第六節【領主の屋敷で】
あれから俺達は岬の上にある大きな屋敷に案内された。
屋敷は石造りの二階建ての真っ白な建物だった。
雨が降り続いているのに庭にある植木や芝の手入れもキチンと行き届いている。
門から敷地に入り、庭園を横切って屋敷の入り口に辿り着くと、扉が勝手に開いて俺達出迎えた。
自動ドアなんてものがこの異世界にもあったのか…。
「おかえりなさいませ、ご主人様。お帰りをお待ちしておりました。」
メイドさんだ。どうやら扉は彼女が開けたみたいだな。
一目見て、只者ではないと感じた。
動きの一つ一つが洗練されており、無駄と隙が一切無い身のこなし。
体も鍛えられているようで、体幹がしっかりとしていて、背筋もピンと伸びて微動だにしていない。
更に、こちらを見つめる瞳の奥は冷たい光が宿っており、ただ冷淡に俺の本質を見極めようとしている。
主人に近付く輩に害があるか、それを見極めようとしているのだ。
「私の屋敷へようこそ、カイト。彼女は私の専属従者のマリスだ。
マリス、彼はカイト。私の友人だ。丁重にもてなしてくれ」
「マリスと申します。カイト様、どうぞ屋敷にいる間はおくつろぎ下さいませ」
「こちらこそよろしくお願いします。ほら、リズナもちゃんと挨拶しなさい」
「……よろしく、おねがい、ます」
俺の後ろから顔だけ覗かせて挨拶するリズナ。
そんなリズナの態度を見て、マリスさんの眉がピクリと動いた。
怒ってるのかな?礼儀知らずだと思われたのかもしれないな。
後でキチンとフォローしておかなきゃな。
「まずは彼等を部屋へ案内してくれ。その後、応接間へ通してくれ」
「かしこまりました」
マークに支持されたマリスさんは、無言で先行し、二階の客間へ案内された。
俺とリズナに一部屋ずつ与えられるようだったが、リズナは相変わらず俺から離れなかった為、二人部屋の客間に案内された。
心なしか、マリスさんの俺を見る目がさらに冷たくなった気がする。
この目、昔どこかで…。
「それでは後程、お声を掛けさせて頂きますので、それまでお好きにおくつろぎ下さい」
そう言ってマリスさんは客間から立ち去った。
『……ぷはぁ!!やっっっっと!話せました!!』
俺達だけになった瞬間、イリアが大声を上げた。
そういえば、マーク達にはイリアの存在を明かしていなかったから、ずっとただのペンダントのフリをしていたんだったっけ。
……すっかり忘れてた。と言ったら怒るだろうな。
『……私のことなんかすっかり忘れていたような反応ですね、カイト?』
……人の考えを読むのはやめていただきたい。
「イリア、さん、おはよ?」
『おはよう、とは違いますけど…まぁそれが近いかもしれませんね』
リズナのお陰で助かった。
後でおやつをあげよう。
「ようやく港に着いたと思ったら、クウマがマークで領主で、代理の貴族が噂通りの屑で、しかもハンバーグラ〇だったとは…」
『またそれですか…。で、カイト。情報を集めてみて、何か解りましたか?』
「そうだな…」
ハッキリ言って、殆ど新しい情報は得られなかった。
雨が降り始めたのは半年くらい前。
しかし迷宮が発見されたのは一年以上も前のことだ。
迷宮が関係しているとしたら、発見されてから異変が起こるまでにタイムラグがあるのが気になる。
迷宮は世界各地に現れている。
ある地域では、迷宮周辺地帯が干ばつ化し、砂漠地帯が生まれてしまった。
ある地域では、海の水位が異常に上昇し、島の大半が海に沈んでしまった。
ある地域では、凶悪な魔物が大量に発生し、近隣の集落に被害を与えた。
迷宮は、出現すると様々な異常を引き起こすものであると俺とイリアは予想し、世界を回って迷宮と異常を調べているのだ。
「今までと同じだな。港に近付くに連れて、大気のマナに異常が見られるようになってきた。
迷宮は港の北西部にあるらしいから、十中八九、この雨も迷宮が原因だろうな…」
『やはりそうですか。それで?今回あなたはどうするんですか?』
イリアの問いかけに顔を顰める。
今までなら、“奴等”に察知されない為に積極的には関わらずにしてきたが、この島で出会ったマークやリロイと言った面々のことを考えると、このままただ調査をするだけで島を離れることは気が引ける。
予言された期日が近付いていることだし、そろそろ俺も表舞台に出た方が良いのではないか?とも思ってしまう。
そんなことを考えていると、唐突に扉がノックされた。
「お待たせいたしました、カイト様。どうぞ、応接間へ」
客間の前にはマリスさんが澄まし顔で待機していた。
てか普通に気配を完璧に殺しているな、この人。
昔の遺跡の魔物並みの気配遮断スキルだな。
つまり、油断してたらやられてしまう。敵に回したくない人だ。
マリスさんに案内されたのは、広い応接間だった。
奥には執務机があり、その前には大きなテーブルとソファーが置かれていた。
マークは執務机の奥の窓から外を見ており、俺が応接間に入ってくると視線を俺に向けた。
「よく来てくれた、カイト。さあ、座ってくれ。リズナ君も。マリス、お茶の用意を頼む」
「かしこまりました」
言われるままにソファに腰かける。
隣にリズナが座ると、マリスさんが音もなく現れ、お茶とお茶請けをテーブルに並べた。
「改めて自己紹介させてもらうよ。私の本当の名前はマーク・U・ジャパリア。【ユリシア王国】の辺境伯であり、王の勅命でこの島の領主を務めている。
……騙すような真似をしてすまなかった」
「領主は確か行方不明って話だったが……どうして冒険者を?」
「そうだな。君には話しておこう」
§∞§∞§
【ジャパリア島】に雨が降り始めたのは、今から二年ほど前からだった。
最初は季節外れの雨季に入ったものだと思い、誰も大して気にも留めていなかった。
しかし、普通の雨季なら二週間程度で雨は止む。それに雨だって毎日降り続けるわけではない。
島民はそう思い、楽観視していた。
一ヶ月経っても雨は止むことは無く降り続けた。
いつもの雨季より長い雨に、島民は最初、困惑していた。
しかし、こんなこともあるだろうと言い、まだ焦ることは無かった。
だというのに、二ヶ月経っても雨は降り続いていた。
一日も止むことなく。
島全土で。
流石の島民も異常を感じ取り始めた。
そして中でも一番に調査に動き始めたのは、島の領主のマークだった。
マークは異変や他の街の調査の為に港を離れ、身分を隠す為に冒険者となった。
そして調査を終え、港へ戻る途中の街でカイトと出会い、パーティを組んで帰ってきたのだ。
§∞§∞§
「それで?調査の結果はどうだったんだ?」
「君ももう予想できているだろうが、迷宮の出現時期と雨季に入った時期が丁度重なっている。
つまり、迷宮にこそ、この異常の謎が隠されているとみて間違いないだろう」
やはりか。
想像通りの回答を聞き、そう思っているとマークが言葉を続けた。
「しかし問題は“止まない雨”だけじゃない」
「“雨”以外?」
「ああ。異常は魔物にも影響を与えているんだ」
魔物は確かに人を襲う害獣だ。
この島の魔物は大抵、自分の縄張りからはあまり出てこないので、縄張りにさえ近付かなければ特に恐れることは無い。
だが、雨の影響で木に実は実らず、野草は根腐れしてしまい、飢餓に苦しむ魔物が人里まで降りて人を襲う事件が後を絶たなくなっているようだ。
「確かに森の近くだけじゃなく、街道にも魔物が出没していたな……」
人だけは無く魔物にすら悪影響をもたらしているのか。
このままいくと、飢えた魔物の集団に小さい村落が襲われて壊滅、なんてことになる可能性もあるな。
「私はこの二年間、島中を回って調査し、そして帰りに立ち寄った街で君に出会ったというわけだ」
そこで一旦区切ると、マークは一度息を吸った。
「そして、迷宮がこの異変に関わっているとすれば、早々に探索隊を結成して迷宮探索を行おうと思っている」
迷宮探索は正解だ。
攻略できれば、恐らくこの雨を止めることもできるだろう。
だが、迷宮を攻略するとなると、それなりの実力が必要になる。
島内からその実力者を募れば一ヶ月、島外から募れば三ヶ月、いや、半年以上は掛かるだろう。
今でも物資も魔物もギリギリの状態だ。
これ以上“雨”を放置すれば、小さな村落だけではなく、大きな街にも、例えば【ビエイドの街】等にも被害が及ぶことになるだろう。
別に小さい村落なら被害があってもいいとは思っていない。
だが、今【ビエイドの街】が機能を失えば、物資の流通は完全に滞り、他の村落も取り返しのつかない状態になってしまう。
「そこで、カイト、君には今後結成される探索隊に参加して欲しい。
君の魔法、そして剣術なら、例え迷宮でも後れを取ることはないだろう。
だからこそ、ジャパリア領主マーク・U・ジャパリアとして、君に助力を願いたいんだ!」
やはりきたか……。
話の流れ、そもそも一介の冒険者が領主の屋敷まで通され、更にはマークとの出会いも、彼が俺の実力を認めたことだった訳だしな。
だが、しかし……。
§∞§∞§
話し合いを終えた俺達は、食堂で豪華な料理に舌鼓を打ち、大きな風呂に入ってリラックスし、再び客間に戻ってきていた。
『ぐっすりですね…』
イリアは眠るリズナを見てそう言うと、再び真面目な声で話し始めた。
「それで、カイトはどうしたいのですか?」
「どうするのか」ではなく「どうしたいのか」か。
確かに今動けば“敵”に察知され、俺達の目的に支障が出る可能性はある。
しかし、だからといってマークやリロイといった、この島で出会った繋がりを見て見ぬふりができるのかと言われたら、答えは否だ。
だからこそ、イリアは俺のやりたいことを聞いてきたのだろう。
「いずれは表舞台に出て動かなきゃいけないんだ…。
あと十年、そろそろなのかもしれないな」
少し言い訳臭かったか。
「そうですか……」
イリアはそれだけ言うと、そのまま声を潜めてしまった。
俺の意志を尊重してくれるということだろう。
「なんにせよ、明日だな。起きたらマークに俺が迷宮に挑むことを伝えて、その協力を頼もう」
一度決めたらスッキリしたな。
俺は灯りを消すと、リズナが寝てるベッドに横になった。
すると、寝ていたはずのリズナがモゾモゾと動いたかと思ったら、俺の胸元まで這い寄ってきて、落ち着くと再び寝息をたて始めた。
早く異常を解消して、リズナのこともなんとかしてあげないとな……。
そんなことを考えつつ、俺は眠りについた。
§∞§∞§
~ 同日・ジャパリア港 ~
「ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない……。この私がこの私がこの私がぁぁぁぁぁぁ……!!!」
鉄格子の中の冷たい石の床に直接座り、ぶつぶつと怨嗟の独り言を呟いている男が居た。
身体は肥え太っており、身に着けている服は豪華だが、彼からは貴族としての品位も品格も感じられない。
――― カツン ――― カツン ―――
部屋に響き渡る足音。
その音に気付いた男は顔を上げて、血走った眼を鉄格子の向こうに向けた。
そこには、白い外套を着た男が立っていた。
「ハンス・バグラー……チャンスが欲しくないか?」
「ちゃ……チャンス……?」
白い外套のフードから覗く口が三日月型に歪む。
その雰囲気にゾクリと背筋が震えた。
「あぁ。このチャンスを掴めれば、お前はこの島の本当の領主に、いや、この国の英雄になることもできるだろう」
「え、英雄に!!?」
その言葉に、ハンスの目に光が宿った。
黒く濁った、泥水のような光が。
―――ガチャン
鈍い音が響くと、鉄格子の扉が音を立てて開き始めた。
「さぁ、行くんだ。
迷宮を攻略できれば、君は真の英雄になる」
ハンスはふらつく足取りで外に出た。
「ふ、ふは、フヒヒハアハハハハアハヒハハハハハハハハハハハハハハハハアアアハハハハハハハヒハ!!!!!」
雨が降り続ける夜明け前の暗闇の中。
狂気に満ちたハンスの笑い声が響き渡った……。
データが消えて書き直してたら休日潰れてた(´・ω・`)
今度は一週間程書き溜めて、数話に分けて更新させて頂く予定ですw




