16.続
健の投げ入れた花束は、ゆらりゆらりと波に洗われながら沈んでいった。由美に渡したカセットテープを入手にしたものの、誰かの作為なのかテープが伸ばされ聴ける状態ではなかった。恵のウォークマンをいじるも、ファイル形式が壊れてしまって諦めざる終えなかった。健に聴こえなくて、由美が聴こえてしまったもの。健ではなくて、由美が選ばれたわけ。そんな謎めいた闇が、根深く心に住みつく。
あれから連絡を途絶えていた収にでも連絡しようと、まだ新しい携帯を取り出した。画面には果てなく青い空が、ロック画面として映し出される。青いというより、清らかという言葉が似合うような、そんな空のプリセット写真。機種変更してから画面を変えていなかった健は、気の向くままにカメラ機能をいじりだし、撮影を試みた。パシャリと良い音をしたのと同時に、くすみ笑いの息づかいが静かな土地に広がった。
電話張から収の連絡先を見つけると、携帯を耳に摩り寄せた。由美との思い出が遠ざかるような顔をする健自身。少し長い応答時間のあと、収の不機嫌そうな声で会話の幕が開けた。
「ん~…、もしもし~??」
「あっ、俺だけど…もしかして寝てた…?」
「んあ?寝てないよ?」
「何か不機嫌じゃない?」
「あぁ、別に。それで。」
「……ちょっと話があってな。」
収は明らかに不機嫌だった。健は健の想いがあって、電話を拒んでいたからであった。そんか理由を知るよしもない健は、原因はわからないけど模索しないように自分の要件だけ伝えることにした。
「……まずな…、由美が海に落ちた。原因は、あの歌かもしれない。捜索してもらったけど、1週間も見つからない状態で、諦めたくなかったんだけど、両親も酷く癇癪しちまって葬式あげてしまったよ。収、聴いてるか?」
「…ああ、聞いてる。健のことだから、どんな気持ちなのか、考えようとしてるか解るよ。健、辛かったな。」
「は、やっぱり収だな。お前の言葉はホントアッサリしてるけど、同情嫌いな俺にとってみりゃ心地いいや。」
「…何を言ってんだか。まぁ、いいや、泊りにくるか…?」
「あぁ、遠慮しとく。今までお世話になったけどよ、今回は歩いてみるよ。」
「…そっか…。わかった。」
健の強い言葉に期待をしつつも、収はポツリと穴が空いてしまった気がした。
「なぁ、健。少し前なんだけど、動画サイトで、住民が住んでいながらの心霊現象ってのが流行ってたんだけど知ってる?」
健は、あのハイツの話だろうと思いうなづいた。
「まぁな、でもそれ、ガセかなって思うんだよ。」
「そっか…」
それよりも健は、あの歌について話し合いをしたくて振ってみることにした。すると、収は案外考えてたよりも違った答えを出しきた。
「なぁ…収、ちと真面目な話するけど良いか?」
「何?」
「実は俺と由美はよ、追いかけたんだ。大原あゆみのこと。そしたら彼女は、話に聴いてたどおり殺害されていた。犯人は社長たち犯行で、麻薬売買のための資金稼ぎだったらしい。利用するだけ利用したんだろ。あまりもリスクを高く感じたのか、目的のためなのか、要するに何でも良かったんだろう。殺害したあとは、逃亡。そのあと次は、遺体となった恋人に堪えられなくなって、彼氏の手によってバラバラ。頭が無かったんだが、多分、恋人の顔だけは誰にも渡したくなかったからだろうな。バラバラにした理由を足すとしたら、整形された身体をこの世に残したくなかったのかもしれない…。あ、恋人というのはマネージャーだったよ。マネージャーも、詰まってたらしい。」
「…そうか」
「あぁ。それでだ、まず歌の出所がわからないんだ。だけど、由美も多分それで殺されたんだ。口にしていたからな。でも、俺だって、その歌を聴いてるんだ。だけど異常は無かった、なぁ可笑しいだろ?」
収は気づいたかのように、溢れた唾を呑んだ。
「おい、健。お前、やっぱり泊まりに来いよ。」
「いや、さっきも言ったろ…」
「健、お前は恋焦がれた事があるか。好きだって気持ちを感じたこと、お前はあるか?その恋焦がれた気持ちというのは、胸を強く締め付けられないか?何かの大病に掛かったように苦しくなる。どうせ健の事だ、由美ちゃんの方から告白されたんだろ?
あぁ、喋るな、終わってから話せ。
だろ?由美ちゃんは苦しかった、どうしようもなく。他の人も思い出してみろ、皆恋をしていた。そして愛を告げた。そして、もがいたかのように顔を青ざめて死んでいた。どうだ?」
「あぁ。
でも、声は?」
健は何の疑いもなく納得していた。 そして由美の哀しい命の終わりさえも。
「声?
お前、恋というものを何だと思っている?
ライバルが居たことはないのか。その恐怖の中で、告白の言葉はどれだけの力が宿ると思う?オカルトだとかミステリーとか苦手かも知れないが、これくらい判るだろう。良いか、健。お前が経験してきたことは全て、恋の病による過大なる表現だ。それに対して由美ちゃんは、勝てなかった…」
「っえ?」
「あぁ、こっちの話ね。」
健は何故だか目が覚めたような感覚に陥った。いや、でなければ由美への哀しみは何だと云うのだろうか。
収の偽善な様子が気になり、健は嘘をついて休むように伝えた。収はありがた迷惑のように否定しながら、すんなりと電話を切るように『じゃあ、また。』と受話器から聴こえた。身近に感じたことがなかった携帯の小さなスピーカーの声が、隣にいてくれたような聴こえだった。冗談でありながら、ありがとうの意味を含めた『愛してる』を収へと告げた。ありがとうの上をいく言葉だと、健は信じ込んだからだ。収は、風邪と言う名の何かで鼻をすすりながら『好きだよ』と仰ぎ呟き、健が笑ったのを見計らったあと『冗談だよ、またね。』と撤回して、電話を切った。
健はその勢いについていけず『なんだよー』と雄叫びをして、防波堤を走りつづけ海から離れた。
思わず落とした健の携帯画面。自分の足元を写しながら、影にピース写真がある淡い写真。。
一方、収は、静かに男二人のトップ画面を背中にしてパソコンの電源を抜いて強制シャットダウンした。ブチンと大きな音と共に、今度は黒い画面に収と哀しそうな女性が映し出された。
そして、覚悟したようにゆっくりと呟きを遺した。
「………待ってたよ」




