第4章(JOKERサイド) 特訓! 竹内ズ・ブートキャンプ!!
4-①
JOKERに入団した翌日から、俺達は、ほぼ毎日怪人を引き連れて町の見回りをしたが、町のいたる所に擬態したエイリアンはいた。
ちなみに“擬態”とは動物や昆虫が捕食や敵から身を守る為に周囲の風景や別の動物の姿を真似るアレだ。
そして、エイリアンどもの擬態はドン引きするほど精巧だった。奴らの擬態は姿だけではなく、なんと機能・性質といったものまで模倣してしまうのだ。
例えば、道路標識に擬態していたエイリアンは形状・質感共に本物と全く区別できなかったし、自販機に擬態していたエイリアンに至っては、お金を入れてボタンを押すと本当にジュースの缶が出てきた。缶の中にはジュースと思われる液体まで入っていたが、流石に飲んでみる気はしなかった。
ここまで精巧な擬態をするエイリアンを一体をどうやって見分けるのかと疑問に思う人もいるだろう。幸いにもエイリアンどもは自分が擬態しているものがどういったものかイマイチ理解していないらしく、精巧に道路標識に擬態しているのに川原に立っていたり、完璧に自販機に擬態しているのに田んぼのど真ん中に立っていたりと、発見するのに苦労はしなかった。
しかし、発見は容易でも、俺達のエイリアン退治は一向に進んでいなかった。何故なら俺達がエイリアンを駆逐しようとするたびに、どこからともなく仮面カイザーがやってくるからである。俺達は、バイクのエンジン音が聞こえてくる度に、仮面カイザーとの戦闘を避けて、奴の到着前にその場から逃走していた。ここ数日の戦果と言えば、エイリアン捜索中に突然空から降って来た、スプレー缶に擬態したエイリアンを踏んだり蹴ったりして一匹倒しただけだ。倒したと言っても、そのエイリアンも俺達の前に落ちて来た時点でどういうわけか瀕死の状態だったので放っておいても多分死んでただろう。
『エイリアンを倒すのが目的なら、わざわざ仮面カイザーと戦う必要無くね?』と思っていたのだが、やはり悪の秘密結社が作戦を遂行する上で正義のヒーローとの戦いは避けられないという事なのか。
4-②
俺と竹内がJOKERに入って十日が経過したこの日、アジトで第1回仮面カイザー打倒会議が開かれた。ちなみに、なぜ〈第1回〉なのかというと、JOKER泉支部は設立以来、恵以外にJOKERのメンバーがいなかったからである。たしかに一人では会議のしようもあるまい。
作戦会議室に入ると、恵と竹内がすでに来ていた。
「それでは、全員集まったみたいなので、第1回仮面カイザー打倒会議を始めます」
恵が少し緊張した面持ちで言った。
「と、言うわけで、まず始めにJOKERの戦闘記録用小型メカで撮影した、ウチの過去の華麗なる戦いぶりを見てもらいます! “敵を知り己を知れば百戦危うからず”、過去から学ぶって大切な事やしね」
そう言うと恵は机の引き出しからDVDを取り出し、DVDプレーヤーにセットした。DVDには、仮面カイザーとの戦いの様子が、恵の初めての戦闘から、この前俺と竹内が遭遇した戦闘までの映像が記録されていた。
画面に映る仮面カイザーの戦闘能力は凄まじいものだった。奴のパンチは分厚い鉄板を貫き、奴のキックは岩をも砕いた。更に、10m近い高さまでジャンプする事ができ、そこから繰り出される『カイザーキック』や、左腰に折り畳まれて装着されている片刃の直刀、カイザーブレードによる必殺剣、『カイザースラッシュ』など、一撃で怪人を葬り去る必殺技をいくつも持っていた。
「おい、何が“敵を知り己を知れば百戦危うからず”だよ・・・・・・危ういわっ! 敵を知った時点で既に百戦危ういわっ! お前みたいなドン臭い奴が今まで生きてたとか、もはや奇跡以外の何物でもねーよ!」
「ちょっ、ひろひろヒドっ!? そこまで言わんでもええやん! 竹内っちゃんからも何とか言ったってや!」
「確かにこれは酷過ぎる・・・」
「ほらぁ! 竹内っちゃんもこう言って・・・」
「いや、恵ちゃんがね?」
「へっ?」
「“敵を知り己を知れば・・・”って言うけどさー、恵ちゃんはまず、己のポンコツぶりを自覚すべきだよ」
「ポンっ・・!?」
記録されていたの闘いのうち、大半がここぞという絶好のチャンスで、恵が振るった鞭が味方の怪人に誤爆したり、恵が邪魔で怪人が思うように攻撃できず、逆に仮面カイザーの反撃をくらってしまって敗北というパターンだった。4回目のミドリガメ男に至っては、散々恵に攻撃を邪魔された挙句、最後には恵を逃がすべくその身を盾にしてカイザーキックから恵を守り、その命を散らしていた。ミドリガメ男の漢の死に様に、俺と竹内はモニターの前でJOKERのポーズを取ったあと・・・泣いた。
「うぅ・・・二人ともうるさい! 過去なんかどうでもええねん、大事なのは未来やろ!」
「何も泣かんでも・・・って言うか、さっきと言ってる事が違うじゃねーか!」
「しゃらっぷ! とにかく皆で勝つ方法を考えんで!」
「そんなの怪人を大量に作って一斉に襲いかかれば良いんじゃ・・・」
竹内の言うとおり、いや、幼い頃にヒーロー番組を見ていた人ならば、週一で怪人を小出しにしてはヒーローに敗北し、悔しがる悪の軍団を見て、幼心に多くの人が一度は思った事があるはずだ・・・・・・『いや、最初っから全怪人を一斉に送り出せよ!』と。まあ、あれはストーリーの都合上そうなっているんだろうが、俺達の場合はそんな事を言っている場合じゃない。
「ああ、それはでけへんねん」
竹内の提案はあっさりと却下された。恵の話によると、怪人作成装置は怪人の生命維持装置も兼ねているのだそうだ。怪人は作成装置の外では2時間しか生きられず、2時間を過ぎると仮面カイザーにやられた時の様に灰になって消えてしまうらしい。そして、一体の怪人を作成するのに必要な時間が2時間半、つまり、怪人を大量に作ろうとしても、二体目が完成した時点で、最初の一体はすでに灰になってしまっているということだ。
「ぬう・・・袋叩き作戦は無理か」
「でも、今回から4対1やし絶対勝てるって! だってほら、よく『チームワークがあれば1+1が10にも20にもなる!』って言うやん?」
「お前はさっきの映像100回見直せよ、この妖怪“足ひっぱり”がっ! お前が入った結果、1+1が-50にも-60にもなってんだよ!」
「なっ、誰が妖怪足ひっぱりやねん!!」
「ところで恵ちゃん、こっちにはどんな武器があるのさ? やっぱり光線銃とかあったりするわけ?」
竹内の質問に対し、恵が部屋の隅にある「武器庫」と書かれた張り紙の貼ってある掃除用具入れを指差した。
扉を開けて俺達は愕然とした。武器庫に収められていたのは、鉄パイプや木刀、釘バットにハリセンだったからだ。
あんな化け物みたいな奴相手に鉄パイプや釘バットで戦えとか・・・・・・一体何の罰ゲームだよ。
「あとは、ウチが持ってる電磁ウイップくらいかなぁ」
電磁ウイップとは当たった瞬間にグリップに付いているボタンを押す事で、先端の重りの部分から相手に高圧電流を流せるムチで、恵曰く、象をも殺す武器らしいのだが、いかんせん使い手が恵ではナマケモノでも倒せるかどうか。
「とにかくこれを使いこなせないと万に一つも勝ち目はないね」
「あと、コイツの運動神経の無さをどうにかしないとな」
俺達は恵の方を見た。
「むっ、コイツってなんやねん。ウチは支部長やから、一番偉いねんで!」
「じゃあ明日から特訓だね。支部長」
「だな」
「なんでひろひろと竹内ちゃんが仕切ってんねんな。ウチがこの中で一番・・・ふぎゅうっ!?」
俺は、膨れっ面をしている恵の両頬を人差し指と親指ではさみ、ひよこ口の刑で黙らせた。
「せめて、負けた時に自力で逃げ切れる位になってもらわないと。言っておきますが、俺達にミドリガメ男ほどの男気はありませんからね、分かりましたか支部長?」
ひよこ口のまま恵は右腕を斜め上にピッと伸ばした。
4-③
翌日、俺は打倒仮面カイザーの特訓を行うため、アジトに集合した。会議室では学校のジャージを着た恵が準備運動をしていた。どうやら竹内はまだ来ていないようだ。
「待たせたな、野郎共っ!」
5分後、会議室のドアを勢い良く開けて竹内が入ってきた。
「お前・・・何なんだそれは!?」
竹内は黄色と青のカラフルな大型の水鉄砲を肩に掛け、濃緑色のタンクトップに迷彩柄のズボンとミリタリーブーツという出で立ちで、ご丁寧に顔中にフェイスペイントまで施していた。
「“お前”だと・・・貴様っ、上官に向かってなんたる口の利き方かっ!」
「はぁ? 上官!?」
恵が服の袖をクイクイと引っ張ってきた。
「もしかして竹内っちゃんってさー、形から入るタイプなん?」
「ああ、見ての通りだ・・・つーか、あいつあの格好で家からここまで来たのかよ!?」
「よーし、表に出ろっ! 地獄の訓練、竹内ズ・ブートキャンプを開始するぞっ!」
「だーかーらー、何で竹内っちゃんが仕切ってんねんな。ウチが一番・・・」
恵の言葉を手で制し、竹内は右手の親指で額に巻いた赤いハチマキを指差した。そこには太い筆文字で〈鬼軍曹〉の三文字が書いてあった。いや、だから何なんだよ。
「・・・分かった。鬼軍曹やったら言う事聞かなしゃーないな」
「何でそうなる!?」
俺には何が分かったのかさっぱり分からないが、まぁ本人が納得したみたいなので良しとしよう。
そして、鬼軍曹竹内巧の指揮の下、地獄の訓練が始まった。
「上原! もっと腕をしっかり振って死ぬ気で走れぇっ!」
「は、はぃぃぃ」
「返事の前と後に“サー”をつけろと何回言えば分かる! ケツに鉛玉ぶち込まれてぇのか!」
「さっ、サー・イエス・サー!」
「ふぎぎ・・・・・・」
「もっとちゃんと腕を曲げて腕立てしろぉっ!」
「さ・・・サー・・・イエス・・・サー」
「んーっ、んーっ!」
「もっとしっかり上体を起こして腹筋しろおっ!」
「さっ・・・・・・サー・・・・・・イエス・・・・・・サー・・・・・・」
「ぐ、軍曹・・・きゅっ、休憩を・・・ちょっと休ませて・・・」
「おい竹内、流石にちょっと休ませてやれよ」
「ひ、ひろひろ・・・・・・」
「馬鹿者! 戦場で敵が休憩させてくれるかっ!」
「・・・うん、それもそうだな。恵、腕立て20回!」
「お、鬼ーっ!」
そんなこんなで、本日最後の訓練メニューにたどり着いた。
「最後は電磁ウイップの練習だっ!」
そう言うと、鬼軍曹竹内は恵の立っている位置から3mほど離れた位置に空き缶を置いた。
「これを狙えっ! これに当てる事が出来る事が出来たら今日の訓練は終了にしてやる!」
「ほんまに!? ・・・じゃなかった。えーっと、サー・イエス・サー!」
「よし、では訓練開始!」
恵は深呼吸を一つすると電磁ウイップを勢いよく振るった。
「たあっ!」
“バチィッ!!”
「うわっ!?」
恵の振るった電磁ウイップが、背後に立っていた鬼軍曹竹内の足元でスパークした。
「殺す気かっ!」
鬼軍曹竹内が怒りの形相で恵を睨みつける。
「ごめん軍曹、わざとちゃうねんで」
「馬鹿者、もっと目標をよく見ろ!」
「サー・イエス・サー!」
それから約1時間、恵は汗みどろになりながら電磁ウイップを振るい続けたが、空き缶は微動だにしない。
「ぜぇっ・・・ぜぇっ・・・も、もう無理、腕上がれへん・・・・・・おぅえっ」
さすがに5ミリくらい可哀想になって、俺はえづきまくっている恵の背中をさすってやった。
「泣き言を言うなっ、貴様っ・・・そんな事で仮面カイザーに勝てると思っているのかっ!」
しかし、そんな恵にも、鬼軍曹竹内は容赦なく檄を飛ばす。
「ほんなら、軍曹が見本見せて下さいっ!」
恨めしそうな目つきで、恵が電磁ウイップを鬼軍曹竹内に差し出した。
「むむ・・・ようし、目ん玉ひんむいてよく見ておけ!」
鬼軍曹竹内は恵から電磁ウイップを受け取ると、3m先の空き缶を見据えた。大丈夫か・・・?
「とりゃあっ!」
“バチィッ!!”
「おわぁっ!?」
鬼軍曹竹内の振るった電磁ウイップが、背後に立っていた俺の足元でスパークした。
「このヘタクソ!」
俺は竹内を怒りの形相で睨みつけた。
「ごめーん、ひろひろ。わざとじゃないんだよ」
「ひろひろって呼ぶんじゃねぇ。もういい、俺がやる!」
俺は、すっかり軍人キャラが失せた竹内から電磁ウイップを取り上げると、空き缶と向かいあった。呼吸を整え、神経を集中し、真っ直ぐに空き缶を見据える。よし・・・・・・そこだあああっ!
「せいやーっ!」
“バチィッ!!”
「わぁっ!?」
そして、俺の振るった電磁ウイップは、俺の背後に立っていた恵の足元でスパークした。
「危ないやんか、ひろひろのアホーっ!」
恵が怒りの形相で俺を睨みつけてくる。俺が竹内を、竹内が恵を、恵が俺を怒りの形相で睨みつける・・・・・・まさに怒りの三すくみ!
〈怒りの三すくみ〉が続く事15分32秒、恵が沈黙を破った
「ウチら、何やってんやろ」
「やめやめ、何か良い方法ないか考えようぜ。三人寄れば文殊の知恵って言うしな」
「そうだね、こんな事してても仕方ないしね」
〈怒りの三すくみ〉を解除し、三人で知恵をふり絞った結果、俺と竹内は棒に電磁ウイップを棒に巻きつけるという名案を思いついた。これならば、相手を殴りつけた瞬間にボタンを押すだけで良い。恵はカッコ悪いと言って最後まで反対したが、ひよこ口の刑で黙らせた。
そんなこんなで訓練する事2週間、中間試験そっちのけで打倒仮面カイザーの特訓に打ち込んだ結果、俺と竹内はほんの少し成績が下がってしまい、恵に至っては多くの科目で赤点をとって、打倒仮面カイザーにさらなる闘志を燃やす事となる。仮面カイザーからすれば言いがかりも甚だしいが、もはや復讐の鬼と化した恵には何を言っても無駄だった。
そして、俺がJOKERに入団後初となる、仮面カイザーとの対決の日がやってきた。