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ソング  作者: 奥野鷹弘
前編
10/30

10.交差

田舎町から3時間ほど車を走らせ、囲まれた山々から都会のグレーな街へ健と由美は向かう。


夏至が過ぎたせいか陽が暮れるのが早く、都会は紅紫な夕暮れを迎えていた。そんな中の二人の車は、進まぬ帰宅ラッシュの渋滞に巻き込まれヤキモキしていた。

健は話を聴いた先の大原あゆみについての事件全貌と見つからない遺体や、今回の不可解な死との関係が気になり先に進みたいと考えた。しかし、恋人ではなく男友達のような接し方してきた巻き込みたくない由美とはそう簡単に手放してくれそうに感じなく、どう切り出すか考えていた。一方の由美は、このまま帰宅しても他の誰にも癒えぬ心の隙間を抱えていく自信が無く、今は健と居られることを強く願った。それと同時に保護師さんから授かったCDと封筒の入った鞄を抱き締めながら、大原あゆみの本当の気持ちが知りたいと想いながらも、自分の見えない運命を感じ、別れが惜しく前に進んでしまうのを恐れた。

二人はまるでこの渋滞にはまった車のように、思いのハンドルを握ってるようだ。


そんな空気を変えたくて由美は口を開いてみる。気が気でない思い出の蓋を少しずつあけながら、健は由美の質問に答えた。

「ねえ、健?今回の事件は別としてだよ。大原あゆみのあの歌、今でも好き…なの?」

「あぁ…、何ていうかな、たぶんな。」

「たぶんって?」

明日花あすかが事故に会う前…、俺、雫とケンカしてたんた。」

「え?聞いてない…」由美は、そういつつも近くに用事があって健と明日花が一緒にいるのを見掛けていた。健の顔をチラリと観て、窓から見えるほんの僅かな夕陽を惜しみながら話を聞き続けた。

「あの日、久々に雫と都合がついてデートに付き合ったのに『健にはその歌を唄って欲しくない。』て言われた…あの曲を口ずさみしてしまったんだ…」

「…そう言えば、明日花、言っていたね。」

「俺、わかんないけど…。でもそれのせいで俺は明日花を怒らし、殺してしまった…。」健の顔が夕陽に照される赤さに増して、悔しさでさらに顔色を焦がしながら、言葉が詰まっていくのを見兼ね、由美がそっと見てしまった現場での出来事を必死に堪えながら健の手を握り優しさを訴えた。

「…明日花は言った。『健が本当に好きな曲は、その曲じゃない。だから、もう唄わないで』でも、恵と居る時は幸せで、いつもあの曲が流れてた。それが、つい口ずさんでしまったんだ…!明日花はその後、置いてきぼりにされたように降りたはずの踏切を潜り線路を渡った。それは明日花の身体の音でなく、この世ではないものの音が俺の耳に焼き付いた。だからこれ以上、俺は悪魔の口ずさみで人を殺してしまわないように封印した。いや、大事な人を殺さないように…それも違う。とにかく、俺は!!」健の言いたい事は何となく理解した由美だった。由美もその出来事も自分の眼で目撃し、お互い深い癒えぬ溝として刻まれたのは言うまでもない。重い空気に変わったかもしれないが、由美は健が無意識に叶わぬ恋を唄った不倫の唄を口ずさんでいた事が改めて納得し、健は永らく秘めていた苦しみを由美に凡てを話せた事に新たに気持ちが和らいだ。


それから信号を三つ四つようやく進んだ時には電波塔が自ら発光する時間帯になっていた。気が楽になった健は少し冗談混じりに夜のお誘いをしてみた。ただそれは本意的ではなく、何気に独りでいることの哀しさをようやく実感できるようになったからに違いないと思い起こし由美を窓越しから見つめた。

そんな本意とか察する察しないに関係なく由美はグッと抱えていた鞄をさらに抱き締め軽く頷いた。



二人は目を合わさず阿吽の呼吸でホテルの部屋までたどり着いていた。何気に気を使ったビジネスホテルとはいえ、ベットが一つだという事に大人のホテルより緊迫さが増す。健は暑いからどうのこうのと由美を置いて、シャワーへと駆け込んだ。そんな置いてから由美はゆっくりとベットにしゃがみ込み、聞こえるシャワーの音を片耳にカバンから大原あゆみのCDを取り出し歌詞カードを広げた。由美の持つジャケット写真の大原あゆみからは、まるで人形のような姿になってしまった形でヒラヒラさせていた。恋人に宛てたような純粋な歌詞と手書きを見ながら音読してゆく由美は、誰も見たことない愛しさが溢れてた。

その頃、何も知らない健はシャワーの水にのまれ考えていた。そのまま朝を迎えた後、1人で事件を追い詰めようと試行錯誤をするが、由美がそう簡単に返事をして手を引いてくれるかが心配だった。たとえ打ち切りにしたとしても、逆に由美の性格を考えて何らかの形で探りをいれるだろうと予想がついてしまった。

それから思いに想いを巡らせ二人は近付き、宣言しあった。

二人の答えは譲ることなく、大原あゆみを見つけだし、そして知ってあげることだった。

それとは別に、由美は健に想いを近付けることで何かを終わらせようと決心もし始めた。



何も迎えずに来た朝は、眩しいほどの快晴だった。

由美が預かった封筒を見ながら、その住所を訪ねた先は更地だった。

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