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大文字を見に行こう!

 いよいよ大文字を見る日がやってきた。待ちに待ったきっかけ作りの日や!

 義隆によると、今晩は京都市内の出町柳ってゆうところに行くらしい。家で晩ご飯を食べた後、午後七時頃に出発するんやって。山に明かりが点くんは午後八時からやから、大体ちょうどええ時間に着くやろうって聞いた。

 それで、出かけるときの着物なんやけど、今晩はお祭りやさかいにみんな浴衣を着ることになったんや。

 義隆は紺色の浴衣に茶色の帯を身につけてる。最近お腹の出っ張り具合が気になってるらしいけど、ゆうほど目立ってへんし大丈夫やな。

 うちは白の生地に赤い金魚が描いてある浴衣や。一方、お銀ちゃんは同じく白の生地に花火が描いてある。そして亜真女はんは、これも白の生地に二色の朝顔が描かれた浴衣を着ていた。


 「か、かわいいね、二人とも」

 「えへへ~、ありがと~」

 「そういう亜真女も似合ってるではないか。大人の女じゃのう」

 「な、何を言うの、お、お銀ちゃん」


 うちらは晩ご飯を食べた後、お雪はんに手伝ってもろて浴衣を着込んだ。それで、三人揃うとお互いの浴衣姿をいろんな角度から見て楽しむ。


 「美尾ちゃんはいつも着物を着てるけど、浴衣は見るの初めてやな」

 「去年は一回も浴衣なんて着いひんかったもんなぁ」

 「逆にお銀ちゃんは久しぶりの着物姿やな。やけに新鮮に思えるわ」

 「自分でもそう思うの。正月以来じゃ」


 うちらの浴衣品評会に義隆も混ざってくる。褒めてもらえるんは嬉しいけど、義隆が見んといかんのはうちらやないで。


 「義隆、うちらだけやのうて、亜真女はんも見ぃな」

 「そうじゃぞ。どうじゃ、この女っぷりは」

 「ふ、二人とも、そ、それ以上はやめて。は、恥ずかしい」

 「あーいや、うん。きれいですね」


 うちらの後ろに隠れようとする亜真女はんやけど、そうはさせじとうちもお銀ちゃんも亜真女はんを前に押し出す。すると、今度は恥ずかしそうに横を向いた。あ、義隆も照れてるみたいや。


 「ふふふ。義隆さん、こっちに来たらどうです? 横から見ると亜真女さんの体の線がよく見えますよ」

 「「お雪さん?!」」


 いつもの洋服姿のお雪はんが義隆に声をかけると、亜真女はんと同時に突っ込みを入れた。うんうん、息ぴったりやな。

 あ、そうそう。今回の大文字見物やねんけど、お雪はんは参加せんと留守番することになってる。理由は、雪女のお雪はんは熱いところが苦手やから。今晩は冷房の効いた居間でテレビに映った大文字を見るんやって。


 「あら、そろそろ時間ですね。皆さん忘れ物はありませんね?」


 時計を見ると出発の時間に近い。うちとお銀ちゃんは、お雪はんの言葉に元気よく返事をする。あっ、亜真女はんはちっちゃい巾着袋を持たはった。あれかわいいなぁ。


 「あ、そうや! 亜真女はん、これ、お婆さまから渡すようにゆわれたやつ」

 「こ、これがですか。あ、ありがとうございます」


 うちが亜真女はんに渡したんは小さなお守りや。亜真女はんは外出するとすぐに雨が降ってしまうから、そのままやと見物に行けへん。そやからお婆さまに頼んで、亜真女はんの妖力を押さえるお守りを作ってもろたんや。


 「お婆さまの力作やさかい、これで雨は降らへんで!」

 「あ、ありがとう」


 なんやかなり苦労したってゆうたはったけど、効果は折り紙付きってゆわれたさかい、きっと大丈夫やね。


 「よし、それじゃ行こか」

 「うん!」


 義隆の声に応じたうちは、先頭切って玄関へと向かった。よし、いよいよ行動開始や!




 義隆の家を出発してから京阪電車に乗って揺られることしばらく、終点の出町柳駅に着いた。駅の外に出ると、浴衣姿の人がぎょうさんいる。電車の中にもたくさんいたけどそれ以上や。


 「うわぁ、みんないろんな浴衣着たはんなぁ」

 「いやこれは、艶やかじゃのう。眼福ではないか」


 うちとお銀ちゃんは往来する人をしばらく眺めて楽しんだ。

 そうそう、京の街は観光都市ってゆうらしく、外国からもぎょうさん見物人がやって来る。稲荷山でもちらほら見たことがあるけど、今晩もやっぱり見かけた。中にはうちらと同じ浴衣を着た外人もおるなぁ。何しゃべってるんかさっぱりわからへんのが残念や。


 「美尾ちゃんお銀ちゃん、もうええか? そろそろ行こうと思うねんけど」

 「うん、ええよ」

 「そうじゃった。浴衣姿は大文字を見終わってからまた見ればよい」


 うちらの返事を聞いた義隆は、ひとつうなずくと先頭となって歩き始めた。

 電車の駅や鴨川の近くは、うちらと同じ大文字の見物人でいっぱいやった。けど、少し細い道に入ると急に人影が少なくなる。たまに見かける人は浴衣姿で、うちらとは逆にみんな鴨川に向かって歩いていく。


 「よ、義隆さん。こ、こっちでいいんですよね?」

 「ええそうですよ。みんなとは逆方向に歩いてますから不安になりますか」

 「それで、結局どこに向かってるんや? もう教えてくれてもええやろ?」


 うちは前から疑問に思ってたことを口にした。もうすぐそこに着くんやったら、説明してくれてもええはずやね?


 「実はな、京都大学の近くにあるマンションの屋上から見物するんや」

 「見物するのに絶好の場所じゃと、既に人でいっぱいなのではないか?」

 「いや、普段は立ち入り禁止なんやけど、大文字のときだけは住人だけに開放されんねん。それで、そのマンションの管理人が大学の同期の親やから、特別に入れてもらえるんや」

 「そ、そんな伝手があったんですね」


 うちも驚いた。まさか義隆にそんな伝手があったなんて。更に聞くと、学生のときは毎年屋上を利用してたそうや。


 「それがもう少し先にあるんやけど……あった、そこや」


 義隆が指さした先には白いマンションがあった。それで、その屋上には確かに何人かの人影が見える。

 うちらは義隆を先頭にしたまま、マンションの中に入った。




 「お~、御前くんかぁ。久しぶりやなぁ」

 「お久しぶりです。おじさん」


 このマンションの管理人ってゆうのをやってる人と義隆が話し始めた。お銀ちゃんがゆうには、一言断りを入れるんが礼儀らしい。えっと、挨拶すればええってゆうことかな?

 義隆と管理人のおじさんの話は、最初義隆自身のことやったけど、すぐにうちらのことになる。義隆とうちらの関係を説明するときは、前からその内容を決めてるからすんなり終わるんやけど、今回は亜真女はんの存在が引っかかった。


 「へぇ、川谷亜真女さんってゆわはるんですか。初めまして」

 「は、初めまして」

 「いやぁ、こんな美人さんを御前くんが連れてくるなんてなぁ」


 後で聞いた話やけど、この管理人のおじさんはこうゆう恋愛の話が好きな人らしい。そのせいで義隆と亜真女はおじさんとの話に苦労してた。何しろ、うちとお銀ちゃんがあの二人の子供扱いになってしもたもんなぁ。


 「おじさん、もうそろそろ行かんと……」

 「え? あ! こりゃすまん。もうとっくに始まっとるな。ええわええわ、早う上がって見ておいで。儂も嫁と後で行くさかいに」


 少し話し込んでたせいで八時はとうの昔に過ぎてる。腕時計で時間を確認したおじさんは、慌ててうちらに上へと行くように促した。

 管理人のおじさんと別れたうちらは、エレベーターってゆう自動で移動してくれる乗り物に乗って、屋上のひとつ手前の階に降りた。普段立ち入り禁止の屋上は階段でしか行けんらしい。

 屋上に上がると、既にマンションの住人らが何人もいた。うちらがやって来ると何人かが振り向いたけど、すぐに視線を戻す。


 「お、見える見える!」

 「うわぁ、これが大文字なんかぁ」

 「あ、あっちには『妙法』が見えますね。は、初めて生で見ました。か、感動です」

 「おお、船と左大文字も見えるではないか!」


 普段は立ち入り禁止の屋上から周囲を見渡すと、東に大文字、北に妙法、北西に船、西に左大文字がうちらの目に入った。けど、うちとお銀ちゃんは背が低いからどうにも見えにくい。


 「義隆、もっとちゃんと見たいからだっこして」

 「お前普段は避けるくせに、こんなときだけ……」

 「義隆、わしも~」

 「お前ら……」

 「こ、こんなときだからこそだよね」


 ふふん、さすが亜真女はんはようわかったはる。

 うちが両手を挙げてだっこを要求すると、義隆は苦笑しながらも抱えてくれた。さすがに肩車は無理やったけど、義隆の視線と同じくらいまで高くなると、少し大文字が見やすくなった。


 「次はわしじゃぞ!」

 「わかってるって。美尾ちゃん、大文字から順番にぐるっと回るで」

 「うん!」


 背の高めの建物があちこちに建ってるから微妙に圧迫感があって見づらいけど、視線が高くなるとそれだけ文字や絵がはっきりと見えて嬉しい。

 義隆のゆうとおり、最初は大文字を見て、その次に妙法、続いて船、そんで最後に左大文字と見ていく。あれ全部おっきな松明でともしてるんかぁ。


 「でもなんで、どの文字や絵もなんか寝そべってるように見えるんやろ?」

 「ああそれな、山の斜面に描いてあるからや。ほら、山の斜面って斜めに傾いてるやろ? 切り立った崖に描いてあったら、そんなことなかったんやろけどな。」


 そうか、空に向かって斜面は傾いてるから、地上から見ると寝そべって見えるんか。


 「それやと、お婆さまは空から存分に見やはるんやろうなぁ」

 「そ、空を飛べるんでしたよね。う、うらやましいです」


 うん、まだ飛べんうちもうらやましい。いつか飛べるようになったら大文字をそらから見てやるねん。


 「よぉし、次はお銀ちゃんやな。少し休んでからにさせてくれ」

 「運動不足じゃな」

 「やかましい。教師業に腕力なんていらんだけや」


 うちを下ろした義隆は腕をだらんとして休んでる。横でお銀ちゃんが半目になって呆れてるけど、それ以上はなんもゆわんと黙ってた。


 「よ、義隆さん。と、鳥居はどの方角なんですか?」

 「あ~、こっからやと鳥居は見えないんですわ。あれ、嵐山の方にあるから」

 「この場所からじゃとどこにあるんじゃ?」

 「ほぼ真西やと思う。仁和寺の更に置くにある大覚寺の辺りやったさかい。来年はそっち側に行くか?」

 「「行く!」」


 うちとお銀ちゃんは元気よく答えた。他の四つは見たのにひとつだけ見逃したままなんて嫌やもん。

 この後も、うちとお銀ちゃんは交代で義隆にだっこをしてもらいながら、大文字を見続けた。こうやってみんなで出かける夏祭りは楽しいな!




 うちと亜真女はんは初めて大文字を見たから珍しかった。けど、それ以外にすることがないもんやから、一通り見るとやることがなくなってしまう。お話しながら大文字を見るのは楽しかったけど、うちと亜真女はんが満足するとすぐに家へ帰ることになった。

 あのマンションの屋上にいた時間は短かったけど、帰路はその話で盛り上がったからすぐ家に着いた感じやった。来年はまだ見てない鳥居を見に行くんか。楽しみやなぁ。


 「そ、それじゃ、わ、私はここで。お休みなさい」

 「お休みなさい。また今度」

 「お休みなー、亜真女はん」

 「おう、お休みじゃ、亜真女」


 義隆の家の前に着くと、亜真女はんは自分の家に帰らはった。それを見届けるとうちらも家に入る。

 三人が「ただいま~」って口にすると、留守番してくれてたお雪はんが返事をしてくれた。うちらが洗面所で手を洗ってるうちに、お雪はんは食卓で冷たいお茶を用意してくれてた。


 「っはぁ、生き返るわ~」


 お茶を飲んだ義隆が吐き出す息と一緒に頭の中の言葉を漏らす。完全にだらけきってる。うちとお銀ちゃんをだっこしたせいやけど。

 今晩も熱帯夜と呼ばれるにふさわしく、外はねっとりと絡みつく暑さやった。それだけに、冷房の効いたこの部屋で冷たいお茶ってゆうのは贅沢やなぁ。


 「どうでした、大文字は?」

 「うん、よう見えたで! 鳥居以外は全部!」

 「さすがに義隆が用意した場所じゃったな。人混みにもみくちゃにされることもなく快適に見物できたぞ」


 お雪はんが笑顔で今日の出来事を聞いてきたから、うちとお銀ちゃんはマンションの屋上で大文字を見たことを中心にいっぱい話をした。その話を聞いてくれてたお雪はんは、次第に微妙な表情になっていく。あれ、どうしたんやろう?


 「む? 義隆はどこへいった?」

 「先にお風呂へ入ってもらってます。ですからちょうどいいんで聞いておきたいんですけど、本来の目的って果たせました?」

 「本来の目的?」


 うちとお銀ちゃんは首をかしげた。大文字を見に行くことと違ったん?


 「義隆さんと亜真女さんの仲が良くなるきっかけになりましたか、って聞いてるんですよ」

 「「あっ!?」」


 二人同時にうちらは声を上げた。そうや、すっかり忘れてた! どうしよう、せっかくのお祭りやったのに!


 「お、お銀ちゃん。なんかやった?」

 「な、何もしておらん。いやそもそも、自然なきっかけを作るのが目的なんじゃから、何かしてはいかんじゃろう」

 「けど、それやったら今日何のために大文字見に行ったかわからへんやん」

 「そんなことを言われても……そうじゃ、美尾よ、そなたから見て、二人の仲は良うなったと思うか?」

 「え?! ど、どうやろ。仲良うなった気がするけど。お銀ちゃんはどう思う?」

 「む、雰囲気は悪うなかったが、如何せん、わしと美尾がずっと義隆にだっこしてもらっておったからのう」


 そうやった。大文字見たさに、うちとお銀ちゃんはかわりばんこで義隆にだっこしてもろてた。あかんやん! あれやと義隆と亜真女はんが近づけへんやんか!

 うちとお銀ちゃんは頭を抱えてうなだれた。ああやってしもた。うちらばっかり楽しんでたら意味ないやん。


 「その様子ですと、大文字を楽しんで来られただけのようですね」

 「おおう、その遠回しな言い方が地味にくるの」

 「それでも、悪くない成果だと思いますよ。これからも何かあったら誘いやすくなったでしょうし」

 「うう、それだけなん?」

 「きっかけ作りに徹するんでしたら、そんなに急いじゃ駄目ですよ」


 お雪はんはにこにこしながらうちらを慰めてくれる。ゆうてることはわかるんやけど、なんかもどかしい。


 「今回のことは今回のこととして、次にどうするのか考えてみてはどうですか?」

 「「う~ん」」


 残念やけど、お雪はんのゆうとおりやな。今回は失敗したけど、次は上手に導けるようにならんと!

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