第八節【襲撃者】
= 櫂斗 =
《ブースト》で身体能力を強化した俺は、迷宮へ向けて雨の中を駆けていた。
マークが屋敷を出たのは明け方という話だったから、もう六時間も経っていることになる。
マリスさんの話では、強力な魔導具をいくつか持って行ったということだし、マークの実力があればすぐにどうにかなることはないだろう。
だからといって、安心することはできない。
何が起こるかわからない、一瞬の油断が即座に死に繋がるのが迷宮だ。
『リズナを置いてきて、大丈夫でしょうか……』
「子供を連れて行くわけにはいかないだろ」
『解っています。ただ、一言言ってからでも良かったのではないですか?』
確かに、それくらいしても良かったかもしれない。
だが、なぜか、理由は解らないが、あの時リズナを起こしたらいけない気がしたのだ。
「リズナは怒るか、暫く離れなくなるかするだろうが、早くマークを連れて帰れば何の問題もないだろ!」
イリアに言うフリをして自分に言い聞かせながら、俺は更に加速する。
そして三つ目の山を駆け抜けた所で、視界が開けた。同時に、話に聞いていた迷宮が目視で確認することができた。
岬の上に、アーチ状の扉が見える。扉の前には雨の中でもパチパチと不気味な音を立てて燃え盛る松明が置かれている。
扉は既に開いている。
マークが、いや、ハンスが開けて中に入っていったのだろう。
俺は速度を緩めないまま扉に飛び込む。扉の向こうは階段になっており、一気に階下まで飛び降りた。
床に着地すると、辺りを見渡す。
懐かしい空気だ……。
この世界で初めて目覚めた、あの遺跡にどことなく似ている雰囲気を感じる。
「《索敵》……」
俺はすぐに《索敵》を使い、迷宮の構造を把握する。
古代の遺跡とは違い、この迷宮はそれ程複雑ではないようだ。
殆ど一本道で、いくつかの広間と、長い通路。そしてその先に、《索敵》できない空間が存在した。
恐らく、魔力阻害の素材で作られた場所、つまり守護獣がいる広間があるのだろう。
人間の気配は感じられない。
マークとハンスは既にボス部屋の中か…。
「行くぞ……!!」
再び《ブースト》で身体能力を高めると、再び俺は駆け出した。
途中何度も魔物が襲ってきた。やはり外の魔物よりも強力な力を持っているようだ。
魔物は体内にある魔石に蓄えられた魔力を核に生きていることが解っている。
迷宮の魔物は、迷宮から魔力を魔石が補給することができ、その為、強力な能力を使うことができる。
対して外の魔物達は、魔石に魔力の補給をすることができない。その為、能力も使えないという訳だ。
俺は勢いを止めることなく、襲い掛かる魔物を一撃で仕留めて駆け続けた。
確かに強力だが、古代の迷宮の方が厄介だったな。
まぁ、あれだけ結構な時間が経ってるし、俺も成長したってことだろう。
幾つ目かのルームに差し掛かった時、それは現れた。
部屋の中心に差し掛かった所で、通路の奥から異質な気配を感じ、俺は足を止めた。
「……なんだ?この気配。
さっき調べた時は何も反応が無かったのに……」
そう、《索敵》で調べた時、魔物以外の生き物の反応は無かった。
だというのに、ソイツは確かに今そこにいた。
『二人居ますね。私もここに来るまで全く気付きませんでした……』
イリアですら気付かなかったのか。
何かの魔導具を使っているのかもしれないな。
「……そこに居る奴、さっさと出て来いよ」
俺は何者かに向かって声を掛けた。
すると、気配の主は一歩ずつ、ゆっくりと歩み寄ってくる。
そして、部屋の発光石の光に照らし出された。
「ひ、ふひひ、よぉ……二日振りだなぁ?えぇ?」
その男は、【ガジロス盗賊団】の頭領、ガジロスだった。
片腕は肘から下が失われており、体の至る所に酷い火傷の跡があった。片目も空洞になっている。
一見して、生きているのが不思議な程の重傷だった。
「確かにあの時仕留めたと思ったが、ゴキブリ並の生命力だな……?」
「ふひゃひゃ!どうして生きてるか知りてえか!?テメェを殺す為だよッッ!!その為にカミサマが俺にチャンスを与えてくれたんだよぉぉ!!!」
ガジロスは残った目を見開いて俺を睨んでくる。
全て自業自得だが、俺が気になったのはそこじゃない。
「『カミサマ』?そいつは何者だ!?そこにいるもう一人がその『カミサマ』なのか!!」
そう言って俺はもう一人の気配のする方を睨みつける。
しかし、通路の向こうから現れたのは、ボロボロの外套のフードを深く被った女性だった。
その体は痩せ細り、その首には武骨な鉄製の首輪が嵌められているのが見える。《隷属の枷》だ。更に首輪から延びる鉄鎖はガジロスが握っていた。
彼女の姿は、少し前、出会った時のリズナを彷彿とさせ、嫌な気分になる。
だがそれ以上に、その雰囲気に鳥肌が立った。
なぜ、ガジロスはこの場に彼女を連れてきたのか……。どう見ても戦闘力は皆無だ。
もし強力な魔法が使えるにしろ、首に嵌まっている《隷属の枷》によって阻害され、魔法は使うことはできない。戦闘時だけ《隷属の枷》を外すにしたって、外した直後じゃ魔力は殆ど残ってないからやはり戦力にはならない。
「コイツはなぁ……、あの人が俺様に貸し与えてくれた、テメエを殺す為の道具だよ!!!」
「道具だと…!?」
俺の怒りに対して、ガジロスは嫌らしい笑みを浮かべる。
嫌悪感しか沸いてこないその笑みをこれ以上見ていたくなかった。
俺は腰の〈颯天〉の柄を握り、戦闘態勢に入ろうとした。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!
同時に迷宮全体が震え出した。
(この振動……、まさかマークが!!?)
ボス部屋に居ると思われるマークの身に何かあったと察した俺は、即刻ガジロスを排除しようと刀を抜いた。
そして、ガジロスに向けて一歩を踏み出した。
それと同時に、ガジロスは握った鎖を乱暴に手繰り寄せ、…唱えた。
「《リンク》!!!!!」
瞬間、ガジロスを中心に眩い閃光が発せられた。
いや、ガジロスだけではなく、女性からも光は発せられていた。
「なんだ!?」
あまりの眩しさに腕で顔を隠す。
そしてようやく光が収まり始め、腕を退けると、目の前にはガジロスが一人悠然と立ってこちらを睨みつけていた。
失われていた腕には鉄製の義手のようなものが取り付けられており、手の部分には棘が付いた巨大な鉄球が付いていた。
具体的に言うとレイダ〇ガン〇ムの破砕球に酷似している。
「来ねえのか?
なら、こっちからいくぜオラァッッッ!!!!!!!」
そう言ってガジロスは、鉄球をこちらに向けると射出してきた。
櫂斗はサイドステップをすると、鉄球の直線状から退避する。
さっきまで自分が立っていた場所を鉄球が通り過ぎるのを横目で確認し、着地と同時にガジロスとの距離を詰める為地面を蹴った。
隙だらけのガジロスはそんな俺に反応できずにいた、と思ったら、腕と鉄球に繋がる太い鉄鎖を右手で掴むと、鞭のように鎖を伸ばして攻撃してきた。
変幻自在に動く鉄鎖の鞭を躱して反撃のタイミングを計る。
が、鉄鎖はまるで意志を持っているかのように上下左右、櫂斗の死角を狙って襲い掛かってくる。
それをギリギリの所で躱し続けて距離を詰めようと試みるが、今度は鉄球が後ろから飛んできてそれを躱す為に再び距離を開ける。
視線を戻すと、鉄球は再びガジロスの手の位置に戻っていた。
「なんなんだ…あの武器は?魔導具なのか?」
前回戦った時は、ガジロスにこれ程高い戦闘力は無かった筈だ。
だというのに、たった二日で奴は渡り合っているのだ。
『いえ、魔導具ではありません……!!』
解っている。だが、そうでなければ奴の急激な戦闘力の上昇を説明できない。
「気になるのか?気になるよなぁ!?どうして俺が短期間でここまで強くなれたのか!!?知りたいんだよなぁぁぁ!!!!?」
こちらの考えを見通すように声を荒げるガジロス。
そして、鉄球をこちらに向けて、
「テメェのお陰だよ…。テェメェエェがぁぁ、憎くて潰したくて奪いたくて殺したくて殺したくて殺したくてぇぇぇ!!!!手に入れたんだよ!!!力をよぉおおぉぉぉぉおぉぉおぉ!!!!!」
叫ぶと同時に今度は鉄球を横薙ぎに振るうように射出した。
櫂斗はその攻撃を屈んで躱そうとする。が、鎖が頭上を通過しようとした時、その鎖が波打ち、屈んだ櫂斗に襲い掛かった。
その鎖の軌道を刀で逸らそうとするが、鎖が刀に巻き付き、動きが止まった櫂斗に鉄球が迫る。
「《風の壁》!!」
咄嗟に風の障壁を生み出し、鉄球を受け止める。
「甘ぇんだよ!!!!」
気付いたらガジロスが懐に潜り込んできていた。
(馬鹿な!!?)
この隠密性は、かつて目覚めた遺跡の魔物と同等、いや、それ以上だった。
ガジロスは右手に持っていたナイフを櫂斗に向けて突き出す。
櫂斗は左手で障壁を維持しつつ、右手の刀の柄の底の部分でナイフを受け止めた。
「なにぃ!!?」
驚愕するガジロスの右手をナイフごと蹴り上げ、
逆に刀で斬り付ける。
しかし、その斬撃をガジロスは後ろに跳んで躱すと、再び鉄球を手に戻した。
「そうだよ……。そうこなくっちゃ面白くねえよなぁ!?」
(クソ……!こっちは早く奥に、マークのいる所に向かわなきゃならねえってのに……!!)
正直な所、侮っていた。
前回同様瞬殺して、すぐにマークの元へ行こうと思っていたのだが、ガジロスの力は俺の想像を超えていた。
櫂斗の内心に、珍しく焦りが生まれていた。
(仕方ない……。出し惜しみしてる場合じゃねえな……)
櫂斗は己の魔力を高めた。
次の一撃を以て、この戦いを終わらせる為に。
「《鳴神流……!!!」
そして、高めた魔力を開放……しようとした、その時。
――― カツン ―――
櫂斗が入ってきた側の通路から、足音が聞こえた。
その音は軽く、大人ではない、子供の足音。
櫂斗は目を見開いて音のした方を見た。
そこには、赤髪の少女が……リズナが立っていた。
§∞§∞§
= リズナ =
あの人の後を追って屋敷を飛び出したリズナは、馬で草原を走っていた。
――― リン ――― リン ―――
音は、今もなお聞こえ続けている。今の私にとって、唯一の道標。
聞いていると、不思議と不安が和らぎ、温かな気持ちになる、そんな音。
その音だけを頼りに、私はお馬さんを走らせ続けていた。
・・・
どれくらい走り続けただろうか?
お馬さんで悪天候の山道を走るのは可哀そうだ。だから山を迂回して走り続けていた。
すると、遠くに変な扉が見えてきた。
私は扉の前に着くと、お馬さんから降りた。
「ありがとね?……まっててね?」
ここまで連れてきてくれたことのお礼と、帰ってくるまでここで待ってくれるようにお願いをした。
すると、お馬さんは私の手に顔を擦りつけてきた。お願いを聞いてくれたと思った。
私はお馬さんから手を離し、扉に向かう。
扉は開けっ放しになっていた。多分、あの人がもう来ているんだろう。
扉の向こうはすぐに階段になっていた。
一段ずつ降りていく。通路に足音が反響するのが怖く、足も震えてうまく階段を降りられないが、早くあの人に追いつかなければならないから恐怖心は頑張って抑え込む。
階下に着き、通路を恐る恐る歩く。
櫂斗が魔物を殲滅していたお蔭で復活までに時間が掛っていた為、リズナは魔物に遭遇することなく進むことができた。
暫く歩いていると、突然通路が揺れ始めた。
「ヒッ!!!?」
私は壁際に寄ると、地べたに座り込んで、目をギュッと閉じて必死に恐怖を耐えた。
そして、揺れが収まると、壁に手を付いて立ち上がり、目に一杯溜まった涙を拭って歩き出した。
怖くて足が竦むけど、今ここで止まってしまったら、もう二度とあの人に追いつけない気がしたからだ。
――― ィン! ―――― ギィン!! ―――
それから更に通路を進むと、遠くから何かがぶつかる音が聞こえてきた。
音が近付くにつれ、今度は微かに話し声も聞こえてきた。
片方は聞き覚えが無い声だったが、もう一人の声を聴いた途端、胸の鼓動が高まったのを感じた。
足の震えは止まっていた。
私は走り出した。
早くあの人に会いたかった。
遂に通路を抜け、あの人が居る所に辿り着いた。
そして、私の目に飛び込んできたのは、私に向かって飛んで来る鉄球だった。
「!?リズナ!!逃げろ!!!」
あの人がそう叫ぶと同時に、目で追えない程のスピードで私と鉄球の間に割り込み、鉄球を手に持っていた剣で受け止めた。
「―――触れたな?」
男はそう言うと、その口をニタァっと裂き、気持ちの悪い笑みを浮かべていた。
その瞬間、周囲に嫌な気配が立ち込める。
「ダメ!!逃げてぇぇぇ!!!」
咄嗟にあの人に向かって叫んでいた。
早く、あの鉄球から離れて欲しかった。
しかし、
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!
凄まじい爆発に、私は吹き飛ばされる。
全身を襲う痛みに耐えながら、顔を上げた。
あの人を、探した。
そして、見つけた。
あの人は、あの爆心地の中心に倒れ伏せていた……。
「ぃ、ゃ……」
寝たまま倒れているあの人に手を伸ばす。
しかし無慈悲にも、再び鉄球があの人に叩きつけられ、さっきと同じ、いや、それ以上の爆発が起こった。何度も、何度も、何度も、なんども……。
「ぎゃひゃひひひああああああああ!!!やったああああああ!!!やったったああああああぁぁああ!!!!ざああああまあああああみろやああああああああああああ!!!がっはああははははははあははははははは!!!!」
男は狂ったように笑いながら爆心地を見ている。
「この武器はなぁ、俺に与えられた、俺だけに与えられた、俺だけの力なんだよ!!!
俺は選ばれたんだ!!!お前を殺して!!奥に居るお前のダチも殺して!!!港の奴等も皆殺しにして!!!殺して殺して殺し尽して!!!!俺はあの人に認められるんだよ!!!!!」
男はなおも叫び続ける。
煙が晴れると、そこには折れた剣を握りながらピクリとも動かない、あの人が居た。
全身からは煙が上がり、肉が焼ける嫌な臭いがたちこめている。
一目見て、あの人がもう生きていないと理解できてしまった。
「いやあああああああああああああ!!!!」
私の所為だ!!
私がここに来なければ、あの人は私を庇って爆発を受けることはなかった。
「ああん?そういや、まだ餓鬼が残ってたっけなぁぁぁぁ?」
男はこちらを見てくる。
その視線を受けて、私の全身が震えた。
「ぁ、…ぃゃ…ぁ…」
ゆっくりと近付いてくる。
あの人を傷つけた男が。
「本当ならお前をアイツの目の前で八つ裂きにしてやった方が面白そうだったんだけどなぁ。先に殺しちまったのはしくったわ……。
でも、俺は優しいからよぉ?お前もアイツの所に送ってやるよ!!ガハハハッ!本当に俺ってば超おおおおやっさしいいいいいいいいいい!!!」
男は私の目の前に立つと、その鉄球を私に向ける。
私の視線はその鉄球に釘付けになる。
「じゃあな。恨むなら、お前を守り切らなかった、アイツを恨むんだなぁぁぁ!!!!」
そして、私を終わらせる一撃が放たれた。
§∞§∞§
= 櫂斗 =
(……油断した。
学習しないな、俺も。
何年経っても馬鹿のままだ)
度重なる爆発によって、致命傷を負わされた俺は、無様にも倒れ伏せていた。
長年共に戦ってくれた愛刀の〈颯天〉も、鉄球を受け止めた衝撃と爆発の影響で折られてしまった。
今まで手入れを欠かさずにしていたお陰とはいえ、今まで良く保ってくれたものだ。
(今まで、ありがとうな……)
心の中で〈颯天〉に礼を言う。
俺は目だけを動かして部屋の入り口を見る。
そこにはリズナが尻もちをついてこっちを見ていた。
足音が聞こえる。
ガジロスがリズナに向かっているのだろう。
このままでは、奴はあの子を殺すだろう。
(……悪いけど最後まで、付き合ってくれ)
俺は手だけを動かして、魔力を高めた。
「《閃光爆》……!!」
光属性魔法《閃光爆》。
閃光手榴弾のような光で相手の目を潰すことができる、目眩ましの魔法。
「がああああああああああああああああ!!!!目が!!目があああああああああああああああ!!!!!」
どこかの王家の末裔のような悲鳴を上げるガジロス。
その隙に、俺は体に走る痛みを無視してリズナに駆け寄り、その小さな体を抱きかかえると一気に距離を開けた。
「……ひっく……ぐす……ぇ?」
リズナは固く閉じた目を開けた。
そして、俺を見ると大きく目を見開いて涙を流した。
「怖い思いをさせてごめんな」
リズナの頭を撫でながら考える。
ハッキリ言って悪い状態だ。
武器は折れ、体は傷付き、その傷の所為で動きも鈍っている。
俺一人ならばなんとかなるが、リズナを守りながら戦うのは困難だろう。
「舐めた真似してくれんじゃねえか!!!!この期に及んで目眩ましだぁぁぁ!!?」
ガジロスは血走った目で俺を睨んでいる。
俺はリズナを背に庇い、折れた〈颯天〉を構える。
そして、鉄球を俺に向けたガジロスが再びそれを射出しようとした。
「やめてっっ!!!!」
リズナだった。
「この人、を、傷付けることは、絶対に許さない!!」
震える両足で、しかし、力強い瞳でガジロスを睨みつけている。
「上等だ……ならお前から死ねやああああああ!!!」
そう叫ぶと、ガジロスは鉄球をリズナに向けて放った。
俺はリズナの後ろから、腰のホルスターから愛銃を抜き放つと、連射して鉄球を弾いて射線を逸らす。
突然響いた音に驚いたリズナが振り向き、未知の武器によって鉄球を弾かれたことに驚愕するガジロス。
その間にリズナを抱えると通路の奥に駆けた。
後ろからガジロスの怒号が聞こえるが、それに一切構うことなく走り続ける。
走っている間、リズナは俺の胸に額を押し付けて目を閉じていた。
まるで、俺の心臓の音でも聞いているみたいだ。
少し走ると、階段に辿り着いた。
この下に降りれば、すぐに扉がある広間があり、その向こうがボス部屋になっている筈だ。
走る勢いを落とさないまま階段を飛び降り、階下に辿り着いた。
そして広間を横切ってボス部屋に続く扉に手を掛けようとした。
その瞬間、後ろから鉄球が迫り、横に跳んでその攻撃を躱そうとするが、ダメージの所為で反応が遅れてしまい、右手に持っていた銃を砕いた。
更に鉄球はそのまま扉にぶつかると、その巨大な扉を大きく歪ませてしまった。あれじゃあもう普通に開けることはできないだろう。
「逃げてんじゃねえよ……。どれだけ人をコケにすりゃ気が済むんだ……?」
余りの怒りに、その体は小刻みに震えている。
俺は折れた〈颯天〉に《風刃》を纏わせた状態で構える。しかし構えた瞬間、再び飛んできた鉄球を受け流そうとし、《風刃》ごと〈颯天〉を根元から砕け散らされた。
「いい加減諦めろよ?もうテメエに勝ち目なんてねえんだからよぉ!」
「……ねぇよ」
「ああん!?」
「諦めねえよ。諦められねえよ。
こんな所で、お前みたいな相手に立ち止まってたら、俺は俺でなくなっちまう」
“誓い”がある。
“約束”がある。
“願望”がある。
それらがあるから、俺はまだ辛うじて“俺”でいられる。
今ここで膝を着いたら、俺は折れ、別の“何か”になってしまう。それだけは漠然とだが解っていた。
だからこそ、俺は決意した。“アレ”を使うことを。
そして魔力を限界まで高め、それを発動―――
――― リィン ――― リィン ―――
しようとした所で、音が聞こえてきた。
(この音……どこかで……?)
鈴の音にも似たような音。
だが、聞いていると落ち着く、耳に心地の良い音。
「…………」
気付くとリズナが俺の目の前に立って、俺の瞳を覗き込んでいた。
その瞳は、俺の心を見通すような、そんな不思議な瞳をしていた。
だが、決して嫌な気分はしない。
それどころか、聞こえてくる音も相まってとても落ち着く……。
――― リィン ――― リィン ―――
(そうか、これはリズナと出会った時に聞こえてきた音……)
それを思い出した時には、リズナは俺の前髪を掻き上げており、そのままその小さな唇を俺の額に押し付けてきた。
そして触れ合った部分から、熱い何かが流れ込んでくるような感覚があった。
それは、リズナの想い。彼女が俺に寄せる、小さくも温かい想い。
そして理解した。
どうすれば、今の彼女に応えられることができるのか。呪いを通して理解した。
だから応えよう―――。
「「《ソウル・リンク》》!!!」」
そう唱えた瞬間、俺達を中心にして太陽のように眩い閃光が放たれ、迷宮を光で埋め尽くした。
区切りの一番良かったところで分割しました。
二章は予定では後三・四話で終わる予定です。
連休だけど、体調悪いから今週中に終わらせられることを祈る(ぉぃ




