09.故郷
二人は、大原あゆみを知る。
「なぁ、由美。こっちの道であっているか?」
健は、由美の持つ携帯でナビをしてもらいながら運転をしていた。由美は小さい画面を見ながら、間違いないように指示を出していた。
「それしてもよ、由美もスマホにすれば良いのによ。ガラケーだから、ラインは出来ねえし、メール打ち返すの面倒。もう俺たちにそんな話すことなんて無いんだから、スタンプ一個で済むのにメンドクサイったら、ありゃしない。まぁ、今回の通信代はご馳走するから案内宜しくな。」
由美は少し膨れながらも、携帯を覗きながらも指で示して正確な案内をした。健と由美の二人は、由美が心理カウンセラーの資格を取るためにお世話になった元里親の恩師の人から聴いた情報をもとに車を動かしていた。本来であれば情報提供など禁止されてるのだが、彼氏が大原あゆみのファンだとか何とかで理由をつけて、免許習得した機にふるさとを訪ねたい。また、墓参りがしたいなどの強引過ぎる理由をこぎつけて、場所を教えて貰った。
大原あゆみの里親をしてくれた保護師さんは今年で引退らしく、引っ越す理由もあり、その恩師は口を軽くし情報を提供した。それと同時にちょっとした昔の知り合いらしく、連絡を取ってくれて話をしてくれた。ただ、一人だけ子供を保護をしているらしく、昼間の数分だけの猶予が二人に許された。そのため二人は知らぬ街で迷子になるわけにも行かず、申し訳なさで断るにも行かず、その家へと向かっていた。
たどり着いた場所は、どこか懐かしく淋しい雰囲気がある畑が側にある家だった。由美が車から降りたあと、畑の方へと駆け込み、両腕を大きく広げ深呼吸をした。それを観ていた健も近くまで走り込み、息を付いた。都会にはない清々しい空気と風景が、二人を優しく包み込んだ。そんな二人に微笑みながら、家の玄関口から女性が声を掛けた。
「はるばる遠くから、いっらっしゃいね~。」
声の主は、柔らかい羽毛のような感じの保護師さんだった。
「お邪魔してます。」健と由美は、ペコリとその人に向かってお辞儀をした。
お茶とお菓子が机に鎮座するのを二人は見ながら、床の間で座りながら話を訊いていた。
「本来であれば、私はあなた達を追い返していたよっ。でも、あなた達を見ていたら話さないワケにはいかないって思った。」
健は不思議そうに「どうしてですか。」と、保護師の人に尋ねてみた。
「私のもとにくる人たちはみな、ただの物好きさ。ただただ新しいものに飛び付いて、面白いもので快楽を満たす。そんな人たちばかりさ。だけど、子供たちは至って純粋さ。痛いものは痛い、嬉しいものは嬉しい。素直に答えてくれる。それが、うるさいと子を棄てる親がいる。育てかたがわからなくて、放置常態の親もいる。自分がお腹空けば、誰かだってお腹は空くんだ。だけど、食べさせることすら出来ないんだ。どうだい。」保護師さんは、真っ直ぐな眼をして二人を問い詰めた。そうしてさらに話を続けた。
「しかし、君達ふたりは…純粋な気持ちがちゃんとあるようだね。それが、どんなに嬉しいことか。私の人生の半分は保護師という活動だった。しかし、自己満足だったのかもしれないわね。今までの子たちやあの子の接し方なんかも…」
由美は汗のかいた冷麦や茶を飲み明かして、重たい口を開いた。
「そんなことありません!私だって不完全です。学生時代とか成人したばかりとかは、親や先生に反抗して、会社すらも意思がありすぎてクビにされました。それでも、私はどこか心が歪んでいたのは知っていたし、解っていて反抗してました。でも、最近気づく事があって、それで、それで、私、ようやく、」
「由美っ!」健は抑えきれない由美を肩を付かみ、なだめさせた。保護師の人は、うっすらと微笑み、立ち上がって新しい麦茶を由美のコップに注ぐ。
「大原あゆみちゃん…。うんん、牧原歩ちゃんね。歩ちゃん、両親は居たのよ。」
保護師の呟きに、二人は静かになった。保護師はゆっくりと大原あゆみについて口を開いていった。
「あの子は、私にとっても特別な存在な子だったわ。まだ同じような子が多き時代だった。そんな私は色んな子の面倒が見きれなくて、夫とも上手くいかなかった。私に子が出来ないと解ってからの、普通でない普通の生活。言うこと聞く子もいれば、感情表現出来なくて自傷に追い詰められる子。私は思ったわ、地獄があるって。でも、あの子が私を視るようになって救われていった。どこでそんな私を見極めているのか、張り裂けそうな時にはいつもあの子がリードして、皆をまとめていた。きっと、私だけじゃなく他の子たちにも目配りしていたのね。あの子が卒業するまで、皆の顔がウソみたく輝いていたの。」
「先程はすみません…。あの、あゆみさんが来た理由って何だったんですか?」由美が静かに訊ねる。保護師は首を横に振って話を続けた。
「あの子の両親は、自然災害で亡くなったの。でもどちらかが生きてるって信じながら待っていたんだけど、生活衛生面で保護する形になったわ。祖父母とか色々選択はあったんだけど、どちらも意地を張ってしまって安全性が見込めなく、ここに辿り着いたの。それでも、両親が諦めきれずに修めてきた言葉を紡いで歌手になる道を選んだのよね。いつかこの声が届くと信じながら。大学からの話は知らないの。風の便りだけは届いて、合格したとか、スカウトされたとか。そうしたある日に、彼氏が出来たって家に来て紹介してくれたわ。最初は誠実そうで好い人だった。『マネージャーでアップに力を入れます。歩さんの夢を叶えます』と息込んでいたから何も言えずにいたら、あの事件だったわ。その日の朝にちょうど、あの子の代表曲のシングルが届いたけど、息を呑んだわ。あの子の姿や形がまったくなくて、あるのは勇一変えることが出来なかった声と歌グセだけ。私は狂ったように、発狂したわ。そして気づいた頃は、夫が由美の遺骨を静かに私の血筋のお墓の横に安置したの。あれから20数年…頭部の方は未発見なままで、可哀想な事をしてしまったわ……。恋人だったマネージャーも、行方不明。私の手の元にあるのは、果てしない哀しみをと、癒えぬ怒り。」そう口にしながら、保護師の人はそばにあるチェストから、大原あゆみのCDと封筒を取りだし机の上で差し出した。
「もう、私から話すことはないわ。でも、私の今までの苦しみを聴いてくれてありがとうね。これで、私は私以外から責めて貰うことができ、勝手に罪を取り消すこともできなくなるわ。あら、こんな時間…。悪いけどそろそろおいとまして貰っても良いかしら?」
二人が時計を見て驚きわさわさと動かした。由美は少し哀しげ顔をしながら、話をしてくれた保護師さんと握手を交わして、差し出されたCDと封筒を抱え、見送られながら車を出発させた。
大原あゆみの切ない望み、業界による強引な扱い、恋人による裏切り、保護師の観たこの社会、健と由美のこれからの行方の不安を乗せて車は夜の闇へと向かっていった。
今宵の月明かりは眩しい。