真
「………さすがに、このノートの事ぐらいいい加減思い出してください。」
健の膝元へ、使いきらしたノートを収の弟によって叩きつけられる。表紙からして誰にでも見たことあるデザインノート。でもそこには自分のものだとわかるように、名前や筆跡が黒い字によって浮いている。水分によって滲んでいるところもヤケになって破いてテープで補修した跡も、健の片隅に記憶がされていた。「ダイ、アリー…」健は片言な英語を発っするように、ちいさく触れた。
かすかな記憶にしておきたくない収の弟は、椅子に括り付けている健を眺めながら洒落たグラスに入る赤い液体を舌で転がしながら一口含んだ。
「はい、確かに。それは健さんの「diary」ですね。さすがに記憶に残っていたようですね。しかし、いっそのこと忘れていてくれた方が、やはり攻めがいがあるものですね。」
収の弟…いや、真は、さらに赤い液体を口にする。だけども健自身は、なぜ収の弟である真がノートを手にしたのかが不思議で身体を多いに揺すった。事情を知らないその身体は、刃物なんかで切りつけられたかのように腕から痛みが走る。一方でその痛みは自分を攻めたときのような胸の痛みにも似ていて、蓋をしていた過去が滲む沸く。わずかな記憶が健の口基を動かしたとき、真の目付きが変わった。それを見逃さなった健もまた、思いを抱えていた。
「葉月…」
「………、は、あーあ、久々に聴いたよ、その名前。汚らわしい女。」
「…おんな?」
「コイツ(健)のどこがいいって言うんだっ。」
パズルのピースは以外にも近くに落ちていた。こんな物語が成り立っていいのだろうか。手探りのなかの一言は、発した人間の口をガムテープで封じて、自分で滑らして割ってしまったワイングラスの鋭利で封じた人間の頬を滑らせる。滑らせたのではなく、殺意で斬りかかる。そんな思いまでさせた言葉は単純であった。
「もしかして、真ちゃん…?」
葉月の話から聴いたことがあった。年下の男の子であるものの、少し兄の嫉妬がゆえに個性が確立出来ていない子を気に出しはじめてしまったと。葉月はいつもその子について話すときには、"しんちゃん"とだけ名前を出すのみで、あまりはっきりとイメージが付かないで健はいた。だけども真剣に悩むその姿からも健は放っておくことが出来なくなり、自分がその子になったつもりでアドバイスをし始めていた。自分の発言は特に影響を及ぼしてしまうことも理解しながらも、葉月が抱えている闇を取り除こうとした。時々自分の私情も入っていることも知らずに。
「アンタみたいなクズな人間は、僕にとって邪魔なのさ。グズ?いや、もっと下品な言い方があるはずだな。とにかく、アンタみたいな人間は死ぬべきだ。」
大事なことを聴こうと真に、健は椅子を壊すように激しく暴れる。しかし暴れるほどに目に見えない痛さが脳に火花を散らす。
「………立派だねー。でも、アンタには死なれちゃ困るんだよ。もちろん復習されるのも御免だが。その身体だったら男ぐらいなら抱いてくれるだろうさ。猫みたいに、その刃物で裂かれた身体で泣きついてな。手首も腕も、兄を助けるためについた背中も、そして大事な顔。それとも整形でもして、女性になれば良いんじゃね?」
椅子に括り付けられてるのと同時に小型カッターで刻まれている痛みより、真実を伝えたい健は一心不乱にもがき身体ごと椅子と倒れた。もちろんカッターも身体に食い込むような形で、健に吸い付いた。倒れた拍子に開かれたノートには、自分が人に宛てたとされる文字が赤くならんでいた。
「はいはい。喋れないからって、自分の遺書を開かないでくれる?だから、アンタを殺すつもりはないんだって。アンタが独りで罪を全部被ってくれることを、僕はお願いしているの。」
どこで磨かれたか判らない黒光りする革靴が、ノートの上へ乱暴に判を押す。まだ顔を踏まないだけ有り難いだろうという上から目線で真は見下ろした…




