一緒になったらええと思うねん
八月も中旬に入った。
義隆の学校であった期末試験ってゆうのは昨日終わったらしい。毎日学校から帰ってくるたびに持って帰ってきた答案用紙の採点も、やっと終わったって聞いた。けど、今日からノートPCってゆうのを使って、成績入力をせなあかんともゆうてた。あの成績を付け間違えると大変なことになるってやつや。
「全部で二百人以上もおるから大変や……」
どんなふうに成績をつけるんかはわからんけど、なんか大変そうでかわいそうに思えてくるなぁ。
「他の人に手伝ってもろたらあかんの?」
「他の人もみんな似たようなもんなんや」
そ、そんな疲れ切った笑顔を向けられてもうち困るやん。
「美尾ちゃん、これ終わったら尻尾もふもふさせて」
「いやや。義隆、早う仕事し」
うちはきっぱりと断って義隆から離れた。がっくりとうなだれてもあかんで。ダメなもんはダメなんや。
身の危険から脱出したうちは、居間でテレビを見てるお銀ちゃんの横に座った。今見てる番組は、確か時代劇の再放送やったっけ。ご隠居様ってゆうのが出てくるやつ。
「美尾よ、たまにくらいは義隆に触らせてやっても良いのではないか?」
「お銀ちゃん、聞いてたんや」
「すぐ隣の食卓で話しておったからの。筒抜けどころの話ではないわ」
うちのことをちらりと見たお銀ちゃんは、すぐに視線をテレビの画面に戻した。その画面には、お代官様って呼ばれてる人と「そち」や「そなた」って呼ばれてる男の人が話をしてる。どうも悪巧みをしてるようや。
「前に義隆が触ったときのこと覚えてるやろ? もうあんな目には遭いとうないんや」
「あー、そういえばそうじゃったのう」
「お銀ちゃんの場合やと、血走った目でお尻をなで回されることになるけど、ええの?」
「……すまんかった」
うちのゆうたことを想像したらしいお銀ちゃんは全身を硬直させた。尻尾はお尻とは違うけど、うちの気持ちは通じたみたいやね。
結局、うちもお銀ちゃんと一緒に最後まで時代劇を見た。ご隠居様もたまには動けばええのに。
成績をつけ終わった義隆にもようやく夏休みがやってきた。たくさん休めることはええことやと思うんやけど、収入がなくなるから喜んでばかりはおられんらしい。そうゆうたら、去年も生活費のことでお婆さまに相談してたなぁ。
とはゆうても、そうはいきなり働き口なんて見つかるわけないから、しばらくは我慢するしかない。夏期講習の準備や自己研鑽っていうのをするって聞いた。何するんやろ?
それはともかく、うちは義隆と亜真女はんの様子を見てたけど、なんか相変わらずにしか見えへん。ようしゃべるようにはなったんやけど、それ以上は変化があらへん。なんかもどかしい。
そやから、うちはお銀ちゃんと一緒に一回お雪はんに相談してみた。
「う~ん、そんなことを私に言われましてもねぇ」
「そうじゃろうなぁ」
うちの話を聞いたお雪はんが困り顔でお銀ちゃんを見ると、なんでかお銀ちゃんは半笑いで答えた。
「確かに以前よりも二人は仲良くなっていますけど、無理にその仲を進展させるのはどうかと思いますよ?」
「今の友人関係でも充分じゃとわしも言うたんじゃがの」
「う~、お銀ちゃんはうちの味方してくれへんの?」
「いや、味方と言われても、下手をすると二人の仲を引っかき回すだけになってしもうて、かえって仲を悪くさせてしまう可能性もあるんじゃぞ」
う、そのことはなんも考えてへんかったなぁ。そっか、失敗したら仲が悪うなってしまうんか。
「仲のいい人達がもっと仲良くなるところを見たいっていう気持ちはわかりますが、そんなに焦らなくてもいいんじゃないでしょうか」
「まぁ、何かきっかけがあったときに、わしらが背中を押してやればよかろう」
「きっかけかぁ」
確かに、何でも無理矢理ってゆうんはあかんなぁ。うちかて義隆に無理矢理尻尾を触られたら嫌やし。
けど、きっかけがあったらお手伝いしたらええんか。でも、きっかけってどんなんなんやろ。
うちはお雪はんとお銀ちゃんの話を聞き流しながら、きっかけについてぼんやりと考えた。
お銀ちゃんとお雪はんのゆうことはわかった。無理矢理はようない。でも、きっかけがあったらお手伝いできるって二人はゆうてた。それなら、きっかけを作るにはどうしたらええんやろう?
ひとりで考えててもええ知恵は浮かばへんから、また誰かに相談することにした。
とはゆうても、残る相談相手はお婆さましかおらへん。うちはひとりで稲荷山に帰ってお婆さまに相談することにした。
「ふむ、義隆と亜真女の仲を進展させる『きっかけ』とな? また厄介な相談事じゃのう」
狐の姿で寝そべるお婆さまは、うちにどう答えたらええんか困ってはる。
「妾もお銀とお雪の意見に賛成なんじゃが、ことの成り行きを見守るのではいかんのかえ?」
「あかんのかどうかってゆわれたら、別にいいんやけど……うち、二人が仲良うしてるんを見てると嬉しいから、もっと仲良うなってほしいねん」
うちの思いを聞いたお婆さまは、「そうか」と一言つぶやくとそのまま黙らはる。
「うち、お婆さまにもあかんってゆわれると、もう相談相手おらへん……」
「む、美尾や。そのような悲しそうな顔をするでない。ああもうわかった。何か考えてやる故、機嫌を直せ」
「ほんまに!?」
やったぁ! お婆さまが考えてくれはるんやったら、もう大丈夫や! お婆さま大好きや!
嬉しさのあまり狐の姿に戻ってお婆さまに抱きつくと、お婆さまも嬉しそうにしてくれはる。ふふふ、尻尾がわさわさ動いてるんがその証拠や。
お婆さまは「何がよいかのう」と呟きつつ、うちの毛並みを繕ってくれはる。
「おおそうじゃ。夏祭りに連れ出してはどうかの、美尾」
「夏祭り?」
「うむ、古来より祭りは特別なときに催されるもの。故に、そこへ共に参加するということは、男女の仲を進めるのには良いきっかけになるのじゃよ」
「へぇ、そうなんや」
お祭り自体はうちも義隆に連れて行ってもろたことがあるけど、あれは人里について教えてもらうっていう意味やった。もちろん楽しかったけど、そうか、確かにあれならいいきっかけになりそうやな!
考えているうちにだんだんと妙案に思えてきたうちは、早うその夏祭りに二人を行かせたくてしょうがなくなる。
「お婆さま、ありがとう!」
「ほほほ、礼には及ばぬよ。ただ、くれぐれも無理をしてはならぬぞ。あくまでも自然にな」
「はい、お婆さま!」
いてもたってもおられんようになったうちは、すぐにお婆さまの下から飛び出して人の姿に変身する。そして、すぐに義隆の家に向かった。
「なぁなぁ、お銀ちゃん。夏祭りってどんなんがあるんか知ってる?」
「いきなりじゃな、美尾」
家に戻ってきたうちは、居間でテレビを見てるお銀ちゃんに早速相談してみた。
ちなみに、義隆は自室でなんかしてて、お雪はんは働きに出てる。そやから、居間とその周辺にはお銀ちゃんひとりってゆうのは確認済みや。
「お婆さまに義隆と亜真女はんの仲を良くする方法を聞いてきたんや」
「玉尾殿にまで相談してきたのか。思ったよりも頑張るのう」
「それで、夏祭りなんやけど、なんかええのんない?」
「そうじゃのう。あるにはあるが……そうか、仲良くするためのきっかけを作るつもりなのか」
「そうなんや! 自然に仲良うする流れを作るためのきっかけになるやろって、お婆さまが教えてくれたんや!」
説明するん忘れてたけど、お銀ちゃんもうちとお婆さまの狙いに気づいてくれた。うちはそれが嬉しいて、思わず狐の耳と尻尾をぽんと出してしもた。まぁ、誰も見てへんからええわ。
「なるほどのう。自然な流れを作るというわけか。作ってる時点で自然ではないというのは、突っ込んではならんのじゃろうな」
む、お銀ちゃんがなんか難しいことをゆった。それで、苦笑しながら何度かうなずいてる。なんやろ?
「それより、お銀ちゃん。夏祭りは?」
「さすがに京の都じゃからあちこちでやっておるが、やはり今の時期じゃと五山の送り火じゃな」
「えっと、夜になったら山におっきな文字が浮かび上がってくるやつ?」
去年の夏に義隆から教えてもろたのを思い出した。
京の街は三方を山に囲まれてる。その北の方の山に「大」とか「法」とかってゆう文字を、たくさんの松明を使って夜の山に浮かび上がらせるお祭りや。普通は「五山の送り火」やなくて「大文字」ってゆうんやで。
「そうじゃ。あれなら誰でも見に行くじゃろうから、義隆はもちろん、亜真女も誘いやすいのではなかろうか」
「みんなが行くから誘いやすいん?」
「うむ。変に気取っておるわけでもないし、友人と連れだって見物にいく口実としては最適じゃぞ。しかもそれでいて、きっかけがあれば気分が盛り上がりやすい。なにせ夜じゃしの」
そうゆうと、お銀ちゃんは千代さんみたいに「ひひひ」と笑う。確かに妙案やとは思うねんけど、なんでそんな笑い方するんやろ?
「お銀ちゃん、気分が盛り上がったら、二人は仲良うなるんか?」
「もちろんじゃとも。それこそ美尾が思っとる以上にな!」
「そうなん?!」
やった! それなら早速二人を誘わんと!
「義隆! 大文字見に行こ~!」
「これ、美尾! 逸りすぎじゃろう!」
自室でなんかしてる義隆に向かうすぐ後ろに、文句をいいながらもお銀ちゃんはちゃんとついてきてくれた。早う行きたいなぁ!
今、義隆が亜真女はんに電話をかけてる。大文字を見に行くお誘いや。
「……ええ、そうです。わかりました。そんじゃそれでお願いします」
「どやった?」
「うん、一緒に行くってゆってくれはったよ。ここで晩ご飯を食べてからみんなで見に行くことになったわ」
やった! うちは嬉しいて思わずぴょんと跳ねた。ふふふ、これでひとまずは安心や。
「しかし、見物に行くと簡単にいうが、どこへ向かうのじゃ? 当日のよく見える場所は、結構な人だかりができるのじゃろう?」
「お銀ちゃん、どうゆうことなん?」
「大文字を見たいのはみんな同じなんじゃから、大文字がよく見える場所にはたくさんの人が集まっておるはずじゃ。そうなるとみんなでゆっくりと眺めるというのは、なかなか難しいのではと思ったんじゃよ」
そっか、大文字を見たいのは他のみんなも一緒やんな。そうなると、ぎょうさんの人が出てきて、ゆっくりと見られへんかもしれへんのか。
「ああ、それなら心配せんでもええよ。俺がとっておきの場所を知ってるさかいに。当日は誰にも邪魔されんとゆっくり見られるで」
「なんと、そんな穴場があるのか」
「うん。まぁ、知り合いに頼んで使わせてもらうんやけどな」
「それはどこなん?」
「う~ん、街の北の方やな。場所は……説明するより、当日一緒に行った方が早いな。よし、それじゃそのときまでお楽しみってゆうことにしとこか!」
「うわ、なんやそれ。気になるやん!」
意地悪する義隆に向かってうちは何度か教えてもらおうとするけど、「そのときになったら」って繰り返すばかりで話してくれへん。
「まぁ、よいではないか。美尾、当日を楽しみにしておこう」
「む~」
納得はできひんけど、お銀ちゃんがそうゆうんやったらしょうがない。うちも当日まで楽しみにしとこか。ちゃんとよう見えるところやなかったら、許さへんしな!