01.はじまり
よく耳にする音楽は、何かの力を秘めている。
高校時代の同窓会から、親しい面子との飲み会に分かれた健は、独りウーロン茶で飲み明かしていた。それを見掛けねた由実は、席をずれて隣に座り込んだ。「どうかしたの?」と、由実はグラスを手にしてない方で健に問いかけた。健は残りかけのウーロン茶を一気に飲み干し、机の上にボンと置いた。周りは何かを察しながらも、盛り上げをさらに高めた。由実はというと、健の言いたいことを察してお酒をグイッと飲み干した。
仲間の一人が酔っぱらった勢いで、歌を唄いだした。高校時代に流行った『All love』という一発ヒットした知る人が知る有名曲。唄う彼女に乗っかって仲間たちも口ずさみながら、その歌を唄うアーティストの話が立ち上がった。
「なぁ、なんていう歌手だったけ?この曲しか、知らねぇんだよな。あの事件のせいで歌は流行ったものの、歌手名がパッとしてなくて思い出せねぇんだよな…。」一人が赤くなった顔を青醒めさせるかのように、崩れた顔から真剣な顔つきで口にした。
「ああ、なんていう名前だったけ?それより、悲惨な事件だったよなぁ。まだ、頭部発見されてないらしいが、何も好きだったからってバラバラにするかよ?それに、ほかに渡したくねえからってどこの隠したのか無言を貫くってどうかしてるわ。てか、恋愛も行き過ぎると怖えな。」
健が、その歌手に気づき名前を告げようと口を開いたとき、健と由実との幼馴染の恵がカバンからウォークマンを取り出して叫んだ。「大原あゆみ!!」それに続いて、仲間は相槌を打った。「そう、大原あゆみ!!」
健はというと何もないかのようにグラスに溶けかかっている氷を噛みしめた。由実は不安そうに、健を見つめる。
恵の一言で仲間はそのまま話を続けて話題を盛り上げた。
「それよりお前、よく名前覚えてたな~。俺なんか歌の【愛してる 愛してる それだけ口に出来れば 幸せだから 好きだから】しか頭から離れないのによ。」
「そうよね、でもそんなんでこの歌を知ってるって言わないでよ~。可哀想でしょ、あゆちゃんが。」
「…あゆちゃん?」
「あゆちゃん。」
「…ええ!!あゆちゃんとか、ちょっと。」
「いいでしょ、歌手の事も好きになって始めて、その歌も輝き始めるの。好きでもない歌、感情の無い歌を唄っている歌を好きになれる?聴く気になれる?私はね、唄が下手でも気持ち込めて歌ってくれている唄が一番好きなの。ともかく、この歌は私にとっても大事な一曲でもあるし…。」
「ええ、ええ、じゃあ…もしかしてウォークマンに’それ’入ってる?」
「もちろんでしょ?それにちょっと前に、ハイレゾ配信もしてくれて私ったら飛び跳ねたぐらいなんだから!でも、大人の恋をしたら聴こうって思っているからまだ聴いてないけど…。CD音源でいいなら聴かせてあげるよ?」
健はガタッと立ち上がり、席を外した。
「おい、健。どこ行くんだ?」仲間の一人が健を気にかけ呼び止めた。健は振り向かずに、トイレの方を指さして離れた。
仲間は少し気を落としながらぼそぼそと思い返し口にした。「まずかったよな…。健には辛いだろうに、同窓会で恋人の話が出てくるんだもんな。俺たちは必死に我慢していたけどよ…、ま、そんな俺たちも、彼女の好きだった歌の話もしちゃっているしな。」
由実もジッとしていられなくなり「トイレ行く!」と唐突な言葉を残して立ち去った。
その間にも仲間たちは、その歌の話は盛り上がりウォークマンを通して聴きあいをしていた。
一方、健はトイレの鏡を見つめながら笑顔を必死に作り涙を堪えてた。由実は男子トイレ入り口から叫ぶようにして慰めた。「無理しなくていいんだからね。あれから、涙なんか流していないんでしょ。お酒嫌いなのを知っているけど、飲んで晴らしてみたら?じゃなかったら、ここでうんと泣いてしまった方が彼女のためだって。私だって、我慢してたけど…でも、やっぱりそんなんで喜んでくれるかって考えたら、そうでもないからさっ。」
健は、強がりの鎖を断ち切れたかのように声をあげて泣き叫んだ。由実は、抱きしめたい気持ちをグッと我慢して泣き止むのを静かに見守っていた。
一方、仲間たちは違う意味ではしゃいでいた。
「いや、ヤバい。ヤバいって、これって!」
お酒の酔いが醒め始めた仲間たちは、まだアイツは酔っぱらっている目線で話に乗らなかった。
「【愛してる 愛してる それだけ口に出来れば 幸せだから 好きだから】のサビの【愛してる】が『殺してやる』に聴こえるんだって!嘘じゃないって!」フラフラな身体で、ウォークマンをチラつかせながら仲間が騒ぎたてた。
腹にきた恵は、ウォークマンを無理やり取り返しカバンの中にしまい込み精一杯の力で声にした。「そんなワケないでしょ?だったら、私だって気づいていたし、逆に怖くなって聴いてなんていないわ!!」 諦めつかない仲間が「いやだって、確かに【All love】だったって!まぁ、ハイレゾ聴いちゃったと思うけどさ、曲名の次に【hi-】・・・みたいな英語が書いてあったけどさ!わからんけど、確かにそう言っているって!!」恵が泣き帰りをよそに他の人たちをも巻き込んだ。その中の一人が、ひっそりと携帯を取り出し音楽サイトで探してみたものの、どのサイトも歌手名も、曲名すらも引っかからなかった。諦めて通常検索をしたものの、歌についての思い出や、事件について、音楽の在り方についてなど、仲間が言う話に合うような書き込みがなかった。勇逸の書き込みとして『聴かない方がいい』というもの見つけたが、そんな事を覆い隠してしまうばかりの感想ばかりで気には留めなかった。
それから数日過ぎたとき、ひとつの訃報が健に入った。それは、あの歌について騒いでいた仲間が変死で見つかったというのだ。それを見つけたのが彼の彼女らしく、彼女の話によると久々に会う約束して連絡してLINEの返事は問題がなかったのだが、『好きだから』という文字に添えられた彼の写真自体に問題があって電話したところ繋がらなくて翌日尋ねてみたら変死の状態で通報したという事だった。
彼にそんな怪しい影はなかったらしく、個人的なイタズラと、何者かの無作為な殺人と並行して事件が起きたと警察は調べに入った。
その話は由実にも伝わっていたらしく、少し胸騒ぎを感じ、大騒ぎされた幼馴染の恵の元へと二人は足を運ぶことにした。
あの歌と事件は、何か関係はあるのか。。。