第3章(ヒーローサイド) 交戦! 未知との遭遇!!
3-①
トカゲ怪人の捕獲に失敗した翌朝、私は偽装アパートへの道をトボトボと歩いていた。私のテンションが低いのには理由がある。今朝の事だ・・・
「全く、みんなに内緒でトカゲ怪人を捕獲しようとした挙句、失敗してあの体たらく! 前から言おうと思ってたんですけど、由香里さんの戦いには無駄が多過ぎるんですよ!」
私と士多君は早朝から秘密基地内の休憩室でおかっぱセミロングの女の子にこっぴどく怒られていた。私達と机を挟んで向かい合っているこの女の子は、士多君の妹で、ヒーロー候補生の、“桃ちゃん”こと、士多桃子ちゃんだ。
桃ちゃんは士多君の一歳年下で、私達と同じく城山高校に通っている。
「えー? そんな事無いと思うけど・・・・・・」
“ばんっ!!”
桃ちゃんが両手で机を勢い良く叩いた。
「じ・か・く・を・し・ろぉぉぉっ!!」
「な、何もそんな伯方の塩みたいなキレ方しなくても・・・」
桃ちゃんが大きな溜め息を付いた。
「分かりました・・・自覚が無いなら教えてあげます。ちょっとそこで変身して下さい・・・」
「えっ、ここで!?」
「良いから! すぐやる!」
「は、ハイッ!」
私は急いで変身ベルトを腰に装着してポーズを取った。
「変・・・」
“べちゃっ!”
「ぷはっ!?」
ポーズを取っている最中にいきなり訓練用のペイント拳銃で額を撃たれて、顔中真っ赤な塗料だらけになった。
「それですよっ!! 何で変身とか必殺技の時にいちいちポーズを取るんですかっ!!」
「ハイ! カッコイイからですっ!!」
手を挙げて言った瞬間、またしてもペイント拳銃で額を撃たれた。
「そのカッコイイ変身ポーズとやらを取っている間に撃たれたでしょうが、今! 一体何の為に仮面カイザーに0.05秒で変身出来るようになってると思ってるんですか! 台無しじゃないですかっ!」
「分かった。じゃあ次はもっと隙の少ないポーズを考え・・・あうっ!?」
「じゃあ僕は、ポーズ取っている間はバリアを張れる機能を変身ベルトに何とか搭載して・・・おわっ!?」
今度は2丁拳銃で士多君共々、額にペイント弾を撃ち込まれた。
「迷子だから! お兄ちゃんも由香里さんも、努力の方向性が迷子になっちゃってるから! 何でポーズ取る事前提なんですかっ! ポーズを取らなきゃ良いでしょうが、ポーズを!!」
“ばばんっ!!”
今度は、私と士多君が机を勢い良く叩く番だった。
「・・・・・・桃っ!!」
「・・・・・・桃ちゃん!!」
「な、何ですか!?」
「お前はなぁ・・・・・・ロマンが分かってない!!」
「桃ちゃんは・・・・・・ロマンが分かってない!!」
・・・・・・二人まとめてペイント散弾銃で撃たれた。
「またそれか! ロマンロマンロマンロマンロマン! 全く・・・この基地の戦闘部隊は、どいつもこいつもロマンに生きる奴ばっかりか! 由香里さんだけじゃない。ジャスティストルーパー隊の人達も5人揃えば勝手に戦闘服を5色に塗り替えるし、支給された武器を威力が上がるわけでも無いのに違法改造で合体させて暴発させるし、戦闘中にテレビの戦隊ヒーローみたいに櫓を組もうとしてバランス崩してケガしたチームもいるし・・・あああああああああもうっ!!」
あ、阿修羅だ・・・桃ちゃんが阿修羅のごとく荒ぶっている。こうなってしまったら、もう桃ちゃんの体力が尽きるまでお説教は終らない。そして、ヒーロー候補生である桃ちゃんの体力はすこぶる高い。
士多君が小声で話しかけてきた。
(由香里ちゃん・・・君だけでも逃げるんだ。このままだと二人とも間に合わない)
(そんな!? 士多君はどうするの!?)
(元はと言えば、僕が怪人を無断で捕獲しようとしたのが原因だ。ここは僕に任せて)
(で、でも・・・)
(何、あれでも僕の妹だ。命まで取られやしないさ。そして、無事に辿り着いたら伝えて欲しい・・・・・・“体調悪くて遅刻します!”ってね)
(・・・ゴメンね、士多君っ!!)
私は、床を蹴って休憩室を飛び出した。
「あっ、由香里さん!? 話はまだ終わって・・・・・・待てコラー!!」
「行くんだ・・・“若さって何だ、愛って何だ!!”」
背後で扉が閉まる音がした。士多君が休憩室の扉を閉めたようだ。士多君が扉を閉める直前に叫んだジャスティスの暗号 “若さって何だ、愛って何だ!!” その意味は・・・ “振り向くな、そして躊躇うな!!” だ。ごめんね、士多君。
鳴り止まぬ銃声の中、私は秘密基地を飛び出した。
と、まぁ朝っぱらから年下に怒られまくって、私のテンションはべらぼうに低かった。
「あっ、ゆかりーん!! おはよーっ!!」
桃ちゃんのお説教から逃げるように秘密基地を飛び出し、登校の準備をする為に荷物や制服を置いてある偽装アパートに向って歩いていると、後ろから声をかけられた。この元気いっぱいの大きな声は・・・恵ちゃんだ!
「おはよう、恵ちゃん!」
振り返って挨拶した瞬間、恵ちゃんがギョッとした顔をした。
「ゆゆゆ、ゆかりん!? な、何があったん!? 大丈夫!?」
あー、ヘコんでいるなりに頑張って笑顔を作ったつもりだったんだけどなー。
「やっぱり、顔に出ちゃってる?」
「い、いや顔に出ちゃってるって言うか、顔から出ちゃってるって言うか・・・」
「心配してくれてありがと、私は大丈夫だから!」
「だだだ、大丈夫なワケないやん! とにかくすぐに救急車呼ぶから!!」
いくら元気が無いからって大げさだなー、ん・・・待てよ、これはもしかしてアレか、大阪人特有のボケか!! た、試されている・・・友人としての私のツッコミ力が試されている!!
・・・よーし、見ててね! 私の、ツッコミ!!
「必殺っ・・・なーんーでーやぁぁぁ・・・ねぇぇぇんっ!!」
私は、カイザーキックを放つ時に匹敵するほどの気合いを込めてツッコんだ!!
「ゆ・・・ゆかりーん!? 気ぃしっかり持って!! 嫌やー、死んだら嫌やー!!」
あ、あれ!? さっきから恵ちゃんの様子がどうもおかしいぞ。何か超泣いてるし・・・・・・熱でもあるのかな?
「ちょっとゴメンね」
私は自分の手を額に当て、その後、恵ちゃんの額に手を当てた。そして、手を離した時、恵ちゃんの額に真っ赤な手形が付いたのを見た瞬間、私は近くにあった公園のトイレに猛ダッシュで駆け込んだ。
水道で顔中にベッタリと付着したままの赤い塗料を急いで洗い落とし、道路にへたり込んで号泣している恵ちゃんの所に戻った。
「ね? ほら、大丈夫だから! さっきのは血じゃなくて塗料だから!」
「・・・・・・とりょう?」
恵ちゃんは、私の前髪をかき上げ、額をまじまじと見た後、指で触ってみたり、匂いを嗅いでみたりした。
「びっくりしたぁぁぁー・・・めっちゃびっくりしたぁぁぁー・・・口から心臓飛び出してくるかと思たぁぁぁー」
恵ちゃんは、私が怪我をしていない事を確認してひとしきり泣いた後、腕でごしごしと涙を拭い、大きく息を吐いた。
「ご、ごめんね」
それにしても、私の事を心配して、ここまで涙を流してくれるなんて・・・ありがとう恵ちゃん。
「でも・・・・・・何で顔中塗料まみれやったん?」
「えっ!? いや、それは・・・その・・・」
突然の質問に対し、私は必死で頭を回転させ、己の想像力と国語力を総動員して怪しまれないような答えを導き出そうとした。怪しまれない答え怪しまれない答え怪しまれない答え・・・・・・っ!!
私は焦った。そして、焦りに焦りまくって出た答えが・・・
「かっ、怪物に襲われまして・・・」
って、私のバカーっ! 何言ってんの私!? いや・・・待てよ。逆にこの方が冗談だと思って怪しまれないかも・・・
「・・・どんな!? なぁ、どんな怪物やったん!?」
恵ちゃんが物凄く真剣な眼差しを向けて来た。め・・・めちゃくちゃ怪しまれてるー!! 大変だ、なんとかして不自然じゃない答えを探さなければ!!
不自然じゃない答え不自然じゃない答え不自然じゃない答え・・・・・・っ!
私は慌てた。そして、慌てに慌てまくって出た答えが・・・
「とっ、塗料のスプレーみたいな・・・?」
テンパり過ぎて、もはや自分でも何を言ってるのか分からない。何だよ塗料のスプレーみたいな怪物って!?
だが、私の意味不明過ぎる回答を聞いた恵ちゃんは怒りを堪えるように、拳をぎゅっと握った。
「エイリアンめ・・・よくもゆかりんに・・・!」
「え、エイリアン!?」
あまりにも予想外のリアクションだったので思わず聞き返したら、今度は恵ちゃんの方があたふたした。
「あっ、いや何でもないねん!」
「ところで、恵ちゃんはこんな早朝から何してるの?」
「えーっと、その・・・ち、ちょっと探し物を・・・じゃー、また後で学校で!」
そう言うと、恵ちゃんは走り去ってしまった。それはそうと、恵ちゃんはこんな朝早くから何を探してたんだろう?
3ー②
数日後、町をパトロールしていたら、JOKERの怪人と遭遇した。いや、あれは“怪人”なの・・・か? 私は現在、塗料のスプレー缶と対峙している。例えや比喩ではない。目の前の敵はスプレー缶の底から生えている何十本もの銀色の触手が複雑に絡まりあって胴体と両手両足を形成しているという、例えるならば、“頭部がスプレー缶で出来た巨大な呪いの藁人形”みたいな奇妙極まりない姿をしていた。まさか本当にいるとは。
触手が“生えている”と言ったのは、私は最初、缶の中に何かが潜んでいて、そいつの触手がスプレー缶の底を突き破って出ていると思っていたのだが、触手は金属であるはずの缶の底から、まるで植物の根のように自然に生えていた。触手の先が、地表に無理矢理引きずり出されてのたうち回るミミズのようにウネウネと蠢いている・・・・・・気色悪っっっ!!
さらに、フォルムもおかしい上に、言葉も通じない。今まで戦ってきた怪人達はちゃんと会話が出来たのに、この怪人(?)は、私の問いかけに対して、意味不明の言葉を発するのみで、全く言葉が伝わらない。外国産の怪人かと思って、仮面カイザーの頭部に搭載されている超小型の高性能コンピューターに、怪人(?)が発している言葉を翻訳させようとしたが、どの国の言葉とも一致しない。
そして何より・・・悪逆非道ぶりが桁違いだった!!
何とコイツは、私が変身後の名乗りを上げている最中に襲いかかるという凶行に及んだのだ。
桃ちゃんに怒られた後、新しく考えた名乗りのポーズver.193じゃなかったら危なかった。それにしても、名乗りを上げている最中に襲いかかるとか・・・元寇の時の元軍かコノヤロー!
今まで戦ってきた敵は、例え怪人と言えども、名乗りの時に襲いかかるなどという、悪逆非道な真似をする輩はいなかったのに、この怪しげなモンゴルスプレーの悪逆非道ぶりたるや、今までの怪人の比ではなかった。
《きたえそうべても・・・すのぉぉぉぉぉっ!》
モンゴルスプレーが、私を刺し貫こうと、先端を鋭く尖らせた触手を繰り出してきた。
「カイザーブレードっ!」
左腰のカイザーブレードを展開し、モンゴルスプレーがあらゆる角度から突き出して来る触手を全て斬り飛ばしてやった。呻き声を上げるモンゴルスプレーに、私はカイザーブレードの切っ先を向けた。
「答えろ! 一体何が目て・・・」
《あなろ・・・かろにりだえぢっ!》
モンゴルスプレーが、私が話しかけている最中に、後方に飛び退きながら、直径15cm程の球体をいきなり投げつけてきた。こ、コイツ・・・一度ならず二度までも!
飛んで来る球体を叩き落とそうとカイザーブレードを振りかぶったたその時、士多君から通信が入った。
『斬っちゃダメだ!』
「っ!?」
私は咄嗟に真上に跳躍して飛んで来た球体をかわした。次の瞬間、さっきまで私のいた場所に落ちた球体が激しい音を立てて爆発した。
あ、危なかった・・・これはアレか、「てつはう」かコノヤロー! 元軍じみてると思ってたけど、まさかてつはうまで投げて来るとは。
「・・・もう怒った!」
着地した私は、カイザーブレードを顔の右横で垂直に立てて、八双に構えた。
「必殺っ・・・カイザァァァ・・・成敗!」
私は、時代劇に出てくる暴れん坊な将軍のようにカイザーブレードを峰打ちに持ち替え、モンゴルスプレーを滅多打ちにした。それはもう滅多打ちにした。これでもかってくらい滅多打ちにした。コイツは・・・楽には死なせない!
《ひ、ひにそ・・・っ》
「とうっ!」
ぐったりしているモンゴルスプレーのスプレー缶部分を鷲掴みにして、真上にぶん投げた。カイザーブレードを峰打ちの状態で八双に構え、落下してくる敵を待ち構える。
「必殺っ・・・カイザァァァ・・・神風ホームラン!!」
全力フルスイングしたカイザーブレードが、落下してきたモンゴルスプレーの真芯を捉えた。
「モンゴルまで・・・飛んで行けぇぇぇぇぇっ!」
カイザー神風ホームランによって、モンゴルスプレーは空の彼方へ飛んで行った。
一体、アレは何だったのか? 私の正義勘にも反応しなかったし、JOKERの怪人とは違うような気もするけど・・・・・・
『・・・・・・新たな敵かもしれない』
私の疑問に応えるように士多君が言った。