第2章(ヒーローサイド) 画策! 怪人捕獲作戦!!
2-①
“子供が人質に取られたぞー!! だ・・・誰か助けてくれー!! く、くるな・・・うわぁぁぁ!!”
「・・・・・・ハッ!?」
私はベッドから飛び起きた。そして、周囲を見回し、ここが秘密基地内部にある私の部屋だと確認すると、ゆっくりと息を吐いた。
“子供が人質に取られたぞー!! だ・・・誰か助け・・・”
「・・・ふぅ」
私は鳴り続けている目覚ましのアラームを止めた。この目覚まし時計は、朝なかなか起きられない寝坊助の私の為に士多君が作ってくれた物だ。正義の味方の習性か、普通のアラーム音と違って、一発で飛び起きる事が出来るのだが、心臓に悪過ぎる・・・・・・朝起きる度に寿命が三日くらい縮んでいるような気がする。
のろのろと制服に着替え、私は食堂に向かった。昨日は逃げたトカゲ怪人を街中探し回ったのだが、結局発見出来ず、基地に帰還した時には深夜2時を回っていた。眠い・・・超眠い。頭はぼんやりするし、足も妙に痛い。
「あら、由香里ちゃんおはよう」
「・・・出たなーJOKER・・・うーん」
「まだ寝ぼけてるわね・・・・・・ほら、シャキッとする!」
ほっぺたをペチペチされてようやく意識がハッキリしてきた。
「あー・・・・・・食堂のおばさん、おはよーございます」
「はい、おはよう。朝御飯出来てるからね」
「ふぁーい・・・いただきまーす・・・」
緩慢な動作でテーブルに着いて、用意されていた朝食を食べ始める。
朝飯を食べて、脳に栄養が回ってくると、ようやく意識が覚醒した。それを見計らったように、食堂のおばさんが話しかけてきた。
「で、昨日はどうだったの?」
「怪人を追い詰めたんですけど、逃げられちゃいました・・・夜中の2時くらいまで探し回ったんですけど見つからなくて・・・・・・おかげで何だか足も痛いし」
「・・・靴が左右逆よ」
「あっ・・・・・・」
私は慌てて靴を履き直した。
「確か、友達が襲われそうになってたんだって?」
そうだ! 正木君達は大丈夫なのか!? 怪我はしてなかったように思うけど・・・・・・こうしちゃいられない!
私は残りの朝食を掻き込むと急いで秘密基地を出た。近くの家の塀に飛び乗り、そこから更に屋根に飛び移った。屋根から屋根へと飛び移りながら一直線に学校を目指す。一刻も早く正木君達の安否を確かめなければ!
2-②
ショートカットのおかげでいつもの半分くらいの時間で学校に辿り着いた。急いで2階まで上がり、2-bの教室のドアを開けた瞬間、視界につるりとした後頭部が飛び込んできた。
まさかと思って、恐る恐る声をかけてみると、やはり正木君だった。「トカゲ男に遭遇したら坊主にしてやる」って言ってたけど、本当にやるとは!!
更に、教室の前の方では、同じく坊主頭の竹内君が「トカゲ男に遭遇した」と騒いでいた・・・・・・いや、竹内君が坊主になるのはおかしいでしょ!?
昨日、現場を立ち去る直前、二人とも放心状態だったけど・・・まさか、トカゲ怪人とか仮面カイザーとか、想像を絶するものに遭遇したショックで!? どどど、どうしよう!? い・・・いや待て、ひょっとしたら二人揃ってイメチェンしただけかも。もうすぐ夏だし、二人は幼なじみだし・・・・・・
私は、恐る恐る正木君に聞いてみた。
「ど・・・どうしたの、その頭?」
聞いた瞬間、正木君は絶望的な顔になり、その後、しどろもどろになりながら言った。
「い、いやぁ、いろいろあって・・・・・・」
完全にトカゲ怪人と仮面カイザーに遭遇したショックだぁぁぁぁぁ!!
「・・・・・・意外と似合ってる! むしろ前より全然カッコイイよ、うん!」
罪の意識に耐えかねて心にも無い事を言ってしまった・・・精一杯笑顔を作ったつもりだが、きっと引きつりまくっていたに違いない。
私はこの時、次にトカゲ怪人を見つけたら、正木君と竹内君に代わってボコボコに叩きのめして髪の恨みを晴らす事を神に誓った。
「おはよー!」
私が、怪人撃滅の決意を固めていると、クラスメイトの上原恵ちゃんがやって来て、正木君の頭を“ぺちーん!”と勢い良くはたいた。
どんな時も底抜けに明るく、馬鹿みたいに元気で、一緒にいると何だか楽しくなってくる私の友達。
その恵ちゃんが、坊主頭になってしまった正木君をからかっている。二人の漫才みたいなやり取りを聞いて、正木君に悪いと思いながらも、私は思わず笑ってしまった。正木君が逃げるように自分の席に着いたのを見て、私も自分の席に着いた。
「由香里ちゃん、ちょっと良いかな?」
一時間目の準備をしていると、士多君に声をかけられた。
士多君は私を屋上に連れてくると、周囲に人がいない事を確認して扉を閉めた。
「由香里ちゃん、昨日の怪人なんだけど・・・」
あー、その事か。確かに、これ以上怪人や仮面カイザーの存在を騒ぎ立てられるのはマズイ。私は士多君に謝った。
「・・・ごめん、次は必ず倒すから」
「あー、いや、そうじゃなくてさ。あの怪人を・・・新司令に内緒で捕獲してもらいたいんだ」
「捕獲? 撃滅じゃなくて? 一体どうして?」
「怪人の生態と、君の怪人の存在を察知する能力を解明するためさ。あの新しく着任してきた司令は、君が怪人に遭遇しまくりなのは偶然だと言うけど、マンガや小説じゃあるまいし、僕には偶然だとは思えない。君の正義勘のメカニズムが分かれば、いち早く怪人の出現を察知して、被害を最小限に抑える事が出来るのに、あの新司令ときたら・・・なんて言ったと思う!? 『そんな事してる暇があったら強力な新兵器の一つでも作れ』だよ!! 全く・・・怪人研究の第一人者で、その方面にかなり理解のある人って聞いてたんだけどなー!!」
普段温厚な士多君がここまで怒るのは珍しい。よほど腹に据えかねたんだろう。
「そういうわけだから、密かに怪人を捕獲して、正義勘の正体を突き止めて、あの司令を200回くらいギャフンと言わせたいんだ!!」
なるほど、今まで幾多の怪人と戦って来たが、よくよく考えてみると、“どうやって生み出されているのか”とか“弱点はあるのか”とか、私は怪人の生態についてほとんど知らない。確かに、敵を知る事でこれからの戦いを有利に進められるのは間違いない。
「分かった、あの怪人は私が取り押さえる。でも・・・・・・・心配な事が一つだけあるんだけど」
「何?」
「・・・キメ技が、“カイザー取り押さえ”ってカッコ悪くないかなぁ?」
「そこかー」
と・・・士多君とそんなやり取りをしていたのが、昨日の事である。そして現在、私は、再びトカゲ怪人と闘いを繰り広げていた。
2-③
怪人捕獲作戦開始の翌日、シルバーバレットでのパトロール中に不穏な気配を感じた私は、気配が強くなる方へとシルバーバレットを走らせた。そして、左右を竹薮と田んぼに挟まれた一本道で、道路脇の電灯に執拗にローキックを入れるトカゲ怪人を発見した。少し離れた位置にゆっくりとシルバーバレットを停め、基地で待機中の士多君に通信を送る。
「怪人を見つけた、多分こっちにはまだ気付いてない」
『分かった。敵に気付かれないように接近して一気に取り押さえるんだ』
「分かった」
『くれぐれも隠密にね』
私はバイクを降り、変身ベルトを腰に装着した。
「任せて! 変・・・身ッ!!」
『ちょっ!?』
仮面カイザーに変身して怪人に密かに接近しようとしたその時、怪人が私が隠れていた方を向いて身構えた。
「気付かれた!?」
『大声で“変身ッ!!”って叫ぶからだよ!!』
くっ、しまった・・・・・・しかし、見つかってしまったものは仕方ない。私は再びシルバーバレットに跨がると、トカゲ怪人に向かってアクセル全開で突撃した。体当たりを食らわしてトカゲ怪人を吹っ飛ばし、シルバーバレットから降りてポーズを取る。
「悪を斬り裂く鋼の刃、仮面カイザー見参ッ!!」
「現れたわね、仮面カイザー!」
私がやって来たのと反対側から、小柄な女が走って来た。女は、黒のゴスロリっぽい衣装に身を包み、額に二本の角がある黒い仮面で口から上を隠している。この女こそ、悪の秘密結社JOKERの女幹部、ブラックローズだ。何を企んでいるのか知らないが、この私がいる限り、悪の秘密結社なんかの好きにはさせない! 私は高らかに宣言した。
「お前たちの悪事はこの私が叩き潰す!」
「ふん、今日こそ地獄に送ってやるわ! 行けぇっ、トカゲ男!」
トカゲ怪人が雄叫びを上げてこちらに向かって来た。
『由香里ちゃん、怪人の捕獲、頼んだよ!』
「任せて! ・・・とうっ!」
「ギエッ!?」
飛びかかってきたトカゲ怪人の右腕を捕らえて締め上げる。怪人が苦悶の声を上げた。
『これは・・・・・・脇固め!?』
「このまま全身の関節を痛めつけて動きを封じる!」
私のカイザー脇固めから脱出しようと、トカゲ怪人が暴れるが、その動きを制して、素早く次の技に移行する。
「カイザー腕ひしぎ逆十字固め! ・・・カイザーアームロック! ・・・カイザーキャメルクラッチ!」
「グエエ・・・ッ!」
『効いてるよ、由香里ちゃん!』
「カイザーアキレス腱固め! ・・・カイザー4の字固め! ・・・カイザーボー・バック・ブリーカー!」
「グギギ・・・ッ!」
『反撃の隙を与えちゃダメだ、休まず攻めるんだ!』
「カイザータブルアームスピン! ・・・カイザーローリングクレイドル! ・・・カイザーパイルドライバー! ・・・カイザーロメロスペシャルーっ!」
「グアア・・・ッ!」
『よし! 仕上げだ!』
「必殺っ・・・カイザァァァ・・・キィィィック!!」
「ギャアアアアアーッ!」
『何やっとんじゃあああああー!?』
「あっ!? ご、ごめん。つい・・・」
し・・・しまった。調子に乗ってついトドメを刺してしまった。『よし! 仕上げだ!』とか言うから・・・
「で、でも、敵はまだ一人残ってるし!」
私はブラックローズの方を向いた。
「とうとう追い詰めたぞ・・・ブラックローズ!!」
「くっ・・・こうなったら私が直接相手をしてあげるわ!」
ブラックローズが腰に吊るしていた鞭を構え・・・勢い良く振るった!
“バシィッ!!”
「いっっっっったぁぁぁぁぁーっ!!」
鞭の先端に付いていた重りが、私ではなく自分のスネに直撃し、ブラックローズはスネを抱えて地面を転げ回った。べ、弁慶の泣き所にモロに・・・・・・うひゃー、超痛そう。
しばらくすると、スネをさすりながらブラックローズが立ち上がった。そして、再び私に向かって鞭を振るい始めたが、避けるまでも無かった。何故ならコイツのへっぽこぶりは常軌を逸しているからだ。
超が3つくらい付くほど、コイツはドジで、本人は強いつもりなんだろうが、走ればスベり、見事に転ぶ。鞭を振るえば百発一中、戦闘能力は貧弱と言わざるを得ず、かと言って策略で攻めてくるタイプというわけでも無い。むしろ、ブラックローズ自身のドジで作戦をブチ壊してしまう事も多い。
ジャスティスの隊員の中には、ブラックローズの事を“(ジャスティスにとっての)勝利の女神”や“敗北フラグ製造機”などと呼び、半ばマスコット扱いしている者までいる。一体JOKERは何でこんなのを幹部にしているのか。よほど人材がいないのか。
まあ良い、どうせ当たらないし、当たった所でダメージは皆無だろうが、一応構え直して、私はどうやってブラックローズを捕獲するか考えを巡らした。コイツの弱さなら、どの技でも激痛で即死してしまいそうな気がする。
「たあっ! とりゃあっ! せいやっ! はあっ! うりゃあっ! そいやっ! はぁ・・・はぁ・・・くっ、ちょこまかと・・・」
・・・よし、これで行こう! 私は、顔目掛けて飛んで来た鞭の先端を掴むと、投げ縄の要領でブラックローズごと頭上で鞭を振り回して、道路脇の竹薮に放り投げた。これで致命傷を与える事無くしばらく黙らせる事が出来るだろうと思っていたのだが、意外にもブラックローズはすぐに竹薮から出て来て、性懲りも無く鞭を振るい始めた。
うーん、もう良いや。せっかくだから、ここは新技のカイザー取り押さえで行こう。パワーを1000分の1位に抑えれば死なないだろ・・・・・・多分。
私は怪人捕獲用に編み出した新技、カイザー取り押さえの構えを取った。
「必殺っ・・・カイザァァァ・・・」
「待てこの野郎!」
「!?」
“どぼーん!”
油断していた、まさか伏兵を配置していたとは。私は、突然道路脇の竹薮から飛び出して来た何者かに道路脇の田んぼに突き落とされた。泥の中から立ち上がり、私を突き飛ばした相手を見ると、相手はジェイソンのようなホッケーマスクを装着した怪しい男だった。きっとJOKERの戦闘員に違いない。私が田んぼに突き落とされた隙にブラックローズは逃走を開始していた。
今は戦闘員なんかに構っている暇は無い、私は田んぼから出てブラックローズを追いかけようとしたが、ホッケーマスクの戦闘員が、今度は背中に飛びついてきた。背中の戦闘員を力任せに振り払い、ブラックローズの方を見ると、僅か30mほど先で息切れして立ち止まっていた・・・・・・足遅っ!!
逃がしはしない、再びブラックローズを追おうとしたその時、今度は頭上から何かが降ってきた。
「くっ、何だこれは!?」
頭上から降ってきたのは、大きなネットだった。側頭部のアンテナや各部の突起に引っ掛かったネットを外そうと苦戦していると、道路脇の竹薮から別のホッケーマスクが飛び出して来た。
「今だ!」
「おう!」
「・・・ダブルキィィィック!!」
「・・・ダブルキィィィック!!」
“どぼーん!”
私は二人の戦闘員に再び田んぼに蹴落とされた。ぬかるむ足場と、絡まるネットに悪戦苦闘し、何とか立ち上がったものの、その時既に、ブラックローズもホッケーマスクの戦闘員も姿を消していた。
「くっ、こしゃくな真似を・・・・・・って、アレ!?」
シルバーバレットで後を追おうとしたが、停めてあったはずのシルバーバレットが無い! ふと、横を見ると、そこには田んぼに落とされ、無残にも泥とタニシの卵まみれになったシルバーバレットの姿があった。
「あ・・・アイツらぁぁぁーっ!?」
・・・その日の夜、私は泥とタニシにまみれたシルバーバレットを押しながら、なんとか基地に帰還した。