02.赤いウォークマン
陽射しが強くジメジメした中、健と由実は例の幼馴染の恵のアパートへと目指していた。蝉が夏を歓迎するかのようにせめぎあいながら鳴き続ける。
ようやく辿り着いたアパートは、夏とは裏腹にいい意味で寒さを感じさせてくれそうなたたずまい姿で、二人を歓迎をした。健がチャイムを鳴らす前に、物音に気付いた恵が白く黄ばんむドアのカギを解錠した。「・・・どうぞ、入って。」何かに力を吸い取られたような恵の声がドア越しから聴こえ、二人は顔を見合わせながらノブに手をかけて中へと入っていった。
「・・・ごめんね、電話故障しちゃったみたいで、メールでの返事になって。だから、話伝わらなかったでしょ・・・?ここまで来るのも大変だったんじゃない?だって、私、仕事で稼いで親に仕送りしないといけないから・・・賃貸の安いアパートココしかなかったから・・・。」恵の姿は、小学校からのイメージとは逆に暗く重苦しい姿に変貌していた。そんな恵はようやくの思いで立ち上がり、冷蔵庫から水出しの麦茶を用意した。
健と由実は不安そうに恵のそばに立ち寄った瞬間、恵は樹木が倒れるかのように崩れ落ちた。どうやら何も口にしていなかったらしい。駆け寄って抱きかかえた恵の姿は、もはや人間という感じをさせてなかった。
ふたりは恵を病院へと連れていくことにし、落ち着かない健は救急車が来る間に辺りを見渡した。何も変わった事が無さそうだが、ポスターが貼ってあったと思われる壁が逆に白く浮き上がり気持ちが悪く感じた。和室への戸を開けると、ふさぎ込んでいただろうと思われる布団がぐちゃぐちゃに置き去りにされていた。押入れの方を見ると、紙切れが挟まっていて健は恐る恐ると近づいた。怖いのか目を閉じたまま力任せに開いた戸から、バサバサっと粉々に破かれた写真らしきものが散らかった。アイドルという名を身に着けた男性歌手のポスターの残害らしい。驚きのあまりに声をあげてしまった健は、由実を呼び寄せた。さすがに由実もポスターはポスターでも、無惨に引っ掛いたとされる跡に驚いたらしく、顔を青ざめさせた。
由実がそっと健のそばに近寄ろうとしたときに、なにか固いものを足で踏んだ。足を退けてみると、そこには白い縦長の封筒でのぞき込むと手紙らしきものと赤いウォークマンが添えて入っていた。何食わぬ顔で手紙を広げようとする由実に健は飛び込み、封筒を奪った。健があまりにも怖そうな顔で飛びついてきたので、由実は正気という名の意思殺しをするつもりで唇をかみしめた。締め切らない窓からの蝉の鳴き声と救急車の音が近づいたのを感じた。二人は少し安堵したように、恵を車体に乗せて病院へと向かった。
病室で息をついた健は、乗車間際にグシャグシャに詰め込んださっきの封筒と手紙、ウォークマンをズボンポケットから取り出した。手紙の方はまるで何かに怯えるような震えた字で、今回の事件について記されていた。由実はというと、恵の目覚めを確認した後、健の元へと歩み寄った。手紙の内容が知りたくて。
「・・・恵の方は、どうだった・・・?」健は渋い顔をしながらも、穏やかに由実へと話しかけた。由実はかすかに首を横に振りながらも、恵の様子は先生の診断によると『別状はない』とだけ健に伝えて、本題について踏み込んできた。誰もいないことを確認したうえで、健はそっと重い口を開ていく。
「まず、ひとつ。恵はあの集まり以来、問題の曲には触れていないらしい。そもそも、ウォークマン自体にも手を付けなかったらしい。それから数日後のあの訃報が入り、それから俺たちと予定を組んだ日まで閉じこもってたらしいんだ。まぁ…こんな話を聴かなくても、判る話だけど…。それよりも俺が気になるのが、なぜアイツが死んだのか。あの夜の帰り道に冗談話として受け流して居たけれど、なにか関係があるのか。酒の入った席でもあるし、幻聴はあるだろうさ。でも、確認したらしく、いわいる『ハイレゾ音源』。恵に手紙にも、『ハイレゾは私は聴いていないからわからない。でも【hi-】と曲名にあったのならば、それは私の作為で解るようにしていたから、多分間違いないと思う。他に同じタイトルの曲なんて入れてないし、怖い…。助けて、私を助けて!!健!』そう書いてあった。」
由実は少し最後の文脈に苦さを感じながらカバンから手帳とペンを取り出した。まるで探偵の素振りかのように、要点を整理、書き記しながらまとめあげていく。
「・・・まず。彼が亡くなったのは、彼女の約束とラブコールのあと。それまでの間は何も変化はなかったと、思われる。『ラブコール』といっても、至ってありふれた言葉で『好きだよ』と彼ののろけ写真。」
「のろけって……」
「だけど、その写真は・・・ただの写真ではなく、なんか妙な写真だった。」
健が続いて話し出した。「歌については、恵とアイツだけ。確か他の奴も聴いてたと伺ったけど、恵が操作しながら流していたから、ハイレゾは聴くことがないかな。まぁ、恵は律儀だから好きな時に存分に曲に浸りたいだろうから。」
「恵の肩を持つのね、」
「ただ、アイツに関しては”アレ”だ。お酒の席だからと、下ネタ披露みたいに陥ったんだろう?。彼女もいたんだし。勝手にハイレゾ音源を聴いたあげく、まぁ、余計なものまで聴いてしまった。確か、サビの出だしの歌いだしが【愛してる…】が『殺してやる』に聴こえたってやつかな。」
「なんか、冷たいね。」
「でも本当に、ハイレゾというのは最近話題だよな。デシタル放送もそうだけど、いずれその人の匂いが判るぐらいの品質になるんじゃないの?CD音源よりもはるかに音質が良くてアーティストかぁ。息遣いまでもが聴こえてくる品物。酔っ払いには、あまりにも現実的すぎて、聞き間違えってことじゃあないのかな~。」
「私は、いいな。それでもっと、その世界を味わえるなら。カラオケで百点のデジタル歌唱よりも、心で聴けるんなら。」
「あー、はいはい。(だったら、お前と居ねえよ)」
「じゃあさ、健の最初の口にした話でいくよ。なら、なぜ聴いた後じゃなかったのが不思議じゃない?変死といっても、心筋梗塞らしいし、それにそれが原因だから?ん?、酷く切り裂いた痕ののような傷跡なんだろうし。ここ等辺がは少し悲惨だったから変死になったわけなんでしょ・・・?
ねぇ、私にもその歌、気になるんだけど。
それに、恵の”せい”じゃないでしょう?」
健はふいに恵のウォークマンを由実に差し出そうとしたが、にわかに背中に冷や汗が伝ったの強く断り約束を交わすことにした。
「由実。もし、あの歌に伺わしい声や出来事がなければ聴かせてもいいと思ってる。ただ俺的には少し気がかりだから、先に聴かせてくれ。そしてもし、俺に万が一のことがあった場合は逆に、この件からは離れてほしい。そんなことがないと望みを描きたいが、まだ判らないことばかりだ。約束をしてくれるか?」
健は、真面目な顔をして由実の瞳の奥を見つめた。由実は少し生唾を飲んで一呼吸してから、健の全身をなだめて返事をした。
「・・・解ったよ。でも、健のことだから、私は心のままに従わさせてもらう。それが、私の返事。いいかな?」
返す言葉が見つからない健は、コクリと静かにうなずいた。
この日の夜は、満月が少し赤み帯びながらアスファルトを滑らかに照らしていた。
謎が謎を呼ぶ