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ソング  作者: 奥野鷹弘
前編
7/30

07.ハイレゾとカセットテープ

 あのぎこちない湿った雲は南風に流されて、太陽に照らされた黄色く浮き上がる月は、健のマンションの窓から部屋を覗いていた。



健はというと、恵の煮え切らない自殺の辛さに胸を抱えながら、ひとり考え事をしていた。いくら自分が見た幻想だとはいえ、恵があんなむごい死に方をし、さらには現実でも自分の病室から飛び降りるなんて、気持ちの整理がつかないと、ため息をこぼした。

 この現象もまた、あの歌の仕業なのか。それとも、恐怖と精神異常の流れで身を投げてしまったのか。謎が謎を呼び起こし、連鎖を繰り返しているように感じた。塞ぎ込んでいた玄関からは移動し、健はカバンから恵の赤いウォークマンを取り出して、ヘッドフォンを用意した。

少し部屋が蒸し暑く感じた健は、窓を少し開け、カーテンは閉めずにそのままソファーへと流れ込んだ。


 柔らかく掴んだ右手のウォークマンは、きれいなビビットレッドな色をしている。ではなく、怨念が込められしまったかのようなワインレッド、晴れない気持ちの日には色が悪い。血の気の色に見えてしまうその色、明日が聴こえない。

それでも歌如きで人を殺されてしまっては困る。ましてや、聴こえてはならないはずの歌詞、声。

健にとってはそれはもう興味本位とかではなく、とにかく問題がないということと、もうこれ以上の被害を出したくないという願いと、殺された大原あゆみをも成仏をしてあげたい。そんな想いをも馳せた。



死んでしまった友人の趣味の曲を、聴くなんて。


ウォークマンに納められている曲のアーティストを知らないのに、何故か自分事の思いのように共感をする。皆が知る健が、ひとりソファに支えれている。

ゆっくりと親指を動かし溢れてる曲の中から、目的の【All love】を探した。

恵は音楽好きだったのだろうか?j-pop.ダンス・ロック・クラシック・エレクトロ・クラシック・カントリー…など曲の出だしが次々と現れ、そんな世界にいつの間にかのめり込み今日の出来事を忘れかけようしていた時だった。

プツプツ、プツプツ、という変な音とノイズ音とともに耳の中で流れ出した。誤って壊してしまったのかと焦った健は、ヘッドフォンを外しかけた。それとともに微かに『カチャッ』という鍵を開けるような音とともにオルゴールの音色が奏で始めた。健は、はずしかけたヘッドフォンを、もう一度耳に装着してみることにした。


手元を明るく照らすウォークマンの画面を見つめ、ひとり頷いた。それは、さっきまで探していた【大原あゆみのAll love】だった。いつも耳にしていた曲は、サビの部分だったため想像が付かなかった。サビがキレイなバラードに対して、出だし、AメロBメロ、イントロがどこか悲しいような、苦しいようなメロディーだった。それでもあの時耳にしたこの曲のイメージは崩れることがなく、まるでもっと虜にされてしまいそうな中毒性のある一曲だった。ふいに思い出し、曲名のシリを見てみた。そこには【hi-r】という文字はなく、曲名のみだった。どうやら健はハイレゾを聴いていなかったらしい。気持ちを少し曇らせながら、まずは普通の音源で怪しいサビの部分を探ることにした。しかし幾ら聴いても、怪しい部分などなく、むしろどうしてこんなにも愛おしくて懐かしいのかで堪らない気持ちで一杯だった。少しの息抜きと立ち上がり、時計を眺めた。時計は不意にも不吉な4時を表して、朝の6時のような朝を迎えようとしていた。


 トイレから戻るやいなか、健はせっかくなんだと楽しもうと次の曲へとスキップさせた。しかしスキップさせたものの、同じ曲だと気付き腹を立てた。しかし、『なぜ同じ歌が?』と思いながらも曲名をよく見つめ直した。それもそのはず、思わず息が止まりそうな勢いだったが、頭では理解できずに呼吸を殺した。

それが意識として定着していなかったのだろう。健がスキップさせて聴いた曲は、問題の方の【All love】、ハイレゾ音源の歌だった。背中に無数のウジ虫が湧いたような気色悪い感覚に陥りながらも、生つばをまとめて飲み込み神経を尖らせた。曲の長さは、約3分半。一般的な長さだけど、短い感覚をさせる不思議な曲。でも今聴いてる曲は、疑えないけれど怯えて長く感じる恐怖な曲。3分半がまるで、一時間に感じてしまうようなそんな感覚に陥った。歌詞カードはないけれど、ひとつひとつ歌手の発音と標準台の歌詞と照らし合わせるように確認していく。滑らかに唄われるラブ・ソング、その中に秘められた未体験の表現世界。健は目を釣り上げなら聴き込んでいく。


 太陽が昇り、時計の針と目覚まし針が重なった頃、健は由実と合流の合図をした。




場所は、大原あゆみの事件を調べるための市民図書館。



 「健?だいじょうぶ?目が酷いことになっているけど…。」


由実は健の背後を付きまとわりながら、過去の新聞紙の記事を探していた。健は目をこすりながら平気さと言わんばかりに意地を張り、同じく記事を探していた。やきもきしだした健は、先ほど車で手渡したカセットテープについて語りだした。


 「あの、カセットテープに大原あゆみの歌が入っている。とりあえず、A面に標準曲。B面にハイレゾ音源。」

 「え?」


由実は頭をかしげた。


 「なに?」


健は不服そうな顔で、由実の顔を見つめる。


 「いや、何でテープなの?たしかに、『テープは聴けるか?』て確認されて返事したけど、いや、おじいちゃんの形見なんだけど…。

意味ないよ。ハイレゾは。ハイレゾ音源っていうのは、アナログじゃないんだよ?。だったら、普通の音源でも…の話なんだよ?」


少し不機嫌になった由実は健の行き先を追い越していく。それに見かねた健は引き止めるように「いや、デジタルはデジタルでコピー出来ないのもお前も知っているだろ?著作権に引っかかるし、というか・・・そもそも録音とかコピーとか出来なかったんだよ…。だから、俺、一か八かで愛用のコンポでジャック同士で繋げて、したんだよ。できたんだよ。というか、たぶん今回は何にも関係ないと思う。俺たちが関わってきたのは、ただの偶然。そもそもそんな声が一つも聴こえなかった。なんでもない、だけどタダもんでないラブ・ソングだったよ…。相変わらずね。」


 由実その話を聴いて立ち止まり、とりあえず事件について調べることにした。健が席をはずしてるころ、由実は気を落ち着かせられなくひとりこっそりとテープレコーダーを取り出し、A面の曲のほうから聴きだした。口ずさみながら、そっとある人への想いを描き出していった。両面10分のテープ、あっという間に一曲が終わり空白がつづく、B面へと切り替えた。


 聴き始めてサビに来たところ、由実はイヤフォンを通して耳を疑った。それは、どこかで聴いたあの噂どおりの現象が再生された。何も知らずに戻ってくる健は、ゆっくりと由実へ微笑みながら近づいてくる。

健に聴こえなくて、由実に聴こえたワケは・・・いったい・・・

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