃の夢。
少女の運命を大きく変えた、あの日の夢を見た。
「……私の、王子様」
少女は願う。
あの王子様との再会を……。
第二章 ― 了 ―
次章・第三章【異人種の女王】




