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ソング  作者: 奥野鷹弘
前編
5/30

04.行方

恵が病室から居なくなった。それは、由実がトイレに行っている最中の出来事らしい。

 静まり返った病室に、力強く開けた扉の音が響き渡った。その扉を開けたのは、由実の留守電を聴いて駆けつけた健の姿だった。健は、無作為に誰もいないベットに向かって恵の名を叫んだ。もちろん返事などがかえってくるはずもなく、おぞましい声だけが病室の中でとどろいた。意識を少し取り戻したところで膝から崩れかけるころ、健の背後から冷たい風が吹きこぼれてきた。

胸に強い閉塞感を感じさせながら、ゆっくりと身体を扉のほうに向けた。


 「・・・・・・タケル・・・。」



 止まりかけていた息はさらに胸を締め上げた。目を見開いた状態になりながらも、その瞳を踏ん張って声の主のほうへと目を合わせた。

 「・・・タケル・・・?・・・たける?・・・健?」

 よく目を凝らしてみると、そこには由実の姿があった。由実は少し汗だくて、青ざめたような印象を漂わせる。健は今まで血の通わなかった分の酸素を取り込むかのように、咳き込んで意識をはっきりさせた。それを視てしまった由実は安堵させるように、健の背へと回り込み面会用の椅子へと座らせた。


 「とりあえず・・・健、大丈夫?恵が心配で駆けつけてくれたのは嬉しいけど、さっきの顔を見ると・・・まだ見つからない恵よりコワい・・・よ。」

由実は、少し震えてる手をさすり隠ししながら健のことを見つめた。それに対しゆっくりと口を開いた健は、まるで悪夢を見て目覚めた子供のように怖気づきながらも話を切り出した。

 「すまん、・・・悪かった。ついあの時のことと重ねながら、駆けつけてしまったんだ。あの時、扉を開ける前に一息ついて、笑顔で彼女(あいつ)に無事を確認しようとしたのを思い出したんだ。彼女は、笑顔で『アタシは、最強だから。』て心配を吹き飛ばしてくれると信じてた。でも違った。彼女は、俺が戸を開けた同時に息を引き取ってしまった。だから必死に無我夢中で起こして、意識が戻ってほしいと彼女の顔を見た。交通事故とはいえ、あの顔は人間じゃなかった。なのに、安らかに眠るがゆえの笑顔だった。だから、だから、だから、だからっ、だから!!」

 「健、やめて!!わかった、わかった、わかったから…。私だって、忘れない。ご両親から電話いただいて、駆けつけたもの。さすがに顔は見せてくれなかった。一時的な親友だったとはいえ、見させてはくれなかった。だけどそれが今となっては、私の思い出を汚さないための最大のおもてなしだったんじゃないかなって考えいるわ…。健にとっては、恋人。私にとっては、親友だもの…。忘れられるはずないわ…、忘れていいものでもないわ…。」

由実はゆっくりと窓辺に立ち尽くし、雲間から差し込むかすかな光に祈りをささげた。


 「・・・恵は?」

健が訊ねると、由実は横に首を強く振り、一緒に探せるか合図確認した。息を吸い込み立ち上がった健は、恵が行きそうなところを考え走り出した。由実はそれについていくように、健と走り出した。


 「・・・心当たりあるの?健?」

 「わからない。でも、もしあのままの恵だったらあり得るかもしれない。」


 二人は、どんどんとある場所へ進んでいく。


 「健、こんな時だけど話があるの。」

 「・・・何だ。」



 二人はエレベーターの入り口を探して、上ボタンを押す。


 「・・・恵ね、いなくなる前に目を覚ましていたの。」

 「え?」

 「いや、あのね、朝の点滴を終えて看護婦さんを呼んだ交換時に、恵が目を覚ましたの。それで、看護婦さんも主治医も駆けつけて安心した後で、二人で話をしたの。話というか、一方通行ていうか、とにかく話をしたの。それで恵がいうには、あの歌はラブソング一つだけの意味じゃなくて、自分の人生そのものをうたったものでもあるんだって。それでね、どうして恵があの歌を大事な時まで聴かなかったかというと、自分自身がまだ高校時代の担任の先生を諦めきれなかったこと、逆に好きすぎて恨んでしまいそうで、あの歌の最大に手を付けたくなかったんだって。私、まだハイレゾ体験したことないけど本当に生歌に近いみたい。でね、恵は続けて歌詞の中には間違って解釈してしまえば、逆の意味にもなってしまうっていうの。歌っていうものはさ、一方通行じゃない?解釈できないじゃない?どんな意味がこもって歌になったのかなんて。だから自分のものにするためにも、触れなかったらしいの・・・。」

 「・・・確かにな。俺にも好きな歌がある。それは時に自分のことのように深く刻まれるしな。でも、今、関係あるか?いや、待て、でも、大原あゆみとは…。いいや、それで?」



 由実は少し落ち込んだように顔を下げ、口を尖らせて話をつづけることにした。


 「・・・私、そんな話ハッキリ言って聴きたくなかったの。今でさえ気持ちが一杯だっていうのに、恵がいう恋愛の歌なんかで、自分のことなんか考えたくない。でも耐えきれなくて、少し落ち着くために『トイレ行ってくるね。』て出てたときに、恵、つぶやいてたの。

『あたし、健くんのこと好きなんだ』て…。

私、恵が居なくなれば良いって思った。でもね、そのあと落ち着かせて戻ってみたの。だけど、恵がいなくて焦って、健に電話したの!

ごめんね…。でも、留守電でも駆けつけてくれたの感謝してるよ。でもなんで、恵、いなくなったの?恵…、」


 階にたどり着いたエレベーターは、音とともにドアが開き人が乗車するのを待っている。 


 「わからない。でも、一つこれでハッキリしたことがある。さぁ、まず乗ろう。」

 エレベーターは静かに、謎を抱えこむ二人を包み込んだ。

健と由実の行く先は?

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