復習
「あぁ、そうだ。忘れてたよ。お前みたいなやつに憧れてたやつに接触したんだよ。今の世の中ってやつは本当に便利でさ、兄さんの出身校はおろか、名前も適当に打ちゃ、誰かかしら口をわるもんだな。和也ってやつ?そいつも、お前に惚れていてよ。気色悪いったらありやしないな。」
追い続けていた謎が溶け始める。一方で、手当てのされない健の腕の傷害による傷口と頬の殺傷傷から血が流れ出る。
「アイツ(婚約者)まで言いやがった。だから抹殺したいと考えた。誰もがやる“抹殺”ではない『抹殺』を!」
カタンカタンとなる上品な音がする靴は、フローリングのような材質のおかげで本領を発揮しないものの、机の上にある赤ワイングラスの瓶を使うパフォーマンスにはうってつけであった。瓶をもてあそぶようにして笑う真は、まるでおしゃぶりが離れない子供のようだ。その瓶のワインを健に注ぎ掛ける姿は、まるで。
「息が出来ないで苦しいなら、叫べよ!ホラ!ガムテープが邪魔だって、僕を殺したいって言ってみろよ!ホラ!」
ご都合主義のように、塞がれていた口は簡単に真の手によって剥がされた。しかし、それまでの恐怖と酸欠と問題から溢れてくる情が汗と同じように服へ染みて消えた。
赤ワインと血が交わらないなくても、交わるところが何かあるかのように。
「兄さんが親と喧嘩していたとき知ったんだ。僕は、兄さんの弟でもなく、母親も母親でもなく、父親も父親ではないと。母親だけは信じたかった…。だけど、学校には来てくれない。約束すら守ってくれない。いつも兄さんぐらいしか居なくて、夜中に目が覚めて兄さんが親と話をしているのが腹だたしかった。他の人といるんじゃないかって思った。ドラマで観ていた世界が僕の世界にあった。みんな、僕との遊びの断る理由に使ってきた!だから、兄さんが死ねばいいって思った。だって、兄さんにしか皆笑顔を見せないから………」
喋りながら撒き散らしていた赤ワインの瓶を、当て付けるように壁へと大きく振った。もちろんこの部屋は、どこかの地下室であるわけでもなく破片が健にも真自身にも降りかかった。
こんな出来事のために命を落とさぬようにと、貧弱しきりそうな声で真の心へ健は伝える。
「………、真くん、それは違う、それは辛かっただろう?それは違う、俺たちがどうにかしなきゃいけない出来事だったんだ…。」
痛さがあるゆえに切れるはずもない縄に歯向かうように、健はなぜか縄から脱け出そうと身体をはる。痛むどころか、その傷は快楽に近づこうとしている。
「…、知らなかったんだ。わざと記憶を無くしてた訳でもない。きっと本能だったんだ。傷つきたくなかったんだ、きっと。」
白いカッターシャツは、陽が注ぐような染まりかたで紅く移り変わる。
「葉月は言ってたんだ。ノートに書いたことは真実だけど、それを予習として自分が動けたら、誰も悲しく無くなると…。」
「アイツ(葉月)の名前を出すな!!」
「だが、葉月は死んでしまった。自分に追い詰められて、。選んでしまった、その道を。そして俺も選んでしまった。ノートの一ページはおろか、自分の行き先を書いた二ページも越えて……」
「許さない!絶対に許さない!」
「由美が手にしているものだと思ってたよ…。遠回しによる挨拶まわり。自分の言動すら定まって居ないあのとき、由美と収が俺を止めようと必死だったんだな……。」
「そうだっ!!お前がいるせいで、兄さんは死にたがっていた。いつもいつも、アイツ(葉月)の声がはいった歌とパソコンと、ノートに縛られていた。そう、その先にはお前が全部関わっていた!!」
「真くんは、同性に抱きしめれたことがあるかい………。」
「きさまっ、ふざけんな!!」
「同性というもの。意外と感じた方が良いこともある。権力も魅力よりも、同じ人間なんだって一番に感じる存在ださ。必死になって無我夢中で真くんの兄さん、収を助けに行ったとき涙が止まらなかった…。それと同時になぜ助けにいったのかも身に沁みたんだ。それは見た目が同じだから触れないで居るだけだ。同じだからこそ、生きてるいきもの(にんげん)の体温を味わうべきなんだよ。」
健のシャツは滴るぐらいの液体を含んで、紅く染め上げた。気が収まらない真は、自分の部屋の台所へ行き包丁を鮮やかに取り出した。
義理とはいえ、コルクボードに貼られている写真が婚約者より収の写真が多いことに健はカーテンの隙間から光る何かの反射材によって知ることが出来た。
真が通った際に風が作られ、めくられたノートにページにはあちこちに修正テープらしき痕跡が見えた。それは健が葉月を失いノートを手放した時までなかった使い方。
ざわめく胸をかき消すように、真は包丁を片手に服の上からさする。飛び散っていた破片が服の袖に付いていたのを知らなかったが、痛みを感じたあとも胸をさすった。まるで、何かの出来事の復習をしているかのようにーーー




