第一容疑者
その頃、健は警察の人から事件参考人として署まで呼び出されていた。遺体安置室と呼ばれるような少し薄暗く肌寒い場所で、ある事件の被害者となった仏様の身元確認をお願いされたのだ。
「…かずや、28才、男性。顔面など、被告者の手によって傷つけられた模様。遺体の発見現場と近くに落ちていた唯一の身分証で判明致しました。まずは、お間違いないですか?」
健はうっすらと開いた眼で、警察の問いに答えようと眉間にシワを寄せて'かずや'と呼ばれる遺体を覗きこんだ。映画で観るような綺麗さではなく、臭いと生の息遣いによる空気によって気持ち悪さがさらに増して、吐き気が沸き上がった。それでも、自分の意識をたどり寄せて間違いではないだろうと首を縦に落とした。
「少しお伺いしたいのですが、よろしいですか…?」
殺人事件に慣れているからだろうか、物事を淡々と勧めていく警察に健は思考を蝕み(むしばみ)ながら事情聴取という名の取調べに立ち合うことになった。ドラマで見るような大袈裟のない無機質な部屋で、一つ一つ疑問点をぶつけられる健は出来る限りの答えを出していった。やはり気が動転はするものの、無実は無実であるため健は息を整えながら自分のその日にしていた行動や'かずや'と呼ばれる同い年の男性の関係について事細かく説明をした。しかし警察側は、被害者の身辺物に健の名刺が残っていたことや、そもそも自宅に置き忘れていたとされる'かずや'のスマホに健宛に送信したとされるメール履歴や電話発信履歴が残されていた理由から、またメールの内容に『もう、耐えられない。警察へ行ってくる。』という文から、何かのトラブルからの事件発端とされた。その上、警察が身近に連絡が付いたのが健自身であり、交遊関係を含め、事件現場から健が居たとされる場所までそう遠くまでもなく犯行が成立するような流れでもあった。
そもそも健自身は、'かずや'という人に面識は有るものの、いまいちお互いの知る´かずや´とは一致しないのである。
久々の高気圧による大雑把な快晴さにより、夕暮れ時に蜃気楼のように街を灯していた。夕陽よりも先に沈みそうな署から出てきた男性は立ち尽くし太陽を脳天先で燃やした。まるでロウソクのような風景を作り出し、息を吹きかければ消えそうな、消え失せられないような、そんな面影を感じさせた健の姿でもあった。
もし間違いでなければ殺された人物は、健の知る、もう1人の'かずや'という人物であろう。そしてその'かずや'と言う人は、同性同名の男性であり、さらに同い年であり、たまたま仕事先であった人物が殺されたのではないかと考えた。そもそも健自身が知る'和哉'という人物は、親が後継ぎのために産まれた強制妊娠による子であり、また再婚などによる理由から次男になるという経歴の持ち主でもあり、和也自身にも何がどうあっても仕方がないとも思考を巡らせた。警察の話では連絡のやり取りの件で訊ねられた健ではあるが、四年前に携帯を代えてから頻繁に起きている迷惑メールの数や見知らぬ誰かからの友達追加で悩んでいたため、一概にも『はい。』と正直に答えられない部分も事実上あった。
そんなこんなで、また日を追って参考人として質問される人物となる健であった。
話が戻って数日前の夜更け。
和哉は目の下を隈を作りながら、地図検索をかけてひとりでシュミレーションを練り更けていた。両耳には音が漏れるぐらいの曲を垂れ流し、頭に縛りついている大原あゆみの『All Love』のメロディラインを消そうと必死になっていた。コミュニケーションツールと利用していた連絡アプリも、アップグレードによって勝手にニュース通知や公式アカウントによる呼び出し音が鳴ることになってしまって、過呼吸を繰り返すようになってしまっていた。朝が明けても、和哉の闇は晴れることはないように思われた……




