15.告白
健と由美は海にいた。あの同窓会からゆっくりしてないからと健は由美を誘い、夏の最期の海を見にやって来た。
葉が何処となく色馳せて黄色味かかった頃、健は黒い喪服姿に身を包んでいた。あの日から幾度となく名を呼び続けたが、波を打ち寄せる音だけが答えとなった。健の耳に残るあの声は、どことなく安らぎと悲鳴に満ちている。間に合わせで買った些細で可憐な花束を、堤防から望む寄せては返す海に投げ入れた。
「・・・由美、俺も好きだったさ。」
警察に連絡して事情を話して、裏野ハイツの焼け更地から骨を見つけ出し、鑑識に渡した健と由美の二人。二人が見つけた骨は、紛れなく人間のもので考えられる事は一つしかなかった。パトカーと警官の集まりに野次馬が集まり、夜中の町中を賑わせてるなか、二人は逃げるように現場から立ち去った。
朝方を迎えたころ、現場は立ち入り禁止のテープが風になびいてるのを車中から見流しながら、先日のおばぁちゃんのもとへ寄ることにした。しかしいくらチャイムを鳴らしても応答をしないので不思議がっていたころ、そこの同じ住居の若者が頭を掻きむしりながら近づいて囁いた。「あぁ、あのばぁさんなら死んだよ。何だか知らねぇがよ、夜に死ぬの勘弁だよなぁ。いきなり、変な音がしてよ・・・ったく。」二人は気づかなかったが、あの救急車の音はおばぁちゃんの救護のための音だった。若者はそのあとにあくびもしながら続けて「まあ、これで会えるんだろ?念願の息子にもよ。」と捨て言葉を吐いて、自分の玄関の戸を閉めた。
二人は考えた。見つけ出した大原あゆみの遺骨と共に真実の話をするのと、独りきりの人生と懺悔と息子を思わせてあげる、ふたつのどれが幸せなのかということを。そのどちらもが不幸だとしても、死ぬという道を選択しないように出来なかったのか。苦しみは本人にしかわからなくても、最期まで希望を持たせることは出来なかったのか。真実を追い詰めてきた二人には、やりきれなさだけが募ってしまった。
それからの数日後のこと、健は由美を海へと誘った。あの同窓会の日からゆっくりすることが無かったからと、夏の終わりも兼ねて二人はドライブに出掛けた。あまり意識しなかった地元の名所や海での漁師メシを食べた。いつかの二人は気付きながらも目を反らしてきた現実が、二人の目の前で輝いていった。夢よりも儚い現実が刻々と過ぎても二人はそれさえも愛しく、時間をムダに楽しんだ。
夕暮れの海はまさしく黄金といわんばかりに色が映えた。由美は太陽に一番近いところを探しだし、健の手を引いて堤防の上を走った。尖端までたどり着くと、手を振り放して華奢な腕と共に背伸びした。
「ほら、健っ!とーっても、きもちいい!」
「あぁ。」
由美の顔は太陽に負けないほど素敵なのに、夕暮れの眩しさでハッキリと直視出来ない。
「ほら、そんな顔しないで!」
由美は健の背後に周り背中を押して、背伸びしろと訴えてくる。その可愛さに負けた、健は思いっきり背伸びして海に叫んだ。
「バッカヤローーっ!!」
その声は響いたかのように、海の表面が滑らかに波をうって夕暮れの太陽まで続いてる。
負けずと由美は叫び、微笑んでくる。そしてまた尖端に立ち、健に背を向けて、愛の雫をこぼした。
「…健?今日は、ありがと。そして、ずっと云えなかったこと、伝えたい。…好きだよ、健。」
「えっ、」ギクシャクしながら健は確かめた。
「…これが最後。好きだよ、健っ!」
夕暮れの太陽が海に呑み込まれた瞬間だった。由美の顔はハッキリと健の目に飛び焼き付いてきた。そして一粒の涙を由美が流してるのをみて飛び付いた時、どことなくあのメロディーが頭の中で流れこんできた。ハッと思い出した時、由美の耳元に男性らしき口元が見えた。声が聴こえた訳じゃないがハッキリと口元が動き、なんと囁いたのか容易に想像出来てしまった。
あせる健を哀しそうに由美は見つめながら、胸を強く抑えながら息を切らし、堤防のギリギリまで追い詰めていく。何とか動かしたい健の身体も、怖さと惨めさに思うようにいかずただひたすら苦しみもがき続けた。一方由美は始めから理解してたかのように、涙を浮かべながらも自ら身を投げようと足を動かしていく。
「ゆみーーーーーーーっ!!!」
健が声を出せたのは、海が水しぶきを高くあげた後の事だった。あわぶくの音だけが朦朧に聴こえながら、健は近くにいた駆けつけた人に支えながら気絶した。
それから捜索はされたものの、由美の形見ひとつも見つからなかった。1週間が過ぎたあの日から、健はあの堤防の上に一人でいた。
「…由美、俺も好きだったさ。聴こえてるか?」
なぜ、由美は死なないといけなかったのか…




