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ソング  作者: 奥野鷹弘
後編
25/30

狂気

「いいかぁー?こうなった背景には、こういう出来事があって、こういう時代背景になっていったんだ。皆が見て知ってると思うが、こうして健が授業中に寝ているのも、サボりたいからなんだ。なぁ、健?!!起きてるか?」


「……んあ、あっ、起きてますっ!!」

「はい、寝ていたね。」


爆笑するクラスの仲間たち。重たそうなまぶたを必死に開けようとする健の姿に、健が好きな人達は幸せそうにみつめた。先生は健の様子を伺いながら、教科書のページをめくるように指示を仰いだ。


真夏に差し掛かった妙に暖かい季節、カーテンが外出を誘うようにゆらゆらと風を見せる。窓際の席にいる由実は、まとめ髪からはみ出ている毛を使って健に近づこうとした。香りだけは、健のもとに届き街の匂いとして記憶にとどまった。


黒板には「裏があり、はじめて表がなる。」と。



もちろん、健の人生の裏にも色んな出来事があった。

「ねえ、たけちゃん?

この話はわたしたちのヒミツね。」

「ああ、そうだな。」


「何が"ヒミツ"だって?聴こえちゃってるよ。」


「「由美!!」」

「なにが、「由美!!」よ。」

「本当に、由美って感が良いんだから。人に嫌われるんだから。」

「葉月もでしょ。」


「まぁまぁ、そんなやり取り止めてくれよ。」

「健だって、おんなじだからね。」

「………ぅん」




「うん、で、兄さん。その、健さんとはどうしていきたいの?」

「俺は、健を縛りたくない。たとえ、過去に助けれた記憶をもとに想いを繋げてくれたとしても…俺は、大学時代からの収として扱ってほしい。」

「弟と話す内容じゃなくない?」

「お前が振ったんだろうよ。」

「そうだけど…。友達としても恩人としても、草でいたい兄さんを応援できない。相手が太陽なんだから、月で居てほしい。そんな兄さんたちを見れないのが逆に苦しい。」

「俺は、健にこそ、そんな道を歩んでほしい。」




「葉月。また、健を守ろうとしてるの?」

「ごめん、由美。なんでまた察してここに来ちゃったの…。」

「なんで?って。そんなの決まってるんじゃない。健と葉月が心配だから」

「心配だからって、なんでもいいの?感じたからって、侵入してきていいの?」

「葉月こそどうなの?」

「それが健のためなの?健のためなら、なんで離れないの?!」

「葉月こそ、私達の邪魔をするじゃない!」




「………健が、また人の命を奪ってしまった……」

「兄さん!!」

「仕方がないだろ!!」

「っ、」

「俺が、健だったら辞めるさ。…考えることも、行動することも、人を愛することも……」




「そんなに健が好きなら、私を殺しなさいよ。この"葉月"を。たけちゃんが好きなら!」

「………………出来ない」




「兄さんのそこが問題なんだ!いっつも観ていて思ってた。だから周り気遣われたときに笑うその顔が気色悪かった。同じ家族として気持ち悪かった。兄さんが生き残る形じゃなくて、兄さんが死んだあとの再婚が良かった。健さんも記憶を失われずに済んだ。」




「由美……。わたし、死にたくない。」

「……恵、」

「なにも健くんが悪いって事じゃないじゃない。健くんが作ってくれた唄、大事にしたいな。葉月さんとともに、健くんが"遺したい"って思ってくれた歌だもの。まだ若い自分達が愛に苦しんで死にたくなるのも不思議じゃないよ。勝手な行動してごめんね。健くんは、私の行動も読ませちゃったみたいだね。」

「……恵、ごめん。」

「由美、ほら泣かないで。健くんの気遣い、また当てちゃうことになるよ」




「健さん、あなたは一体、どれほど人を傷付ければ気が済むのですか。」

「…、」

「あなたは、自分のしていることがわかっているんですか?」

「………、」

「誰もあなたの心の声なんて、もう聴きたくありません!」

「…。」

「あなたの声は、健さんの声はもう十分です。聴こえてます、伝わっています、うんざりです、」

「っ…、オ」




「俺が悪かったんだ!!」

「"収"……そんなことない。」

「いいや、「俺が」間違っていた!大学なんて、直ぐじゃなくても良かったじゃないか。学ぶことだなんて、他に方法があったじゃないか…。今やネットを開けば、情報があちこちに落ちている。通信料は今が高いが、今後社会はそれを競争に安くしていく。そしたら大学の授業料だなんて、回収できちゃうだろう?俺が欲を出さなければ、親父も母もそんな汚い手に染まることがなかった!!オレは…」

「俺はどうなるんだ!俺の意味はなんなんだ!俺はお前の人生のペテン師か?!!」

「イヤなんだ、オレは収で居ることがもうイヤなんだ。このナイフが光るのは、健に向けてるからじゃない。オレ自身に使おうとしてるからだ!」

「"だから"なんだ。収、"だから"なんだよ。それは、お前が、」




「健さん"自身"が居たから、ナイフも輝くんでしたよね。」

「………。」

「兄さんは、自分を傷付けるつもりでしたが……、健さんの優しさで軽症で済みました。いまでも思い出します。兄さんの胸に飛び込んでいった、健さんの寂しそうな涙。制服姿がスーツに見えていた私には、背中に刺さった憎いナイフよりも…、健さんの白いシャツに染み込んでいく紅い想いが、人を愛する意味を教えてくれました。」

「………、辛い思いを作らせてしまったね…」

「………いいえ。」




「健を観ているとさ、俺たち、まだまだだなって思うよな。」

「いや、実際お互い様じゃないの?健だって、影で泣いたりするでしょ。」

「そりゃあ解るって。だけどよ、健が想うように生きていくんじゃなくて、もっと想像できないくらいに一生懸命に生きなきゃって事だよ。」

「難しくねぇ?そんなんムリだって。まぁ、可愛い子ちゃんなら頑張って、汗と身体と腰…」

「はいはい。どうぞ杖をつくぐらい、生きてください。いまの彼女さんで。はい、ドヤ顔しない。」




背後に光っていた何かが、雲隠れするかのように輝きを閉じていくのを、収の弟が感じ取るのであった。

新郎、いや、収の弟から古びたノートが手渡された。

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